桜呼宅にて ③
「ちょっと、身長いくつよ?」
挨拶もそこそこに切り込んだのは、もちろん暦美だった。
「ちょうど、190」
こともなげに、西崎音十弥は答える。
小学校の時で170センチあったことを思えば、当然とも言える高身長だ。
キッチンカウンターの向こう側の凪に目を止めた西崎は、さっと上から下へ視線を走らせた。
また、片方の口角だけ上げる独特の笑いが浮かぶ。おそらく言いたいであろうことは、凪にも伝わっていた。
『変わんねーなぁ』
(言われなくとも分かってる。一応、あたしだって中学校3年間で8センチは伸びてる!)
その結果が、153センチなんだから仕方ないし、どうしようもない。
一斉に立ち上がったメンバーが、一通り再会の挨拶やら、歓声を上げた後、シャッフルして座り直す形になった。
(うあぁぁぁ…なぜ…)
キッチンから自分の分のティーカップを運ぶ凪に空いていたスペースは、西崎の隣だけだった。
突っ立っているわけにもいかず、凪は小さく会釈してから、長い足をゆったりと組んでいる西崎の右隣へ、ちょこんと腰を下ろした。
(ますます居心地悪い。帰りたい…)
「悪かったな、わざわざ来てもらって」
少しハスキーな、落ち着いた声で、屈託なく西崎は話しかけてくる。
「いえいえ(こんな声だっけ?まあ、小学生と比べてもしゃあないか)」
凪は視線は合わせず、小さく首を振った。
「紅茶なの?」
「え、ああ、コーヒーちょっと苦手で…気持ち悪くなるもんで…」
「へえ。コーヒー飴とかは?」
「え、(そんな、質問とかしなくていいよ)飴とかお菓子は別に大丈夫、かな。あんまり選ばないけど…」
「匂いが嫌いとかじゃないんだ?」
「コーヒーの匂いはむしろ好き(他の人と喋ってもらって全然構わないんだけど)朝とか…」
「そういえば、ナッピの友達、大丈夫なの?」
突然、暦美が乗り出してきた。
「ナッピ?」「ナッピ!!」
あちこちから、ツッコミが入る。
(ああああーその名前、ここでも呼ぶ?)
聞こえないフリをして、
「うん、最近やっと立ち直ったかな。まだ時々、大学休んでいるけど」
と、答えたが、
「なんだそれ。おつまみセットみたいな名前だな!」
「いいじゃないか。水沢さんぽくて」
庄村と蝦名が口々に突っ込んで、ゲラゲラ笑う。
「いや、さっきもコミさんに説明したんだけどね!」
カップを持つ手が震えるのを悟られないようにすると、いつもより声が大きくなった。
結局、話し合いのはずが、なかなか本題に入らない。
1時間もかからずに終わるだろうという凪の読みは、大きく外れた。
もっとも、部屋に到着して30分もしないうちに暦美が昼食をどうするか聞き始め、桜呼がさっとケータリングのメニューを差し出したところを見ると、読み間違っていたのは凪だけだったようだ。
「そう言えば、先生の自宅ってまだあるんだよね?」
ひとしきり食べて飲んでして、やっとそれらしい話題を出したのは暦美だった。
「ああ、娘さんたちが管理してるらしい。先生の旦那、実家のある九州に戻るって言ってたらしいんだけど、戻った形跡はない。もしかしたら、荷物もそのまま残ってるんじゃないかって、伊達守さんは言ってた」
「あら、じゃあ何か資料とか残ってる可能性、あるんじゃない?」
本郷の言葉に、桜呼が身を乗り出す。
「まあ、そうなんだけどな〜、ウィンガーに関するもの、あるかどうか調べさせてくださいとも言えないだろ。すっかり覚悟してたみたいで、娘さんたち2人とも遺体の引き取りに来ても淡々としてたらしい。もう、あまり口出ししないでくれっていう空気がアリアリで、伊達守さんも突っ込んだ話はできなかったって」
「実の父親はともかく、れい子先生の物なんか処分しちゃってるんじゃない?」
「えっ?!」
暦美の言葉に、反射的に凪は乗り出していた。
「ん?」「うん?」「……」
全員の視線が集まって、凪は自分だけが置いてけぼりの情報があるらしい、とすぐに気がついた。
「娘さんって、れい子先生の実の子じゃ…ないの?」
聞かないわけにいかず、凪が尋ねると、
「ああ!そっか」
暦美がパン、と手を叩き、他の全員が一斉に頷いた。
「旦那が失踪した後に分かったことだからな」
西崎の言葉に凪も、そういうことかと頷いた。
一度、暦美たちと会っているとはいえ、8年間、関わりを持たずにいれば、知らないことも状況が変化していることもあって当たり前だ。
本郷から、同級生たちの近況についてはいくらか聞いていたけれど、凪自身、再び親交を温めようとは思っていなかったから、自分からウィンガー関連の話題を出すことはなかった。
「あれ、言ってなかったっけ?」
本郷がちょっとばつの悪そうな顔をするが、凪としては仕方ないことだと思ったし、教えてもらえなかったと文句を言うつもりもない。ただ……
**********
当時、野宮れい子は50歳を少し過ぎた、子供たちから見れば「おばちゃん先生」だった。
娘2人は既に大学を出ていたが、イジメや不登校も経験しているとかで、
「子育ての先輩として、みなさんの参考になるお話もできれば」
と、最初の懇談会で述べたという。
特殊カリキュラムを組まれたクラスということで、神経質になる親もいる中、自分の家庭状況も含めて以蔵なく話す担任は、概ね信頼を持って受け入れられた。
凪の母親は、何度かれい子と話すうち、すっかり新派になっていた。
「娘さんを育てた経験も踏まえて、いろんな話してくださってね、いい先生に当たってよかったわ」
何度もそう聞かされている。
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(ああ、でも旦那さんの連れ子を育てたってことなら、別に嘘をついたわけじゃ…)
「れい子先生が結婚したの、うちの学校に来る前の年なんだ」
本郷の言葉に、凪の想像はあっさり裏切られた。
「へ?でも、うちの親に子育て経験がどうのって……」
「そうなのよ!子育てでいろいろ苦労したとか、全部ウソ!」
暦美が乗り出す。
「いやあ、ちょっとウケるよな〜」
こちらはちょっとニヤついて身を乗り出した庄村に、桜呼が顔をしかめた。
「ウケないわよ。子育てどころか、50になるまで独身だったなんて。あのね、」
すっかり目を見開いて会話を見守るだけになっていた凪の方へ、桜呼は向き直る。
「結婚した時、娘さんたちは2人とも、もう家を出ていて一緒に暮らしたことすらないんですって。他にもおかしな点がいろいろ分かってきて。もう、何も信じられない感じ。そうでしょ?」
最後の一言は、西崎に向けられていた。
物憂げな眼差しで凪を見下ろしながら、西崎は頷いた。




