繋がる世界 ①
夕飯のテーブルに唐揚げを並べながら、着信の名前に「愛凪ちゃん」と見えた時、凪は思わず吹き出していた。
「マジか」
なんというタイミングだろう。
1人でなにやらウケている姉を、浴室から出てきた洸が不思議そうに眺める。
「──もしもし、」
一息ついて気を取り直してから電話に出た。
『あ、お久しぶりです。愛凪です』
イメージしていたよりずっと大人びた声が聞こえてくる。元々、兄の海人よりも落ち着いた印象の愛凪だが、通信制の高校に在籍しつつ、昼間はバイトで社会経験をつみ、ますますしっかりしてしてきたようだ。
「うん。久しぶり。ちょうど今日、紗生ちゃん──小坂紗生ちゃんに会って、愛凪ちゃんのこと聞いたばっかりだったよ」
『あっ、そうなんですね。ちょっと運動不足なんで体動かしたくなって……』
どことなく元気がなさそうな口調に凪は不安になった。
「なんか……あった?」
『え、と……はい、実はちょっと水沢さんに聞いてほしいことがあって』
悪い予感しかしないのは、愛凪と会う時は人の生死が関わるような事件の前後ばかり、という今までの経緯があるからだろう。相談を持ちかけてくる愛凪が悪いわけではない。そう思いつつ、凪は身構えた。
姉の緊張の面持ちを察した洸が、テーブルの向かいからこちらを見てくる。スピーカーにするまでもなく、もちろん話は聞こえてるはずだ。
『小坂さんから不動典光くんのことも聞きました?実は今、私とノリくん、付き合ってて』
2人でサークルに通っていると聞いた時からもしかしたら、とは思っていたが、こんなにあっさりと告白されてしまうと、かえってどう反応したらいいか分からなくなる。
向かい側でアヒル口になっている弟の顔も、どういう感情の反応なのかよく分からなかった。
『それで、実はノリくんに近付いてきた女性がいるんですけど……』
恋愛相談はムリ、と断ろうとしたが、話は凪が全く予想しない方向のものだった。
愛凪の話はこうだ。
不動典光は今年、地元の私大に進学した。すぐに自宅近くのホームセンターでバイトを始めたが、採用理由は「ウィンガーだから」だった。資材や園芸用品など、重たい物の運搬に重宝だと思われたらしい。
「あそこへ行くとウィンガーが見られる」
と、近所で評判になり、客足も伸びているという。
『なんか、いいように宣伝に使われてるみたいで』
と言う愛凪はかなり不満そうだが、典光自身はそれでも構わないと言っているらしい。しかし、集まってくるのは大半が珍しい物見たさの野次馬だろう。ウィンガーの存在が売上げに貢献しているかどうかは凪も疑問に思った。
たまに興味津々で話しかけてくる客もおり、その女性もそんな1人だと最初は思ったという。ただ、外国人の女性ということで印象には残った。そして、頻繁に店にやって来るようになった女性は、プライベートのことなども聞いてくるようになったという。
『その聞き方がなんかおかしいんですよ。ノリくんのお兄さんのことばっかり聞いてくるらしくて』
「お兄さんって、不動茂光のこと?なんでまた……?」
『それが……兄弟で、下の子だけがウィンガーになったのって、あなただけですよね。お兄さんは、何も変わったことないんですか、って』
「──は?」
じわっと首筋が汗ばむのを凪は感じた。
そうだ、野宮れい子の担任したクラスから出現しているウィンガー達。その一部の弟妹にもウィンガーは出ている。洸や愛凪も然り。
そして、兄や姉がウィンガーになっていないにも関わらずウィンガーとして登録されているのは不動典光だけだ。
もちろん、実際には兄の茂光は登録を逃れている隠れウィンガーだから、弟の典光だけがウィンガーになったわけではない。
典光は「ちょっとウィンガーオタクのお客さん」くらいの認識で、あまり気に留めていないようだったが、愛凪はどうにも不信と不安が拭えなかったらしい。
『名刺ももらったんですけど……アンジェリーナ・ハバードって名前らしいです。本名かどうかは分からないですけど、英会話講師って書いてありました』
話はまだあるようで、凪は短く相槌を打ちながら耳を傾ける。洸も食事には手をつけず、話を聞いていた。
『お兄さんに関しては、ノリくんは曖昧な返事したみたいなんですけど。ほとんど連絡とってないから、今何してるかもよく知らないって』
「え、そうな──」
『あ、本当はちゃんと連絡とってますよ。お兄さん、北海道だからしばらく会ってはいないけど、別に仲が悪いとかじゃないみたいです』
一瞬、不動兄弟の不仲を疑った凪は即座に愛凪に否定されてほっとした。が、
『ノリくんの両親、離婚してるじゃないですか、それで──』
「えっ!そうなの?」
新たな事実に驚いた。
『あ、聞いてませんでした?』
少しバツの悪そうな愛凪だったが、続けて説明してくれた。
『こっちにはお父さんと上のお兄さんとノリくんが残ったんです。茂光さんはお母さんと一緒に北海道に引越したんですけど、苗字は変わってないですよ』
「そうだったんだ」
頷きながら、そう言えば不動は三人兄弟だったなと思い出す。父親は警察官だったはずだ。一番上の兄は少し歳が離れていて、あの頃はもう、警察学校に行っていた。茂光も将来は警察官を希望していたが、お世辞にも決まりやルールをしっかり守るタイプとはいえなかったから、ちょくちょく馬鹿にされていたものだ。
『それで、その女の人なんですけど、』
愛凪に話を戻されて、追憶に浸りそうになっていた凪はハッとした。
『お店でちょうどノリくんに話しかけてるとこ、私見ちゃって。そしたら、ウィンガーみたいに見えたんです』
「え……みたいって……?」
愛凪は翼を出していない状態のウィンガーでも判別できる能力を持っている。凪たちのようなアーククラスは完全に翼の「気配」を隠しておけるのでムリだが、それ以外のウィンガーは街中を歩いていても見つけられるのだ。
『一瞬だったんです。でも、間違いないと思います。ちょっと興奮してたみたいだから、気が抜けたのかも。私がいるのに気がついたら、すぐに元に戻っちゃって』
「ということは、アーククラスのウィンガーってこと?それならそんなに数は」
多くないはず、と言おうとして凪は言葉を飲み込んだ。
自分たちのように最初から翼のコントロールが容易なら、ウィンガーであることを隠し通すことも簡単だ。実際にどれほどの隠れウィンガーがいて、その中にアーククラスがどれほどいるかなど、分かりはしない。
『話しかけようと思ったんですけど、逃げるみたいにいなくなっちゃって。多分、私のことも知ってたんじゃないかと思います。その後からノリくんのところにも来なくなったみたいだし』
「なるほど……」
愛凪のウィンガー判別能力はアイロウに登録される際に申告されている。ただし、ウィンガーに関する仕事をしている者など、ごく限られた人間にしか公開されていない情報のはずだ。
「アイロウの関係者かな?でも、それならもっと堂々と近付いてくればいい話なのに──」
「マイケルさんたちの絡みは?」
それまで黙って話を聞いていた洸が不意に割って入ってきた。愛凪が不思議そうに耳を澄ます気配がする。
「あ、ごめんね。今、弟も一緒にいて」
『ああ、ウィンガーの弟さん……確か、私と同じ歳ですよね』
小学校2年生の時、洸と愛凪は同じクラスだったはずだが、お互いに「そんな名前の子もいたかも」くらいの認識らしい。
低学年の頃に同じクラスだったところで、よほど仲が良かったか、とびきり目立つ子供でなければ記憶に残らないのは仕方ないのかもしれない。
「どうも、姉がお世話になってます」
『あ、いいえ、こちらこそ』
ボソボソとぎこちない挨拶が交わされる。
『あの、マイケルさんって、あの……』
愛凪にとっては初めて翼を発現し、暴走する原因を作った人物だ。あまり心象はよくないだろう。
「そうそう」
洸もそこら辺の事情を知ってるはずだが、特に気にした様子もなく姉の顔を見た。自分が喋っていいと判断したらしく、そのまま続ける。
「あの人たち、アイロウとは別チャンネルで動いてるから。アーククラスのウィンガーなら、そっちの関係者の可能性の方が高くない?」
同意を求める洸の眼差しに、凪は考えを巡らせた。愛凪の戸惑った様子が伝わってくる。
「そうだとしたら……契約違反じゃない?あくまで自分から協力するって言わない人には手を出さないいっていうか……そういう話だったよね?」
言いながら、やはり自分の認識は甘かったのかと凪は自問した。
野宮れい子に関する情報を提供してもらう代わりに、れい子のクラスから出たウィンガーたちがあちらの研究に協力する。ただし、あくまで希望する者に関してだけ。
誰が隠れウィンガーかも教えない約束だったはずだ。
「このこと、西崎とか本郷には言ってないの?」
本当にマイケルたちの組織が関与しているのか、自分よりも彼らと直接交渉している西崎たちに確認するべきだ。
愛凪は少し口籠った。
『私、西崎さんの連絡先入れてなくて。お兄ちゃんから言ってもらおうかとは思ったんですけど……ノリくんと付き合ってるの、まだ言ってなくて』
そう言えば、海人はシスコンっぽい様子がよく見られていたな、と凪は苦笑した。
『めんどくさくて』
ボソッと付け加えた愛凪に、洸も察したらしく、声を出さずに口だけ「あぁ〜」と動かす。
『本郷さんに言おうかとは思ったんですけど……』
そこで微妙な間が開いた。
「本郷の連絡先も知らなかったっけ?」
凪が言うと、
『いえ、その……テニスのサークルに、小坂さんの友達も来てるんですけど、』
あまり歯切れの良くない口調が返ってきた。その口ぶりは言いたくないわけではなく、どう説明したらいいか考えている風だ。
『T大の、元々お姉さんの友達らしいんです。その子が本郷さんの彼女らしくて』
凪は思わず笑いそうになったが、
「あ、そうなんだ」
と、抑揚をつけずに返すことに成功した。別に笑うところではないのだが……交際が長続きしない、という本郷の評判からして、どんな女性なのか興味半分、心配半分である。
『それが、結構 なんていうか、重い子なんですよ。話を聞いてる限り』
「重いって言うと?」
『メッセージとかSNSとか全部チェックしてるっていうし、スマホも会うたびに見せてもらってるとか、居場所も常にチェックしてるとか』
凪は思わず洸と目を見交わした。男性との交際経験はなくても、
「あ、それは確かに重い」
思わず言ってしまう。若干背筋が寒くなるくらいの重さだ。
『それで……なので下手にメッセージ入れたり、連絡すると面倒なことになるかな、って思って』
「そうだね──」
別に興味はないから、本郷がどんな女性と付き合っているかなんて聞いたこともなかったが、今カノはかなり嫉妬深いタイプのようだ。
愛凪がなぜ自分に相談してきたかも得心がいった。
「分かった。あたしから西崎に相談してみるよ。もし本郷にも会ったら伝えとく」




