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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
37/190

対策室のその後

新章開始です。

それぞれの思惑や人間関係が交錯していきます。

 ノックとほぼ同時にドアは開いた。

 対策室長室であった部屋で、デスクに向かっていた向田元室長は、無礼を咎め立てもせず、ただ相手を一瞥した。


「全員、退室しました。残りは我々だけです」

 相変わらず、感情を感じさせない声で報告するのは渡辺一郎。

 元未登録翼保有者対策室の隠れウィンガー保護のための実働チーム、「エル・チーム」のメンバーだった男だ。


「総員退避完了」

 小さく呟き、向田は立ち上がった。

「ご苦労様でしたね、渡辺さん」

 ビシッと踵を合わせ、渡辺はぴったり45度のお辞儀をした。 

「いえ。室長こそ、お疲れ様でした」


 今年の4月に、未登録翼保有者対策室の室長として赴任して半年。

 エル・チームのリーダー、須藤誠次とスタッフの桜木こと郷右近俊輔が殺害された事件から、思いもよらない事実が次々と表沙汰になり、対策室は解散へと追い込まれていた。

 いや、追い込まれたというよりはケツを捲って逃げた、という方が正しい。


 なにしろ、隠れウィンガー保護にあたっていたウィンガーが、ウィンガーの人身売買に関与していたという、前代未聞の事態である。

 国内外から大きな批判を受けた対策室は、「その管理体勢に問題があった」ことを早々に認め、解散を決めることで、批判を躱そうとしたのである。


 今日でオフィスも引き払うことになっている。

 今、この部屋にあるデスクなども、明日の朝には業者が引き取りにくる予定だ。


 赴任したばかりの向田は、とんだ貧乏くじを引いたわけだが、それについて不満を言及することはなかった。少なくとも、職員の前では。


 4月に体制が一新され、新規雇用者も多かった対策室だから、当然路頭に迷う職員もいた。

 彼らに対しても、向田はできるだけのコネクションを使って、再就職先を紹介した。


 事件の処理に加え、残務処理、マスコミ対応、そして職員への対応と、まさに不眠不休でこの1ヶ月を過ごした向田である。


 顔に出た疲れの色は隠しようもない。だが、その目には強い生気が宿っていた。

 事件前まで職員に見せていた、『あまり冴えないが人の良さそうなおじさん』の見てくれはどこにもない。


 妥協を許さない、厳格な眼差し。ほころぶことなど想像もつかない厳しく結ばれた口元。


「君の懸念通りになったな」

 向田の言葉に、渡辺は直立のままだった。

「須藤が関わったウィンガーが祖国に送還後、消息をたつことが複数回見られる。ウィンガーの情報が漏れている可能性が高い。そう言い出したのは、君だった」


 向田は表情を崩さない相手に語り続ける。

「正直言って、私も半信半疑だったよ。名前だけで、ほとんど活動していなかった対策室にテコ入れすべきだと、アイロウを通して政府に訴えたのは須藤だからね。赴任するなり、立て続けに隠れウィンガーを見つけ出して、成果を示したし、アイロウの上層部の信頼も厚かった」


 国際翼保有者登録機構、通称アイロウは、ウィンガーの登録・管理を担っている国際団体だ。

 須藤は以前、アイロウの日本支部に勤務しており、その際もウィンガーの保護に従事していた。

 匿名で送りつけららた暴露音声で、立山尚が語っていた内容からすると、その頃からウィンガーの人身取引に関わっていたことになる。


「今にして思えば、取引に必要なウィンガーを手に入れるために対策室に来た、ということか。…わたしも、甘いな」

 淡々とした自嘲気味の口調に対し、その顔には凄まじい怒りの色が見えた。

 須藤に対する怒りというより、見抜けなかった己に対する怒りだった。


「あの音声で言ってた、ヒガ、という男のことですが」

 ワタナベは相変わらず、表情を変えないまま、口を開いた。


「元橘華(たちばな)会の幹部だった男が刑務所にいまして、話を聞くことができました。確かに、ジミーと呼ばれているウィンガーがいたことは確認できました。が、本名も不明、写真もない。身寄りも友達もいない。橘華会から姿を消した後の足取りは全くつかめません。

 汚れ仕事をさせていた分、都合の悪いことも知られているんでしょう、橘華会でもかなり執念深く探したが見つからず、死んだと思われていたようです。

 この、ヒガとかジミーと呼ばれていた男が姿を消したのは、今から4年近く前。ダーウィン・ミッションが本格的に活動を始めたのは、2年前。

 この男の失踪に、ダーウィン・ミッションの関わりはないと考えられます」

 渡辺は一旦言葉を切り、向田が自分の言葉の意味を十分理解していることを知りつつ、あえて続けた。


「どうも、須藤達にはダーウィン・ミッションの他にも、複数の取引先があったようです。須藤のスマホの通信記録、部屋なども調べていますが、今のところ取引先の情報は皆無です」

「笠松と三嶋のほうは?」


 対策室で須藤と共に働き、恋人と言われていた三嶋あかりと、アイロウ時代の同僚で、やはりウィンガーである笠松史浩は、須藤が殺害されてまもなく、行方をくらませていた。

 あかりの履歴書偽造は既に明らかになっており、状況的にもこの二人が須藤と共犯関係であることは間違いない。


「2人の行方は依然不明です。ただ、」

 渡辺は手にしていたタブレット端末を操作し、デスクへ置いた。

 くるりと回転させ、向田の前へ差し出す。


()()の三嶋あかりと親交のあった篠田穂花(しのだほのか)という女性です」

 映っているのは数人の若者。教室か、オフィスのような場所で映されたものだ。

 渡辺はその中の1人を拡大した。


 細身の女性。長い髪を一つに束ねている。

 キリッとした、いかにも仕事の出来る女性らしい見た目だった『対策室の三嶋あかり』に対して、篠田穂花はいかにも大学生活を謳歌してそうな、派手な装いで画面に映っていた。

『三嶋あかり』より、だいぶ濃いメイクをしているが、同一人物と判断するのは難しくない。


「笠松の大学時代の同級生に、三嶋の写真を見せたら、すぐに篠田穂花の名前が出ました。笠松と同じ大学出身で、笠松の二つ上の学年です」

 渡辺の話に、向田は眉をひそめた。


「なんだって別人になりすます必要があったんだ」

「そこのところは、はっきりしません。ただ、金に対してはかなり執着心が強かったようです。大学在学中に、父親が横領で逮捕され、経済的に大変だったという話もあります。大学は卒業したものの、就職先は見つからず。同級生も卒業以来、連絡は取れていないそうです」


 しかめ面のまま、

「笠松との関係は?」

 と聞く向田に、

「おそらく、恋人関係です」

 渡辺は、あっさり答えた。


「…須藤じゃなく、笠松の方か」

 また、向田から自嘲気味のため息が漏れる。


「2人は、同じボランティアサークルに所属していましたが、笠松の方はほとんど活動に参加していませんでした。誰に聞いても、とっつきにくいとか、偉ぶった感じとか、笠松の印象はよくありません。付き合っている女性がいることは、本人の口から聞いたそうですが、みんな見栄を張っているだけだろうと聞き流していた。こんな嫌味な男と付き合う女がいるはずないと思った、となかなか辛辣なことを言う女性もいました」

 ほんのわずかに渡辺の口元に苦笑の影が浮かんだ。


「笠松と篠田が腕を組んで歩いているのを見た時は、相当驚いたそうです。篠田がそれまで付き合っていた男性は全く違うタイプだったそうで」

 向田が、少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん、それも須藤の場合と同様、周囲をあざむくフェイクなんじゃないか」

「可能性はありますね」

 渡辺は、またもあっさり認めた。

「いずれにしろ、現在2人が行動を共にしていることは間違いないでしょう。明日には全国ニュースで顔写真も公開されることになっています。なんらかの手がかりは掴めるはずです」


 これだけの状況証拠が揃っているにも関わらず、笠松と篠田についての報道がほとんどされていないのは、アイロウからの圧力である。

 それなりに実績を作り、マスコミ等にも出たことのある須藤の引き起こした事件は、ウィンガーのイメージアップを目指しているアイロウには大打撃だった。

 この上、笠松も、となると、ウィンガーに対する世間の印象が地に落ちるのは間違いない。


 というわけで、アイロウからは

「確たる証拠があるわけではない」

 と、2人を容疑者として報道することに待ったがかけられた。

 それなりの筋から、警察の捜査にも圧力があったと言う話だが、さすがに2人が須藤と繋がりがあることは明白で、重要参考人として行方を追われている。


 アイロウや政府、ウィンガーの研究に関わる企業などが絡まり合い、裏では様々な駆け引きや思惑が飛び交ったらしい。

 いずれにしろ、やっと笠松と篠田の実名と顔写真を公開するところまで持って来られた。


「国際社会からの批判に、耐えきれなくなったんでしょう。お陰であなたには干戈倥偬の世界に復帰頂くことになってしまいましたが」

 向田はそこで初めて、渡辺に笑顔を向けた。


「君の作戦勝ちだな。私を室長にするべく、画策したのも君だろう?」

「それは認めます。が、まさかこんな事態になるのは想像していませんでしたから。公安に復帰して頂けるのは、正直、嬉しい誤算です」

 珍しく渡辺の口調が熱を帯びた。



 2人がオフィスのあった建物を出たのは、日付も変わろうかという頃だった。

「ところで、君はこれからどうするんだ?私だけ表舞台に引っ張り出して、自分はトンズラ、とは言わないだろう?」

 向田の言葉には、かすかに非難の響きがある。

 公安に戻る自分の下で仕事をして欲しい、という申し出を渡辺は、あっさり断っていた。


「もちろん、この件から手を引く気はありません。ただ、今はしがらみに囚われずに調べてみたいのです。組織にいるより、個人の方が動きやすい場合もありますので」

 おおよそ向田が考えていた返答だ。


「組織の力がないと、切り込めないことも多いよ」

 わざとらしく肩を落として言い返す向田を、渡辺が気にする様子はなかった。

「…まあ、限界だと思ったら、早めに声をかけてくれ。君の席はいつでも用意しておくから」


 渡辺は改まって頭を下げた。

「お気遣いありがとうございます。進展があったら、報告させていただきます。須藤がー」

 そこで渡辺の目に獰猛な光が宿った。

「須藤が、あの薄笑いの下で何を考えていたのか、全て明らかにするつもりです」


 それは、向田をもたじろがせる強い光だった。

 もう一度、頭を下げ立ち去っていく渡辺の背中を見送りながら、向田はため息をつき、自分にだけ聞こえるように呟いた。

「因果なものだな…そこに、救いがあればいいんだが…」

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