神代家
夜明けの空吸い込みたくて
あの道の先へ
呼びかける声振り払って
背中押す手なんかいらない
この道の先 何が見えるのか
知りたくて走ってるわけじゃない
全ては積み重ねです
一歩ずつ登っていけば
頂上に着くんです
信じながら登った階段
辿り着くのはどこ?
君が見たがってた景色です
頼んでねえよ
ダン ダン
空見上げてたら 足踏み外したんだ
こんな毎日なら 投げ出してやろうか
ステップステップ
スピード上げたら
目がくらんで倒れたんだ
散々な明日 予言してやろうか
洸が新しい曲だというデモ音源を洸に聴かせていた。
洸の能力のことを知っていると、何やら意味深な歌詞に聞こえて、凪は眉をひそめてしまう。
そして、こんな歌を聴いて
「メッチャいい!!」
と言っている翔太はやはり変わった子だと思った。
(小学生に響く歌詞かな……)
「ラストのとこが決まんないんだよな〜。歌詞変えよっかな〜、姉ちゃん、なんかいいフレーズない?」
「あたしに文才を求めるんじゃない」
「お、姉弟共作とか、いいんじゃね?」
口を挟んできた本郷に、凪は大きく首を振った。
「ないないないない」
「ふうん、水沢って楽器やってなかったっけ?」
「ああ、ピアノやってたよな?」
洸のギターを借りて爪弾いていた西崎がそう言って顔を上げたので、「やってない」という言葉を凪は瞬時に飲み込んだ。
(なんで知ってる……?)
だが学校帰りにレッスンに寄るためにレッスンバッグを持って行った記憶はあった。とはいえ、
(よく覚えてるな……)
西崎の記憶力の良さには感心するしかない。
ピアノは正直、好きな習い事ではなかった。
いわゆる「女の子らしさ」を求めていた祖母が半ば強引に教室を決めてきてしまったのだ。
仕方なく小学校の間は通っていたが、元々興味もなかったから大して上達もせず、引っ越しを機にやめたられたのが有り難かった。
学習発表会で伴奏をしていた西崎や本郷と同列に比べられては困る。楽譜が一通り読めるくらいで、「ピアノが弾けます」とは、凪としては口が裂けても言えなかった。
「いや、小学校の時しかやってないし、全然弾いてないし……」
モゴモゴと呟きながら、西崎の指がどこかで聞いたことのあるリフを刻んでいることに気付く。
「ギターも、弾けるんだ」
「ああ、宙彦もやってたよな」
ごく普通のことだとばかりに頷く2人に、
「あ、アハ……」
凪は力なく笑った。
(こいつら、ホントになんでも出来るな……)
「え!西崎さん上手いじゃないスか!うわ、なんかいいフレーズ下さいよ!」
洸は早速西崎にそんなことを言い出している。弟の能天気さが凪は羨ましかった。
天井を見上げ、
(それにしても……)
と、改めて部屋を見回す。
神代翔太の住む家は、間違いなく豪邸だった。
凪の実家などと比べても天井が高いし、この翔太の部屋だって10畳以上ありそうだ。
小学生男子の部屋らしく、服や学用品が散らかってはいるものの、それが気にならない広さである。
「一度保護者の方に挨拶をしておきたい」
と連絡すると、翔太の叔母の方から自宅へ招待してくれた。
「時間があれば、是非寄っていただきたいと思ってたんです」
叔母は、若者相手にも真摯な態度で出迎えてくれたが、西崎と本郷に向けた視線はやや警戒の色が見えた。洸はともかく、大学生の男性2人が翔太の遊び相手になる言われはないから、訝しがられても仕方はない。それでも西崎が名刺を差し出し、学生をしながら企業もしていると知ると、興味深そうな眼差しが加わった。
当たり障りない会話で幾分、警戒心が解けるかと思われた時に、
「もう!いいからさ!オレの部屋行こうよ!」
翔太が業をにやして強引に話を遮ってしまったので、自己紹介程度しかできていないが……
凪は飲み終えたジュースのトレーを持って階下へ向かった。
男4人は翔太の部屋でワイワイやっている。
先ほど通されたリビングを覗くと、翔太の叔母はソファに座り、パソコンの画面を眺めていた。
小田島治子さん―先ほど聞いた名前をもう一度しっかり思い出す。
目は画面から離れないが、急を要する仕事をしている雰囲気ではない。
「あの、ご馳走様でした」
凪がそっと声をかけると、画面から視線をあげ、「あら、」と唇だけが動いた。
いかにもキャリアウーマンらしい、キリッとした印象の微笑みが浮かぶ。凪にとっては、少し気後れするタイプの人間だが、今日の目的を考えれば、尻込みするわけにはいかない。
「そのままにしてくれて、よろしかったのに」
「いえ、あの……」
切り出し方は考えていた。
立ち上がってきた治子にトレーを渡しながら、手早く要点に入ることにする。
「さっき、翔太くんに聞いたんですけど、野宮れい子先生って、ご親戚じゃありませんか?」
敢えて「先生」を強調してみた。
「え、」
相手は動きを止める。動揺というほどではないが、予想外の名前が出たことにかなり驚いた様子だった。
翔太に野宮れい子の話をしたのは本当だ。
「小学校の時の先生がね、旧姓神代だったんだよね。もう10年近く前だけど、生まれたばかりの甥っ子がすごく可愛いんだって言ってて……その子がショウタって名前だだたんだけど。もしかして、れい子さんっておばさん、いない?」
翔太はまるで興味のなさそうな反応だったが、少し考えた後、
「学校の先生してるおばさんならいるよ。名前は知らないけど。あ、でも、その人死んじゃったんだ」
死んじゃった、でちょっと目を輝かせてしまうのは、この年頃の子供だからだろうか。
「殺されたっぽいんだよ。この間、警察の人が来てた」
翔太からこの言質を取れれば、治子に野宮れい子の話題を出しても不自然さはないはずだった。
案の定、翔太から聞いた内容を伝え、絵洲市で見つかった遺体の話をすると、治子はなんとも言えない表情で何度も頷いた。
「私は小学校卒業して、絵洲市を離れてしまったんで、その後は交流はなかったんですけど。中学校になってからも先生とやりとりしてる子はいたみたいです。生徒思いのいい先生でしたから」
言いながら、虚実入り混じるとはこういうことかと考える。
「そう、3人ともれい子さんの教え子なの……驚いたわ。夏にお会いした時は絵洲市からずっと離れてたから、まさかお知り合いなんて予想もしなかったの」
「ええ。私もふと先生の甥っ子の話思い出して。まさかとは思ったんですけど」
我ながらしゃあしゃあと嘘をつけるものだと、心中で苦笑いしながら凪は予定通りの話を続けた。
「それで、れい子先生のご家族って……ご遺体の引き取りでも、なかなか連絡がつかないって聞いたんですけど」
治子の細めに描かれた眉がピクピクと動いた。小さなため息と共にそらされた横顔に、
(地雷を踏まなきゃいいけど……)
凪の不安を感じながらも続けた。
「その……できればお墓参りとか行きたいって言ってる同級生もいて……あの後、どうなったのかなって……」
治子は身振りでソファにかけるよう勧めてきた。困惑した浮かない表情。だが、話を拒絶されているわけではない、と解釈して凪は治子のむかいに腰を下ろした。
「―そう……彼女、いい先生だったのね……」
しばらく間をおいて、治子は呟いた。
「はい……とても」
短く答えながら丸顔の笑顔を思い出す。少なくとも当時の自分はれい子先生のことは好きだった。「いい先生」だと思っていた。それはおそらく間違った認識だったと今は分かっている。それでも、当時の自分が「いい先生」として、れい子を慕っていたことを悪いことだとは思いたくなかった。
「私ね、れい子さんには2度ほどしかお会いしてないの。妹と遼一さん──翔ちゃんのお父さんの結婚式と、あと翔ちゃんが生まれた後に一度、お祝いに来てくれた時ね」
少し遠くを見る眼差しでそう言った後、治子は申し訳なさそうに言葉を詰まらせながら続けた。
「そう……第一印象は気さくそうな、親しみやすそうな方に見えたんだけど……当時、アメリカで仕事をされてて……忙しかったのかしらね、結婚式の時もすぐ帰ってしまって。……遼一さんに、こんな忙しい時に呼ぶなんて、って言ってるの聞いてしまってね。正直、私はたった1人の弟の結婚式にそんなこと言うなんてって……あまりいい印象を持たなかったの。なにか、研究のお仕事をされてると聞いてたから、何年かして、小学校の先生をやるって聞いて驚いて……」
凪はちょっと目を見開いてみた。あまり大袈裟でなく、驚いている風が伝わるといいのだが……
治子は困り顔で瞬きしてから、
「ごめんなさいね」
小さく頭を下げた。仕事モードのキリッとした表情はなりを潜めている。
「私にはれい子さん、子供が好きそうには見えなくて。翔ちゃんが生まれた時も、お祝いには来てくれたけど、遼一さんと話し込んで赤ちゃんには触ろうともしなかったのよ。あの時……日本に帰ってくるなり結婚する、教師になるって聞いて、遼一さんもびっくりしていたわ」
「意外です。先生、生徒の話もよく聞いてくれて、家庭のことなんか相談してる子もいて……」
れい子が子育て経験があると嘘をついていたことは、言わなくてもいいだろう。凪はあくまで「れい子先生は、生徒のことをよく思い遣ってくれる、いい先生」の前提で話を進めるつもりだった。
「そう……そうね、2回会っただけで人のこと判断はできないわよね」
治子の深いため息と同時に、凪は階段を降りてくる軽い足音を捉えていた。




