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flappers   作者: さわきゆい
第5章 Left in limbo
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夕餉のひと時

 凪たちの伯母が営む「ふじい」は、元々は普通の一軒家であった。その一階部分を改装して店舗とし、2階は伯母の住まいになっている。

 伯母からは

「小さな居酒屋みたいなもの」

 と、聞いていたが、実際来てみると「小料理屋」という表現の方が合うと凪は思った。


 凪がバイトをしている居酒屋「鮮昧」も、ちょっと大人向けの落ち着いた雰囲気の店だが、それよりももっと高級感がある。


 カウンターの中に伯母が立ち、お客一人一人のペースに合わせて料理を出す。コース料理が基本だが、好みや腹加減に合わせて伯母がメニューをその都度カスタマイズしていた。

 お客とゆったり会話をしながらも、手元は手際良く料理を盛り付けていく。飲み物の減り方にも目を配り、絶妙なタイミングで

「次は日本酒になさいます?」

 と声をかける。


 居酒屋でのバイト経験があるだけに、凪には伯母のスキルの高さに感服した。

 お店の手伝いを、と申し出たものの凪にできるのは皿洗いくらいしかない。

 食べ終わった皿を下げるにしても、タイミングや所作に気を使うし、飲み物を出すにしても置き方に気を使う。変な真似をして伯母に恥をかかせるわけにもいかない。


 そんな姪の心中を知ってか知らずか、

「凪ちゃん、ちょっと手伝って」

 天ぷらを揚げていた伯母が手招きする。

「はい。味見」

 手伝いと称して渡されたのは、数種類の天ぷらが乗った皿だった。


「休憩しながら食べていらっしゃいな」

 休憩も何も、大して仕事もしてないし……と思ったものの、

「おや、重要任務を任されたね」

 カウンターの向こうから、赤ら顔の和装の紳士が笑いかけてくる。

「そうよ〜、いつもだとこの仕事任せる人がいなくて」

 伯母は朗らかにそう言うと、紳士には揚げたての春菊を差し出した。


 今日もカウンターは満席。お客は皆常連らしく、和やかな雰囲気だ。

「すいません、じゃあ、いただいて来ます」

 仕方なく小さく会釈すると、凪はカウンターを出て、入り口脇の小部屋へ向かった。

 襖戸を開けて滑り込む。


「おう、お疲れ」


 中で鍋を囲んでいたのは洸と西崎、本郷だった。

 四畳半の小さな座敷は、熱気に包まれている。

 少人数で他の客に煩わされずに食事をしたいお客用にしている部屋だという。

 洸から電話を受けた伯母は

「ありあわせのものでよければ、2人分くらい大丈夫」

 そう言って、この部屋を使うことを提案してくれたのだ。


「ほら、姉ちゃんの分取っておいてくれたよ」

 促されて洸の隣に座ったが、その言い方だと、西崎と本郷が気を使って凪の分を残しておいてくれたらしい。

 まあ、洸は歳の割に食が細く、食べることにさほど興味がないだけに、姉の食事を確保する発想は湧かなかったのかもしれない。


「この鶏肉メチャクチャ美味い」

 凪が取り分けた後に続いて西崎が鍋に手を伸ばす。チラッと凪に視線をよこし、

「いいか?」

 と聞いてきた。

(よっぽど気に入ったんだな)

 凪はすぐに頷いた。

「いいよ。あたし、天ぷらもらってきたし」

 そう言いつつ、さっきこの部屋にも天ぷら盛り合わせを持って来たはず、とテーブルを見れば、皿はすでに空になり、鍋の取り箸の置き場と化していた。


「うん。スープも最高」

 西崎の後にそう言って手を伸ばした本郷が、

「あ、」

 と、手を止めた。 

「シメ、くるんだっけ?」

「ああ、えっと、おじやにしたければ白いご飯くれるって。そうじゃなきゃ炊き込みご飯」

 答えながら、全くいたれりつくせりだな、と思う。

(結局、伯母さんの手間を増やしただけな気がする……)

 だが本気で悩んでいる様子の本郷に苦笑しながら、凪は2人をここへ連れて来てよかったとも思った。

 2人とも相当口は肥えているはずだが、ここの料理はとても気に入ってくれたらしい。


「半々じゃダメか?」

「優柔不断な男だな」

 しばらくしてやっと答えを出した本郷に、西崎が間髪入れず突っ込む。

(食欲旺盛なおぼっちゃまだな)

 心の中で呟きながら、凪は自分の天ぷらを差し出した。

「半々ていうか、どっちも、ってことだよね?足りないなら、天ぷら食べる?」

「いや、足りないわけじゃないけどさ」

 そう言いつつも天ぷらへ箸が伸びてくる。


「あ、お芋食べたい。春菊も」

 自分が食べたいものに関しては、しっかり主張せねばと、慌てて凪は言った。

 絶妙なタイミングで油から引き上げる伯母の手元を見ながら、あまり物があったらと狙っていた具材だ。

「人参と椎茸はいいよ」

 フッと洸が鼻を鳴らした。

「お・ね・え・ちゃん、嫌いなもの押し付けちゃダメよ?」

 本郷の箸が止まり、ニヤニヤ笑いが浮かんだ。

「いや好きじゃないだけ!嫌いなわけじゃない!」

 グフッと西崎が吹き出した。

 凪は思わず耳が熱を持つのを感じた。

(なんたる不覚。こんな子供じみたやり取りを聞かれるとは……)

 なんでこの2人の前でこんな言い返し方をしてしまったのか。いつもなら、洸の言い草など無視してしまったはずなのに。


「よしよし。じゃあ椎茸は食べてあげるから、人参は半分食べるんだぞっ」

 本郷はニヤニヤ笑ったまま、箸でにんじんのかき揚げを半分に割いた。

「いろいろ食べないと大きくなれないからな」

 こともあろうに西崎まで追い討ちをかけてくる。

「今さら大きくなるかい!」

 心の中で呟いたはずが声に出ていて、一番驚いたのは凪だった。





「若い方は日本酒より焼酎の方がいいかと思って」

 厨房へ戻ろうとした凪は、そう言って入って来た伯母に押し戻される形となった。

「頂き物なんだけど。よかったら飲んでみてちょうだい。お料理は足りてるかしら?」

 西崎と本郷の目が、素早く伯母と凪の間を動く。

(伯母と姪とはいえ、全然共通点がないとか思ってんだろうな)


 伯母の面立ちには明らかに父親や祖母の面影があるものの、父も祖母もお世辞にも美男美女とは言えない。ところが伯母といえば、いかにも小料理屋の女将さんといった艶っぽさと愛嬌を併せ持ったなかなかの器量良しだった。


「へえ。栗の焼酎ですか。初めて見た」

 本郷が繁々と茶色の瓶を眺める。

「高知か。ブランド栗があるんだな。水沢も飲むだろ?」

 隣からラベルを覗き込みながら、再び部屋を出ようと腰を浮かせた凪を西崎が呼び止めた。

 軽く身を乗り出して「自分も飲んでみたい」アピールをしていた洸は無視された。

「はい。氷とお水ね」

 伯母が渡して来たお盆には当たり前のようにグラスが3個乗っている。

 結局凪は元座っていた場所へ戻ることになった。


「凪ちゃんと同じ大学なんですって?」

 手早く、だが丁寧な手つきで伯母はグラスに氷を入れていく。

「あ、はい、オレが」

 本郷が小さく手を挙げ、

「オレは4月から」

 西崎が続けた。


「「4月?!」」

 凪と洸の声がきれいにハモる。

「あ、言ってなかったっけ?4月から経済学部の大学院に入るんだ」

 ふた呼吸ほど間をおいて、

「「──院?」」

 また姉弟の息は合ってしまい、2人は顔を見合わせた。

「姉ちゃんと同級生だよね?」

「……多分」


「飛び級だよ。アメリカの大卒資格で認められたんだとさ」

 苦笑いしながら解説してくれたのは本郷だった。

「おっかねえヤツだよな〜」

 その表現が正しいのかどうかは分からなかったが、凪は素直に同意した。

「怖いね……」

「西崎さん、やっぱスゲェっすね」

 洸は感心しきりで頷いているが、そんな一言で済ませられる凄さではないと凪は思う。

「凪ちゃん、お友達も頭のいい方、多いのね」

 微笑む伯母に

「本郷さんは医学部だよ」

 と、囁く洸。もちろん本郷にも聞こえているので、囁く意味は分からない。

「あらぁ、医学部!」


 西崎の飛び級よりも医学部生の方が伯母にはインパクトがあるようだったが、その2人とほぼ同率に姪のことを考えているらしい様子に、凪ははっきり否定をしなければと焦った。しかし、

「小学校の時はクラスのトップ3争ってましたから」

 本郷の不必要なお世辞で遮られる。

「ウソを──」

「運動神経は水沢が飛び抜けてたしな」

 西崎まで淡々と被せてきた。

「うっ……?!」

「まあ、小学校からのお付き合いなの。いいわねぇ、幼なじみって」

 別に何もよくない、と言ってしまうべきか、パクパクと口を開閉する凪の隣で、洸がニヤニヤと笑っていた。




 やがて、伯母が

「お客はあと一組だけだから大丈夫よ」

 と、言い残して立ち去ると、

「で?神代翔太の未来はなんか進展あったのか?」

 西崎がおもむろに切り出した。

 洸は炊き込みご飯を口いっぱいに頬張ったまま首を振る。

 凪は焼酎のロックを口に運ぼうとしていた手を止めた。


「翼を出せば、はっきり見えるのか?」

 本郷の問いにも首を横に振り、洸はご飯を飲み込む。

「オレの場合、翼出しても見えるか見えないかはランダムなんすよ。まあ、ビジョンとしては翼があった方がしっかり見えるかな〜」

 ふぅ、と西崎は一息ついた。

「じゃあ、見えた時に翼を出して、より鮮明に未来を見る、ってのが理想だな。チャンスがあればいいんだが」

「あの子が居眠りでもしててくれれば一番いいんだけどな、そううまくはいかないよなぁ」

 本郷は西崎のグラスに酒を注ぎ足し、自分のグラスにも注いだ。凪にも差し出してきたが、小さく首を振って断る。


 まだグラスには充分あるし、せっかくなので2人で好きなだけ飲んでくれればいい。

 栗の焼酎というからもっと焼き栗のような香りがするかと思ったのだが、鼻に抜ける香りに栗の香りを感じる程度。どちらかというとあっさりして喉越しがよく、飲みやすい焼酎だった。

 凪も嫌いではないが、普段からあまり焼酎は口にしないこともあり、味の良し悪しはよく分からない。

 男性2人は気に入ったようだから、この2人の感想を伯母にも伝えればいいかと思う。


 凪としては翔太よりも、その叔母と話をしなければならないことに考えを巡らせていた。

 翼を出さずにどの程度の話を聞けるか。

 いずれにしても、藪から棒に「義理の弟さんのことを聞かせてほしい」とは言えない。

「そこはさ、れい子先生から色々聞いてたことにしちゃったら?」

 凪が思案していることを口にすると、あっけらかんと洸が言った。

「こう言っちゃなんだけど、れい子先生に確認とったりできないんだしさ、好きに話作れるじゃん」

 いや、と待ったをかけようとして凪は口を閉じた。

 西崎、本郷と視線を交わす。

 3人の意見は概ね同じようだった。



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