本郷と伊達守清友 ②
本郷たちの小学校5、6年生の時の担任、野宮れい子は6年ほど前に姿を消した。その後、しばらくしてその夫である野宮博信も、行方が分からなくなったのである。
気がつけば、あり得ない確率でウィンガーが発現していたクラス。
れい子先生は、何かを知っている、又は隠している。
なんとかして、証拠を集めて問い詰めよう。
子供たちはそんなことを目論んでいた。
だが、それはどこまで本気だっただろう?その重大性を、どれほど理解していただろう?
少なくとも、れい子先生が姿を消し、その後、その夫である博信氏も行方不明となった時に初めて、自分達の疑いを確信に変えたクラスメートも多かったはずだ。
同時にこれが、小説や映画の中の出来事ではないことも実感した。
自分たちの翼を隠し続けることも、ゲーム感覚だったあの頃。
気がつけば、事態は深刻になっていた。いや、それが深刻な事態だということに、やっと気がついた。
そして、それでも翼を隠し続けることを、自分たちは選択したのだ。
それは、正しいことなのか、最善の道なのか…
疑問と迷いを、今も頭の片隅で渦巻かせながら、本郷は伊達守の言葉を聞いていた。
「今、DNA鑑定中で、結果が出るまでしばらくかかるようだ。遺書などは見つかっていないようだが…死後5年は経過しているそうだよ」
「5年……じゃあ…」
「ああ。行方が分からなくなって間もなく、ということだね」
しばらく2人は無言だった。
本郷は、次々浮かぶ疑問を伊達守にぶつけようとして、やめた。
答えられるような内容なら、聞くまでもなく、伊達守の方から言ってくれるはずだ。
「自殺、で間違いないんですか?」
確認の意味で聞くと、予想通り伊達守は首を振った。
「状況からして、というだけで、なにしろ時間が経ち過ぎていて死因も特定はできない。側にあったカバンに睡眠薬と、ウイスキーの瓶が入っていた。おそらくそれで、というわけだね」
「れい子先生については、何もわからないままなんですね」
「ああ。警察も彼女の失踪は把握しているからね。一応、当時の博信さんの足取りなどと合わせて確認してくれているが…今更何か分かるとは考えにくいな」
最後の方はため息と共に、伊達守が自身に言い聞かせているように聞こえた。
「もうすぐ、音十弥がこっちに戻ってきます」
気を取り直したようにそう言って、本郷は身を乗り出した。
「ああ。連絡をもらったよ。確か、来週だね」
伊達守のほほに、微かな笑みが浮かぶ。
クラスのリーダー格の少年、今や20歳の青年となった西崎音十弥を、伊達守も高く評価していた。
「一度、みんなで集まって話をする機会を作りたいと思うんです。オレらも、もう大人ですからね。いろいろ考え直す時期かもしれません」
子供の頃に、憧れ半分で考えていたウィンガーという存在は、現実を生きていく中では、あまりに多くのリスクを抱えている。
須藤の事件は、ウィンガーであること、そのもののリスクを改めて思い知らされるものだった。
野宮れい子の消息はつかめない。手がかりを知る可能性があった夫も、とうの昔に亡くなっていた。
「れい子先生とウィンガーの繋がりを探るのは、かなり難しいと思います。隠れウィンガーでいることに、負担を感じている人間もいるかもしれない。今の状況を踏まえて、これからどうするか話し合いたいんです」
穏やかな、だが真剣なまなざしの本郷に、伊達守も静かに頷いた。
何か言いかけた口元が、一文字に結ばれ、それから寂しげな笑みに変わる。
伊達守が何を言おうとしたのか、本郷は分かる気がした。なぜ、言葉を飲み込んだのかも。
もう、何年も前になるが…あの日、涙を流しながら自分たちに頭を下げた伊達守の姿を、本郷はよく覚えていた。
ーーすまない。自分の理想を追うあまりに、僕はなんてことを……本当にすまないーー
「どんな結論でも、もちろん僕は応援させてもらうよ。いつも言っていることだけど、君たちの選択が一番大切だからね」
そう言う伊達守の言葉の裏に、やはり「すまない」という言葉が隠れている。
(何かあった時に、失うものが多いのはこの人の方なんだけどな…)
こんな時、いつもそう思う。
(申し訳ないのは、こっちも同じだ)
そう思わずにいられない。
伊達守の立場に頼りすぎるのはよくない。
(音十弥が帰ってきたら、そこら辺も相談しないとな)
そう考えながら、そう言えば、と思い出した。
「そう言えば、シンシン…進之介は年末帰ってこないんですか?」
伊達守の長男、進之介はもちろん、同級生である。
現在、音十弥と同じく、アメリカの大学に進学している。
伊達守は父親の顔で、だが苦笑いした。
「ああ、彼はね……帰ってくる気配はないね。親の目が届かないことをいいことに、好き放題やってるようだから」
本郷の脳裏に、海外生活を謳歌する進之介の姿が浮かんだ。
もちろん、彼の場合、勉学に勤しむのがメインになるはずもない。あの持ち前の社交性と積極性で、『交友関係』を広げることに尽力しているに違いなかった。
「なるほど」
返す言葉はそれしかない。
「厄介ごとを持ち込まれないように祈るしかないよ」
そう言いながら、伊達守は嬉しそうだった。
考えてみれば、隠れウィンガーの影の後ろ盾になっていること以上の厄介ごとなどあるまい。
「ああ、そうだ。博信さんの娘さんが明日、遺体の確認に来ることになってね。2人とも海外にいて、すぐに来られなかったそうなんだ。一応、会って話をしようと思う」
本郷が部屋を出ようとした時、伊達守が言った。
「大丈夫ですか?急に訪ねて、不審がられるんじゃ…?」
そこそこ名の知れた国会議員が、突然、訪ねてきたらどう思われるか。
「大丈夫だろう。博信さんが失踪した後も、一度会って話しをしているからね。まあ、今更なにか聞き出せるとは思えないが」
「分かりました。お気をつけて」
「ああ。本郷くんもね」
本郷を見送ると間もなく、着信のバイブ音が鳴り響いた。
「ああ、悪いね。いつもの頭痛だよ。……少し休んで落ち着いたから、すぐに戻るよ」
パーティ会場内に伊達守の姿が見えなくなったことで、秘書が探していたらしい。
こんな時、偏頭痛持ちというのは、絶好の言い訳になる。
鏡でネクタイと頭髪を整える。
自嘲気味の笑いがそこに浮かんだ。ふと、先日聞いた、事件の暴露音声の須藤の声が蘇った。
ーーそこいらの人間より時間は限られている。今を!この時間を楽しんで何が悪い!ーー
そうだ。あの子たちの時間は短いのだ。自分はその片棒を担いでしまった。
息子を、その友人たちを守るためなら、伊達守は地位も名誉も投げ捨てる覚悟があった。
それだけのことをしたと思っている。
「楽しんでくれ。それだけでいいんだ」
ため息と共につぶやくと、伊達守はドアの方へ踵を返した。
その顔は、熱意溢れる議員の顔に戻っていた。




