世界は出会いに彩られている ②
待ち合わせのカフェに入り、千坂昭利と水沢洸が額を突き合わせて話し込んでいるのを見つけた西崎は、思わずニヤリと口角を上げた。
誰にでも人懐っこく話しかける洸と、誰とでも上手く話を合わせる千坂。地下鉄が遅れたせいで、待ち合わせの時間から30分以上過ぎてしまったが、この2人なら気詰まりな空気にならずに過ごしててくれるだろうと、心配はしていなかった。だが、席に近づいて行ってみると、思っていた以上に盛り上がっている様子である。
「あ!」「ああ!」
2人同時に西崎に気が付いて声を上げる。
「にっしー、水沢の弟がビングコウだって知ってた?」
西崎が座るなり、興奮気味に千坂が乗り出してきた。
「もちろん、知ってるけど。千坂もサイトミューとか、見てるのか?」
千坂に音楽に興味を持っている印象がなかった西崎は少し驚いた。どちらかと言うと、アイドルやアニメに詳しいイメージだったのだが……
「いや、大学の友達がボカロ好きでさ。それで、そっから繋がった歌い手の獄楽騎士ってのがまた大学の一個上の先輩で、」
「その人、オレもちょっと関わったことがあるっていうか、今、コラボの話してて、あ、これ内緒なんすけど。って、西崎さん、知ってます?」
2人の早口気味の説明にさすがの西崎もあっけに取られた。
「ゴクラクナイト?なんか聞いたことはある……か?」
が、洸がスマホで見せてくれた『獄楽騎士』のサイトのロゴは確かに見覚えがあった。
「割とメジャーな曲のカバーやってる歌い手さんなんすけどね、最近はボカロ曲のカバーも何曲かしてて。去年あたりから、ミューバーコラボ企画もやってて、オレも声かけてもらえたんですよー」
さすがに受験とガッチリ重なった時期で、洸は企画は断っていたのだが、無事受験が終わったのならと、再度誘いが来たのだという。
「あ〜、それ、慎重に行っていいかもだぞ」
知り合い相手だと言うのに、千坂は微妙な表情を見せた。
「一浪したオレが言う言うのもなんだけど、獄楽騎士って三浪してうちの大学入ってんだよ。でもって、すでに一回留年しててさ。その留年の原因がテストの時に急に大声上げながら教室飛び出して行って、そのあとしばらく大学に来なかったっていう……」
「え、ヤバい人なんすか?!」
「いや、オレも個人的に喋ったりしたことはないんだけど、なんか一回スイッチ入るっての?集中すると他のことに目が入らなくなるタイプなんだって。こだわりも強くて、オレの知り合いは一緒に作品作るのはもう無理だって言ってた」
「あ〜、でも、結構いるかも。創作界隈って、極端な人多いですよ」
洸はあっけらかんと頷いた。それほど気に留めている様子はない。
「弟くん、事務所とか入ってないんだろ?契約とかトラブルとかややこしいことなった時、どうすんの?」
千坂にそう言われると、さすがに少し戸惑い顔を見せたが、あまり真剣に捉えている様子はなかった。
「実は、その音楽関係でちょっと関わり合いになってる小学生がいるんだが──」
「あ、今聞いてた。れい子先生の甥っ子のことだろ」
今日、千坂を呼び出した本題に入ろうと切り出した西崎に、2人揃って大きく頷く。
「それでちょっと作戦練ってたんだ。正直、オレ小学生なんて扱い分からないし」
千坂の口調から、話の概要がだいたい伝わっているのが理解できた。
単なる世間話だけでなく、必要なことを手早く伝えていたのは洸らしい。年下ではあるが、頭の回転も要領もいい洸は話し合いの場ではなかなか頼りになりそうだった。
千坂が翔太の住む街と同じ県内にある大学に進学していることは西崎も知っていた。ただしキャンパスは翔太の住んでいる場所とはかなり離れている。それがキャンパス移転で4月からは翔太と同じ市内に住むことになるという。
お祝い会の日、千坂からそのことを聞いた洸から『翔太見守り隊』として、協力してもらうことはできないだろうかと西崎に相談があったのだった。
当日のうちに相談できなかったのは、もちろん千坂が酔い潰れて爆睡していたからである。
「いやあ、しかし未来視能力とはね」
声を顰めて洸を見る千坂はそこに関しても、洸の言動を信じてくれたらしい。
「なんでもアリだな」
賞賛とも困惑とも憐憫ともつかない表情を浮かべつつ、千坂は腕を組む。
「まずはできるだけ頻繁にコンタクトをとって……その気配があったらにっしーたちに知らせる、てことだろ?カテキョってのはどうかって、言ってたとこなんだ」
「家庭教師か──」
それは実は本郷や洸と話した時も出た案だった。だが、すでに塾に通っている翔太の元へ家庭教師として入り込むとなると、保護者である叔母にも根回しが必要になる。適任者もいないし、翔太自身が勉強嫌いというところもあり、現実的な作戦とは思えなかったのだ。
「で、家庭教師と称してギターとか音楽のことも教えられる人なら翔太も受け入れるんじゃないかって。翔太が説得すれば、あの叔母さんもOKしてくれんじゃないか、なんてとこからボカロとかの話になっちゃって。千坂さん、顔広いっすよね」
へへっと笑ってみせる洸に西崎はすぐに釘を刺した。
「おい、ちょっとそれはまずいだろ。千坂が行ってくれるならいいけど。翔太が承知したとしてもその家庭教師に事情説明するわけにいかねえし」
「やっぱりな」「やっぱりそうか〜」
そう言われることを2人とも予想していたようである。伊達守進之介のような猪突猛進タイプでなくてよかったと、西崎はホッとした。と、同時にふと閃く。
「そうか、塾講師って手があるな」
「えっ」
と、2人が顔を見合わせた。
「あれってだいたいが学生のアルバイトなんだろ?うまく翔太の通ってるところに潜り込めれば。担当にはならなくても変わった様子とかあれば、情報は入るんじゃないか?」
翔太の家に入り込めないならら翔太が出入りする場所に入り込めばいい。さすがに学校は無理だが、塾ならアルバイトとして入るのはそう難しくないだろう。
「ああ!なるほど!」
名案だとばかりに洸は目を輝かせたが、
「え……と、潜り込むのって……オレ?」
千坂は分かりやすく動揺していた。
「なにか他のバイトしてるのか?」
「いや、オレ……バイトってしたこと、ないんだよね。塾講って、生意気なヤツに当たると大変らしいしさ、親の対応もしなきゃなんなくて結構シンドイって話が……」
「ウェェ!千坂さん、小遣いとかどうしてんすか?それも全部仕送りしてもらえるんすか」
「まあ、生活に困らないくらいは送ってもらってるよ」
「羨ましい〜!!」
洸の心の底からの声が漏れた。
「いやあ、なんてったって長男だしな」
「オレも長男ですよぅ。あー、やっぱりアレっすね、神様って不公平だわ」
突然神様まで持ち出してくる洸に、西崎は苦笑し、千坂は少しきまり悪そうに頭を掻く。
「まぁ……うちの親は子供には甘いからな……お陰で労働の苦労は知らずにここまで育ってきたのよ」
高校の夏休みに叔父の不動産屋で昼休みの電話番をしたことがあったが、1時間スマホをいじって過ごして5千円をもらっていたことは言わずにおこう、と千坂は判断した。
「社会に出る前に労働の厳しさを知っとくのも悪くないぜ。もちろん、無理にとは言わないけど」
西崎の「無理にとは言わない」にはどうも圧を感じる、と思いつつ、
「まぁ……なんとかやってみるか……本当に、ほんとにマジで期待しないでくれよ。うまくその子の身辺に貼り付けるか分かんないし、そもそも雇ってもらえるかも分からないんだからさ」
前向きに返事する千坂がいた。
千坂から見た西崎は、同級生ながら「カッコイイ」存在だった。
いつでもクラスの中心で、他の子よりも一段上にいた。別に人を見下すとか、あれこれ命令してくるとかいうことではない。
ただ、頭が良すぎる上に運動神経抜群な彼は「できない人間」に少々当たりが強かった。西崎には「できない人間」の気持ちが分からないのだ、ということは千坂にはすぐ理解できた。だから、少し距離を取って付き合った方が「安全」だと直感的に判断したのかもしれない。小学校時代から交友関係は続いているとはいえ、今まで直接連絡を取り合うことはほとんどなかった。
室田光の事件がなければ、そのまま疎遠になっていた可能性もある。だがあの時、事件の後処理とはいえ、頼りにされたことは嬉しかった。今回も西崎から、
「会って相談したいことがある」
と言われると、躊躇うことなく応じている。悪い気はしないどころか誇らしささえ感じていた。
「明日向こうに戻ったら、すぐ調べてみるよ。その塾の名前分かる?」
それがどんなことにつながっていくのか、その時の千坂にはもちろん予想するべくもなかったが。




