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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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凪と本郷 ③

 本郷から報告するだけじゃ、ダメなんだろうか?

 別に、自分の話を聞いたところで、違いはないはずなのに。


 凪はそう言いたくて、だが、やんわりとそれを言う方法を思いつけずに、窓の外を眺めながら煩悶した。

 いつだって、反対意見を述べるのは苦手だった。ましてや、理由が「西崎音十弥に会いたくないから」では、まるきり小学生の言い訳だ。


(あたしは…自分に出来るだけのことはしたよね…?愛凪ちゃんを止めて、ナオさんは……止められなかった…けど……本郷を逃して……ああ、でも、なんで首突っ込んだんだって、怒られるかな……でもでも!!カイの話、持ってきたの、本郷だし!だから、あそこで愛凪ちゃんに……)


「…水沢、」

 西崎の渋面を思い浮かべながら、ひとり言い訳シミュレーションに入っていた凪は、ハッとした。


「オレさぁ、すげぇ後悔してる」

 前を見つめたまま、ボソッとそう言った本郷の横顔がひどく憔悴した線を描いていて、凪はかえって目を逸らしてしまった。


「…後…海…?」

 相槌というより、なんと応じたらいいか分からなくて、口の中でモゾモゾと発した言葉に、本郷は頷く。

「あそこで、逃げ出さないで、出来る限りの処置をするべきだった。まだ、生きていたんだから」


 ドキリとして、凪は胸を押さえた。

 今だって、あの光景は目に焼き付いている。

「…ナオさん」

「うん、ナオちゃんもだし、須藤も、お前の友達の彼氏だって、まだ息があったかもしれない」

(え……?)

 凪は完全に言葉を失った。


 立山のことは、何度もどうにか救える方法はなかったのかと考えた。

 しかし、須藤や、桜木こと郷右近に関しては、助けることができたのでは、なんて思いもしなかった。なにより、本郷に言われるまで、自分にその考えが浮かばなかったことに愕然とした。


「オレは、医者になるんだ。どんな相手でも、命を見捨てて逃げる人間には、なりたくない」

 淡々と、だが苦悩に満ちた本郷の言葉を、凪は呆然としながら聞いていた。

「いつも、そう思っているつもりだった。だけどさ、あの時…」


 車は渋滞にはまっていた。

 凪は乾いた唇を噛み締めながら、そっと本郷の顔を窺った。


「翼を出した瞬間、誰も助からないって確信した。水沢を逃すのが、最優先事項だって思ったんだ。なんだろうな、あれ……全然、迷わなかった。お前が、オレを運んで飛ぶって言った時も、それならオレも助かるから、それが一番いいって、一瞬で確信した」


 翼を出した時の、クリアな感覚。

 体をどう動かせばいいのか、その身体能力をどう活かしたらいいかだけでなく、状況判断のスピードも、明らかに上がっている。

(でも、それだけじゃなく…)

 凪は言葉を探した。


「なん…だろうね、あの時って…あの、すぐに正解?が出せる感じ。いや…正解っていうか……」

 言いながら、違うな、と感じて、また言葉を探す。

 倫理観とか、正義感とか全く差し置いて、その状況下の自分に、最も適した答えが直感的に分かる感覚。そう…


「最適解がすぐに出てくるってこと…でしょ?ただ、それって最善でも最良でもない…というか…」

 いい表現を見つけた、と思ったのだが、言いながら、本郷に分かってもらえるかどうか不安になる。だが、凪の言葉に本郷は大きく頷いた。


「だよな?そうなんだよな。翼を出してる時って、ものすごく現実的な判断を下しちまう。もちろん、オレの判断なんだけど」

 本郷の声が少し震えた気がして、凪は横顔から目を逸らした。


「オレは、助けたかったと思ってる。ナオちゃんも、須藤もだ」

 凪はいたたまれなくて、窓の外に視線を彷徨わせた。

 本郷のやるせなさに打たれたのも勿論だが、なにより自分にそんな発想が全くなかったことが情けなくて、落ち込んだ。


(本郷、あたしも、同じように考えていると思ってるんだろうか…)

 だとしたら、見当違いもいいところだ。

 そう思うと、ますます滅入ってくる。


 本郷を、あの場から助けられた。それだけで凪としては大殊勲だった。

 立山を助けられなかった。それは、あの状況では仕方ない。立山だって、自分達が無事に逃げることを望んでいた。

 桜木、そして須藤。助けられる状況であるはずもない。仕方ない。


 自分が、『仕方ない』の一言で片付けてしまったことを、本郷は悔いている。

 それは、むしろ人として当然の姿に見えた。

 自分の薄情さと身勝手さに思いしり、凪は黙っているしかなかった。



「なんなんだろうな、翼って」

 しばらくの沈黙の後、ポツリと本郷が言った。

「翼が出てる間って、普段とは別な思考回路が働いてる気がする。子供の頃は、レベルアップした気分になって面白かったけどな……笑い話じゃないよな。二重人格とまでは言わないけど、いつものオレなら取らないような行動が取れる。でも、オレがやってることなんだ」


 凪に語っているようでいて、本郷自身に言い聞かせ、確認しているようでもあった。

「もう、二度と命を見捨てて逃げるようなマネはしたくない」

 呟くような、だが固い意志を感じさせる言葉に、凪はさらに俯いた。


「…ごめん」

「えっ?あ、いや、お前はなんも悪くないよ。そういう意味じゃないって!あそこで引っ張って逃げてくれたのはホントに助かったんだし…」

 あの場から逃亡したことを責めているわけではなかった。凪に勘違いさせたかと、慌てて本郷は否定したが、

「うん、それは分かってる」


 顔を上げた凪は小さく頷き、視線を前へ向けた。

「本郷は…優しいね。お医者さんに向いてる」

 それは少々気恥ずかしいセリフだったが、素直に口にすべきだと思った。

 ちょっと虚をつかれて目をパチパチさせている本郷を視界の端に捉えつつ、凪は続ける。


「あたしは、ナオさんと彩乃さんのことでいっぱいいっぱいで、須藤のことなんか、考えてなかった。助かって、目撃者もいなくて、ラッキーって。翼を出してる時に、性格変わるの、あたしなんかひどいけど、元々の性格も、こんなもんだよ」

 本郷の口の端に躊躇いがちに苦笑が浮かぶ。


「大丈夫だよ。本郷は。根っこがちゃんとしてる。と思う…」

 最後の最後でハッキリ言い切れず、口ごもってしまう自分の性格を凪は呪った。

 結局、相手が望むような励ましもアドバイスも言えてない。

 それでも、視界の端の本郷が、ホッと肩の力を抜くのが分かった。


「サンキュー、そう言われると、ありがたいわ。てか、お前はホントに気にしないでくれ。巻き込んだのはこっちなんだし」

 本郷としては、ずっと心に引っかかっていたことを聞いて欲しかっただけだった。

 あの場に一緒にいたのはもちろんだが、凪なら穏やかに話を聞いてくれそうな気がした。

 ただ、言ってしまってから、彼女に余計なことを考えさせてしまったことを後悔した。

 出来れば、あの事件は凪にとって無かったものになってほしい。だが、そんなことはできるはずがないのだ。



 バケットシートの中で無理やり体を起こし、凪はため息をついた。

(そうね、巻き込まれたのは確かだけどさ。でも、現場にのりこんだのはあたしの意思だし。引っ掻き回したの、あたしの能力だし)


 ふと、西崎に会うことぐらい、どうということもない気がした。

(ここまでやらかしたの、事実だしな。逃げ回ってたって、仕方ないか)

 この先数週間の予定を思い返す。

(空いてる日、正直に伝えておこう…)




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