本郷と伊達守清友 ①
タブレットの画面に集中していた本郷は、チャイムの音に顔を上げた。
絵州市の中心部にある、有名ホテルの一室。
市内に住んでいれば、むしろ宿泊の機会などなく、部屋に入るのは初めてだった。
レストランや、パーティホールは訪れたことがある。先日開催された学会の懇親会にも使われた会場だ。
ドアを開けると、滑り込むように中年の男性が入ってきた。
「やあ、お待たせしたね」
中肉中背、三揃えのスーツをビシッと着こなしている。
見る人がみれば、スーツはもちろん、ネクタイも靴も高級品であることがわかるし、そもそも絵州市では有名人といっていい人物だ。
「伊達守さん。ご無沙汰してます」
頭を下げようとした本郷の両肩を、伊達守清友はガッチリと掴んだ。
「大変なことに巻き込まれたね。無事でよかった。本当に」
その言葉には真摯というより、切実な響きがこもっている。
そこに、教育問題に熱心に取り組む国会議員の顔はなかった。
「ご心配おかけしました。いろいろと、ご迷惑もおかけして…」
「いや、迷惑なことは何もないよ。もっと、早く話をしたかったんだが…なかなか、ね」
議員として多忙を極めるのはもちろんのこと、ウィンガーを複数輩出している息子の同級生と接触するのに、かなり気を使っているのは、言われなくても分かっている。
ウィンガー関連の、しかも地元の絵州市での事件だから、伊達守が少々突っ込んだ詮索をしても怪しまれないだろう。
しかし、『例のクラス』とウィンガーの関わりについては、伊達守は表向き否定的立場をとっている。
該当の子供たちと頻繁に接触しているのを知られるのは、あまり好ましくない。
それでも、なんとか時間を作って話をしたい、と連絡をくれたのは伊達守の方だった。
今日は、このホテルで後援会主催のパーティがあるとかで、そこをうまく抜け出してきたらしい。
キッチリ七三分けに整えられた頭髪。その下に、少年ぽさをのぞかせる丸い目。
テレビで見る時は、そこに議員然とした熱意と知性を醸し出し、なかなかに押し出しのいい風貌なのだが、心配げに本郷を見つめる今の目は完全に保護者のそれだった。
「水沢さんや、真壁君も変わりないんだね?警察もアイロウも君らの情報は手に入れてないはずだが」
「大丈夫です。あの後、何日かは警察が訪ねてこないか心配していたみたいですけど」
そう答える本郷もそれは同じことだった。
幸い、目撃情報はなく、付近に監視カメラなどもなかったことで、あの場にいた『4人目、又は5人目』の人物については、警察も手がかりは得られていない。
立山が、真壁の家に身を寄せていたことも、いまのところ知られていなかった。
伊達守がアイロウにも探りを入れてくれたところによると、真壁の家で愛凪が翼を発現したことも、その場に立山がいたことも、対策室では把握していない。
須藤は明らかに立山のことを内密に処理しようとしていたし、愛凪のことも仲間に取り込むことを目論んでいた可能性が考えられた。
「ダーウィン・ミッションのことだがね」
窓際のテーブルで向かい合うとすぐ、伊達守は切り出した。
「あの事件以降、パッタリと気配を潜めている。もしかしたら、彼らも須藤の動きを監視していたのかもしれない」
それは、マイケルからも聞いていた情報だ。
「だとすると、むしろ奴らの方がオレたちを見ていたかもしれない、ですね」
伊達守は頷いた。
「だが、何も動きを見せないことを考えるに、彼らもこれ以上は、事を荒立てたくないんだろう。今回の件では矢面に立って批判されているからね。事件とは何も関係無い、須藤や笠松なんて人物は知らない、とコメントを出して、あとは知らんぷりだ。時間が過ぎて、ほとぼりが冷めるのを待っているんだろうね」
本郷はため息ついた。同意のため息だ。
「マイケルも手を回して情報を集めてくれるとは言ってましたけど。でも、あいつらもそんな厄介な組織とはあまり関わりたく無いのが本音みたいですから…期待はしていません。正直、あいつらのこともどの程度信用していいかっていうのもあって」
伊達守は思案顔で頷いた。
「それもあって、西崎くんも私との繋がりをマイケルさんに知られないようにしているんだろう。彼にも言ったんだけど、少しでも危険を感じるなら、距離をとらないといけないよ」
本郷は素直に頷いた。
「気をつけます」
伊達守はひと息つくと、ゆっくり身を乗り出した。
「実は、一つ大きなニュースがあってね、それも伝えたかったんだよ」
その表情は、それがあまりいいニュースではないことを物語っている。自然と本郷は身構えた。
「2日ほど前に、樹海で見つかったご遺体なんだがね」
予想もしなかったキーワードだったが、樹海、遺体とくれば、おそらく自殺者だろうと、容易く想像が結びつく。
「所持品などから、野宮博信さんの可能性が高い」
一瞬、誰のことか思い当たらなかったが、
「!…野宮…って、れい子先生の…」
本郷は言いながら、喉がヒリつく気がした。
「そう。野宮先生のご主人だ」




