28話
満身創痍の立山は、放っておいていい。
凪と本郷には、近づいてはいけない。
まず、隼也はそう自分に言い聞かせた。
この窮地を脱するには、須藤に従うしかない。完全に、須藤のいいように利用されてる感もあるが、仕方がなかった。
この得体の知れないウィンガー達の言いなりになるわけにはいかないのだ。
市販のエアガンやガスガンを自分でカスタマイズするうち、当然のように物足りなくなった。
闇サイトで強化パーツを入手し、殺傷能力のある銃を作り上げると、一般に手に入るモデルガンなど、水鉄砲のように見えた。
アパートの部屋のクローゼットは、そうして作った銃や、パーツでいっぱいだ。
他人を部屋に入れたくない、最も大きな理由だった。
未生のことは、後で考えればいい。ルームメイトが突然行方不明になれば、当然大騒ぎしそうだが。
だから、彼女なんて、余計なことだったのに…!!
この件は、須藤に強く抗議しなければ。
だが、まずは、この場を打開することだ。
様々な懸念事項が頭をよぎる。しかし、苛立つ気持ちをこの状況一点に集中させなければならない。
「だから彼はね、君たちの味方にはつかないよ」
隼也は、そう動く須藤の口元を見ていた。
首筋に、凪の視線を感じる。彼女を見てはダメだ…目が合ったら、言いなりにされる…
(落ち着け…拳銃の扱いは体が覚えている。冷静に、動けば…外すかよ!!)
胸のホルダーからは、すでにいつでも銃は引き出せるようになっていた。
自分でも、完璧だと分かるモーションで、隼也は引き金を引いた。
凪を狙うと見せかけて、本郷を撃つ。
出来れば足を狙いたかったが、もしもの場合は仕方がない。とにかく、この男の動きを止めたかった。
本郷が凪をかばおうと動くことも予想していた。
そして、それは案の定だった。
そこまで予測していたのにーー
銃弾は外れ、壁に弾痕を残していた。
「チッ!」
舌打ちするのは、隼也と須藤と同時だった。
かばおうとした本郷を凪は突き飛ばし、自分も反対方向へ身を翻して転がったのだ。
さすがに、凪がそんな行動をとることまでは、隼也も予測できなかった。
凪は派手に転んだ子供のような、少々無様な格好から、それでもすぐに立ち上がり、本郷も大きくよろめいたものの、すぐに体制を立て直した。
銃口を本郷へ向けたまま、隼也は須藤のそばへ素早く移動する。
「動く…」
な、という最後の一音は、
「グェッッ…」
どこから絞り出されたのか分からない、グロテスクな音となって、隼也の口から飛び出した。
突然、襟元を後ろから引っ張られ、同時に腹部に感じた衝撃に、足が浮くのが分かった。
衝撃に、手から拳銃が落ちる。
「…は…?!」
痛みが襲ってきたのは、衝撃を受けた腹部から、黒く、生暖かい液体が流れ出しているのを確認してからだった。
おさえた手の下に、どんどん染み出していく…
視界が揺れ、隼也はがっくりと膝をついた。
掴んでいた隼也の首ねっこを、飽きたおもちゃを放り出すように、無情に突き放した須藤は、呆れたようにため息をついた。
「急所に当たっちゃったか…まだこれからだって時に」
須藤が何を言っているのか、何が起こったのか、隼也は目に映る情報と整合しようと、必死に考えた。が、その視界の端に、立山の姿を捉えた途端に、答えが見えた。
白い翼を広げた立山が、部屋の端まで移動している。
這いつくばったままだが、その右手にさっき須藤が蹴った拳銃が握られていた。
(なんで…そんな体制で…片手で…ちゃんと撃てるはずが…)
痛みに茫洋としつつも、
「…ウィンガー、だからかよ…」
それが全ての答えだった。
「まだ、翼がだせるとはね」
須藤の冷酷な声が頭の上から降ってくる。
歪んだ立山の顔が、やっとのことで引きつった笑みを作った。
「悪いお友達がいたもんでね。こんなモンの扱いだって、ちょっとは知ってるんだぜ。みくびるな…」
まだ銃口を須藤に向けてはいるが、呼吸は荒い。
「あんた、マジてゲスいな…そいつ、部下だろ…?」
立山の声は、隼也にも届いていた。
そう、立山は須藤を狙ったのだ。だが、一瞬早く気づいた須藤は、隼也を盾にしたのだった。
「…須藤さん…あんた…」
うまく声が出ない。オレをなんだと思ってるんだ。そう、怒鳴ってやりたかったが、腹に力が入らなかった。
不意に、隼也は全てを理解した。
須藤は、計画に自分を取り込む気などなかったのだ。
知り過ぎた部下はいらない。後々、弱味につけ込まれることが目に見えているからだ。
自分をウィンガーの取り引きに引き込んだ時点で、始末をつけることまで計画に入れていたに違いない。
立山尚と、菊森彩乃が身内と疎遠で、それほど親しい友人もいないことを須藤は確認していた…行方をくらましたところで、探そうという人間もいない。
なるほど、それは隼也にも当てはまる条件だった。
小学校の時に出ていった母親とはそれ以来会っていない。父親とも一年近く、連絡を取っていない。
突然、姿を消そうが、少々不審な死に方をしようが騒ぎ立てそうな人間などいない…
腹が痛い…力が急速に抜けていく…
急所に当たったか、と須藤は素っ気なく言った。
(マジで、やばい…てか、こんなん、マジかよ?!)
血液が流れ出していくのが自分でも分かる。
(こんな…終わり方、すんのか、オレ…)
床に倒れ伏すと、須藤の足元が見えた。
(くそっ…!いいように利用しやがって…いざとなりゃ、全部立山のせいにして、オレは上司をかばって殉職ってシナリオか…)
世間向けには、お涙頂戴ものの美談に仕上げられそうだ。
鎮痛な面持ちで記者会見する須藤の姿が、容易に想像できた。
声は出ない。痛みで動けない。それなのに、思考だけは冴え冴えとしている。
須藤に一泡吹かせてやりたいーー
痛烈にそう思ったが、視界が急激に暗くなっていく…
「桜木さん!」
前へ飛び出そうとした凪を、本郷が飛びつくようにして取り押さえる。
立山がそれに気を取られて、視線をずらしたのを須藤は見逃さなかった。
素早く隼也が落とした拳銃を拾い、なめらかな動きで構える。もとより、翼を出しているとはいえ、かなりのダメージを負っている立山は、すぐに反応できなかった。
お互いに銃口を突きつけてるとはいえ、寝転がった立山と、立ち上がり、しっかりと狙いをつけている須藤。明らかに有利なのは、須藤だった。
「動くなよ、同級生のお二人さん。彼がこれ以上傷つくの、見たくないでしょ」
薄ら笑いを浮かべた須藤に対し、真っ先に行動したのは立山だった。
「う、ああぁぁ!!」
苦鳴を絞り出しながら、折れてない足で床を蹴った立山の体は、猛然と須藤に突っ込んで行く。当然、翼がなければあり得ないスピードと体制だ。
形相を変え、舌打ちしながら飛び退く須藤の背中に、光の粒子が集まった。
「ナオちゃん、やめろ!そんな体じゃ無理だ!」
加勢しようとした本郷だが、拳銃を持ったまま掴み合いになっているウィンガー2人に、手が出せない。
「もう、やめて!!」
血の気を失った顔で叫ぶ凪の声も届かなかった。
突如、パン!という渇いた音が鳴り響いた。緊張に満ちた空気が破裂したような音だった。
バラバラと天井から破片が降り注ぎ、
「うわっ…」
「ひっ…!」
本郷と凪は、かばい合うようにして身をかがめる。
途端にもう一度、パン!と同じ音、とほぼ同時にボスッと鈍い音が重なった。
「!」
凪と本郷の目に映ったのは、立山の右の翼が背中を離れ、宙を舞う姿。スローモーションのように見えたのは、あまりに衝撃的な絵面のせいだろうか。
ゆっくりと半回転した折れた翼は、その一瞬、残ったエネルギーを燃やし尽くすような光を放ち、砕けたガラスのように飛び散った。
音もなく飛び散る光のかけら。だが、その場の全員が空気の圧力が急激に変わるのを感じた。
甲高い、つんざくような金属音が、頭の中に強烈に響く。
本郷と凪は唇を噛み締めて頭を抱え、須藤も
「…クッ…!」
顔をしかめてよろめいた。
「あ…ぐ…あぁ…」
倒れ込む立山の背中から、残った左の翼も消えた。
そのまま、床に倒れた立山の体がビクビクと、不規則な動きを始める。
「ナオちゃん!」
「ナオさん!」
駆け寄った本郷と凪を交互に見つめ、立山は声を出そうとしていたが、唇が震えてうまく言葉がでない。
「初めて実際に見たよ、翼が折れるところ…さあ、これからどうなるか…君たち、知ってるかい?」
芝居がかった口調でそういう須藤を凪は無視し、本郷は睨みつけた。
「お前…わざと…」
「いや、いや、いや」
茶化すように首を振りながらも、銃口は本郷をとらえている。
「撃っちゃったのは偶然。まさか、翼に当たるとはね。聞いてはいたけど、ホント、即効やられるんだね。はは…脆いなぁ…」
せせら笑う須藤に、本郷は怒りのあまり言い返す言葉も見つからなかった。
「つば…さ…が…折れたら…」
かすれた凪の声は、絶望的な結果を知っている、それだった。
「ああ、彼は死んじゃうね。もって10分か、15分てとこでしょ」
電車の待ち時間の話でもしているような須藤の言葉には、なんの感傷もない。ただ、
「目の前でこんなものを見られるとはね。まったく…予想外のことばかり起こる日だ」
目は興味津々で輝いている。
「翼がはえていた場所から、急速に組織の壊死がすすむ。そのまま、内臓までやられればもちろん手の施しようがないし、まあ、その前にショックを起こして息絶える可能性が高い。少なくとも、今まで報告された症例はそうだったよ。翼は、超人的な運動能力を与えるくせに、折れれば苦痛を伴う死をもたらす。消えてしまえば、痕跡も残らないくせに、折れた時はその存在があったことを激しく主張する。意味が分からないよね」
饒舌に、滑らかに語る須藤の顔は、どこか正気とは思えなかった。
蒼白な凪の顔が、キッと須藤を睨みつける。
「意味が分からない…?わけがわかんないのは、アンタだろ!」
淡々と、だが、はっきりとそう言い放った凪は、次の瞬間、須藤の胸元に飛び込んでいた。




