繋がる世界 ③
人気のない場所で通話ができそうな場所、となると限られてくる。西崎はすぐに見つかった。
駐車場脇に置かれた、だいぶ痛んだベンチに座り長い足を組んでいる。千坂もちょうど昼休みだっだのだろう。3人がそばに行った時にはまだ会話中だった。
本郷が水沢姉弟に座るように手振りで勧めたが、凪はパタパタと手を振って断った。
ベンチは3人掛けで、どうしても1人余るし、見た目からしてこのベンチが3人分の重さを耐え切れるのか、凪には怪しく思えた。
結局、座って会話する西崎を3人で周りから見守る形になり、
(なんか……光景としては妙じゃないか?)
と、凪が思っていると、通話を終えた西崎が顔を上げた。
「囲むなよ」
口の端に苦笑いが浮かんでいる。学食を飛び出して行った時の剣幕が和らいでいるのを感じ、凪はホッとした。
「見た目の特徴とか聞く限りは同一人物の可能性が高いな」
それは最後の方の通話の内容からして、3人ともすでに予想していたが、
「最近は千坂には接触してきてないみたいなんだが。どうも誰かの視線を感じることが多いらしい」
続けた西崎の言葉に凪は眉をひそめ、洸は小さく
「うわ」
と呟いた。
「千坂も気のせいだとは思ってたけど、誰かに相談するか、ちょっと迷ってたらしい。オレの話を聞いて確信が持てたみたいだ」
本郷が深いため息をついた。
「待ってくれよ、なに勝手に接触してんだよ。完全に約束違反だろ」
さすがにここまでくると、偶然で片付けるわけにはいかず、本郷も憤りを感じている様子だった。
「いまいち目的は分からねえがな。とりあえず、千坂には身の回りに注意しつつ、普段通りの生活を続けるように頼んでおいた。翔太の方は──どうするかだな」
翔太の存在に目をつけられるのはまずい、と西崎は続けた。他の3人も同感で、一様に大きく頷く。
西崎は大きく息を吐くと立ち上がった。
「悪いな、いろいろ巻き込んで。洸も注意しろよ」
洸は深刻さのかけらもない笑みを浮かべた。
「もう、しっかり目つけられてたりして。なんせ黒い女王様の弟だし」
凪はできるだけ軽く弟の肩にパンチを当てた。可能性は高いだけに笑えない冗談だ。
そして、洸がそれに対してあっけらかんと受け入れている様子に苛立ちを感じる。
あれだけアイロウへの登録には抵抗を示したのに、マイケルたちにウィンガーだと知られることには何の躊躇もなさそうだ。
「そこも含めて、マイケルに確認してくる」
西崎は駐車場の方へ歩き出した。
「え?今から?」
思わず口にした凪はの横から、
「午後からゼミあるって言ってなかったか?!」
本郷が言う。
「それまでには戻る」
西崎はもう背中を向けていた。
あまりの行動の早さに凪がポカンとしていると、本郷が苦笑混じりにため息をついた。
「相当、頭に来てんな、音十弥」
「あ、あれ、頭に来てる感じ?」
「あいつが怒りっぽいの知ってるだろ?」
その響きは質問ではなく確認だった。ストレートに「うん」と認めるのも気が引けて、凪は言葉を選んだ。
「あぁ、うん、怒りっぽいっていうか、熱くなりやすいというか。でも、最近は穏やかになったなぁ、と」
本郷が破顔する。
「そりゃあ、20歳すぎてあのキレ方はできないでしょ。小学生にしたって、随分ひどいモンだったし」
「あー、体育の時間は西崎さんに近づかないとか、姉ちゃんが言ってたやつ?」
相変わらず、遠慮なく口を挟んでくる洸に、
(あまり余計なことを言うな)
の視線を送ったつもりだったが、通じた様子はない。
それにしても本郷が西崎について、こんなことを言うのは、凪には意外だった。2人は当時から一番仲が良く、本郷は全面的に西崎の味方だと思っていたのだ。少なくとも西崎が本郷にキレたところは凪の記憶にないし──ミスをしたチームメイトに突っかかる西崎をやんわり宥めるのは本郷か、れい子先生だった。
サッカーやドッヂボール、バスケ……負けが混んでくると西崎はラフプレーを連発するのがいつものこと。ただでさえ身長が高く、他の子より群を抜いて運動能力の高い西崎の強引なタックルや割り込みは、小柄な子や、その動きについていけない子には、十分に危険を感じさせるものだった。
西崎が顔を真っ赤にして声を荒げ始めると、凪は出来るだけ離れたポジションにとどまろうと必死になったものだ。
「でも、水沢は実害に会ったことないだろ?」
そうは言われても、素直に頷くことは出来ない。あの場にいるだけで、まして同じチームだったりしたら、ドキドキして足はすくむし心臓に悪かった。
「あれでも、女子には危害を加えないようにしてたらしいし。あいつんちのお姉さんたちがきつ〜く、言い聞かせてたからさ。あそこの姉さんたちも怖いんだ」
も、というのは本郷の姉のことだろう。が、洸が、さも分かったふうに何度も頷くのを凪は睨みつけた。
「あいつの親が、運動はさせたいけど、サッカーとか野球とかチーム競技は向いてないし、格闘技やらせたらマジで相手にケガさせるかもって、それで習い事に選んだのがテニスだったんだ。普通、ないだろ、その選び方」
そう言って、本郷はニヤリと笑った。
「まぁ、さすがにアメリカで揉まれたみたいだし。だいぶ表には出さなくなったけどな〜。根本的には変わらないよ。三つ子の魂」
テニスだって、と凪は思う。ボールと共にラケットまで相手コートに吹っ飛ばす西崎の姿が簡単に浮かぶ。
「へえ〜、西崎さんて、そんななんだ。オレには意外な感じだけど。本郷さんたち、小さい時から知り合いなんすね」
「ああ、親同士が友達だからさ。物心ついた時からの腐れ縁」
ああそうなのか、と凪は聞いてて納得した。幼馴染みで、家族ぐるみの付き合いらしいとは思っていたが、そんな以前からの付き合いなら、お互いの性格もよく分かっているはずだ。
「え、と……マイケルさんと取っ組み合いになったりしない……よね?」
念のため、気になったことを凪は聞いてみた。
「マイケル、元海兵隊だしな。そこは大丈夫じゃね?」
どっちがどう大丈夫なのか分からなかったが、凪はとりあえずうなずいておいた。
ボルダリングとトランポリンの写真が貼られた「トップサイン」のドアを出ようとすると、ちょうど入ってきた人と鉢合わせしそうになった。
「あ、すいません」
凪は一歩下がって相手を先に入れようとした。が、相手はなぜか息を飲んで立ち尽くしている。
「え……」
顔を見ると外国人の女性だ。明るい髪色に緑の目。その目は凪を凝視していた。
「あ……ぁ、Queen、ここで会えるなんて」
感極まった声がQueen、と発せられた瞬間、凪は素早く外に出て相手をUターンさせていた。
「あなた、」
先ほどの流暢な日本語からして、言葉は通じそうだが、その先どう言ったらいいか凪は詰まった。
ウィンガーなの?と直球で聞いて、違った時のフォローが難しい。しかし、その心配はなかった。
「私を覚えてますか」
まるで嬉しくてたまらないといった様子の女性は次の瞬間、凪に抱きついてきたのだ。
(ええええ?!)
あまりのことに凪は声も出せないまま、なんとか見渡せる範囲で周りを見た。
幸い近くに人はいないが、駐車場でエンジンをかけている車が何台かある。絶対、車の中から何事かと見られているに違いない。
「あ、」
記憶の中に、同じ表情で凪を見つめる顔が浮かんだ。、
──スゴイ!Amezing!とても、スバラシイです!
あの時はもう少し辿々しい日本語だった気がする。
「……あの、アンジェリーナ、さん?」
「はい!」
相手は満面の笑みで答えた。




