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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
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27話

「へえ、れい子先生の名前を出すなんて…なんか色々、調べてそうだな。さすがにアイロウお抱えのウィンガー、ってとこだけど。女性に簡単に手をあげるのはいただけないぜ」

 仁王立ちの本郷が、須藤に言う。口調は軽いが、表情は硬い。


「女性である前にウィンガーでしょ。しかも、隠れ天使。翼は黒い。これは、世界的に貴重な症例だ。速やかに保護しないとね」

 翼の消えた凪と、大きな翼を広げた本郷を交互に見ながら、須藤は平然と言い放った。

「保護?ずいぶん、乱暴な保護もあったもんだな」

 さすがに本郷の声に怒気がにじむ。

「この人たち、ウィンガーをどこかに売る気だって。それでナオさんが…こんな…」

 凪と立山にチラリと視線を送り、本郷は大きくうなずいた。


「保護するつもりだとしても、酷い。増して、保護するふりして人身売買とか、最悪にも程があるだろ」

 凪が身を乗り出した。

「なんで?あなたもウィンガーでしょ?!なんで、同じウィンガーを…」

 須藤の顔に、みるみる小馬鹿にした笑みが広がった。整った顔だけに、嫌味さは倍増する。


()()()()、ウィンガー同士だから、仲間だなんて思ってる?テロ事件に加担しているようなウィンガーも、仲間だからってかばうの?ウィンガー絡みの事件が起きるたびにさ、無関係なウィンガーまで、いっしょくたに非難されたり、監視の対象になったりしている現実を分かっているかな?翼を隠して、普通の生活を伸び伸び送ってて、こんな時だけウィンガー同士?それは、都合よすぎるでしょ」

 首をすくめて見せた須藤だが、凪の方は直視しようとしなかった。彼女の能力の危険性を、すでにはっきり認識したようだ。

 凪は無言で、唇を噛みしめた。


「都合いいこと言ってんのはお前だろ!何が、セット販売だ!誘拐だろ!犯罪だろ!誰が見たって、お前のやってることは、まともじゃない!!」

 立山が、傷ついた体で、それでも彩乃を庇うように寄り添いながら叫ぶ。

「ナオちゃんの言ってることが正しい。あんたは、ウィンガーである前に犯罪者だ」

 毅然と言い切った本郷とも、須藤はまともに目を合わせようとしなかった。

 凪と同様の能力を持っているかもしれないと、警戒している。


「野宮れい子の子供たち、か…」

 もう一度、その言葉を呟き、須藤はにっこりと微笑んだ。

 サッと、部屋の中にいる全員を見渡したその顔は、いつもの人を魅了するー魅了すると分かっている、爽やかな好青年のものだった。

 訝しげに身構えた本郷に、小さく両手を広げて見せる。


「取り引き、というのはどうかな?」

 須藤は楽しげに目を細めた。

「取り引き?」

 本郷、凪、立山それぞれが、須藤を見つめて首をかしげる。


「君たちは、おそらく今の生活を守りたいんだろ?それに…状況からするに、君たちの他にもいるよね?35人のクラスのうち、あと何人、天使がいるんだろう?」

 あくまで無邪気な物言いだ。

 本郷は、深くため息をつき、凪はギュッと両手を握りしめた。2人とも、表情は変えない。


「須藤さん、なに考えて…」

 隼也は、やっとのことで声を絞り出したが、須藤に一瞥され、黙るしかなかった。

(こうなりゃ…腹くくるしかないか…)

 半ばヤケクソになりながら、隼也は胸の拳銃の感触を確かめる。今、自分が頼れるものはこれだけのような気がした。だが、これがあれば、少なくとも自分の身だけは守れる。いざとなったら…


 2人が何も言わないのを見ると、須藤はそのまま続けた。

「君たちのことは、見なかったことにする。その代わり、彼らを渡してもらう」

 冷徹な眼差しが立山と彩乃に注がれる。立山は歪んだ顔に、絶望の色が浮かんだ。


「…あんたのやってる犯罪を見逃せってことか。というより、共犯になれってことだよな。素直に名乗り出て、登録されりゃ済む話を、俺らがOKすると思ってんの?」

 本郷は表情を変えずに言い返したが、敢えて感情を抑えているのが分かる。

「オレらを見逃すっていうのも、どうやって信用しろってんだよ。裏で、こんな仕事しているヤツをよ!」

 須藤は相変わらず、薄笑いを浮かべたままだった。

「登録されれば済む話、なら、なんで今まで黙ってたのかな。翼が出てから何年経つ?ここ、1、2年の話じゃないでしょ。色だけじゃない、変わった能力もあるようだしね。普通なら、早く調べてもらいたいと思うはずだよ…なぜ、名乗りでなかった?」

 視線は用心深く、凪の足元に向いている。


「タイミング、逃しただけだよ」

 ボソッと、吐き捨てるように凪が言った。

 予想外の言葉だったのか、須藤は一瞬、ポカンと口を開けたが、すぐに笑い出した。


「あはは…なるほど、タイミング、ね。それは大事だ!」

 困り顔で凪を見た本郷がため息をつき…それから、ふんっと、鼻から吹き出した。

 どうしようもないな、という顔で須藤に笑い返す。

「まあ…一番の理由はそれかもな。それほど高尚な理由なんかない。だから…取り引きに応じる必要なんかない!」


 本郷が言い終わる前に、須藤が猛然と突っ込んできた。

 スピードをそのまま乗せたパンチが、仁王立ちのまま、立ち尽くす本郷を襲う。

 右、左、と繰り出された拳を、一歩も動かないまま、平然と本郷は両方の手の平で受け止めた。

 純白の翼を広げた天使が、両手でガッチリと組み合う姿がランタンの灯りに照らされる。

 それは、あまりにシュールな光景だった。


 空気が震えたのを、隼也は確かに感じた。

 須藤は、凄まじい形相をしている。普段は決して人に見せない表情だ。腕にも足にも、渾身の力が込められているのが分かる。

 翼を出した状態の須藤のマックスのパワーを、隼也も知らない。

 一緒にジムでトレーニングはしているし、スパーリングの相手もさせられているが

「さすがに身内に怪我はさせられないからね〜」

 と、軽くいなされた。

 隼也自身、手加減してくれている須藤の相手でさえ、かなりハードで、

「本気でかかってきてくれ」

 なんて、冗談でも言えなかった。


 須藤の本気。普段なら、またとない機会に高揚さえ覚えただろうが、今はそうはいかなかった。

 顔を紅潮させ、見てくれなど忘れているだろう須藤に対し、相手は顔色一つ変えず、表情すら変わっていない。

 翼の大きさだけではない、何か、圧倒的な

 違いがあった。

 ふと、視線を落とすと、凪も変わらぬ表情のまま2人を見ている。

 同級生に対し、不安も恐れも抱いていないその顔に、隼也はゾッとして組み合う2人に視線を戻した。


「あのさぁ、」

 両手を組み合ったまま、本郷が言う。

「オレがさっき、かなり手加減したの、分かってる?」

 須藤の目のぎらつきが増した。

 無言のまま、歯を噛みしめ、頭を振り上げる。思い切りよく、頭突きをしようとした須藤の動きは完全に読まれていた。

 組み合っていたバランスが崩れた瞬間に、本郷の両足が須藤の腹を蹴り飛ばす。鮮やかなドロップキックだ。ただ…何か不自然な動きだった。


 2人から目を離さず、固唾を飲んでいた隼也は思わず身を乗り出し、目をしばたいた。

 本郷の両足は、床から飛び上がった、というより、浮き上がったように見えたのだ。

 ほんのわずか、その瞬間だけ、スローモーションの映像が差し込まれたようだった。


 吹っ飛ばされた須藤の体は、ドン!と、鈍い音を立てて壁に叩きつけられ…翼は埃っぽい空気の中に、溶けるように消える。

「ぐはっ!げはっ…!!」

 体を折って、激しくむせこむ須藤を見て、本郷も翼を消し、

「ダーウィン・ミッション」

 一言、そう言った。


 顔を上げた須藤から、完全に憎悪しかない眼差しが返ってくる。

 これみよがしに血液混じりの唾を吐き出すと、一気に立ち上がった。

「嫌味なヤツだな…そこまで知ってるんじゃないか」

 そう言いながら、須藤は歪んだ笑みを浮かべた。


 なんのことかと、隼也は耳と目を凝らした。いや、すでに限界まで五感を駆使してこの状況を見守っているのだが…

 目の端でとらえた凪も、不思議そうな表情を浮かべ、本郷の背中を見つめている。


「レアライフってしってるか?」

 そんな同級生の視線を感じてか、前方に顔を向けたまま、だがその問いは背後に向けられていた。

 凪はちょっと首を傾げてから

「環境保護団体だっけ?…希少生物の保護とかやってる…?」

 凪の言葉に、隼也もどこかで聞いたことのあるその名前を思い出した。

 とは言っても、詳しいことを知っているわけではない。絶滅の恐れのある動植物の保護の為、時には少々過激な活動もしている国際団体、ということぐらいだろうか。


「ダーウィン・ミッションってのは、その中でも特に、ウィンガーは人間の進化の途中形態だ、って主張してるグループだ。最初は学説を発表したり、国際レベルでのウィンガー研究を訴えてるぐらいだったんだけど、最近は活動が過激化して、レアライフの中でも問題児集団になってる。その連中が、最近日本に…というか、絵州市に入り込んできた。と、マイケルが言っていたんだよ」

 凪の目がハッと見開かれ、隼也も突然、情報が繋がって愕然とした。


 いつか見た、凪と立ち話をしていた大柄な黒人男性。そうだ、今日、真壁の家にいた巨大な翼の黒人ウィンガーと同じ人物だ。

 マイケル…日本語学校の講師をしているとか言ったか…

 そうか、そういうことか。

 結局、こいつらは…この巨大な翼を持つウィンガーたちは、みんな繋がっていたのだ。

 小学校卒業以来、会っていない?よく平然と言えたものだ。

 ついこの前まで、好感を持っていた凪が、今は気味の悪い存在としか思えなくなっている。


「もしかして、あの、黒人の大男のことか?」

 須藤の状況判断は早かった。

「やられたね…というか、やっぱりというべきか。ウィンガーで作られた組織があるってウワサは聞いてはいたけど、都市伝説だと思っていたよ。隠れウィンガー同士の情報網なんて、小説か、映画の世界じゃないかってね」


 いつもの、飄々とした口調は戻ってきたが、見てくれに気を使う気はなくなったのか、苦虫を噛み潰した表情だ。

「ウィンガーのぼく自身も知らない組織なんて、ひどい話だよ」

「別に、ひどくはないさ。世界にはいろんなヤツらがいるんだよ。登録されているウィンガーが全てじゃないってだけ」

 須藤は数秒黙ったが、不意に、ニヤッと笑った。

「そうか…"黒の女王"って…そういう意味か。まるで…女王っぽくないから、気づかなかったよ」

 凪が、眉をひそめ、あからさまに嫌悪感を見せる。


 中二病のガキンチョが使いそうな単語だと思いながら、隼也もどこかで聞き覚えがあった。

 外国人のウィンガーを保護し時だったろうか。絵州市に隠れ天使のグループがあると聞いて、入国してきたと、確かに言っていた。"黒の女王"とは、組織の名前だと認識した記憶がある。まるでヒーロー映画に出てくる悪の組織だ。あまりにも、それっぽい名前に、

(怪しすぎるだろ…)

 と内心突っ込んだ。

 対策室でも、半ば笑い話としてとらえられていたその話が、こんなところで正体を現すとは…


「ねえ、本郷さん、取り引きに応じておけばよかったのに。君らを捕まえたら、ずいぶん面白い話が聞けそうじゃないか」

 妙な猫撫で声で須藤にそう言われても、本郷は表情を変えない。むしろ、余裕さえ感じさせるため息をついた。

「それで、脅してるつもり?あんたらの方が立場は悪いんだぜ。ダーウィン・ミッションの名前知ってるだけのはずがないだろ。あんたらだって、取り引き相手が何をやってるか、知らないわけないよな」

 須藤の笑みが消える。

 2人は、しばらくの間、無言で睨み合った。


「…えと…ダーウィン.ミッションがウィンガーをお金で買ってるっていうこと…?」

 沈黙を破ったのは凪だった。

「ウィンガーを進化途中の希少生物として、集めてるわけ?」

「そういうこと、らしい。オレも、聞いたことはあったけど、さっき、マイケルから話を聞くまでは、学術目的とか保護活動の一環で、ウィンガーを集めてるのかと思ってたよ。どうも…そんな平和なもんじゃないみたいだよな」

 本郷の最後の一言は、須藤に向けられていた。だが、須藤は無言のままだ。 


「保護活動なんて、笑える…ダーウィン・ミッションがウィンガーの国際売買をとりしきってるんだと。集めたウィンガーを紛争地域の戦力としてとか、研究対象として世界中に売り飛ばしているらしい。裏切ったりしないように、人質になる家族や恋人とセットで拉致られることが、ここ最近、手口として定着してるそうだ」

 凪はサッと立山の方を見た。

 立山も愕然とした表情で見返す。


 須藤の唇がゆっくりと動いた。

「無理矢理やらされているウィンガーばかりじゃない。破格の報酬を約束され、かつ破壊的、暴力的衝動を満たされるとなれば、進んで協力する者もいる。君たちなら、分かると思うけどな…」

 須藤の目には、妙な輝きがあった。

 この状況を面白がり、自分に陶酔した歓喜の光と、憎悪と苛立ちの闇の色が限界まで混ざり込んだ眼差しだった。

 喉の奥が張り付くような感覚に、隼也は慌てて唾液を飲み込んだ。


「ウィンガー専門の人材派遣会社とでも思えばいい。ぼくらはスカウトマンってとこかな…言っとくけど、前よりずっといい暮らしをしてるウィンガーだって多いんだよ。一概に犯罪集団の片棒担いでる、みたいに言われたくないな」

 奇妙な笑みを張り付かせたままで語る須藤に噛み付いたのは立山だった。


「都合のいいことばっか、言ってんじゃねぇよ!オレは、そんなこと望んでない!普通に登録されて、多少、非難されたってこのまま普通に生きてやるよ!無関係の彩乃まで巻き込みやがって…要するに、自分が金儲けしたいだけだろ!犯罪を正当化するな!」

 振り絞るような声にも、須藤は冷めた眼差しを向けただけだ。


「桜木さん、知っててこんな仕事、手伝ってるんですか?」

 不意に自分に向けられた凪の声に、隼也はハッとした。だが、

「ああ、彼はあまり詳しくは教えられていないよ。でも、桜木くんはぼくに従うしかないよね〜」

 須藤に先回りされてしまう。

「体育会系の好青年だと思ってた?ああ、そういえばさっき…」

 須藤の視線が床を這い、壁際に転がった銃をねめつけた。そのまま、ジロリと凪の足元に不機嫌な視線をとめる。


「あの拳銃ね、桜木くんの私物なんだよ。いわゆる、ガンマニアってヤツが高じてモデルガンの違法改造を趣味にしちゃってるんだ。意外でしょ?」


 隼也は愕然とした。何をペラペラと、喋ってくれてるんだ…

「ち…ちょっと、何言ってるんです?」

 上ずった声を出しながら、これではごまかしようがないと、自分でも思った。


「改造ガン…?」

 本郷の視線が床の銃を追う。

 凪は予想だにしなかった話が出できたせいか、目を見開いたまま須藤を見つめていた。

「あげくに、本物を密輸入しちゃったりしてね、口外されたくなければ、ぼくに従うしかないんだよ。まあ、実際…自分の銃を実際に使ってみたいのもあったんじゃないかな…」

 口元には爽やかな笑みを浮かべているが、目には狡猾な光が宿っている。

 不安定にくるくる変わる表情は、凪の影響だろうか。不安と混乱を煽る須藤の言動に、隼也は怯えていた。

 いや、自分が怯えているなど、隼也は理解していなかった。ただ、全身から、嫌な汗が吹き出している。


 それでも、須藤の意図を理解できたのは、この数ヶ月、彼の気ままな言動に振り回されたり、呆れたりしつつも、彼の解決能力の高さを見てきたからだろう。

 だが、この状況下のそれは…最善のものとは思えなかった。いや、最悪と言ってもいい。


(こいつら全員、始末するってことか…?)

 凪や本郷も含めて、取り引き相手ーダーウィン・ミッションーに引き渡す。それができないなら…

(殺す気かよ…)

 こちらには、拳銃がある。いざとなったら、使え。そう、須藤は言っているのだ。

 須藤と目が合い、それを確信すると、滲み出た汗が、急速に冷えるのを感じた。

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