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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
33/190

32話

「お兄ちゃん…」

 海人は小さくなって、座り直した。

「あの…ごめん…その…」

 すっかり恐縮したその様子に、愛凪は大袈裟にため息をついてみせた。


「ああ〜もう…分かったよ!なんか私が思ってるよりずっと…いろんなこと、隠して!抱え込んでたんでしょ!…もう…分かった!話の続きは?!他にもなんか隠してるネタ出てくるの?!」

 海人は顔を赤らめ、目を泳がせながらコクコクと頷いた後、それが『隠し事』を肯定していることになると思ったのか、慌ててブルブルと首を振った。


「ええと、だからその… そういうわけで、連絡先は頭の中にしっかり入ってたわけ。でも、オレ、登録されてからは同級生にはほとんど連絡とってなかったからさ…なんか、やっぱり裏切ったような気がしてて…な。でも、そんなこと言ってられなかった。早くしないと、お前はいつ翼が出るかわからない状態だし。タクに電話して…水沢がT大に入ってることと、本郷もT大にいることを聞いて…その時のメモだろ?愛凪が見つけて、持ってきたって聞いて。驚いたわ、捨てたと思ってたし…」


 複雑な表情で小さくため息をつく兄に、一言二言、小言を挟みたくなるのをグッと堪え、愛凪は黙って聞いていた。


「かべっちにも、そういう手掛かり残してきたなら言えって、怒られたけど、そんなメモ残してきたつもりオレだってなかったし…まさか、愛凪の方が先に水沢に会うなんて思わなかったよ。まあ、お前の話聞いていたこともあって、水沢もオレと直接会った方がいいと思ったらしくてさ。それで…今日、本郷と来てくれたんだけど…そこで…ほら、お前の暴走シーンに…」

 そう言われると、やはりあの時の自分は暴走したウィンガーになっていたのだな、と思う。

 ニュースでは何度も聞いた話だし、研修でも映像や当事者のコメントを聞いたりしたけれど…

(あんなの、自分でなんとかなんて、できない…どうにもならないよ…)


「水沢、あのマイケルって人にめっちゃ怒ってたよ。ウィンガーの予備軍だからって、無理矢理翼を引っ張り出すなんて、下手したら精神崩壊起こすってな。それ聞いて、オレもゾッとしたよ…ホント、愛凪が無事に戻ってきて良かった」

 海人はまた目を潤ませ、グズっと鼻をすすった。


「そういえば、そのマイケルっていう黒人の…ウィンガーって、何者?あんまり顔とかはハッキリ覚えてないけど…すごいおっきな人だったよね」

「うん、オレもよく知らない」

 涙目のまま、あっさり答える海人に、つられてこぼれそうになっていた愛凪の涙は引っ込んだ。


「オレも今日、初めて会ったんだよ。ウィンガーの失踪事件を調査しているらしい。なんか、あんまり詳しいことは、教えてもらえなかったけど…」

 見開かれた愛凪の目からふっと視線をそらし、海人は目を擦った。

(なんか…まだ、隠してる…よね…)

 直感的に愛凪は感じたが、まずは話を聞くことにした。

 とりあえず、マイケルと大した面識がないのは確かなようだ。


「その…ウィンガーの失踪に関してだな…うん、愛凪…お前の上司の須藤って、どんな人だ?」

 急に話が飛んで、愛凪は言葉に詰まった。が、

「すごくいい人だよ。ウィンガーなのは知ってるよね?今回の…お兄ちゃんのことも相談に乗ってもらって、それで真壁さんにも会わせてもらったし。そうだ、私がウィンガーになったことも早く報告しなきゃ。きっと、力になってくれる!お兄ちゃんのことも、大ごとにならないようにって、色々、気遣ってくれたんだよ。それに…」

 明るい表情で矢継ぎ早に話す愛凪と対照的に、海人は顔を曇らせた。

 考え込むように腕組みし、しばし黙り込む。


「須藤さんなら、大丈夫。ちゃんと、お兄ちゃんの話も聞いてくれるよ。あ、そうだ、お兄ちゃん、対策室で働く気ない?前にウィンガーのスタッフが欲しいって、言われたことがあって…」

 須藤のことになると、饒舌、上機嫌な様子の妹をじっと見つめて、海人はぎこちなく微笑んだ。

 微妙な空気を感じとり、愛凪も口を閉じる。


「そっか、よかったな、いい上司に恵まれて…ただ、な、頼みがあるんだけど…」

「今更、改まって何?」

「今回のいろいろ…立山のことも、愛凪の翼のことも、もちろん水沢のことも、しばらく黙っていて欲しいんだ」

 正座に座り直し、

「お願いだから」

 深く頭を下げる海人を、驚いたように、少し呆れたように見ていた愛凪は、ゆっくり首を振った。

「翼が出た以上、ちゃんと報告しなきゃダメだと思う。立山さんだって、何も事件なんかは起こしてないけど…登録はされるべきだよ。水沢さんは…助けてもらったし、なんか事情あるのは、わかるけど…あ、それに」

 不意に愛凪は隼也のことを思い出した。

 一緒に来たのをすっかり忘れていた…

 そのことを言うと、海人の顔が微妙に歪んだ。


「気がついてたよ」

「え…」

「お前が翼出した後、すぐに出て行った車がいたから。誰かと一緒に来たんだとは思ってた。多分、暴走しそうなのを見て、逃げ出したんだ」


 隼也ならそうするだろうな、と思いつつも、ずいぶん薄情だなとも思う。

 それにしても、それなら須藤に連絡を取り、エル・プロテクトのメンバーで保護に乗り込んでくるのに十分な時間は経っている。誰も来ないどころか、電話もメールもないとは。


「あと、もう1人。庭の向こう側、崖になってるだろ。あの向こう側からこっち見てたやつがいたらしい」

 ぼんやりと、真壁家の庭の光景を思い出す。もちろん、そんな人影など愛凪は気付いているはずもない。


「状況的に、須藤って人じゃないかって、かべっちが言ってた」

「須藤さんも…見てた?」

 それがどういう意味かより、海人の言っていることが矛盾していることの方が気になった。

「じゃあ、須藤さんも桜木さんも、職場の人私がウィンガーになったこと、知ってるってことだよね?黙ってろって、おかしくない?」

「いや、ずっとって訳じゃないんだ。とりあえず、結果が分かるまで…多分、今夜中には…」

「結果?」

 海人の目の、憐れんだような色が気に障って、愛凪は口を尖らせた。


「この際なんだから、もう少し、ハッキリ説明してくれない?」

 だが、海人は首を振った。

「勘違いの可能性もあるんだ。そうだと…簡単なんだけどな…」


 途端に軽快な電子音が鳴り出して、2人とも飛び上がった。

「あ…電話」

 愛凪は自分のスマホへ手を伸ばす。表示を見て目を見開いた。

「水沢さんだ!」

 海人が息を呑む。

 通話ボタンを押すと、少し気だるげな凪の落ち着いた声が聞こえた。


「愛凪ちゃん?よかった。体、なんともない?」

「あ、はい。なんか…すいません。ご迷惑かけて」

「別に、あたしは迷惑なんかかけられてないよ」

 微かに笑いを含む、どことなく馴れ馴れしい感じ。凪の口調に、何か違和感を感じつつも

「そこにカイ、いる?」

 そう言われて素直に海人に渡した。


「ああ、オレ。どうだっ……え…死ん…」

 絶句した海人の顔がみるみる白くなっていく。

 愛凪は思わず乗り出して、会話を聞こうと耳を近づけるが、海人に制された。

「3人とも…か。いったい、何が起こってんだよ…」

 通話を終えた後も、海人は血の気を失った顔で、しばらく天井を仰いでいた。


「お兄ちゃん…」

 愛凪も、何かとんでもないことが起こったことは容易に予想がついた。

 血の気を失った海人の唇が、大きく息を吸い込む。


「愛凪、立山が死んだよ」

 一音一音ハッキリと、自分にも言い聞かせるように海人はそう言った。

「え、死ん…だ?」

 突然のことに、まるで実感がわかない。


「それから、な」

 その愛凪の表情をうかがいながら、海人はゆっくり続けた。

「須藤誠次も、だ。一緒にいた桜木って人も、亡くなった」


 海人を見つめる愛凪の瞳は、しばらくまばたきもせず固定されていたが、

「須藤さんが亡くなった?」

 淡々と発したその言葉に海人が頷くと、激しく動揺の色が滲んだ。

「なにそれ、嘘でしょ?3人もって…須藤さんなんか、すごいウィンガーなんだよ?!メチャクチャ運動神経なんかすごくて!頭もよくて…なんで?!なにがあったの?!」

 次第に金切り声になってしまう。

 やっとのことで息を吸う。だが、吸い込んだ空気はそのまま、背中へ抜けてしまうようだった。


 背中へ抜けた息は、愛凪の背中で歪な糸となった。少なくとも、愛凪はそう感じた。

 いや、糸と言うよりも絡まりあった、不揃いな繊維だ。

 背中が引っ張られるー攣りそうだ。

 慌てて息を吐き出そうとすると、その醜い繊維は驚くほどの鋭さで体に刺さってこようとする。

 言いようのない恐怖に声をあげようとした時、パン!パン!と誰かの手が背中に刺さろうとしていたものを振り払ってくれた。


「よしよし。ゆっくり呼吸して」

 耳元で海人の声がする。

 しっかりと妹を抱きとめた海人の手が、あやすように背中を叩く。

「大丈夫。大丈夫。びっくりしたよな。ごめんな」


 愛凪は必死に海人の声にすがった。背中から襲ってくるものに連れ去られないように。

 古びた部屋の、煤けた壁紙が目に入った。

 そして、その手前に白くふんわりとした山が見える。

 純白の、海人の翼だった。

「助けて…お兄ちゃん、何かに引っ張られる…」


 やっとのことで、声が出た。声が出た途端、体が楽になる。

「うん、助ける。絶対、助けるから。心配しなくて大丈夫」

 その言葉を信じて、兄に体を預け、大きく息を吐いた。

 もう、何も襲ってはこなかった。




「やっぱり、だいぶ不安定だな。しばらくは翼は出さない方が良いよ」

 やがて、愛凪がすっかり落ち着いたのを見計らって、海人は言った。

 こくん、と頷いたものの、どうすれば翼を出さずにいられるのか、まだ検討がつかない。つまり、これがコントロール出来ていない、と言う状態なのだろう。


「愛凪」

 不安そうに揺れる愛凪の目をみながら、海人は再び頭を下げた。

「もうすぐ多分、みんな帰ってくる。水沢も、かべっちも…。あいつらの話を聞いてから、もう一度考えてくれないか?何が起きたのか聞いて、オレも一緒に考える」

 愛凪はゆっくり頷いた。

「私も、何があったのか、ちゃんと聞きたい。お兄ちゃんの友達の事情も、直接聞いておきたい」

 唇は震えているが、覚悟を決めた口調だ。


「オレは…流されてここまで来た感じだからな…ちゃんと、考え直すいい機会なのかもな…」

 相変わらず、何も見えない窓の外を見ながら、海人は呟いた。


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