日々は続く ③
「ここの何人かは会ってるけど、ヘンリー・ってやつが身柄を引き受けてくれた。あいつらも隠れウィンガーの集まりでな。ただ、オレたちと違って、明確な目的を持った組織だ」
様子からして、ヘンリーたちの「組織」について、すでに知っているのは本郷だけだ。
凪は隣のマスターのグラスを磨く手が止まったのを見た。
(そうだ……ダーウィンと莉音ちゃんのことも、全然解決してない……)
「正直、バックについてるのがヤバくてな。あまり深く関わると、伊達守さんでも手に負えなくなる。接触するのは、オレと宙彦だけにしておくつもりだった」
西崎の言葉に、莉音のことに思考を取られそうになっていた凪は、ハッとした。
言っている内容よりも、その声音に含まれた響きが脳をざわつかせた。
西崎が悩んでいる。それは、凪の感覚的には、もっとも西崎に似合わない姿だ。
カウンターの中からは、西崎の表情は見えない。伸ばした背筋に緊張は見えなかったが、容易に人を―本郷さえも―近づけさせない空気があった。
「え、なに?はっきり言ってよ。なんなの、その人たち」
暦美の口調には、明らかに強がる響きが出ている。チラリと凪の方を振り返った目には不安の色があった。
「コミはマイケルと会ってなかったよな」
西崎はそう言ってから、千坂の方にもうなずいてみせる。
「誰だっけ?」
首を傾げる千坂に、
「デカい黒人の人でしょ?話だけは聞いてるけど?」
暦美が言うと、千坂も
「ああ〜」
と頷く。
「思い出した。アーククラスのウィンガー集めてるとかいう人だろ。オレも会ったことはないけど」
「そう。マイケル・ガードナー。実は、向こうの軍と繋がりがある」
一瞬の沈黙の後、
「ぐん?」
首を傾げて乗り出したのは海人だった。
「Army」
言い直された言葉に、パチパチと瞬きをした海人の目が見開かれる。
「嘘だろ?」
「え、なに、国が隠れウィンガーの組織を認めてるってことか?」
「ちょっ……私たちのこともバレちゃってるってこと?!」
「軍が関係してるって、どういうことだ?」
ざわつきと共に一斉に質問が上がった。
西崎は無言のまま、それが落ち着くのを待った。
本郷は今日は口数が少ないまま、ノートパソコンの画面を見ている時間が長かったが、その画面をみんなが見やすいようにカウンターの中央へ押し出した。
「うぅわ……」
すぐに声を発したのは暦美。
画面には大きく映し出されてた顔は伊達守進之介だった。
凪は画面の後ろしか見えなかったから、カウンターを回って出て行こうとしていたが、
『Hi,Everyone!』
と発せられた声が進之介だと気付き、移動するのをやめた。わざわざ見たい顔ではない。
「なんか、相変わらずムカつくな」
真壁の呟きに、大きく頷きそうになるのを堪える。
テレビ電話ではなく、録画らしい。進之介は一方的に喋り出した。
『うちのダディ経由で話は聞いてるぜ。あの室田が連続殺人犯とは、アンビリーバボー。ビッグ・サプラーイズ!だ』
暦美の顔が険しくなり、その拳がプルプル震えた。
『で、そこにアメーリカンのウィンガーも関わってるって?だから急いで帰国しろってオーダーがかかったけどさ、そんなことに動じるシンシンではなーい!』
「これ!最後まで見なきゃダメ?!」
立ち上がった暦美が画面を指差す。声を聞くだけでも、凪もゲンナリしていた。
「耐えろ」
だが西崎にあっさりいなされ、暦美はため息をついてカウンターに寄りかかる。
他のメンバーも、なんとも微妙な表情で画面を見ていた。
『我らがティーチャー、レイコ・ノミヤについて、全てを暴く絶好のチャーンス!オレの存在を奴らに知られちまう?オーイェイ、むしろこちらから出向こうぐらいの、気概がオレにはあるぜ!フー!』
進之介の高笑いが響く。
『で、オレ、それっぽいところにメールしてみたわけよ』
「マジかよ」「バカじゃない?」という囁き声が漏れた。
『レスポンスは早かったぜ〜、もう、会ってきたぜ、ヘンリーとマイケル!』
ところどころ、妙に発音のいいところが、凪には気に障った。
(昔から―こういうヤツではあるけれど……恐ろしいマイペースだな)
『早い話が、協定を結んできた!うちのダディの了解も取り付けてある!ニッシーもいずれ、そういう取引をするつもりだったんだろ。というわけで、America側の窓口はオレがやらせてもらうぜ。じゃあ、またな!』
録画はそこまでのようだった。
「一昨日の夜、いきなりこれが送られてきてな……向こうは、ダーウィンやれい子先生についての情報をオレたちよりも持っている。実際に、何が起こっていたのかも、おそらく掴んでる。オレとしては―オレと宙彦のウィンガーとしてのデータと引き換えに、その情報を手に入れる交渉をするつもりだった。それが―」
西崎の長い指がコツコツとパソコンを叩いた。
「シンシン、大暴走」
千坂が苦笑いしたが、凪のところから見えた西崎の横顔は苛立ちよりも、沈んで見える。
それは本郷も同様だった。
「シンシンはああいう言い方してたけどな、実際は伊達守さんの意向だと思う。マイケルたちから出された提案は、れい子先生のアメリカでの研究内容、その共同研究者たちに関する情報を提供する代わりに、野宮れい子クラスのウィンガーたちのデータが欲しい、ということ。ただし、協力を望まない者に関しては強要はしない。もちろん、ウィンガーであることを公表したり、生活に支障が及ぶようなことはしない。今まで通りの生活が保障されることが大前提だ」
「それって……かなり私たちに有利な条件じゃない?嫌なら嫌って言えばいいんでしょ?」
暦美に向かって頷いたのは本郷だった。
「オレと音十弥、シンシンが協力することはもう伝えてある。それに、エレナ。あと悪いけど、登録者に関してはアイロウに登録されたデータが全て向こうにも提供される」
海人は少し顔を引き攣らせたが、真壁はフン、と鼻を鳴らしただけだった。
「だから、それ以外のみんなに関しては、今までと変わらずに過ごして、それで構わない。伊達守さんが、これに関して、日本国内の問題を全て処理することを条件に、ここまでの譲歩を引き出した」
そう聞くと、さっきの進之介の騒がしい動画も、別の見え方がしてくる。自らと父親が盾になって、同級生たちを守ったわけだ。
ただそれでも、進之介のスタンドプレーは走りすぎのきらいがあった。
「もう少し慎重に駆け引きするべきだと思うけどな……まあ、ここまで決まってしまったのはしょうがない」
本郷はパソコンを閉じ、自分のそばへ引き寄せた。
「本当に、私は関係ありません、知りません、でいいの?というか、それで通じるワケ?」
暦美は凪の方へ同意を求める視線を送りながら言った。凪はあやふやに首を傾げるしかなかった。
暦美の視線の先を追うように、西崎が凪の方を見る。かすかに、憂いの表情が見えた気がした。
「誰がウィンガーになっているか、向こうには教えてない。エレナにもそう言ってあるが―あいつが本当に黙っているかどうかは疑問だ。あいつ、当時のクラスに不満が相当あったみたいだからな」
「エレナ・モリィ?今回のことで、いろいろ話は聞いたけど、嫌な女になったわね。まあ、昔から私はあんまり好きじゃなかったけど」
口を尖らす暦美を見ながら、
(その感じが、昔もエレナちゃんに伝わっていたんだと思うな……)
凪は確信した。再会しても、暦美とエレナが仲良く語り合うには時間がかかりそうだ。
エレナが他の同級生たち会わないままでアメリカに帰ったのは、正解だった気がした。
「今のところは伊達守さんが間に入ってくれたこともあって、向こうはオレたちの希望には沿ってくれるようだ。それが続くように願うしかないな」
西崎の言葉に、ため息混じりに全員が頷く。今はそれで納得するしかない。全員がそう理解した。




