蝦名と寺元 ①
特有の音が満ちる店内をゆっくり歩きながら、蝦名茂秋は良さそうな台を探していた。
別に小遣い稼ぎを狙っているわけではなく、時間潰しがメインだが出るに越したことはない。
平日夕方のパチンコ屋は、たいして混んではいない。
昔はーー父親の若い時分には、友達同士でパチンコに行くなど日常茶飯であったらしいが、少なくとも蝦名は友達と遊ぶ時にパチンコ屋を選択したことはない。
ギャンブルが嫌いなわけではないが、同じ金を使うなら新しいゲームでも買うか、課金する方を選ぶ。
それでも、ちょくちょく配達の合間にこの店に立ち寄るのは蝦名なりの理由があった。
蝦名の仕事は、主に酒類の配達である。
実家は数軒のコンビニを経営しているが、元々は酒屋だった。
今は酒類の販売は兄が取り仕切っているが、店舗は構えず、ほぼネット販売の取り扱いとなっている。
ただ、昔から取引のある飲食店などからの注文は個別に受けており、市内や近郊の店には直接卸していた。
方向音痴かつ、腰痛持ちの兄より自分の方が配達に向いていると、店の配達を手伝い始めたのは高校生の時。
運転免許を取ってからは、完全に配達は彼の仕事となっていた。
最初から進学する気はなかった。
ウィンガーになってから、記憶力は良くなったし、お陰でテストの点はよかったが、どうも勉強自体が嫌いだった。
重たいビールケースやサーバーを運ぶのだって、こっそり翼を出せばあっという間に終わる。
もちろん、ウィンガーであることは家族にもいっておらず、翼の力を使うには、ずいぶん気を遣っているけれど。
自分にはこの仕事が向いている。蝦名は確信していた。
重い荷物を運ぶのにちょうどいい力もだけど、配達先の人とのやり取りも、思いの外楽しい。
格別、社交的な方とは思わないが、お客の要望に応えようと、色々と情報を集め、珍しい酒が手に入れば、欲しがりそうな店に声をかける。飲み方や合うツマミのアドバイスもする。
うるさがられるかとも思ったが、みんな、なかなか喜んでくれて、時に大口の注文にも繋がっていた。
祖父や父の代から取引のある店の店主が可愛がってくれるのも、素直にありがたいと思う。
新規オープンする店の情報などを教えてもらえると、すぐに営業に回った。
お陰で、この2年で取引先の数は倍に増えている。
このパチンコ屋には、そんな店の店主や常連さんがちょくちょく出入りしていた。
顔を合わせて、何気ない会話をするのも、思いもよらない情報獲得のチャンスなのだ。
それは、商売の話に限ったことではない。
歓楽街の中にあるこの店には、この街の情報がよく集まる。
今日はいつも同じ台を打っている顔馴染みのオヤジはいなかった。
厚い胸板を逸らし、首を横に振るとポキポキ音がする。
心持ち肩をスッキリさせた蝦名は、ふと、入り口の方を振り返った。
「…うん、まあ…」
彼にしては呟いただけだが、地声がデカイものだから、この場所の騒音にかき消されなければ、大きな独り言になってしまう。
そのまま隣の通路に移動し、そこにも馴染みのある顔がないのを確認しながら、ゆっくり足を進める。
身長もさることながら、首の短いがっしりした体型のせいで、兄からも『ゴーレム』とからかわれることがよくある。
向かい側から、同じ通路に入ってこようとした中年男性が、蝦名を見て向きを変えた。
普通に歩いているだけだが、通路を塞いでいるように見えるらしい。
よくあることだから気にもせず、ノシノシと数歩進み、また入り口の方を振り返った。
(やっぱり、オレに用か?)
店の入り口の気配は、さっきから動かない。
あまりこんな場所をウロウロする奴じゃないから、そこで自分を待っている、と考えるのが妥当と思われた。
とはいえ、直接会うのは何年振りだろう?
(さすがに気になったんだろうな…)
聞かれるとすれば、事件のことだろう。
蝦名はクルリと方向を変えた。
そのまま、大股で入り口へ向かう。
店を出てすぐ左手を見ると、隣の雑居ビルの前で、手持ち無沙汰に通りを眺める男の姿が目に入った。
ヒョロっとしたスーツ姿。
やや頬のこけたソバカス顔は、横へ突き出ている耳と相まって、小学生時分は愛嬌のある顔に見えたが、今はちょっとしょぼくれて、実年齢よりも上に見える。
スーツのポケットから出した右手をあげて、寺元信樹は小さく頷いた。
やはり、自分を待っていたのだな、と蝦名も手を挙げて応じる。
「ここに入るの見えたからさ。お前なら立ってりゃ分かるかと思って」
近づいてきて蝦名のそばに立つと、2人は実に対照的に見えた。
寺元も決して背が低いわけではないが、体の幅がまるで違う。
「最初、誰かと待ち合わせでもしてるのかと思ったぞ。中に入ってくりゃよかったのに」
しかも蝦名の声量もあり、パッとその場だけ見ると、貧弱なサラリーマンがガタイのいいあんちゃんに絡まれているかのようだった。
通りすがりの人々が、ほぼ一様に視線を向けてくる。
「ああいう音が苦手なんだ。年々、デカい音がダメになってきて」
ただ、そんな周囲の眼差しは、2人とも気にしていない。蝦名のことは、寺元もこれで当たり前と認識している。
「ああ、そういえばお前は耳が良かったな。どうする?飯でも行くか?」
久しぶりに会った同級生を食事に誘うのに、蝦名なりに遠慮がちに言ったつもりだったが、そんな風には聞こえない。
寺元は少し考えるようにして、
「できれば、普通に…話が出来る場所がいいな」
それは、ウィンガーのネタを気兼ねなく話したい、ということだと蝦名もすぐに了解した。
「よし、じゃあ車に行こう。配達の途中なんだ」
久しぶりの再開にも関わらず、お互いに近況を聞かないのは、それぞれのツテでお互いどんな仕事をしているか耳にしているからだった。
だから、配達がなんのことか寺元は聞かなかったし、駐車場から出してきた軽ワゴンを蝦名が窮屈そうに運転していても、ちょっと面白そうに眉を寄せただけだった。
助手席に無造作に置かれていた荷物を、後ろに積んだ荷物の間に適当に押し込む。
「おう、乗ってくれ」
押し込まれた伝票らしきものが、くちゃくちゃになってはみ出ているのを、寺元は気の毒そうに見やった。
「悪いな、仕事中に邪魔して」
雑然とした夜の繁華街を走り始めると、寺元が先に口を開いた。
「いや、全く構わない」
蝦名は前を見つめたまま答える。
飲み屋が軒を連ねるこの辺りは、夜とはいえ明るい。
街灯や店の明かりはもちろん、ビルの壁を煌々と埋めるLED広告に、ライトアップ。そしてひっきりなしの車のヘッドライト。
片側1車線ずつの道だが、この一帯は夜が更けるにつれ、車よりも歩行者で満ちていく。
歩道から溢れた(あるいは最初から歩道を歩く気などない)人々が当たり前のように車道を進む。
慣れている蝦名とはいえ、スピードを落とし、傍らから予想外の動きで飛び出してくる人間がいないか、集中して車を走らせなければならなかった。
「やっぱり、気になっていたか」
相変わらず棒読み調の野太い蝦名の言葉に、
「いや、気になった訳じゃ…」
と、言いかけて寺元は言葉を飲み込んだ。
「…まあ、気になったんだ、よな。確認したくなったんだ」
苦笑しながら言い直し、寺元は同級生の四角い横顔をチラリと窺う。
「ていうか、やっぱりあの録音したやつ流したの、お前らだったんだ」
前を走るタクシーがブレーキを踏んだのに合わせて、蝦名はさらにスピードを落とす。
「うん、いや!あれに関しては、オレはあまり関係してない。が!」
コインパーキングから出てきた黒塗りの乗用車が強引に割り込んできて、蝦名はブレーキを踏み込んだ。
2人揃って前のめりになり、ガツッとシートベルトのストッパーのお世話になる。
「ふん!」
「チッ…」
それぞれの不満の音が漏れた。
「あんまり関係してない。本番には」
「本番?」
「だが、前段階でいろいろやらかしたのは、オレだ!」
開き直ったような、それでいて反省しきりの表情の蝦名を、寺元はしばらく見つめていた。
「まあ、いい。オレに聞かせてもいい範囲で教えてくれよ」




