蝦名と寺元 ②
大通りに出て、車を走らせやすくなると、蝦名は今回の事件について、隠すことなく寺元に語った。
秘密は漏らさない相手だと確信している。
たとえ数年ぶりに会う相手だとしても、同級生のウィンガー同士、揺るがない信頼を置いていた。
一通り話を聞き終わると、寺元は狭い座席いっぱいに体を寄りかからせた。
「須藤って人…何回か会ってるんだ。感じのいい人だと思ってたんだけどな」
「職場では評判よかったみたいだし、外面のいい野郎だったんだろう」
寺元は不服そうだった。彼としても、須藤に騙された感があるのだろう。
「…にしても、エビさん…確かに、本番以外には関係しまくりだろ。きっかけ作り名人だな」
非難の響きはない。そう思われないように、わざと茶化してるのは寺元らしかった。
イタズラがバレた子供のように、気まずそうな、それでいて少し不貞腐れたような顔で蝦名は頷く。
言われても仕方ない。
不可抗力とか偶然のなせる技もだいぶある。だが、自分の能力が事件の要所要所で、きっかけを作ったのは認めざるを得なかった。
水沢凪が催眠術のような能力を持つのと同じように、蝦名にもただのアーククラスではない、特殊な能力がある。
付近にいるウィンガーの存在を感知できるのだ。
感知できる範囲は半径20メートルくらいではあったが、翼を出していなくても存在を認織できる。
それは壁越しでも問題なく、しかも、個人それぞれのパターンのようなものがあって、知っているウィンガーならば、誰がそこにいるのかも知ることができた。
約1年前、立山を見つけたのも、そのおかげ、というか、そのせいだ。
絡んできた相手に翼を出して飛びかかっていた立山を制止した。とにかくその場から離れさせて(相手が明らかにラリってて、翼など目に入っていない様子なのは助かった)それだけでよせばいいものを、親身に話を聞いた。
立山は、蝦名の冷静さにかえって身構えた。蝦名にしてみれば、ウィンガーなど見慣れているから当たり前なのだが。
話の流れから、自分もウィンガーであることを明かし、そこから頻繁に会うようになった。
同級生たちからしたら、不用意極まりない行動だった。呆れられつつも許されたのは、やはり蝦名のキャラクターゆえだろう。
家出した高野海人を郊外のマンガ喫茶で見つけたのも蝦名だ。
同級生の庄村から、
「カイと連絡が取れない。ヤバい状況かも知れない」
と、連絡を受けていたから、配達中も気をつけてはいた。
配達に出向いたレストランの隣から、懐かしい気配を感じた時には思わずガッツポーズをして、対応したアルバイトをたじろがせた。
登録ウィンガーとして、まじめに問題一つ起こさず暮らしている真壁を巻き込んだのは、蝦名として最も反省している点だった。
ただ、なんだかんだ言いつつ、真壁は同級生を匿うことには協力的だった。
元々、高野と仲が良かったこともあるだろう。
問題はそれに甘えて、逃亡した立山まで真壁宅に連れ込んでしまったことだ。
立山に対して好意的だった本郷も、さすがに反対した。ただ、蝦名としては、立山が納得する形でアイロウに登録されて欲しかったのだ。
「エビさん、かべっちもだけどさ…水沢さんも、なんで巻き込んだのさ」
寺元としては、そちらの方が気になっているらしい。さっきまでなかった非難の響きがある。
「水沢さんはウィンガーには、関わらないって決めてただろう?」
蝦名はわかりやすく言い淀んだ。
「あ、ああ…う…それは…それも、悪かったと思っている。カイが…とにかく、妹をウィンガーにしたくない、なんとか出来るとしたら水沢ぐらいだって言い張って…大学でこっちに来てるのは、分かってたからな。ただ、この件は、本郷も賛成してくれたんだ」
寺元は相変わらず、渋い顔のままだった。
眉間にシワを寄せても、どことなく愛嬌はのある顔立ちはそのままだが、怒っているというより、本気で心配していることは伝わる。
「本郷も、どうしたんだよ?オレや水沢さんに迷惑かけるなって、言ってくれてたのに。あの…なんだかいう外国人集団にも会わせたんだろ?」
「ああ、マイケルたちか。あれは、ニッシーの友達で…向こうから、なんとか会って欲しいって、頼み込んできたらしい」
ニッシー、と聞くと寺元の表情は硬さを増した。
「ニッシー、水沢さんのこと、話したのか?」
「え、いや、どういう風な経緯かはオレもよくわからん。でも、水沢さんだって嫌なら断っただろ」
「…断れるタイプか?」
蝦名はしばし、口を閉じた。
おとなしい子だった。
クラスのリーダー格の小宮山や、一ノ瀬のように、何にでも口を挟んでくるような女子ではなかった。
実際、ウィンガーになってなければ、たいした会話もなく、「ああ、そんな名前の子もいたな」くらいで終わっていただろう。
でも、優しい子だった。印象を聞かれれば、そう答えるだろうな、と蝦名はぼんやり思った。
頼み事は聞いてくれるだろう、と。
同級生で、同じ秘密を抱えたウィンガーで、頼りになる能力があって…
それを、水沢凪本人が自覚していればいるほど、断ることは難しかったはずだ。
青信号だが、左折レーンの動きは鈍い。
横断歩道の人の流れが無くならなければ、動けなさそうだ。
右側の直進レーンは、ヘッドライトが次々流れていく。
ぼんやり眺めている分には、美しい夜景だ。
蝦名はため息をついた。
「だけどなぁ、カイの妹が暴走した時、水沢さんじゃなきゃ止められなかったって、カイもかべっちも言ってた。あの事件の時だって、水沢さんがいなきゃ本郷が危なかった」
前方のテールランプに目を向けたまま、寺元は首を振った。
「一歩間違えりゃ、水沢さんも危なかっただろ。俺が言う立場ではないけどさ…巻き込まれたくない人は、巻き込むなって」
蝦名はもう一度ため息をつき、だが素直に頷いた。
「だよな」
歩行者用の信号が赤に変わり、左折の車が動き出す。
スムーズに動き出した車の流れの中で、2人はしばらく無言だった。
「…ごめんな。話聞かせろって言ったくせに、文句つけて」
中心部を少し離れ、マンションとオフィスビルが入り混じるあたりへ来た時、寺元がポツリと言った。
「いや。言われても仕方ない……おっと」
薄暗い路地に入り、ギリギリまで幅寄せして蝦名は車を停めた。
「ここで一旦終了だ」
いつもの、一本調子で断言するように言うと、蝦名は車を降りてしまう。
話はこれで終わりということかと、寺元は少し戸惑ったが、蝦名は裏口らしいところのインターホンを鳴らしていた。
「えびな酒店です!」
(配達が終了、ってことみたいだな…)
気を取り直してそのまま様子を見ていると、ドアが中から開いた。
ストッパーをかけてドアを止めた蝦名が戻ってきて、後部ドアを開く。
「この2ケースもなんだ。頼む」
「え?!た、頼む?!」
ガバッと振り返った寺元に、ビールが1ダース入ったケースをポンポン、と叩いてみせる蝦名の顔には、悪気も遠慮もなかった。
蝦名自身は、金属のビール樽を両手に一つずつぶら下げてドアへ向かう。
あまりに当然のように言われて、寺元も苦笑するしかなかったが、いざケースを持とうとして数秒、動きを止めた。
「…ったく、エビさんは…」
小さく呟き、ふっと息を吐く。
次の瞬間、寺元の背中で空気の粒子が輝いた。
あっという間に、純白の翼がその背中に現れる。寺元はビールケースを2つまとめて、軽々と持ち上げた。
「おあっ?!」
振り返った蝦名が翼を見て、素っ頓狂な声をあげる。
寺元としては心外この上ない。
入り口に出てきていた若い料理人らしい男も
「おお?!」
目を丸くして寺元を見つめていた。
「あ、オレの同級生で、登録者ですから大丈夫っすよ」
さすがに慌てて、蝦名が言う。
「どうも。手伝い頼まれまして。こんなの、ふつうに持てないよ」
「ノッキ、1個ずつ運んでくれてよかったんだぞ。いや、そのスタイルなら、こっちも頼めばよかった」
「…エビさん…」
ビール樽を床に置きながら、残念そうに言う蝦名に、寺元は苦笑した。
若い料理人の目は、寺元の翼に釘付けだ。
細身のスーツ姿の男性が、ビールケースを抱え、背中には真っ白な翼を広げている。シュールなことこの上ない光景だった。
「うわー、初めて生で見た」
だが、怖がられるかと思いきや、料理人からはそんな声が漏れた。
「あの、触ってみても…いいですか?」
さっきまで、まん丸だった目には、興味の色がアリアリと浮かんでいる。
「え…あ、どうぞ」
寺元にしてみれば、初めてのことではなかった。
進学した時、就職した時、ウィンガーになってから初めて親族に会った時。
みんな、ウィンガーだと知ると翼を見たがった。見せると、今度は触ってみたがった。
人間とは、そういうものらしい。
「おぉ、スベスベ…てか、かなりしっかりしたもんなんですねー」
両手で翼を撫で、感心しきりに料理人は頷き、
「ありがとうございます!」
最後はガッチリ握手まで、求めてきた。
「あ!蝦名さん、ちょっと待ってて!大将が用があるって…」
どうも、翼に気を取られて忘れていたらしい。
伝票を受け取って帰ろうとする2人に、彼はそう言って、奥へ下がっていった。
「はは、ああいう好意的な人ばかりだといいんだけどな」
寺元の言葉に蝦名も頷く。
須藤の起こした事件以来、世間全般、ウィンガーに対する眼差しは厳しくなっている感がある。
被害者もウィンガーであるにも関わらず、畏怖の対象になりがちなウィンガーにとって、事件は悪影響しか及ぼしていないように思われた。
「それにしても、いい匂いだよなぁ〜、腹減った〜」
入った瞬間から、唾液腺を刺激しまくる香りにここがなんの店か、寺元にも分かっていた。
「そう。ここは、空腹で来るには最も辛い場所だ」
蝦名も断言した。
「三渓庵のウナギなんて、そうそう食えないしな」
「え、ここ、三渓庵なの?駅裏の店しか、俺知らなかった」
絵州市内では知る人ぞ知る老舗のウナギ店である。寺元も名前は知っていた。
「ああ、ここは2号店なんだ。本店は息子に任せて、親父さんが馴染みのお客さんだけ相手にこじんまりやってる。だから、表にも看板出てないんだ」
「へぇ、隠れ家的な店か」
奥から、初老の小柄な男性が出てきた。
「おう、これ、お父さんに食べさせて!もう退院できたんだろ?」
ちょっと甲高い、早口には職人らしい活気がある。
その手にある手提げ袋に入っている物は、容易に想像できた。
「あ、いつもより遅めに来いって言ってたの、これでですか!スンマセン!ありがとうございます!」
いつも通りの地声で、ハキハキと頭を下げる同級生の横顔を寺元は窺った。
(蝦名の親父さん、入院してたのか?)
様子を見る限り、深刻な病気ではなさそうだが…
「上に、鰻巻き、入れといたから。配達の途中にでも食え!2人分には物足りないかもしんねえけどな」
「え、あ、すいません」
慌てて、寺元も頭を下げる。
さっきの男性から、自分がウィンガーだと知らされているのかどうかわからないが、大将は寺元のことを蝦名の友人としか見ていないようだ。満面の笑みで見送ってくれた。
「親父さん、入院してたのか?」
空のビールケースを車に積み込む蝦名に寺元は聞いた。
蝦名はちょっとバツが悪そうに鼻を鳴らした。
「酔っ払って、玄関で転んで骨折してな、靭帯までやっちまった」
「…ああ、そういう……やっちまったな」
笑うのも不謹慎なのだろうが、深刻な病気などでなくてよかったのは確かだ。
不意に、蝦名は後ろを振り向いた。
間違いなく、ウィンガーの気配。
細身の男性が、隣のマンションへ入っていくところだった。マンションといっても、5階建ての、そう大きくない建物だ。
暗くてよく分からないが、自分達と似たような年頃に見えた。
助手席に乗り込んでいる寺元は、気づいていない。
なんとなく気になって、ゆっくりケースを積み込んだ。
間もなく、黒いスーツの男性の姿が3階の外廊下に見えた。
やはり、遠目ではっきりしないが、外国人ではなさそうだった。スーツ姿だが、サラリーマンの雰囲気でもない。
男性は、すぐ3階の一室に入っていった。
思わず、「隠れウィンガーっぽいヤツをまた見つけた」と、寺元に教えようかと思ってやめた。
「なんかしたか?」
「いや、別に。そういえば、ノッキのとこのじいちゃんは元気そうだな。国道走ってるのたまに見かけるぞ、トラクターで」
寺元は、今日一番、嬉しそうに笑った。
「そうなんだよ。危ないって注意はしてるんだけどさ、八川町最後の田んぼを守るんだって、きかなくて」
寺元は、隠れウィンガーとして生活することを選んだ自分達に反対していた。
反対した上で、黙っていることを約束してくれた。それを、今も守ってくれている。
余計な口を滑らせて、また面倒に巻き込んではいけない。
今回のことで、身に染みている。
「うちまで送る。ていうか、どっかに停めて鰻巻きを食おう!腹がなりそうだ!」
車の中に充満する蒲焼の香りは、2人の意見を一致させた。




