21話
愛凪の、汚れた手足を拭いたタオルを洗っているのは、水沢凪だった。
「しばらく寝れば、大丈夫だろ。呼吸も脈も落ち着いてるし」
二階から降りてきた本郷が、リビングの真壁と立山に声をかける。2人とも安堵の表情で、溶け込むようにソファに身を委ねた。
「…だるい。やっぱ、翼出した後はしんどいわ…」
疲労困憊の様子の立山に対し、真壁は思い出したようにすぐ、立ち上がった。
「なんか飲むか?まあ、お茶か水だけど」
ウーロン茶のペットボトルを取り出すために開けた冷蔵庫の中はがらんとしていた。ペットボトルと缶ビールが何本かとソーセージ、チーズ、なぜかツナ缶やサバ缶まで冷やされている。だが、目につく物はそれくらいだ。
「あ、タオルはそこら辺に置いてて」
振り返った真壁にそう言われた凪は、そこら辺とはテーブルの上のことだろうと、たたんだタオルを置いた。
テーブルの上には、調味料のラックや食器がいくつか置いてある。比較的、きちんと整理されているが、テーブル自体はうっすらホコリがかかり、少しベタつく感じもした。
「マイケルさんは?」
黒人男性の大きな体は、凪が二階から降りてきた時にはもうなかった。
「ああ…うん、なんか立山の話聞いたら、調べることがあるからって、帰ったよ。水沢、お茶飲むか?あ、冷えてないサイダーもあるけど」
真壁が指差した壁際には、24缶入りの段ボールが置いてあった。
「じゃあ、お茶、もらいます」
「あ、じゃあオレ、サイダーもらうわ」
本郷は段ボールから取り出したサイダーの缶を片手に、凪は真壁からウーロン茶のペットボトルを受け取って、リビングに座った。
両手でグラスを3個持ってきた真壁は、彼の定位置らしいソファの一角に腰を下ろす。
「ナオさんの話って?」
お茶を注ぎながら凪に尋ねられると、立山はバツが悪そうに目を逸らした。
同級生3人の中にひとり混ざっているせいか、立山はどことなく、居心地悪そうだ。
「いや、なんていうか、証拠がある話じゃないんだけど。チラッとオレが沖縄にいた頃の話したら、あの、マイケルって人、心当たりがあるとか言い出して…」
「ぬるっ」
サイダーを口にした本郷が顔をしかめる。
「だから、冷えてないって言っただろ!」
真壁の巻き舌調のツッコミは全く意に介さず、本郷は立山を見た。
「それ、アイロウに関係する話?ナオちゃん、なんかオレらに教えてないこと、あるだろ」
立山はブルブルと首を振り、
「教えてないとか、隠してるってわけじゃない。ホント説明しにくいネタでさ。ただ、さっきあのマイケルさんが、向かい側の崖から誰か見てたって気にしてて…」
「愛凪ちゃんが翼出した時、店の方からも出て行く車がいたんだよ。多分、近くでも誰か見てたぜ。どっちかは須藤だと思う、という話したら、立山が昔、須藤と関わったかもしれないって言い出してさ。マイケル、その話聞いたら調べてみるって、ちょっとおっかねえ顔して出て行ったんだ」
真壁が途中から引き取ってそう補足したものの、本郷も凪もイマイチ話が見えず、顔を見合わせた。
不意に、『スターウォーズ』のテーマが流れ始めた。真壁がテーブルに置いたスマホに手を伸ばす。
表示を見て、顔が険しくなった。
「噂をすれば…須藤だぜ」
全員が息を飲んで黙り込む中、真壁は平然とした口調で電話に出た。
「…ええ。確かに。立山はうちにいます…ーーいや、おじさんは関係ありませんよ。オレの独断で…」
"おじさん"の言葉が出た時、明らかに真壁の口調に苛立ちと怒りが滲んだ。
「!」
突然、伸びてきた立山の手が真壁のスマホを取りあげる。
「もしもし、立山尚です。対策室の須藤さん、ですよね」
呆気にとられて、全員が見守る中、立山は話し続けた。
「真壁さんはオレに頼み込まれて、匿ってくれただけです。出頭はするつもりでしたよ。ただ、考える時間が欲しかったんです。ちょうど、よかったですよ。オレ、あんたと、2人でじっくり話がしたかったんだ」
次第に口調が変わっている。
「あんた、3年前に沖縄に行ったことあるだろ」
その言葉に、スマホを奪い返そうとしていた真壁は動きを止めた。凪と本郷はいったいなんの話かと、顔を見合わせる。
「比嘉義章を知ってるだろ。ああ、いつもはジミーって呼ばれてたけど」
そう言った後、立山に、してやったりという表情が浮かんだ。明らかに、相手は動揺しているようだ。
立山の話は、須藤を揺さぶるネタだということか。
口元に薄ら笑いを浮かべた立山は、3人を見回してから唇に人差し指を当てる。
「さっき、黒人のデカいやつ、見たか?ーーああ、あの翼、オレもびびったね。あいつ、比嘉さんのこと、聞きに来たんだ。橘華会系列の海外の組織の関係者だよ。要するに、比嘉さんと同じような仕事してる人間ってこと」
本郷と真壁が眉間にシワを寄せて顔を見合わせる。
相手の反応を待って、立山は一旦言葉を切った。
「ーーー、あんたの名前も出してたよ。それで、オレも確信したんだ。ああ、あの黒人には、オレが比嘉さんを知ってることは言ってない。その方があんたも都合がいいだろ?ーーー貸し?まあ、そんなとこかな。オレと話す気になった?」
しばらく間があく。
「ーーーオッケー、オレのスマホの電源入れとくよ」
軽い口調とは裏腹に、立山の顔は一気に厳しくなった。
「ああ、それとあんたの部下の女の子だけどーーー、ああ、それならいい。真壁さんは咎められるようなことはしてないんだから」
通話を切ると、無言のまま立山はスマホを真壁に返し立ち上がった。
部屋の隅に置いていたコンビニ袋から自分のスマホを取り出し、電源を入れる。
「ふぅ…」
ため息をついて元の位置に戻った立山に、全員の視線が集まった。
「おい、説明しろ」
「話をまとめてくれ」
真壁と本郷が口を揃えていうと、立山はちょっと頼りなげな笑みを浮かべて頷いた。
「3年前まで沖縄にいたって言っただろ。その頃、オレ、1人のウィンガーと知り合いでさ」
「え、ウィンガーの知り合い、いたのか」
本郷が驚いて目を見開く。
日本国内の登録ウィンガーは50人に満たない。自分たちのような特殊な事情がない限り、ウィンガー同士が知り合う機会はそうそうないし、一般人がウィンガーと知り合う機会も多くない。
「登録はされてないんだ。…まあ、いろいろ訳ありの人でさ」
立山は、ちょっとためらってから続けた。
「無戸籍児、って知ってるか?どういう事情か、詳しくは知らないけど、それだったんだ。で、暴力団の手伝いしてた」
真壁が眉を潜める。
「お前、そんな仕事してたのか…?」
立山は慌てて首を振った。
「オレは暴力団なんかと関係してねえよ。比嘉さんの話だ。…めちゃくちゃケンカ強くてさ。見た目はヒョロヒョロなんだぜ。なのに、パンチ一発で、喰らった相手は気絶だよ。ヤバイ奴だから近づくなって、みんな言っててさ…」
懐かしそうに話しながら、ちょっと顔を赤らめる。
「…まあ、オレの身の上話しをするとだな、母親は男のところに入り浸りで、年に1回くらいしか帰って来なかった。だから、ずっとばあちゃんと2人暮らしだったんだけど…ばあちゃん、オレが中学生の時に体壊して働けなくなってさ。金なくて、高校行けなかったんだよ。いや、金の前に高校行く頭もなかったんだけど。貧乏のせいにして、ちょっと悪いこともしてたワケ」
本郷と真壁は苦笑している。凪はどういう顔をしたらいいのかと、3人の顔を代わる代わる見ていた。
「そんで、ちょっとトラブってボコられそうになってた時に、助けてくれたのが比嘉さんだったんだ。助けてくれたっていうか…比嘉さんも機嫌悪い時に、集団で1人の人間ボコボコにしようっていうのに出くわして、憂さ晴らしした、ってだけだったらしいけど」
立山はそこで声を出して笑った。
「タイミング悪けりゃ、オレの方が比嘉さんにボコられてたかもな。もう…すごくてさ…相手、5人だぜ。あっという間に片付けちまった」
「とにかく強いって、地元じゃ有名な人だったんだ。おっかねえ人達の仲間なのも知ってた。でも、目の前であのファイトを見たら、オレもあんな風になりたいと思ってさ。ケンカのやり方、教えてくれって頼みに行った。ま、最初は全然相手にされなかったけどな。…あの人、ハンバーガー好きでさ、行くたびに持っていったら段々、話してくれるようになったんだ」
暴力団員といっても、比嘉は1人でいることが多かったらしい。誰も怖がって近づかなかったのだ。
次第にお互いの身の上話などするようになり、立山は比嘉の壮絶な生い立ちに驚いたという。
話してみると、義務教育さえ受けていないにも関わらず、比嘉はなかなか物知りだった。ウワサで聞いていたのとは違い、普段はそうそう、声を荒げるようなこともない
「ホント、気のいいにいちゃん、だったよ。結局、ケンカが強くなる方法は教えてくれなかったけどな。オレは特別だから強いんだってはぐらかされた。それからしばらくして…」
立山の眼差しは遠くを見ていた。
「抗争、ってほどじゃないだろうけど、いざこざがあったみたいでさ、他の組の人たちと比嘉さん達がもめてる現場に出くわしたんだ。オレ、隠れてこっそり見ててさ、そんで、比嘉さんの翼を見た」
「…特別って、そういう意味か」
本郷の言葉に立山は頷く。
「どうするか迷ったけど、その後、会った時にはっきり言った。この間、見ましたよって。オレ、ごまかすの下手だから、すぐバレると思ったしさ。比嘉さんの組の人達はもちろん、知ってた。相手方からバレるんじゃないかと思ったけど、そんな噂も全然なくて…要するに、相手の方は全員…口を塞がれた、ってやつだな」
「うえ…なんか、映画みたいな世界だな」
真壁は重くならないように、努めて軽い調子で言ったが、眉間にはずっとシワがよっている。
「オレは、正直、途中で逃げ出したから、現場は見てないぜ。比嘉さんが教えてくれたんだ。もちろん、何も喋るなって言われたよ。そして、これ以上関わるとロクなことにならないから、もう近づくなって」
「下手したら、お前も殺されてただろ。よく無事だったな」
立山はポリポリと頭をかいた。
「だよな…まあ、頭の悪いガキのくせに、当時は妙な…正義感っての?オレがこの人助けなきゃ、みたいな?こと考えちゃってさ」
「だけど、殺人犯、てことだろ?」
本郷の言葉に、気恥ずかしそうにしていた立山の顔が、パッと険しくなった。
「比嘉さんは、いいように使われてただけだ。家族はいない。友達もいない。学校も行ってなくて、まともな仕事なんかできない。金もない。あいつらの言う通りにするしかなかったんだ!」
少し興奮し過ぎたことに気付いたのか、ふぅっとため息をつき、間を置いてから続ける。
「…戸籍がないから、いないのと同じことなんだって、あの人、言ってたよ。死んだって、死亡届もいらないんだぜって。…なんか、オレに出来ることないんかな〜って、柄にもなく、いろいろ調べたりしたよ。ウィンガーのこととか…」
「登録されれば、定期的に健康診断が必要だし、住所とか職場とか報告しなきゃないだろ。それって、ちゃんと戸籍作ってもらえるってことだ。今の状況を話せば、政府とかアイロウに保護してもらえる可能性もある。製薬会社と契約して、いい給料貰ってる人もいるんだって、話したよ」
不明な点の多いウィンガーの研究に力を入れている企業は結構ある。
製薬会社や医療機器メーカーといった医学系の観点からの研究はもちろんのこと、スポーツメーカーや食品メーカーでも研究対象にしていたりする。
ーー人体実験みたいなもんだけどな、言いかけて本郷は口をつぐんだ。とりあえず、話の腰を折らずにおこうと思う。
立山は話し続けた。
「登録のこととか、比嘉さんは全然知らなかった。アイツら、ウィンガーの情報とかワザと教えなかったんだよ。組にいる以外、生活する方法がないと思わせてたんだ。オレの話、比嘉さんは真剣に聞いてくれたけど、その時は無理だって、一蹴されたよ。1人でいることが多いように見えて、結構いつでも監視されてたんだよな…」
「ただ当然で雇っておける用心棒、ってことだろ。手放さないだろうな」
本郷の言葉に立山は頷いた。
「オレもその辺りでやっと比嘉さんのおかれてる状況をガキなりに理解したというか…。もう、会いに来るなってきつく言われたし…その後、半年近く会わなかったかな。でも、次の時は比嘉さんの方から顔見せに来てくれてさ。すっごい上機嫌で、お前にいろいろ教えてもらっといてよかったって。なんのことか最初わからなかったけど、ウィンガーの話だったんだ」
―――――――――――――――
「ウィンガーに会ったんだ。ちゃんと、登録されて…アイロウっていったか?そこで仕事もしてるやつさ」
驚く立山の顔に、満足そうな笑みを浮かべながら比嘉は言った。
「オレを助けてくれるって言うんだ。オレたちは…ウィンガーは貴重な人間なんだと。だから、こんな仕事してちゃダメだって言いやがるんだ。もう、散々悪いことやってきてるからな、登録される前に刑務所だろって言ったら、そうならないように、出来るだけのことをしてやると」
あまりに出来過ぎた話ではないかと、眉を潜める立山に、比嘉は嬉々として続けた。
「もちろん、ほんとにウィンガーかどうか、確かめたさ…メチャメチャ強くてな。ちゃんと訓練すれば、オレももっと強くなれるって褒められたぜ」
そう語った比嘉の、幾分狂気じみた眼差しは、立山には忘れられないものになった。
―――――――――――――――
「あの翼出した比嘉さんより強いって、オレ聞いてゾッとしたよ。なんだかんだ言って、比嘉さんもケンカ、好きだったんだよな…登録とか、戸籍ができるとかよりも、もっと強くなれるってのに惹かれて、そいつに付いて行ったんだと思う」
「付いて行ったって、じゃあアイロウに保護されたってことだろ?」
真壁を真っ直ぐ見返し、立山は首を振った。
「分からないんだ」
「は?」
立山は立ち上がり、ウロウロしながら言葉をまとめているようだった。
「誰にも言うなって言われたらしいけど、オレにだけはそのウィンガーの名前を教えてくれた。それが、スドウセイジ、だ。いい人だ。すごく頼れる人だ、って比嘉さん、すっかり信頼していたよ。比嘉さんがそう言うなら、信用できる人なんだろうと、思った。その後少しして、比嘉さんは姿を消した。どうやって、組の連中から逃げたのかは分からない。オレ、一回、組の人に、捕まえられて比嘉さんのこと知らないか聞かれたよ。ま、ガキで金もないヤツが逃亡の手伝いしてるはずもないと思ったのか、知らない、って言ったらすぐ帰してくれたけど…よく分からないのは、その後なんだ」
立山は、ため息を一つ、ついた。
「3年前、ばあちゃんが死んで。葬式に来た母親と久しぶりに会って、一緒に住むことになって…オレは沖縄から大阪に引っ越した。沖縄で住んでたアパート、取り壊しが決まって、住むところもなくなりそうだったしさ。息子のことを少しは心配してくれてたのかと思って、言われるまま、大阪に行ったさ。だけど、結局、金ヅルにしようとしてただけだったんだわ。仕事見つけてやったからって、寮付きの工場に強引に入れられたんだけど、ブラックな職場でさ。先輩はキツイし、うるせえし。安い給料、勝手に親が前借りしていくし。最悪だよ…で、なんだか比嘉さんに会いたくなったんだ。で、アイロウってとこに電話したさ。もちろん、比嘉さんの連絡先を教えてもらえるとは思わなかった。電話に出た人に、とにかくオレに連絡くれるように、比嘉さんに伝えてくれって頼み込んだ。みんな、保護したウィンガーの個人情報は教えられないって、一点張りだったけど、何回もかけてるうちに、そんな名前のウィンガーは保護されていないって言われてさ。だから、何回電話されても、伝えようがないって言うんだ。イライラして、つい、スドウセイジの名前を出した」
「結局、プライバシー云々でお答えできません、でお終いだろ?」
本郷の言葉に、真壁も同感といった調子で頷いている。
「いや、その相手、一瞬、黙り込んでさ。逆にオレの事聞いてきた。根掘り葉掘りってヤツだな。沖縄で知り合ったっていうのに、大阪から電話かけてるのはなんでだ、とか、住所とか仕事とかまで。大阪からかけてるなんて、オレ言ってないのにさ。うわ、逆探知かよ、って。ちょっと怖くなって切っちまった」
「逆探知っていうか、発信源がどこかはすぐわかるだろ。でも、須藤の名前出した途端にその反応は…確かに気になるな。電話の相手の名前とか聞いたか?」
「いや…名前は…。でも、女だったよ。結構若い感じの。それまでは、最初に出るのが女でも、比嘉さんに連絡したいとか言うと、すぐ男に変わって、一方的に電話切られてたから…それで、余計に変な感じしたんだ」
本郷は少し考えていたが
「事情が事情だけに、名前を変えて別人として生活してるって可能性はどうだ?以前の人間関係は全部断ち切って。それで、詮索してくるナオちゃんも、暴力団関係者と思われたとか」
と、もっともらしい意見を述べる。
「それは…考えたよ。でも、比嘉さん、落ち着いたら必ず連絡くれるって言ってたんだ。そういうの、律儀な人なんだよ。だから、オレ借金取りに追い立てられても、番号変えなかったんだぜ」
ドサっと立山がソファに座り直すと、かすかに埃が舞った。グラスのお茶を一気に飲み干し、大きく息を吐き出す。
「ちょうどその頃、職場で知り合ったヤツの友達にホストクラブにスカウトされてさ。もらえる金はすげえ増えたけど、そこも人間関係は最悪。特に、一人やたら絡んでくるヤツがいて、とにかくやることがヒドイ。適当なこと上の人や、お客にまで言いふらして。あんまりヒドイんで、呼び出して、シメてやろうかと思ったら…翼が出ちまった」
「へえ、よくコントロールできたな」
本気で感心している様子の真壁に、立山は力なく首を振った。
「相手、ボコボコだよ…必死に加減しろ、殺しちゃダメだって、自分で自分を止めようとしたけどさ。ところが、そのせいで…なのかどうかよく分かんねえけど、向こうはボコられた前後の記憶が吹っ飛んでて…他にも色々トラブってたヤツだから、オレがやったってバレなかった」
真壁と本郷は顔を見合わせてから、凪を見た。
凪は先程から一言も発せず、じっと座っている。
本郷は、わざとらしく、咳払いをした。
「あー、それ、コントロールの基本だな。自分に向かって語りかけるの…」
「そうなのか?…あ、比嘉さんもそういや、似たようなこと、言ってたな…うん、あの時、比嘉さんの言ってたこと…思い出してたのかもな…家でコソ練する時も、絶対暴れちゃダメだって、言い聞かせてたし」
「家でコソ練…」
真壁は笑いを堪えていたが、本郷は真顔のまま、ため息をつく。
「そこで、保護されてれば、借金の問題とかも片付いてたんじゃないか?」
「いや、」
立山は即座に首を振った。
「なんていうか、アイロウに対する不信感、ての?翼が出てから余計に強くなった。絶対、あの最後に電話した時の女の様子はおかしい。あ、でも、もう逃げたりしないぜ。出来れば彩乃にちゃんと謝りたかったけど…須藤と話すのが先だ」
その立山の言葉を待っていたかのように、着信音が鳴った。ニヤッと立山が笑う。
「須藤だ」




