交錯する世界 ②
「洸くん、誰か女の子の知り合いいない?」
電話の向こうで、洸が鼻で笑うのを聞きながら、千坂はため息をついた。
「そりゃ、高校とか大学の同級生とかいますけど。でも、そっちの街には知り合いいませんよ?」
最もな返しだ。
「いや、実際に会うとかそういうんじゃなくていいんだ。暇な時にSNSでやり取りしたり……ヤツはそのくらいで満足すると思うからさ」
「ハハハ、マッチングアプリとかで良くないですか?それ」
なぜ、年下の洸とこんな会話になったかというと、千坂が翔太とわずかばかり「会話した」という報告を洸に入れたからだった。
ついでにギターや、エフェクターについてのアドバイスをもらい、友人から最近の動向について絡まれていることを伝えていた。
西崎や本郷相手なら、こんな話はしていないだろう。不思議と洸はプライベートの話もしやすい相手だった。
「ていうか、そのアンジーさんって人にマジで紹介すればいいんじゃないすか?お店に来てくれって言われてるんだし、一緒に連れて行けば」
「あー、う〜ん……それなぁ……」
「なんか都合悪いことでも?」
千坂の歯切れの悪さに、洸は首を傾げた。
店への招待が社交辞令だとして、向こうも商売人だ。客として行けば無下にはすまい。まして、千坂の姉と商売上の繋がりがあるならなおさらだと思う。
「なーんか、怪しいんだよな。いや……怪しいっていうか……」
言葉を探す千坂を、洸は辛抱強く待った。
「嘘っぽいっていうか……いや、でも店はちゃんとやってるし、嘘ではなかったんだけど……」
「え、なんかヤバいヤツ?詐欺系とか?」
「いやいや、そこまで……いや、そうなのかなあ?」
千坂は実家でアンジーと会った時のことを思い出していた。流暢な日本語、親しみやすい笑顔。仕事の話になると真摯な表情を見せ……普通に見れば感じのいい外国人だった。なのに……
「なんかあるじゃん、──空気感っての?ホントのこと言ってないな、っての。まあ、つまり嘘言ってるってことになんのか……」
自分で言いながらも何を言いたいか分からなくなってくる。
「それ、どこら辺が嘘っぽいって思ったんですか?」
意外にも洸は真面目に聞いてきた。
「どこ……そうだな、」
改めて走馬灯のように初めてアンジーに会った時のことを思い出してみる。
姉の部屋は実家の部屋の下の階だ。仕事関係の人を連れてきた時は、大抵自分の部屋で接待していると思っていたから、まず実家に仕事の客を連れてきたことにちょっと驚いたのだった。話を聞く限りアンジーとは知り合って間もないようだし、よっぽどの上得意なのだろうかと思って対応したが……
姉の仕事と自分は無関係だからと、席を離れようとするたび、話題を振られた。自分の通う大学がアンジーの店と近いこともやたらアピールされた気がする。
そう言うと
「それ、千坂さんに興味があるんじゃないですかー」
含み笑いと共に洸から返され、千坂はムッとした。さすがにそれはないことぐらい分かってる。姉から話を聞いて顧客になりそうなキャラじゃないのは知っていただろうし、一目惚れされるような容姿でもない──
「あ、そこだわ」
ハッとして千坂は呟いた。
「え、どこすか?」
「オレに興味がありそうだったとこ。やたらこっち見てくるし、個人的に話したいみたいな雰囲気かましつつ、でもちょっと違う、みたいな」
言ってから、それもやっぱりおかしいと思った。アンジーに会ったのはあの時が初めてだ。姉から話を聞いて興味を持ったのか?いや、あの姉が自分のことを好意的に話すとは思えない。アンジーが,興味を持ちそうな趣味や特技があるわけでもない。
(そういうことだったら、最初からその話題が出るだろうしな……)
黙り込んだ千坂の耳に洸の声が響いた。
「千坂さん、お姉さんの仕事、大丈夫っすか?ウィンガーの勘とか違和感ってバカにならないですよ」
「え?!」
真剣味を帯びた声にドキリとする。
「第六感ってあるじゃないですか。アレ、要するに五感の総合評価みたいなもんだと思うんですよ。五感が普通の人より全体底上げされてれば、第六感だって鋭くなると思いません?声の調子とかアクセントとか表情とか、そこら辺、普通の人よりオレらの方が微妙な変化とかよく捉えると思うんですよ」
なんとなく洸の言いたいことは理解できた。
「でも、俺に近付いてくる理由が分からない。姉さんの仕事なんて何やってるかもよく知らなかったし」
「実家の仕事はどうです?不動産屋さんなんですよね?」
ちょっと考えて千坂は首を振った。
「そっちの方に興味を持っている風はなかったな。うちの父親の方は商売がら、詐欺だのには敏感だし、心配ないと思う」
「でもやっぱり、注意した方がいいですよ。まあ、オレみたいな若僧が言うのもなんですけど」
最後はちょっと笑いを含みつつ、それでも洸が本気で心配してくれていることは伝わった。
「分かった。それとなく注意しててみるよ」
一度アンジーの店を訪ね、もう少し話をしてみた方がいいだろうかと、千坂は考えた。
(ま、それで何かあって姉さんに言ったところでオレの言うことなんか気に留めないだろうけどね……)
絵洲駅のリニューアルオープンした駅ビルの中はひどく混み合っていた。
(平日だからもう少し空いているかと思ったけど、オープン初日じゃ仕方ないか)
ある程度覚悟はしてきたんだし、と凪はそのまま足を進めた。
駅ビルのリニューアルは少し前から大々的に宣伝していたし、ニュースにもなっていた。県外からわざわざきている人もいるらしい。洋服や雑貨はもう少し落ち着いてから見にこようと決め、凪はエスカレーターで地下に向かった。
地下はお土産物屋と惣菜屋のテナント、そこに飲食店も入っている。エスカレーターの途中からでも人混みがさらに倍ぐらいになっているのが確認できた。
「あれ!ナッピさん!」
惣菜コーナーへ向かう途中で呼びかけられ、振り返った凪の目に入ったのは、かなりデコラティブな白いワンピース姿。
「紗生ちゃん!」
それは3月までルームメイトとして暮らしていた小坂未生の妹だった。
もしかして、と周りを見まわすと持ち帰り寿司のテナントで商品を受け取っている未生が目に入る。未生の方もすぐに凪に気がついた。
大学に入ってから3年間、未生の実家が管理するマンションに格安で同居させてもらったのは、凪としてはありがたい限りだった。ルームメイトというより「やや居候」と言ってもいいと思う。
見た目も交友関係も華やかな未生に対し、大学とバイト先くらいしか外出先のない凪。性格も対照的な2人だったが、3年間の同居生活は大きなトラブルもなく、お互いに適度な距離感を保って過ごしていた。
快適な生活ではあったが、同居解消を申し出たのは凪からだ。
洸の大学合格はまだ決まっていない時だったが、紗生が絵洲市内の専門学校に進学すると聞いたからで、そうなれば他人の自分より妹と同居した方がいいに決まっている。
同居を持ち出したのが未生からだったから、「妹と住むから出ていってくれ」とは言い出しにくいのもあっただろう。凪が別に部屋を探すと聞いて、申し訳なさそうにしながらも未生はほっとした様子だった。
「ナッピも買い物?」
人混みをすり抜けて近付いてくる未生はこれだけ多くの人の中でもちゃんと人目を引くほどの美人だ。身長はそれほど高いわけではないが、小顔でプロポーションがよく、はっきりした目鼻立ちをしている。そこにいるだけで華やかな雰囲気を作り、自然とその場の中心になるオーラがある。
対して、妹の紗生は小柄で未生よりもさらに華奢な体つきをしている。顔立ちは姉妹で似ているものの、ガーリーな服を好むこともあって、「美人」というよりは「かわいらしい」という方が似合った。
2人並んでいると、なかなか目立つ姉妹だが、男女問わず美形を眺めるのが密かな楽しみの凪としては眼福な光景である。
「唐揚げ屋さんのCM見たから……買って帰ろうと思ったんだけど、メチャコミだね──お寿司?いいな」
チラリと目に入った未生の持つ袋には、結構高そうな握りのパックが入っている。
「うふふ、私の誕生日だから、お姉ちゃんの奢り」
紗生が両手の指でハートを作ってみせる。
「(あ、紗生ちゃんカワイイ)えー、おめでとう!いいね」
「よくないよー」
未生は綺麗な眉間にシワを寄せてみせた。
「誕生日、先週だから。自分が友達と遊びに行ってたくせに、お姉ちゃんにケーキ買ってもらえなかったとか言って。ちゃんとプレゼントはあげたのよ?じゃあ、今日ケーキ買って帰ろうかって言ったら、お寿司の方がいいとか言うし。ワケわかんなくない?この子」
「そう言いつつ買ってあげてるんだから仲良しだよね」
凪が言うと、紗生が
「えへへ」
と笑う。
そのまま、「じゃあ」と、別れようとした時、
「あ!」
紗生が声を上げた。
「水沢さん、高野愛凪って知ってる?ウィンガーの子」
人混みに紛れない、なかなかの声量だったから、そばを過ぎる何人かが振り向いた。
「ウィンガー」なんて単語が出れば当然だ。凪もドキリとした。
紗生は気にした様子もなく続ける。
「テニスサークルで一緒になったの。会ったらよろしくって言ってたよ」
愛凪に会ったのは、もう半年以上前だ。会う時はたいてい何かの事件がらみになってしまうが……なんとなく自分を好いてくれていると凪は感じていた。真面目で一生懸命な、可愛い子だ。
「あれ.…でも、ウィンガーってスポーツ系のクラブとか入れないんじゃ……」
「ああ、趣味のサークルだから、そういう決まりはないみたいよ」
代わりに答えたのは未生だった。
翼を出した時の身体能力向上が著しいウィンガーは、スポーツの公式試合などには参加できない。学校のクラブ活動ですら参加が認められなかった例もある。
「そうそう。もう1人、ウィンガーの男の子と一緒に入会してきたから、いつも2人で練習してるし」
凪はできるだけ声を落として話しているつもりなのだが、紗生は無頓着だった。また「ウィンガー」の単語に近くにいた高校生たちが振り向く。
「ああ、お兄ちゃん?」
高野兄妹は登録ウィンガーだから、聞かれても問題はないと言えばそうなのだが──
「え?違うよ。中学?か高校の同級生っていったかな。不動くんっていう子」
「不動!」
思わず出た凪の大きな声に、姉妹は目を見開いた。
「ナッピ、知ってるの?」
凪は急いで愛凪から聞いていた情報を総動員する。
(そうだ。ノリくんと高校が同じって言ってたっけ……兄同士も結構仲良かったから、連絡とったりしてたんだろうな)
愛凪の同級生、不動典光もウィンガーとして登録されている。そして兄の繁光は凪たちと同じ「れい子先生のクラス」だった。
ウィンガーとして発現したのは繁光が先だが、他の多くの同級生と同様に登録を回避し、隠れウィンガーとして暮らしている。
典光は諸々の事情を知った上で登録されることを選んだのだ。
「あ……直接知ってるわけじゃないんだけど、不動くんの兄とあたし、小学校が同じだったんだよ。弟の顔がめちゃくちゃ可愛いって、女の子たちに人気だった」
「ええ?!奇遇だねえ。そんなとこで繋がりあるなんて」
未生と紗生は顔を見合わせて笑った。
当時の典光の顔は今でもなんとなく覚えている。少し襟足を長くした髪型で、着る物を変えれば女の子と見間違いそうだった。兄の繁光とはまるで似ておらず、繁光の方は割とエラの張った輪郭に太い眉の男子らしい顔立ちをしていたと記憶している。
比較的短気ですぐに大きい声を出す子だったから、凪には苦手なタイプだった。
(そういえば、こっちに戻ってきてから不動には会ってないな……)
進学や就職で地元を離れたのかもしれないが、クラス会にも顔を出さなかった。
(西崎とか本郷なら知ってるかな?今度聞いてみようか……)
手を振って未生たちと別れ、凪は意を決して唐揚げ屋の行列に並んだ。




