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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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桜呼宅にて ④

「先生がいなくなった後も、警察は事件性は低いと判断して捜索なんかはほとんどしなかった。旦那さんがいなくなっても同じ。どういうわけか、娘さんたちが行方を探すのに消極的でさ。それで、伊達守さんが改めて先生たちの経歴を調べてくれたんだ」

 本郷の言葉に、西崎が続ける。

「アメリカの大学で児童心理や、それに基づいた教育の研究していたってことになっているが、実際は環境生物学を専攻していた。野宮さんとの結婚には、裏で金銭のやりとりの他にも色々取引があったらしい。おそらく偽装結婚だ」


(…は?!)

 凪の思考回路はついていけずにいた。

 環境生物学……漢字で思い浮かべるとなんとなくイメージは湧くが、具体的にどんなことを研究するのか、よく分からない。

 金銭のやり取り…偽装結婚…2時間ドラマの中の話としか思えない。


「そういうわけで、とにかく先生に直接、話を聞いてみないといけなかった。警察沙汰にしてもよかったんだが、そうなれば、オレらもそれなりの覚悟がいる。連絡のつくやつだけで話し合った結果、ことを荒立てずに、様子を見ることにした。先生についての情報は引き続き調べていたけどな」


 西崎から降ってくる言葉を、凪はどこか他所ごとのように耳にしていた。

 もう、ここにいるメンバーはとっくに承知している内容なのだから、西崎が自分に対して説明してくれているのは分かっている。

 それでも、実感として、頭に、心に、入ってこない。




 れい子先生は見た目も言動も、どこにでもいるおばちゃんだった。少なくとも、凪にはそう見えていた。でも、それだからこそ、人見知りな凪でもあまり構えることなく、話すことができた。

 丸顔に、丸いメガネ。少し白髪混じりの髪は、いつもオールバックにして、一つに束ねられていた。

 女性の先生の中でも1番、背が低かったが、体型はなかなかふくよかで、そのくせ板書の時は黒板の端から端まで飛び跳ねるように動きながら書き、そしてよく喋った。


「水沢さんの動きは綺麗ね」

 ニコニコ笑いながら、そう言ってくれたのは、体育のマット運動の時だったか…

「手先足先まで、伸び伸び使えているわ」

 他の子たちの前でそんな風に褒められて、恥ずかしくて何も言えなかったが、嬉しかったのを覚えている。

「水沢さんはもっと自信を持っていいのよ」

 ニコニコしながら、先生はよく言った。だからといって、凪に何かを強要したりすることはなく……ただ、よく見てくれていた。ちゃんと、褒めてくれた。


 凪にとっては、()()()()だった。



(ここに、来なきゃよかった…)

 そう考えていることに気づいて、凪はハッとした。


 聞きたくなかった。

 いい先生のままで、いてほしかった。

 でも、それは現実を見ていない。

 須藤の事件から、うまく逃げられてよかったと、それしか考えていなかったのと同じ。

 れい子先生をいい思い出のままにしておけば、この先も何も考えずに、隠れウィンガーとして暮らしていけた。


『水沢さん。自信を持って。あなたには、出来ることがいっぱいあるのよ』

 丸いメガネの奥で、れい子先生の目が笑っている。

 あの笑顔は、何か思惑があってのものだったのだろうか?

 向けてくれた言葉は、優しい眼差しは、ニセモノだったと?


 聞きたくなくても、聞いておかなければいけないことなのだと、凪は同級生たちの言葉に集中した。

 自然と、クラスメイトの名前と顔が思い浮かんでくる。



 16人。それがれい子先生のクラスから現れたウィンガーの数。その弟妹を含めれば、もっと増える。

 改めて考えてもあり得ない発現率だ。


 小学校の卒業時点で、ウィンガーになっていたのは、登録された真壁と寺元を含めて10人だったから、凪が知らない間にウィンガーになっていた同級生もいるが、ご丁寧に本郷が再会してすぐ、リストアップして送ってくれていた。


(あたし、関係ないし)

 一度目を通しただけで、削除してしまったけれど、名前は記憶している。

 浮かんでくる顔はみんな小学生のそれだったけれど。

 中には、もう二度と会えない者もいることを思い出して、少し苦しくなった。


 れい子先生と、自分たちがウィンガーになったことに、本当に関係があるのだろうか。

 先生は自分達に本当に何かしたんだろうか?

 証拠はないが、状況から、その可能性が高いのは確かだ。

 でも、何のために?なぜ?




「先生、いったい何がしたかったんだろう」

 西崎の言葉を遮るように、つい声が出て凪は赤面した。別に、心の声を漏らすつもりはなかったのに。


「だよな、全く謎だわ〜」

 だが、庄村が当然のように相槌を打つ。他の全員が一斉に頷く。


 言った庄村は缶のコーラを一口飲み、派手にむせた。

「なにやってんのよ、もう!」

 隣の暦美が、庄村の背中を容赦なく叩く。

 親切なのかどうかよく分からない。


 西崎が呆れ顔でそれを見ながら、自分の様子を窺っているのに、凪は気が付いた。


「当時はみんな高校生だしな」

 凪と目が合うと、おもむろにまた西崎が話し出す。

 すぐに全員の視線が集まり、この場の中心になるのはさすがだった。


「現状維持って結論で、当然だったと思う。だが、今はもう、成人してるしな。これ以上れい子先生の手がかりを掴むのが難しいともなると、もう一回、今後のこと含めて意思確認するべきだろう?」

 口調は淡々としている。それでいて、明確な意志を感じさせる話し方だった。


「離脱したいと思うなら、登録の最後のチャンスだ。このまま、隠れて暮らすにもそれなりの覚悟は必要だ。それぞれの正直な意見が聞きたい」


「それって、今ここで?じゃなくても、いいんでしょ?」

 ちょっと眉間にシワをよせた暦美が言う。

「ああ、ここのメンバーだけじゃなく、隠れウィンガーやってるやつ、全員のだ」

「だいたいの居所は把握してるから、会いに行けるやつには、直接会って話そうかと思ってるんだ」

 本郷が傍から補足する。ここらの息の合い方は、昔からだ。


「それも大変じゃないの?あんただって、忙しいんでしょ?それに、」

 西崎の向かいに座っていた桜呼が背筋を伸ばす。一段と、存在感が際立った。

「私たちが把握している他にも、隠れウィンガーになってる可能性、ない?中学校まではみんな同じだったから、気をつけて様子見てたけど、高校からは結構散らばっちゃって。そこから県外に行っちゃった子なんか、その後分かんないわよ」

「ああ、ウィンガーになったやつらは連絡取れてるだろ。あとその他の同級生に関しては伊達守さんが結構、進学先とか引っ越し先、調べてくれてたんだ。今後のこと考えて」

「おお〜議員特権!」

 庄村がパン!と、手を叩く。

 どこか、真面目な話し合いには相応しくない合いの手だが、会話を見守る凪には少しありがたかった。


『カイタクコンビ』

 高野海人と庄村卓登のコンビは、小学生当時の凪からしては、真面目なシーンに不要なおちゃらけを披露する、ちょっとうざったい存在だった。

 だが、少し大人になってくると、こういう不真面目さは、時に緩衝材になるのだということも分かってくる。


「それでも住所不明、生死不明のやつもいるだろ?何人くらい?」

 庄村自身は自分の言動など一顧だにしていない。

「男子はだいたい分かるんじゃあないか?誰かれか、繋がってるだろう」

 蝦名は楽観的に言うが、西崎と本郷の表情を見る限り、その言葉はあてにならなさそうだった。


「女子は連絡取れてない子、結構いるよ。中学校の間に転校した子も多いし」

 頬杖をつきながら言う暦美は、その口調からして、連絡を取れないメンバーには興味もないと言いたげだった。

「女子って薄情だもんなぁ」

 言わなくてもいいことを言い、庄村がまた背中を叩かれている。

「うっさいわよ」


 本郷がノートパソコンを取り出して、何人かの名前をあげた。


「あれ、それってミミと一緒の高校じゃなかった?」

「一年で退学して、それから会ってない言ってたよ」


「こいつの実家、あそこのパスタ屋だろ?そのままあるんじゃなかったっけ?」

「いや、マンション建てるんで、立ち退きになったみたいなんだ。というか、夜逃げ同然にいなくなったらしくてさ」

「え…マジ?」


 だいぶ思いもよらない話まで聞かされることになったが、凪が仲良くしていたさやかとたまえの名前はない。

 2人とも、居所は把握されているらしい。


 是非とも会いたい、というわけではなかったけれど、近況ぐらいは聞きたいと思う。


 別に今でなくても…そのうち、タイミングがあったら本郷に聞いてみようか、と凪が考えていた時、

「なぁ、あのさ、」

 庄村が身を乗り出した。

「いっそのこと、クラス会やればよくね?」



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