繋がりたい世界 ①
まず意外だったのは、マイケルがこの件に関して聞いたのは今日が初めてだということだった。
同士、というか部下のような存在のアンジェリーナが勝手な行動を起こしていたことに、マイケルは大層機嫌を損ねていた。
そして、それでもアンジェリーナは悪びれる様子がないのも驚きだった。
初めこそ、突然オフィスに連れてこられたことと、自分の行動がすでにマイケルたちに知られていることに戸惑っていたが、すぐに腹をくくったらしい。
「まあ、そろそろバレるかとは思っていたし」
オフィスのソファに座ったアンジェリーナはそう言って首をすくめた。
オフィスの中はマイケル用の大きな机と、その隣に小ぶりな机が2つ並んでいる。開いたスペースに3人掛けのソファと小さなテーブル。対して広くない部屋は、それだけでいっぱいになっており、どこに座ろうとしても、つま先立ちでどこかをすり抜けなければならない有様だ。埃っぽくないのだけが救いで、室内はしっかり掃除されているらしい。
「まだ出来上がってなくて、ごちゃごちゃしてるんだと。適当に座っていいぞ」
西崎にそう言われても、ここがどういう建物なのかは判明しなかったが、とりあえず自分の質問は後にしておこうと、凪はうなずいた。
適当に座っていいと言われても、座る場所は限られていて、仕方なく凪はアンジェリーナの隣に腰を下ろした。
今になって、アンジェリーナは不思議そうに凪を見つめてくる。わずかに眉根を寄せ、
「私──どうしてタクシーに……アー、……」
呟きが英語に変わる。まだ凪の暗示から抜けきっていなかったようだ。ここに辿り着くに至ったやり取りを必死に思い出そうとしているアンジェリーナに、
「それよりも、まず、オレたちとの取り決めを破った理由を教えて欲しいんだがな」
西崎がぶっきらぼうに言い捨てた。
「取り……決め?」
その言葉を反芻するように目を伏せてから、アンジェリーナは首を振った。
「それは私が決めたことじゃない。信用できない人との約束なんて、私だったらしない」
サッとマイケルを見た目に動揺はない。むしろ非難する色さえ見えた。
「オレたちが信用できないってことか?」
張り詰めた西崎の言葉にも怯むことなくアンジェリーナは向き直る。
「オトヤ、あなたのことは信じてました。でも、あんな人を押し付けるなんて」
(あんな人……?)
凪は口出しせずに成り行きを見守ろうと思っていたが、アンジェリーナが誰のことを言っているのかと首を傾げた。
(あ、エレナちゃん?向こうに行ってからどうしてるのか、全然聞いてないけど……)
おそらくそれくらいしか思いつくことはない。
(エレナちゃん、なんかキツいことでも言ったのかな……あの性格だしな……)
そこからは英語がマシンガンの様に打ち出され、凪はほとんど聞き取れなかった。マイケルや西崎にも口を挟ませず、アンジェリーナは一気に捲し立てる。時々凪にも視線を合わせてきたが、肯定も否定も出来るはずもなかった。
やがて、
「ハン!」
と投げやりなため息と共にアンジェリーナが口を閉じると、凪は西崎とマイケルを見比べた。
その助けを求める視線が分かったのか、西崎は眉をひそめながら通訳してくれる。
「軽薄でデタラメばかり言う。やたらに自慢ばかりしてきて、人の話を聞かない──」
(……ん?)
凪は小さく首を傾げた。
エレナのことなのか……だがちょっと違う気もする。
「誰からかまわず声かけて口説いて、迷惑この上ない──」
次第に西崎の渋面が酷くなる。
「ん?うぅん?」
そこまで行くと、流石に凪も声が出た。
「あの、誰……のこと?」
「シンシンだよ!」
「うぇあ?!」
そう言えば忘れていた。
あんなビデオレターを送ってよこして、マイケルたちとの間に無理矢理割り込んできた伊達守進之介。
(確かに好き勝手やってやるとは思ってたし、シンシンなら少々変なこともするだろうとは思ってたけど──)
凪はチラリと隣のアンジェリーナを窺った。すっかり不貞腐れた表情で、ソファに寄りかかっている。
「それは──なんか、余計なご迷惑を……かけてる、ってこと……?」
それ以上、なんと言ったらいいのか、どんな顔をしたものか凪は戸惑った。ただし、進之介の言動が、どうしてアンジェリーナを千坂や典光に接触させることになったのかはまだ理解できない。
「え〜と、それで……?」
続きを促すべく西崎を見ると、恐ろしく怖い顔つきのまま頷いた。
「アンジーたちだけじゃない。千坂たちにも迷惑かけやがって。シンシン、あいつ、勝手に情報を漏らしていやがった」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
何やってんの、と凪は言ったつもりだったが、唇がパクパクと動いただけだった。
マイケルたちに協力を決めた隠れウィンガーは進之介、西崎、本郷の他には庄村卓登だけだと凪は聞いていた。
だが、マイケルはともかく、その周りではそれだけで納得しない者も多かったらしい。そして、進之介の無闇なフレンドリーさは彼らの鼻についたようだ。
なにしろ初対面から女性を口説いたり、彼女を紹介しろと迫ったり。下心見え見えの態度に呆れた1人が、
「他にも隠れウィンガーがいるなら、それを教えろ。そうしたらいい子を紹介してやる」
と、言うと、すぐに進之介の口から出たのが千坂の名前だった、というのだ。
「私、前から兄弟間のウィンガー出現に興味がありました。だから、不動さんのことも聞いたんです。シーンはすぐにシゲミツさんはウィンガーじゃないと言いました。でも、絶対ウソだと思ったんです」
シーン、が進之介のことだとピンと来るまで凪はちょっと時間を要した。
(あ、さっきの会話でシンシンとか、進之介って聞き取れなかったの、だからか)
と、腑に落ちる。
「それで、彼がウソばかり言っていると分かれば、追い出せると思ったんです。あんなに気持ち悪い人、みんな嫌ですから」
ひどい言われようだとは思ったが、かと言って進之介に同情する気持ちにはなれなかった。
アンジェリーナはだいぶ落ち着いてきて、淡々と話を続けていた。
「アキトシさんに近づくのは簡単でした。彼のお姉さん、私と同じ仕事してますから。そして会いに行ったら、本当にウィンガーで」
がっかりした様子を隠すことなくため息を漏らす。
凪は再び混乱し始めていた。
なぜ進之介は千坂だけを人身御供にしたのだろう?不動茂光に関しては、より疑われて仕方ない状況にも関わらず、ウィンガーであることを否定しているのに。それも、いまだに千坂には一言も相談してないようだし。
(──まさか、他の人の名前も出してる……?)
確認しようにも、この場では余計なことは言わない方がいいと、凪は口を閉じた。
「兄弟で、あなたたちの弟や妹だけがウィンガーなんて、あり得ますか?それについては重要なことですから、情報提供されるべきです。私たちにはデータが必要なんです」
アンジェリーナの口調が熱を帯びる。
「データ……」
凪は思わず呟いた。
アンジェリーナの言う「私たち」が、彼女の属する組織のことなのか、ウィンガー全体のことまで言っているのかは分からなかったが、いささか気に触る言い方だ。
マイケルがゆっくりと背もたれに身を預けながら口を開いた。野太い、穏やかな抑揚を含んだ声。
英語だが、凪にもだいたい聞き取れる。凪に分かりやすいように配慮して、ゆっくり話してくれているようだった。
アンジェリーナにそんなことを決める権限はない。自分たちの目的はそんなことではない。そう言った後、はっきりとこれ以上「れい子クラス出身者」に接触することを禁じた。
醸し出される威圧感は、体格からくるものばかりではない。
(やっぱり、ただのフレンドリーな外国人ではなかった……)
マイケルの本来の姿を見た気がして、凪は少し体を硬くしながら会話を聞いていた。
アンジェリーナは押し黙り──まだ納得した様子ではなかったが、
「分かりました」
日本語でそう言うと、凪の方へ向き直った。
「ごめんなさい」
頭を下げるアンジェリーナに、
「え?!、いや、あたしは関係ない……」
ワタワタと凪は手を振った。
「私、シーンがあなたの友達なの許せなくて」
「へ?」
視界の端で西崎がため息をつくのを見ながら、凪は若干のけぞった。アンジェリーナが身を乗り出してきたからだ。
下手なことをしてまた暗示にかけてしまったら、と凪は視線を泳がせる。だが、アンジェリーナはさらに距離を詰めてきた。
「彼はあなたの友達には相応しくないと思います。とても、いい人とは思えません」
「と、友達……ではないんだけど」
やっとそれだけ言うと、凪は可能な限りソファの隅に体を寄せた。
「ア、そうなんですね。よかった……あの人、あなたが黒の女王なら、オレは白いエンペラーだ、なんて言って」
「ふぐぅっ!」
吹き出しそうになったのは凪だけではなかった。西崎は横を向いて妙な咳払いをしてるし、マイケルも鼻の穴を膨らませて、明らかに笑いを堪えた顔をしている。
アンジェリーナだけが真剣な表情で続けた。
「あなたたちの仲間に勝手に接触したことは、悪かったと思ってます。でも、私、シーンは嫌いです。あの顔がダメ。生理的に受け付けない」




