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flappers   作者: さわきゆい
世界は混沌に満ちている
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世界を見る者

 およそ日本ともヨーロッパとも遠く離れた国。

 ガブリエルと呼ばれる男は、とある建物の最上階の部屋の前にいた。

 扉の前には2人の大柄な男性。2人とも、肩から機関銃を下げていたが、ガブリエルを見ると、銃口を下げ、扉の前から後ずさった。

 ガブリエルの背後にもやはり屈強な体躯の男性が2人。その1人が前に進みでる。彼が咄嗟の事態にも対応出来る体勢なのを確認してから、ガブリエルは扉にカードキーを当てた。

 一応、ノックはしたものの、返事を待たずにボディガードは扉を開ける。

 返事がないのが常のことだったし、自分たちが来ていることを部屋の中の人物はとっくに承知していることを、この場の誰もが分かっていた。


 案の定、部屋の住人は無表情な顔を真っ直ぐこちらへ向けて訪問者を迎えた。

 白いゆったりとした長衣に足元まで覆われていても、その体つきが病的なほど細いのは隠せていない。こけた頬と生気のない眼差しのせいで、実際の年齢よりずっと老けて見える青年が、自分の息子と大して変わらない年齢であることに、ガブリエルはふと気付いた。


「お元気そうですな」

 白々しい響きだ、と思いつつガブリエルは愛想笑いを浮かべて言った。

「ああ、いつも通り、普通だよ」

 抑揚なく返された言葉は現地の言葉だ。だが、相手が問題なく英語を理解できることは知っている。

「要件は伝えてあると思いますが、」

 ガブリエルは青年の背後にある球体に目を向けながら言った。


 それは巨大な地球儀だった。

 部屋の中央に据え置かれ、存在感を醸している。直径1メートル以上もあるアクリル製の地球儀はその台座を床に固定され、天井からもワイヤーで固定されていた。。それでも一般的な地球儀同様、地軸を中心に回転出来るようなつくりになっている。

 海の部分は透明感のある鮮やかな青。クリーム色の陸地の部分は、高低差がほぼ忠実に再現されていて、所々、主要都市の名称が刻まれていた。


 振り返った青年が手を触れると、球体は音もなく滑らかに回転する。

 ユラユラと漂うような動きで、手は地球儀の表面をなぞっていく。だが青年の視線はどこかあやふやで、自分の手元を見ているかどうかも怪しかった。

「ミハイルの居所は分かりますかな?」

「分かるに決まっている」

 先ほどと同じく淡々と、だが即座に返された言葉にガブリエルは微かな苛立ちと紛れもない高慢さを感じとり、内心ほくそ笑んだ。所詮、彼は自分たちの言いなりなのだ。


 ゆっくりと回転する地球儀を見上げる青年の背中に光の粒子が集まっていく。あっという間に、それは青年の背中で真っ白な翼となった。細い体が覆い尽くされるほどの大きな翼。アーククラスと呼ばれる、ウィンガーの中でも数少ない大きな翼を持つ1人。

 ガブリエルの両脇に控えた男性2人に緊張が走った。だが、あからさまに青年に銃口を向けるような無分別はしない。そこらへんの教育はきちんとなされている。

 部屋の明かりを反射する純白の翼に、ガブリエルは目を細めた。


 すっかり地球儀の方へ向き直った青年の眼に強い光があることを、誰も目にしていない。

 その眼差しが地球儀の表面を辿っていく。微かになぞるように細い指先が地球儀に触れ、その動きを止めた。

 ぼつりと呟かれた国名がガブリエルの耳に届くと、その笑顔が一瞬こわばった。

「まさか──いや、国外に出たとは思っていたが……移動が早すぎる」

「疑うかい?」

 背を向けたままの青年に、

「いや」

 ガブリエルはキッパリと首を振った。

「我々を出し抜いたつもりなんだろう。所詮は向こう見ずな、愚か者だ」 

 羽の生えた猿、と言いたかったところをガブリエルは思いとどまった。目の前のウィンガーが、ミハイルに対してどんな感情を抱いているか、本心は分からない。


 青年はグッと地球儀に顔を近づけた。だが、その目は遠くどこか違う世界を見ているようだった。

「まだ移動しているよ。南へ向かっているね……30分もすれば、大きな街へ入る。移動し続けられると、ピンポイントでの場所特定は難しい」

 ガブリエルは小さく鼻を鳴らして、不満を表明してみせた。

「すぐに人を向かわせましょう。現地と連絡が取れる状態になってからまた伺いますよ」


 慌ただしく訪問者たちが立ち去り、ドアに再びロックがかかるまで、青年は動かなかった。

 翼を出したままの姿で、また指が地球儀を回していく。ゆっくり、ゆっくりと、その指は東の果ての島国へとたどり着いた。

「相変わらず、この国なんだな」

 島の連なりを青年はなぞっていく。

「これは……なんなんだろうな?ずっと前にも感じたことがある……あの街とは少しずれているか……」

 指元を凝視していた青年の上半身がぐらりと揺れた。たちまち翼が霧散する。糸が切れたマリオネットのように、青年の体は床に崩れ落ちた。分厚いカーペットの上に大の字に横たわった胸が大きく上下する。


 激しい胸の鼓動と、とてつもない疲労感に青年は目を閉じて深く息を吐いた。

(このまま少し眠ってしまおう……)

 そうすれば、また動けるはずだ。食事をして、半日もゴロゴロしていればまた翼は出せる。きっとその頃に、またあの男が連絡をよこすだろう。

(いっそのこと、このまま目が覚めなくても構わないんだがな……)

 自虐的な笑みがヒクヒクと頬を揺らしたが、もちろんそれを見る者ば誰もいなかった。




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