桜呼宅にて ⑤
クラス会という庄村の言葉を聞いて、
「あ…」「おぉ…」
一瞬、全員が言葉を飲んだところを見ると、誰もそれを思いつかなかったらしい。
西崎ともあろうものが、そこを考えつかなかったのかと、反応を見ながら凪はおかしくなった。
「それ、ありだな」
ニヤリと笑い、西崎が頷く。
「そうだよ。ていうか、オレら成人式だろ。同窓会とか定番行事だろ。なんで、話題出てないんだ?」
本郷は少し、愕然とした様子だった。
「成人式なんて、仕事のイベントとしか思ってなかったわ。そうね、なに着ようかしら」
「あんた、店の着物選び放題でしょうが!」
桜呼と暦美がまた脱線したやり取りをするのを横目に、西崎と本郷は打ち合わせらしきものを始めている。
庄村と蝦名もそこに加わったので、凪はそろそろ撤退の頃合いかと、腰を浮かしかけた。
が、
「そういえば、水沢さん」
桜呼に呼びかけられて、動きを止めなければならなかった。更に、
「エレナと連絡とってる?」
思いもよらない問いに、一瞬思考も停止した。
(…誰?……エレナ?)
凪は首を傾げて、話が通じていないことを訴えた。だが、
「エレナ・モリィ」
そう言われると、あっという間に記憶が蘇る。
*********×
エレナ・モリィ。正しくは、森エレナ。
6年生の夏休み後にやってきた転校生。
父がアメリカ人、母が日本人というハーフの女の子。
白い肌、彫りの深い顔立ち、明るい茶色の瞳と髪。
身長は凪と同じくらい。小柄で華奢で、人形みたいという表現がよく似合った。
始めはみんな歓迎ムードだった、と思う。
森エレナという名前を、いつの間にかエレナ・モリィとアクセントも英語風にみんな呼ぶようになっていた。本人もそれが嫌ではないようだった。
ただーー間もなく、彼女の家庭がどうも『訳あり』らしいことが分かると、あからさまに距離を置く子もいた。
エレナは、明らかに洋服は3着しか持っていなかった。学用品は全て誰かのお下がりだったし、上靴はサイズが合っていない。
以前はアメリカで生活していたというから、ランドセルを持ってないのは仕方なかったが、だいぶ痛んだ鞄に教科書を入れ、体育着入れはビニール袋だった。
それほど敏感でない凪でも、「なんかお家の事情があるんだろうな」とは分かった。
それでも、エレナは明るい子だった。
ニコニコしながら、英語訛りの日本語で積極的に話しかけてきた。
日本語は日常会話に困らず話せたけれど、授業にはついていけないこともあったようだ。
れい子先生はそんなエレナを気にかけて、特別にプリントを作って渡したり、教科書の漢字にふりがなをふってやったりしていた。
放課後、こっそり洋服の入った紙袋を渡しているのを目撃したこともある。
そもそも、特別カリキュラムの組まれたこのクラスにそれまで転校生が入ってきたことはなく、それだけでも異例だった。
口うるさい親たちが、何人かエレナの転入についてクレームを入れた、と凪が聞いたのは卒業した後だったが、授業参観の時に、なんとなく不穏な空気が醸し出されたことは覚えている。
**********
そう、印象的な子だったから、一度思い出せば、いろいろ思い出も蘇る。だが、
「覚えてるけど…連絡は全然…(なんであたし?そんなに仲良くしてた訳じゃないよ?)」
「そうなの?よく一緒にいたから、水沢さんくらいは連絡とってるのかと思って」
凪の戸惑いに対して、桜呼の認識は違うらしい。
「あー、いたな。でもあいつは半年くらいだろ?一緒にいたの」
庄村がいつから聞いていたのか、また口を挟んできた。
「中学校までいたよな。いつの間にかいなくなったが」
そう言って蝦名が本郷を見る。本郷はすっかり忘れていた顔だ。
「リスト入れてなかったな。一応、調べてみるよ。あとは、途中から入ってきたやつ、いないよな……よし、じゃあ、早急に日にち決めて、連絡だな!」
「日程と場所は決めてしまった方がいい。そうしないと、連絡も取りずらい」
西崎の一言で、具体的なクラス会の打ち合わせモードに突入していく。
凪は退去するタイミングを失った。
クラス会をやるからといって、出席するつもりはなかった。
そもそも、今日呼ばれたのは須藤の事件に関して西崎が話を聞きたいと言っているから、だったはずだが、それに関してはほとんど話していない。
(あたしは、いったい何をしにここに来たんだ?)
情報提供に来たはずが、思いもよらず、れい子先生の秘密を聞いたり、同級生の近況を聞いたりして動揺し、ソファの肘掛けにすがりつくように座っている。
桜呼がもう一度コーヒーをいれるから、と立ち上がったので、手伝い名目で凪もキッチンへついていった。
西崎の隣でじっと座っているよりいい。
「エレナ、アメリカに帰ったはずなんだよね。それも聞いてなかった?」
さっきの話の続きを振られて、凪は首を振った。
「中1の一学期終わる頃にはもういなかったんじゃないかな」
「そうなんだ」
エレナと仲が良かった記憶のない凪には、あっさりした相槌しか打てなかったが、
「先生が言ってたこと、本当かな?今じゃ全てが信用ならないんだけど」
桜呼はそう言って、意味深な眼差しを凪に向けてきた。
なんのこと?と聞き返そうとして、不意にその情景は思い出された。
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あれは、放課後?昼休み?
とにかく、教室には凪と担任の野宮れい子しかいなかった。
「ありがとうね、水沢さん。エレナさん、こっちの生活にまだ慣れていないから」
なにか大層なことをした覚えはないが、先生に笑顔でそう言われると、ちょっといい気分ではあった。
「エレナさんのおうちね、」
続ける先生の顔がかすかに曇る。
「なかなかお父さんとお話が進まなくて、仕送りもしてもらえなくて、大変なの。お話聞くだけでもいいから、いろいろ聞いてあげてね」
ドキリ、とした。
エレナから、母親と祖母と暮らしていることは聞いていた。父親はアメリカに残っていることも。
でも、こまかな家庭の事情は聞いていない。子供でも、遠慮というものはある。
なんとなく、先生から聞いたことは、誰にも言わない方がいいな、と思った。エレナ本人にも。
教室を出ると、廊下に桜呼がいた。
(あ…)
素早く唇に人差し指を当てた桜呼の動きに、出しかけた声を飲み込んだ。
素早く踵を返しながらの手招きに応じ、小走りに背の高い後ろ姿を追う。
「ヤバくない?個人情報漏らしてるよね」
階段まで来ると、教室の方に目をやりながら小声で桜呼は言った。
その表情は、なんというか…ちょっとワクワクしているというか、してやったりという様子が見える。
桜呼はウィンガーになったばかりだった。
常人なら、教室の中の2人の会話まで聞こえていなかったはずだ。凪も先生も抑えた声で話していたのだから。
だが、桜呼の言うことには一理あった。
凪だって、(先生が生徒の秘密漏らしていいのかな)と思ったし、だからドキリとしたのだ。
結局、エレナとはあまり個人的に突っ込んだ話はしなかった。
なにせ、名前もパッと思い浮かばなかったくらいの同級生だ。桜呼の認識では仲のいい友人だったようだけど…
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「なんか、父親がDVしてるとかいう話じゃなかった?」
桜呼はさらに続けている。
「なんか、そんなこと聞いたような気もする……でも、さすがにそんなウソつく必要はないんじゃないかなぁ…」
そう言いつつも、やはりれい子先生の話の、どこまでが真実だったのだろうと考えてしまう。
コーヒーの香りが部屋に満ちていく。
もうすぐ、サーバーにドリップが落ちきる。
リビングに目をやれば、5人のウィンガーが額を突き合わせて、計画を練っていた。
100万人に1人、と言われるウィンガーが、7人も集まっている。全てが同じクラスの出身者。
意図的な力が働かずして、こんなことはあり得ない。
顔を上げた西崎がこちらを見て、またあのニヤリを見せる。
桜呼はカップを並べていて気づいていない。
(言いたいことは分かるさ。どうせ、あたしと桜呼ちゃんが並んでると、対照的で面白いんだろ)
不貞腐れ気味に心の中で呟き、凪は目を伏せた。




