表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers   作者: さわきゆい
第5章 Left in limbo
170/190

情報収集

「ねえ、おばさん!明日も洸さんとカラオケ行ってきていいでしょ?」

 リビングに飛び込んでくるなり翔太は聞いてきた。許可をもらうというより、決定事項の報告、という響きだ。


 回想から急に引き戻された治子は、目をぱっと見開いた後、すぐに普段のキリッとした表情に戻った。

「翔ちゃん、明日は塾でしょう」

「5時までだもん。だからその後!」

「小学校から6時を過ぎたら出歩かないように言われてるでしょ?」

「大人と一緒ならいいんだよ」

 なんの屈託もなく同意を求める眼差しが凪へ向けられる。

「そんな毎日──」

「あの、私たちは構いません。弟も弟子ができたみたいで楽しいようですし。あんまり遅くならないようにしますので」

 言葉を遮られたのにも関わらず、治子はホッとしたように見えた。


「それじゃあ、お願いしても──」

「よっしゃ!」

 最後まで言葉を聞かず、翔太はまた2階へ駆け上がって行ってしまう。

「ごめんなさいね。私、明日は帰りが遅くて。家に帰っても翔ちゃん1人で留守番なものだから。一緒にいてもらえると、むしろ助かるの」

 申し訳なさそうな笑みを浮かべる治子だが、先ほどより表情は柔らかく見えた。


「こんな会って間もない方たちに甘えてしまうなんて、非常識よね。でも、あの子、あんな楽しそうな顔、なかなかしないものだから……言い訳に聞こえるでしょうけど、みなさん、翔ちゃんにいい影響を与えてくれて、ありがたいと思うの。もしよければ、明日もうちに来ていただいて構わないわ」

 治子の眼差しには少し疲れが滲んで見える。その眼差しと、真っ直ぐ視線があった瞬間を凪は逃さなかった。


「翔太くんのご両親のこと、聞いてもいいですか?」

 少し唐突かと思ったが、幾らかでも心を開いてくれたこのタイミングは活かした方がいい。

 治子は少し身をこわばらせたように見えたが、凪から視線は逸らさなかった。

「先生から翔太くんの話は聞いたことがあるんですけど、その他の家族のお話って聞いたことがないなって思ったものですから」


 全くの嘘だ。そもそも、れい子だって家族のことに関しては嘘で塗り固めていたのだから。

 声に変な抑揚が出ないように、淡々と喋った。

 ジッと見返すと、治子の顔から表情が消える。眼差しはどこか遠くを見ているようだった。それでも視線は凪に向けられたままだ。


「妹はねぇ、昔から責任感がなくて……」

 しばらくして呟くように漏らした治子の口調は明らかに先程までと違った。近所の噂話でもするような、友達相手に愚痴をこぼすような……

「おまけに男運も悪いのよ……里麻の父親は他に家庭がある人だったし、その後の男はお金目当てで……」

 しばし語られた翔太の母親の男性遍歴は、聞いていてあまり気分の良くなるものではなかった。

 凪が聞く限りでは母親自身にかなり問題がありそうで、「男運がない」だけで片付けられる問題ではなさそうだ。しかし、治子もそれは分かりつつ、妹のことは可愛いらしい。

 責任感がない、自分勝手、という形容をしつつ、その声音は優しかった。


(りま、って翔太くんのお姉さんのこと……?そうか、父親違いの……)

 それだけが原因ではないだろうが、夏に会った時の里麻の言動の背景が少し見えた気がする。話を聞くに、翔太の両親が結婚したのは姉が6、7歳の時。物心はしっかりついていたはずだ。神代遼一と再婚後、まもなく翔太が生まれたわけか……


「ちょうどシンガポールで始めた事業が軌道に乗って、遼一さん、忙しくなってしまったの。富子はついて行く気なんか全くなくて……そのくせ、置いてきぼりにされたって、怒ってね。遼一さん、優しいから、富子の遊び癖も許してくれているけど、あの子、それも気に入らないって、帰ってくるなって言っちゃったの。そしたら、遼一さん、本当に向こうへ行ったきり……家には帰らないって」

「……はぁ……」

 凪は相槌を打とうにも、どう言ったらいいか分からず、とりあえず治子から目だけは逸らさずに曖昧に頷いた。

 登場人物たちの行動心理が全く読めない。共感もできない。

 常識人と思われた治子も、どうも少し感覚が違うようだ。

 遼一にしても、凪には「優しい人」には思えなかった。


 遼一の実家、つまり野宮れい子の実家がかなりの資産家だということは、伊達守の調べで分かっている。両親は既になく、れい子が死亡していたことが確実となった今、神代家の財産は遼一が全て引き継いでいるはずだ。裕福なのは間違いない。

(だからってお金だけ送って、言われるままに家に帰らないのを優しさと言う……?)




 2階の部屋へ戻ったのは30分以上経ってからだった。その大半の時間を治子に「喋ってもらう」ために使っている。

 翼を出せば力のコントロールも楽だが、これほどの長時間はさすがの凪も翼を出したままにするのは無理だ。

(そう考えれば、翼なしでやった方は持続時間が長いんだよな……効果が薄い分、洗いざらい喋らせるのは無理だけど、多分相手の精神的負担も少ない……)

 そう考えると、凪自身の罪悪感も少し薄れた。後は治子がどうして身内の話を初対面に近い相手にベラベラ話してしまったかと、不信感を抱かないことを願うばかりだ。

 今日のこの時間だけで、聞きたいことが全て聞けたわけではない。

 今後、神代遼一についてさらに聞くためには、出来るだけ好印象を残しておくに限る。


 そこそこの疲労感を感じながら二階へ戻ると、

「叔母さんとなんか喋ってきたの?」

 ドアを開けるなり翔太に聞かれた。なかなか凪が戻ってこないのを気にしていたらしい。

 内心はゲンナリして、しばらく何も話したくない凪だったが、翔太に変に勘繰られても困る。慌てて疲れた顔を取り繕った。

「うん。さっき話した先生のこと、聞いてきたの。翔太くんのお父さんと双子なんだってね」

「え?!男と女なのに?」

 翔太的には双子=同性と思っていたらしい。だが、彼の興味は、自分の親戚が凪たちの担任だったことより、やはり「殺人事件の被害者」であることの方に向いていた。


 刑事が自宅に来た時のことをやや興奮気味に話した後、

「でも、犯人分かっちゃったんでしょ?白骨死体なのに。もっとジジョーチョーシュとか、されると思ったのに、警察の人も一回しか来なかった」

 そう言って、翔太はつまらなさそうにギターの弦を弾じく。

 実際には治子が何度か警察署へ足を運んだと聞いているが、子供にはあまり詳しく話す内容ではないと、翔太には伝えなかったのだろう。


 れい子の死体が見つかった時、遼一へはメールで連絡はしたものの、なかなか返信は来ず、いまだに居場所もはっきりしない、というのは伊達守からも聞いている。

「1週間ほどして、やっと連絡が来たんですけど、今は帰国できないから、全て私に任せると言われて」

 治子はそう言って、凪にぼんやりと頷いた。半ば催眠状態に入ってきていて表情は読みづらいが……凪は治子の様子に違和感を感じた。


 義理の弟の身内とはいえ、治子には赤の他人のれい子。

 その遺体の引き取りや埋葬、様々な手続きまで治子が行ったわけだ。

 普通なら押し付けられたことに苛立ったり、怒っても当然のところだし、断っても当然に思える。だが、不思議と治子はこれといった強い感情を見せない。むしろ、どこか誇らしげな様子さえ凪は感じたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ