表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
39/190

蝦名と寺元  ②

 大通りに出て、車を走らせやすくなると、蝦名は今回の事件について、隠すことなく寺元に語った。

 秘密は漏らさない相手だと確信している。

 たとえ数年ぶりに会う相手だとしても、同級生のウィンガー同士、揺るがない信頼を置いていた。


 一通り話を聞き終わると、寺元は狭い座席いっぱいに体を寄りかからせた。

「須藤って人…何回か会ってるんだ。感じのいい人だと思ってたんだけどな」

「職場では評判よかったみたいだし、外面のいい野郎だったんだろう」

 寺元は不服そうだった。彼としても、須藤に騙された感があるのだろう。


「…にしても、エビさん…確かに、()()以外には関係しまくりだろ。きっかけ作り名人だな」

 非難の響きはない。そう思われないように、わざと茶化してるのは寺元らしかった。

 イタズラがバレた子供のように、気まずそうな、それでいて少し不貞腐れたような顔で蝦名は頷く。


 言われても仕方ない。

 不可抗力とか偶然のなせる技もだいぶある。だが、自分の能力が事件の要所要所で、きっかけを作ったのは認めざるを得なかった。


 水沢凪が催眠術のような能力を持つのと同じように、蝦名にもただのアーククラスではない、特殊な能力がある。


 付近にいるウィンガーの存在を感知できるのだ。

 感知できる範囲は半径20メートルくらいではあったが、翼を出していなくても存在を認織できる。

 それは壁越しでも問題なく、しかも、個人それぞれのパターンのようなものがあって、知っているウィンガーならば、誰がそこにいるのかも知ることができた。


 約1年前、立山を見つけたのも、そのおかげ、というか、そのせいだ。

 絡んできた相手に翼を出して飛びかかっていた立山を制止した。とにかくその場から離れさせて(相手が明らかにラリってて、翼など目に入っていない様子なのは助かった)それだけでよせばいいものを、親身に話を聞いた。

 立山は、蝦名の冷静さにかえって身構えた。蝦名にしてみれば、ウィンガーなど見慣れているから当たり前なのだが。

 話の流れから、自分もウィンガーであることを明かし、そこから頻繁に会うようになった。

 同級生たちからしたら、不用意極まりない行動だった。呆れられつつも許されたのは、やはり蝦名のキャラクターゆえだろう。


 家出した高野海人(たかのかいと)を郊外のマンガ喫茶で見つけたのも蝦名だ。

 同級生の庄村(しょうむら)から、

「カイと連絡が取れない。ヤバい状況かも知れない」

 と、連絡を受けていたから、配達中も気をつけてはいた。

 配達に出向いたレストランの隣から、懐かしい気配を感じた時には思わずガッツポーズをして、対応したアルバイトをたじろがせた。


 登録ウィンガーとして、まじめに問題一つ起こさず暮らしている真壁を巻き込んだのは、蝦名として最も反省している点だった。

 ただ、なんだかんだ言いつつ、真壁は同級生を匿うことには協力的だった。

 元々、高野と仲が良かったこともあるだろう。

 問題はそれに甘えて、逃亡した立山まで真壁宅に連れ込んでしまったことだ。


 立山に対して好意的だった本郷も、さすがに反対した。ただ、蝦名としては、立山が納得する形でアイロウに登録されて欲しかったのだ。


「エビさん、かべっちもだけどさ…水沢さんも、なんで巻き込んだのさ」

 寺元としては、そちらの方が気になっているらしい。さっきまでなかった非難の響きがある。

「水沢さんはウィンガーには、関わらないって決めてただろう?」

 蝦名はわかりやすく言い淀んだ。


「あ、ああ…う…それは…それも、悪かったと思っている。カイが…とにかく、妹をウィンガーにしたくない、なんとか出来るとしたら水沢ぐらいだって言い張って…大学でこっちに来てるのは、分かってたからな。ただ、この件は、本郷も賛成してくれたんだ」

 寺元は相変わらず、渋い顔のままだった。

 眉間にシワを寄せても、どことなく愛嬌はのある顔立ちはそのままだが、怒っているというより、本気で心配していることは伝わる。


「本郷も、どうしたんだよ?オレや水沢さんに迷惑かけるなって、言ってくれてたのに。あの…なんだかいう外国人集団にも会わせたんだろ?」

「ああ、マイケルたちか。あれは、ニッシーの友達で…向こうから、なんとか会って欲しいって、頼み込んできたらしい」

 ニッシー、と聞くと寺元の表情は硬さを増した。


「ニッシー、水沢さんのこと、話したのか?」

「え、いや、どういう風な経緯かはオレもよくわからん。でも、水沢さんだって嫌なら断っただろ」

「…断れるタイプか?」

 蝦名はしばし、口を閉じた。


 おとなしい子だった。

 クラスのリーダー格の小宮山や、一ノ瀬のように、何にでも口を挟んでくるような女子ではなかった。

 実際、ウィンガーになってなければ、たいした会話もなく、「ああ、そんな名前の子もいたな」くらいで終わっていただろう。


 でも、優しい子だった。印象を聞かれれば、そう答えるだろうな、と蝦名はぼんやり思った。

 頼み事は聞いてくれるだろう、と。


 同級生で、同じ秘密を抱えたウィンガーで、頼りになる能力があって…

 それを、水沢凪本人が自覚していればいるほど、断ることは難しかったはずだ。


 青信号だが、左折レーンの動きは鈍い。

 横断歩道の人の流れが無くならなければ、動けなさそうだ。

 右側の直進レーンは、ヘッドライトが次々流れていく。

 ぼんやり眺めている分には、美しい夜景だ。


 蝦名はため息をついた。

「だけどなぁ、カイの妹が暴走した時、水沢さんじゃなきゃ止められなかったって、カイもかべっちも言ってた。あの事件の時だって、水沢さんがいなきゃ本郷が危なかった」

 前方のテールランプに目を向けたまま、寺元は首を振った。

「一歩間違えりゃ、水沢さんも危なかっただろ。俺が言う立場ではないけどさ…巻き込まれたくない人は、巻き込むなって」


 蝦名はもう一度ため息をつき、だが素直に頷いた。

「だよな」


 歩行者用の信号が赤に変わり、左折の車が動き出す。

 スムーズに動き出した車の流れの中で、2人はしばらく無言だった。


「…ごめんな。話聞かせろって言ったくせに、文句つけて」

 中心部を少し離れ、マンションとオフィスビルが入り混じるあたりへ来た時、寺元がポツリと言った。

「いや。言われても仕方ない……おっと」


 薄暗い路地に入り、ギリギリまで幅寄せして蝦名は車を停めた。

「ここで一旦終了だ」

 いつもの、一本調子で断言するように言うと、蝦名は車を降りてしまう。

 話はこれで終わりということかと、寺元は少し戸惑ったが、蝦名は裏口らしいところのインターホンを鳴らしていた。


「えびな酒店です!」

(配達が終了、ってことみたいだな…)

 気を取り直してそのまま様子を見ていると、ドアが中から開いた。

 ストッパーをかけてドアを止めた蝦名が戻ってきて、後部ドアを開く。


「この2ケースもなんだ。頼む」

「え?!た、頼む?!」

 ガバッと振り返った寺元に、ビールが1ダース入ったケースをポンポン、と叩いてみせる蝦名の顔には、悪気も遠慮もなかった。

 蝦名自身は、金属のビール樽を両手に一つずつぶら下げてドアへ向かう。


 あまりに当然のように言われて、寺元も苦笑するしかなかったが、いざケースを持とうとして数秒、動きを止めた。

「…ったく、エビさんは…」

 小さく呟き、ふっと息を吐く。

 次の瞬間、寺元の背中で空気の粒子が輝いた。

 あっという間に、純白の翼がその背中に現れる。寺元はビールケースを2つまとめて、軽々と持ち上げた。


「おあっ?!」

 振り返った蝦名が翼を見て、素っ頓狂な声をあげる。

 寺元としては心外この上ない。

 入り口に出てきていた若い料理人らしい男も

「おお?!」

 目を丸くして寺元を見つめていた。


「あ、オレの同級生で、登録者ですから大丈夫っすよ」

 さすがに慌てて、蝦名が言う。

「どうも。手伝い頼まれまして。こんなの、()()()()持てないよ」

「ノッキ、1個ずつ運んでくれてよかったんだぞ。いや、そのスタイルなら、こっちも頼めばよかった」

「…エビさん…」

 ビール樽を床に置きながら、残念そうに言う蝦名に、寺元は苦笑した。


 若い料理人の目は、寺元の翼に釘付けだ。

 細身のスーツ姿の男性が、ビールケースを抱え、背中には真っ白な翼を広げている。シュールなことこの上ない光景だった。

「うわー、初めて生で見た」

 だが、怖がられるかと思いきや、料理人からはそんな声が漏れた。

「あの、触ってみても…いいですか?」


 さっきまで、まん丸だった目には、興味の色がアリアリと浮かんでいる。

「え…あ、どうぞ」


 寺元にしてみれば、初めてのことではなかった。

 進学した時、就職した時、ウィンガーになってから初めて親族に会った時。

 みんな、ウィンガーだと知ると翼を見たがった。見せると、今度は触ってみたがった。

 人間とは、そういうものらしい。


「おぉ、スベスベ…てか、かなりしっかりしたもんなんですねー」

 両手で翼を撫で、感心しきりに料理人は頷き、

「ありがとうございます!」

 最後はガッチリ握手まで、求めてきた。


「あ!蝦名さん、ちょっと待ってて!大将が用があるって…」

 どうも、翼に気を取られて忘れていたらしい。

 伝票を受け取って帰ろうとする2人に、彼はそう言って、奥へ下がっていった。


「はは、ああいう好意的な人ばかりだといいんだけどな」

 寺元の言葉に蝦名も頷く。

 須藤の起こした事件以来、世間全般、ウィンガーに対する眼差しは厳しくなっている感がある。

 被害者もウィンガーであるにも関わらず、畏怖の対象になりがちなウィンガーにとって、事件は悪影響しか及ぼしていないように思われた。


「それにしても、いい匂いだよなぁ〜、腹減った〜」

 入った瞬間から、唾液腺を刺激しまくる香りにここがなんの店か、寺元にも分かっていた。

「そう。ここは、空腹で来るには最も辛い場所だ」

 蝦名も断言した。

三渓庵(さんけいあん)のウナギなんて、そうそう食えないしな」

「え、ここ、三渓庵なの?駅裏の店しか、俺知らなかった」


 絵州市内では知る人ぞ知る老舗のウナギ店である。寺元も名前は知っていた。

「ああ、ここは2号店なんだ。本店は息子に任せて、親父さんが馴染みのお客さんだけ相手にこじんまりやってる。だから、表にも看板出てないんだ」

「へぇ、隠れ家的な店か」


 奥から、初老の小柄な男性が出てきた。

「おう、これ、お父さんに食べさせて!もう退院できたんだろ?」

 ちょっと甲高い、早口には職人らしい活気がある。

 その手にある手提げ袋に入っている物は、容易に想像できた。


「あ、いつもより遅めに来いって言ってたの、これでですか!スンマセン!ありがとうございます!」

 いつも通りの地声で、ハキハキと頭を下げる同級生の横顔を寺元は窺った。

(蝦名の親父さん、入院してたのか?)

 様子を見る限り、深刻な病気ではなさそうだが…


「上に、鰻巻き、入れといたから。配達の途中にでも食え!2人分には物足りないかもしんねえけどな」

「え、あ、すいません」

 慌てて、寺元も頭を下げる。

 さっきの男性から、自分がウィンガーだと知らされているのかどうかわからないが、大将は寺元のことを蝦名の友人としか見ていないようだ。満面の笑みで見送ってくれた。



「親父さん、入院してたのか?」

 空のビールケースを車に積み込む蝦名に寺元は聞いた。

 蝦名はちょっとバツが悪そうに鼻を鳴らした。

「酔っ払って、玄関で転んで骨折してな、靭帯までやっちまった」

「…ああ、そういう……やっちまったな」

 笑うのも不謹慎なのだろうが、深刻な病気などでなくてよかったのは確かだ。


 不意に、蝦名は後ろを振り向いた。

 間違いなく、ウィンガーの気配。

 細身の男性が、隣のマンションへ入っていくところだった。マンションといっても、5階建ての、そう大きくない建物だ。

 暗くてよく分からないが、自分達と似たような年頃に見えた。


 助手席に乗り込んでいる寺元は、気づいていない。

 なんとなく気になって、ゆっくりケースを積み込んだ。

 間もなく、黒いスーツの男性の姿が3階の外廊下に見えた。

 やはり、遠目ではっきりしないが、外国人ではなさそうだった。スーツ姿だが、サラリーマンの雰囲気でもない。

 男性は、すぐ3階の一室に入っていった。


 思わず、「隠れウィンガーっぽいヤツをまた見つけた」と、寺元に教えようかと思ってやめた。

「なんかしたか?」

「いや、別に。そういえば、ノッキのとこのじいちゃんは元気そうだな。国道走ってるのたまに見かけるぞ、トラクターで」

 寺元は、今日一番、嬉しそうに笑った。

「そうなんだよ。危ないって注意はしてるんだけどさ、八川町最後の田んぼを守るんだって、きかなくて」


 寺元は、隠れウィンガーとして生活することを選んだ自分達に反対していた。

 反対した上で、黙っていることを約束してくれた。それを、今も守ってくれている。

 余計な口を滑らせて、また面倒に巻き込んではいけない。

 今回のことで、身に染みている。


「うちまで送る。ていうか、どっかに停めて鰻巻きを食おう!腹がなりそうだ!」

 車の中に充満する蒲焼の香りは、2人の意見を一致させた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ