お馴染みの世界 ②
「コミさん、彼氏と喋ってんの?」
美実、真壁、高野と共にテーブルを囲んだ時、普段なら敢えて口にしないことを聞いてしまったのは、翼を出した直後だったからだろう。
いつもなら常人を超えた聴覚も使わないように気をつけている凪だが、今は店の奥に耳を澄ませてしまっていた。
他の3人が微妙な表情で視線を交わす。
「まだ続いてんのか」
真壁は、彼にしてはおとなしめの金髪五分刈りというヘアスタイルだったが、初対面の人間がその仏頂面を見たら硬直しそうなガラの悪さはいつも通りだ。
「別れる気ないんだってさ」
呆れ顔で美実は頬杖をついた。
よく話の見えない凪が首を傾げていると、
「あれ、聞いてない?コミの付き合ってる相手」
珍しく高野が声を落として凪の顔を覗き込む。
「既婚者なんだよ。しかも、10歳以上年上」
自分が恋愛に興味がないだけに、他人の恋愛にも無頓着な凪だったが、さすがにすぐに肯定できる案件ではなかった。
「歳は別にいいけどさ」
美実は暦美が電話している方を見ながらため息をつく。
「奥さんとは別居中で、別れ話をしてる最中なんだって。で、そう聞いてから1年以上経つけど、まだ離婚してないんだよね。絶対、クズ男じゃん」
漫画やSNSでよく見かける展開を間近で見ることになるとは思わなかった。
「大丈夫かよ?裁判とか慰謝料料請求とかされたら、絶対負けるだろ」
真壁がやけに現実的なことを言う。蝦名たちと同じくらい飲んでいるはずだが、全くシラフで冷静なのが隣の2人と比べるとシュールだ。
「コミさん、なんでそんな人と?」
本人には余計なお世話だろうと思いつつも凪はそう言ってしまった。
「さあねぇ、1回見かけたことあるけど、普通のおっさんだったわよ。元々年上好きって言ってはいたけどね〜」
暦美の1番の親友だと思っていた美実の辛辣な様子に、この交際に賛成する者が誰もいないことが分かった。少なくとも、この場には。
「そう言えば、みんな付き合ってる人にはウィンガーのこと隠してるの?」
聞いてから凪は、さっき翼を出した影響が残っているのかもな、と首をすくめた。いつもなら敢えて触れないようにする話題だ。
美実、高野、真壁の3人が同じタイミングで姿勢を直す。お互い確認し合うかのように見交わす視線が、凪には痛かった。
(やっちまった。言わんでもいいことを……)
「オレは言ってるぜ。てか、オレらの場合、登録者だし。分かってて向こうも近付いてくるわな」
真壁はあっさりとそう言って、同意を求めて高野を見る。
「まぁ、そうだなぁ……正直、興味本位でからかいにきたのかって女の子も多い……」
「え、カイ、今彼女いるの?」
身を乗り出した美実に、
「いや、あの、東京にいた時の話。今は浮いた話は全くございません!」
言ってから高野はしょんぼりと肩を落とし、隣のテーブルでクダを巻く2人に視線を向けた。
次いで美実にガン見された真壁がドサリと背もたれに寄りかかる。
「オレも珍しくフリーだけどよ。いたんだよ、半年前までは!」
「珍しくね〜」
美実の呟きは、間違いなく真壁にも聞こえていた。
「ていうか、ミミはどうなんだよ?水沢も」
取ってつけたようにではあったが、自分の名前まで出され、凪は自分が振った話題にも関わらず、内心舌打ちした。一番、振られて苦手な話題を自分で持ち出してしまった。
別に「付き合ってる人はいない」と、正直に言えばいいだけだし、いつもそうしているのだが、
「うそ〜」とか、
「えー、またまた〜」
とか、すんなり信じてもらえないことの方が多いのだ。
「あ、そうなんだ」
と言ってしまうと会話が続かないからだろうか。凪にしてみれば、ひたすら面倒だと思う瞬間だ。
「なになに、なんの話〜?」
会話に飛び込んできたのは弾むような足取りで戻ってきた暦美だった。お陰で話が中断されて凪はホッとしたが、さっきまで暦美の交際について話していたとは言えなかった。
見るからに上機嫌な様子からすると、デートの約束でもしたのだろう。
「彼氏とか彼女に、ウィンガーだって打ち明けるかどうかの話」
美実が苦笑いしながら言うと、
「言わないでしょ」
暦美は真顔で即答した。
「いちいち告白してたら、本郷なんか大学中にウィンガーだってバレてるでしょ」
「オレがなんだって?」
敏感に自分の名前を聞き取った本郷が振り返る。話の内容を知ると、
「なんだよ、それ。オレが彼女取っ替え引っ替えしてるみたいじゃん」
と、口を尖らせた。
「だって、今まで何人と付き合ったのよ?」
「え、ええと……」
ほら見なさい、と暦美の顔が言っていた。
「待て、今酔っ払ってるから記憶が──」
「最長記録で半年なんでしょ。イベント毎に彼女変わってるし」
本郷が本気で焦っている様子が凪は面白かった。
「許してやれ。宙彦はこう見えても口は固いんだから」
西崎が助け船を出したが、
「じゃ、ニッシーはどうなのよ?」
暦美はそちらにターゲットを変えたらしい。
「いちいち付き合う相手にウィンガーだなんてカミングアウトはしないだろうけどさ、結婚とかなったらどうする?」
暦美の眼差しに真剣な色が帯びて、若干空気が変わった。
「アリーだっけ?まだ続いてるんでしょ?」
西崎の、分かりやすく動揺した顔はあまり目にできないものだ。
「アメリカ人の彼女?」
「いや、オーストラリアから留学してた子」
凪の問いに答えたのは本郷だった。
「もう、しばらく前に別れたよ。今はフリー」
「なんで、本郷が解説してんのよ」
暦美に突っ込まれつつも、本郷は意味深な笑みを西崎に向ける。
「オレは結婚しようがしまいが墓場まで持って行く秘密にするつもりだけど、音十弥は?」
一瞬、凪と視線が合った西崎は、動揺を取り繕うようにそっぽを向くと小さく舌打ちした。
「多分、宙彦と同じ。ただ相手が理解してくれる確信があれば言うかもな。その時にならなきゃ分からねえ。そう言うコミは?」
ぶっきらぼうに振られた暦美は当然の如く、
「言わないわよ。親にだって言ってないんだし」
即答した。美実が隣で大きく頷いている。
「あー、でも子供とかできたらどうかな〜、千沙紀は絶対言わないって言ってたけど」
チラリと向けられた視線に感じた凪の予感は当たった。
「ナッピは?今付き合ってる人いるの?」
月に一回程度はジーズで顔を合わせていて、その度毎に同じ質問をされている気がするのだが……
「あたしは付き合わないよ」
淡々と凪は返す。
「なに、その付き合わないって」
突っ込んできたのは高野だった。
「誰とも付き合う気ないってこと?水沢って……え、と、LGBTとか?」
言葉を選びつつ、前のめりになってくる高野に、凪は言葉に詰まった。まさか、そういう切り口でくるとは思わなかった。
「違う、違う。そうじゃなくて、ほら、そういうことが面倒そうだから……だから、好きとか付き合うとかって考えたくないなって……いう」
言いながら、洸に聞かれるのはあまり好ましくないと思ったが、
「うわ、姉ちゃん、ネガティブとか通り越して無じゃん。なにそれ、悟り目指してんの?」
案の定弟の気やすさでズバズバ言ってくる。
「そうだよ、ナッピ。若いのになに言ってんの」
「え、今まで誰も好きになった人いなかったの?」
「水沢、僧侶かよ」
「いや、姉ちゃんめっちゃイケメン好きっすよ。分かりやすい面食いっすよ」
好き勝手なことが言い交わされたが、凪は反論もせず堪えることに成功した。なんで、こういう話題が出るとみんな大いに盛り上がるのだろう……
いつの間にか千坂と蝦名はテーブルに突っ伏して寝ている。これはこれで……可愛い方なのかもしれない。




