繋がる世界 ②
次の日、凪と洸はT大中央キャンパスの学食にいた。
凪がキョロキョロと目的の人物を探しているというのに、洸はさっさとビュッフェコーナーの列に並んでいる。
「いや、まず西崎と本郷探してよ」
「いや、まずメシ確保しないと。いいおかずなくなっちゃうよ」
「あたしはうどんがいいの!」
「だったら早く麺コーナーに行きなよ」
凪は仕方なく舌打ちしながら、《うどん・そば・ラーメン》のボードが掲げられた窓口に向かった。そこには3、4人ほどしか並んでいない。あともう少しで12時になるから、どんどん混んでくるだろう。
T大は市内のあちこちにキャンパスがあり、キャンパスごとに学食があると言っていいのだが、ここの学食は一番古く、残念なことに一番美味しくないという評判である。
凪の通う薬学部キャンパスの学食は麺類が一番美味しい学食と言われているが、凪としてはよく分からない。おそらく仕入れなどは共通だろうから、それほど味に差が出るとは思えなかった。
「姉ちゃん、こっち」
あっという間に出てきたかけうどんに七味をかけていると、すぐ後ろに洸が立っていた。少食な弟らしく、トレーの上には唐揚げにポテサラの小鉢、小盛りのご飯だけが載っている。
洸について行くと、密談には絶好の隅のテーブルで、すでに西崎と本郷が向かい合っていた。
(でも、こんな隅っこでもなんとなく目立つんだよな、こいつら……)
あちこちから視線が集まる気がするのは自意識過剰なんだろうか、と思いつつ凪は本郷の隣に腰を下ろす。
西崎は隣に座った洸のトレーを見てすぐ、
「足りるのか、それで?」
心配そうに眉を顰めた。かく言う西崎の前ではトンカツ定食(ご飯大盛り)に豚の角煮が添えられていたし、本郷の方はすでに味噌ラーメンとチャーハンのセットを食べ始めている。
西崎の視線が自分のトレーにも向いていて、凪はさっきの言葉が自分にも向けられたことに気がついた。
「省エネ体質なんで」
洸に続き、
「節約体質なもので」
と言っておく。
あっさりしたかけうどんの上に箸が伸び、トンカツが一切れ置かれた。
「タンパク質を恵んでやろう」
ニヤッと西崎の口角が上がる。
「え、あぁりがとぅ……」
じわじわとつゆが染み込んで行くトンカツを取り出して返すのもどうかと思った凪は、仕方なく受け取ることにした。別にトンカツは好きだが、この組み合わせはどうだろう……
「カツうどん……」
せっかくだから衣のサクサクが少しでも残っているうちに、と箸を運んだ。
(あ、いける)
出汁を吸い込んだトンカツの衣は意外に美味しかった。
猫舌の凪がうどんと格闘している間に、洸が愛凪から聞いた話を手短に説明している。
「アンジェリーナ・ハバード?」
その名前に西崎と本郷は2人とも反応した。
「いたよな、そんな名前の人」
本郷がチャーシューを持ち上げた手を止めていうと、西崎は首を縦にふった。
「マイケルの下で情報収集みたいなことをやってる。前に日本に来た時に会ってるんじゃないか?」
最後の言葉は凪に向けられている。
「へ?!」
「ああ、ほら、マイケルが何人もお客さん引き連れてきた時」
本郷に言われて、凪もいつの話か思い出した。
「あ、アンジェリーナ!結構質問とかしてきた人だ」
それはもう2年ほど前。本郷からアメリカ人の隠れウィンガーだというマイケルを紹介された。
陽気で話好きだが、なかなか強引な人物。
凪の翼に興味を持ち、飛ぶところを是非見たいと、熱心に言い寄ってきた。
間に入った本郷も、マイケルたちに恩を売っておきたかったのか、
「無理にとは言わないけど」
と言いつつ、飛行ミーティングへの参加を促してきた。
最終的に参加を決めたのは、凪自身、久しぶりに思い切り飛びたいという気持ちに勝てなかったからだ。誰にも見咎められずに空を飛び回る機会など、そうそう作れない。
世界各地から招待した隠れウィンガーと共に、というのは少々気恥ずかしいところだったが。
集まったのは10人ほどだっただろうか。
正直、顔はあまり覚えていない。
同級生のアーククラスの子たちは最初からそこそこ上手く飛び回っていたから、そういうものだと思っていた凪は、ほとんどのウィンガーが「浮き上がる」くらいしか出来ないことに驚いた。
体育館の中とはいえ、自由に飛び回れることに浮き足立っていた凪は、
「是非、飛ビ方ヲ教エテ欲シイデス!」
目を輝かせながらグイグイ迫ってくるマイケルに、
「はあ?!」
即座に顔を顰めた。本郷がそばで止めなければ、相当な暴言を飛び出させていたかもしれない。
マイケルの後ろに控える多国籍な顔ぶれのウィンガーたちが、やはり期待と羨望の眼差しを一心に注いでくることも、返って冷静さを取り戻させた。
翼を出していたにしては、だいぶ穏やかな言葉遣いで、柔らかい話し方ができた、と後になって自画自賛した。
みんな、よく話を聞いてくれたし、積極的に質問もしてきた。その中で、特に印象に、というか名前が記憶に残ったのがアンジェリーナだ。
(好きなハリウッド俳優と同じ名前だから、覚えやすかったんだよね……)
だから当然、顔や人となりはぼんやりしか覚えていない。
「え……あのアンジーさんだとしたら、マイケルさんたちと繋がってるってことだよね?それって──」
「どういうつもりだ」
言い切る前に、西崎の低い呟きが凪の言葉を遮った。その声に含まれる鋼の振動がテーブルの空気を凍りつかせる。
「マイケルと直接話してみる。場合によっては協力の話も考えなきゃならない」
「まあ、な」
西崎の剣幕を抑えるように、本郷は穏やかに頷いた。
「アンジーって、仕事でちょくちょく日本に来てるって話してたからな。こっちに来てること自体はおかしくないだろ。たまたま買い物に行ってウィンガー見かけて話しかけた、とか」
「その方が可能性としては低いだろ」
西崎はにべもない。言った本郷もそれはもちろん分かっていたことで、仕方なさげに苦笑いを浮かべた。
どう考えても、何かの意図を持って典光と接触したとしか思えない。凪もそれは確信していた。ふと向かい側を見ると、洸が微妙な表情を浮かべている。
「アンジェリーナ、だからアンジーか……」
「そうだよ」
ブツブツと呟く弟にそう言ってやると、洸は3人の顔を見回した。
「その人の仕事って、英会話の先生の他に何かしてます?アクセサリー関係の仕事とか」
凪はキョトンとしたが、西崎と本郷は顔を見合わせた。
「あー、なんかネット通販の仕事してるとか聞いたかな?」
あやふやな様子で本郷が言うのに続いて、
「ああ、確かに。趣味の延長みたいなことかと思ってたから、あまり詳しくは知らないな。何かあるのか?」
西崎が座り直して洸を見る。
「いや、千坂さんから聞いた話が気になって」
洸が千坂から聞いた「アンジー」の話をすると、西崎はすぐにスマホを取り出して席を立った。
「千坂と話してみる」
長身の西崎が大股で人をすり抜けていく様はそれだけでも目立つ。
学食を出ていくその姿を見送ってから、残された3人は周りを見回した。
昼時になり、周りの席はどんどん埋まっていく。とてもゆっくり話せる状況ではない。
「オレらも外に出るか」
本郷に言われて、凪は残りのうどんを急いでかき込んだ。




