冬の一日 ②
待ち合わせの場所に現れた神代翔太は、夏に会った時より、顔つきがふっくらしたようだった。
「あ、お姉さん」
人懐こい笑みを浮かべて、ピョコンと頭を下げる姿に
(こんな感じの子だったっけかな……?)
凪は数ヶ月前の記憶を辿ってみる。
はるばる600キロも離れた街を訪れ、凪たちの実家までストーカーの如く付いて来た少年。
帰りの交通費もその日のうちに帰れる手段もないと分かるとさすがに青ざめていたが、泊めてもらえるとなるとたちまちリラックスして、洸にギターを教えてもらうのに夢中になっていた。
凪には、全てにおいて警戒心が足りないように見えたが、それは「子供だから」で済ませられるものなのか。
以来、洸とメッセージのやり取りを続けているようだが、小学校低学年かと思うような発言がある一方、妙に大人びた発言もあるとかで、洸も、
「なんかよく分かんねぇ、アイツ」
と、眉間にシワを寄せている時があった。
その洸が、「ウィンガーになる」と、予言しているのも、もちろん気になるところだ。しかも、凪と同じ黒い翼だという。
凪は未だに洸の「未来が見える」能力を信じきれていないが、西崎や本郷はその洸の話を全面的に信じている。今回も凪たちが翔太に会いに行くと聞くと、自分たちも一度会っておきたいと、ここまで足を運んで来たのだった。
事前に知らせていたとはいえ、西崎たちには少し緊張した表情を見せた翔太だったが、好きな音楽の話になるとすっかり打ち解けてしまった。
基本、人懐こいというか、物おじしないタイプのようだ。
(将来、ウィンガーになるとして……まさかそれを伝えるわけにもいかないし、見守るにしてもどうしろと……?)
ここへ来る前にも西崎たちと相談はしたが、どうするべきか対策は決められていない。
(というか、こいつらも守備範囲広いな!)
いつの間にか、かなりマニアックな音楽ネタの話になってきていたが、西崎も本郷もむしろ自分から話題を提供している。
実家に帰るたび、洸から音楽の話題は一方的に聞かされている凪だが、正直それほど興味はない。2人の知識量の多さに感心すると同時に、翔太に会わせたのは正解だったと思っていた。
洸は凪がどう言っても翔太に関わろうとするだろうし、かと言って任せきりにできる問題ではない。
この先、翔太が本当にウィンガーとして発現したとして、この2人のサポートがあるのは心強いし、何より洸が西崎と本郷なら頼りにして、きちんと相談もしてくれそうだ。
(姉のあたしが頼りにされないのは少々複雑だけど……)
それは面倒ごとからできるだけ離れようとする凪の性格を分かってのことだから、仕方ないとも言える。
「明日は?家の人はOKだって?」
「うん。ちゃんと叔母さんに言ったよ」
明日はカラオケボックスで、洸が作曲のレクチャーをするらしい。
西崎と本郷も同行する気満々のようだ。
(一緒に行くべきか……でも、行ってもやることなさそうだし……かといって伯母さんちに残っても……1人で観光?……あんまり気が乗らないな……)
モヤモヤ考えながら、ふと気になったことを凪は尋ねた。
「翔太くん、お母さんは体調どうなの?」
余計なお世話かもしれないが、翔太から家族の話があまり出てこないことが、少し気がかりだった。翔太の母は夏の時も体調を崩して入院しているということだっだが、翔太は「他の男の人と暮らしてる」とも言っていた。
「え?あ、元気だと思う」
その言い方だと、やはり一緒に暮らしてはいないらしい。
このままの流れで「お父さんは?」と聞いておきたいところだが、ひとまずやめておいた。
野宮れい子の双子の弟、神代遼一、つまり翔太の父はここ数年家に寄り付いていないという。
伊達守の調べでは、れい子と共にウィンガーの研究をしていた時期もあるらしいから、有力な情報を持っている可能性は高いのだが……
チラリと目配せすると、西崎は小さく首を振った。今はまだ、父親についての話はしなくていいということだろう。
ふと、今更れい子の何を知りたいのだろうと思う。
自分たちに何かしたのか、何をしたのか、知ったところで自分たちはウィンガーになってしまっている。そして、れい子は死んでしまった。
本人の口から真実を聞くことはできない。
翔太を自宅近くまで送った後、しばらく歩くうちに西崎が口を開いた。
「翔太の叔母さんって人には会えないか?」
自分へ向けられた問いに、凪は思わず洸を見やる。洸はいじっていたスマホから顔を上げ、小首を傾げた。
「まあ、適当に理由つければ会いに行ってもいいんじゃないスかね。結構忙しい人らしいから、断られる可能性もあるけど」
弟の無頓着な言い方は、相変わらず凪をイラッとさせるが、西崎は気にした風もなく頷いた。
「今のうちに聞いてみてくれないか?明日翔太と会う前か後かでも、挨拶しに行けないかって」
「そうだな。このメンバーに小学生が1人混ざるのも不自然だし、一度会っておきたいって言えば向こうもかえって安心するんじゃないか?」
本郷の言葉に洸はウンウンと頷いているが、凪は翔太の叔母がどう反応するか、予想しづらかった。
一度あったきりだが……少なくとも常識が通じる相手ではあった。ただ、翔太のことをどれほど親身になって考えているかは分からない。
実の親にほって置かれているのを押し付けられて、面倒なだけだと思っている可能性もあるし、だとすると、面会を申し出たところで迷惑がるだけかもしれなかった。
少なくとも、翔太の姉は弟を本気で鬱陶しいと感じているようだし……前回会った様子では。
モヤモヤと考えていた凪は、本郷が自分を見ていることに気付いてハッとした。
「なぁ水沢、その叔母さんに神代遼一のことを聞くことは出来ないか?」
もちろん、その言葉の意味はすぐに分かる。
「うまく会えたとしても、さすがに初対面の相手に身内のことを細々とは教えてくれないだろ。水沢の力なら、なんとか情報を引き出せないか?もちろん、無理にとは言わないけど」
隣の西崎が少し顔を顰めた。
ほとんど見ず知らずに近い人間に、能力で個人情報を喋らせる。普通なら断るところだ。この2人も凪が嫌だと言えば強要してこないだろう。だが、言葉と裏腹に、本郷の口調に切羽詰まった響きを感じ取り、「それは難しいよ」と言おうとしたのを途中で飲み込んだ。
ここで協力を断れば、自分がここにいる意味もない。
「それは……やるだけはやってみるけど……」
どの程度話してくれるかは、相手の警戒心の強さにもよるから、うまくいく保証はない。
凪たちが話し合う横で、誰かに電話をしていた洸が、急にオッケーサインを出して来た。
「は?」
なんの意味か分からなかったのは凪だけ。
「ホントに大丈夫か?」
「気使わせたな」
西崎と本郷は電話の内容をちゃんと耳に入れていた反応を示している。
姉だけが状況を把握できていない様子に、洸はニヤッと笑った。
「伯母さん、夕食オッケーだってさ!個室空いてるし、2人分くらいならなんとかなるって」




