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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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日々は続く ①

「娘さん宛に、遺書が送られてきていたそうだ」

 それは伊達守清友経由で伝えられてきた。

 野宮博信、れい子の夫だった人物の娘2人の話である。

 およそ7年前、絵洲市の自宅から姿を消す際に、彼は2人の娘に告白文を書いた遺書を送っていたのだった。


 酔った勢いで妻を締め殺してしまったらしい。恐ろしくなって、死体は自宅に埋めて隠した。幸い、妻はアメリカへ戻る予定になっていた。姿を消しても、周りの人間は怪しまないだろう。

 だが、時が経つにつれ罪の重さに耐えられなくなった。自分にできるやり方で罪を償おうと思う。


 だいたいそのような内容が書かれていたという。

 娘2人はその手紙を廃棄し、何も知らないふりを決め込むことにしたのだが、先日、白骨死体の発見されてしまった。2人が観念し、手紙のことを話した直後に室田事件が起こり、真犯人が別にいることが分かったのであった。


「私たちにはすでに家庭があったんです。父が殺人なんて―でも、真犯人が別にいたなら、真相を明らかにしていただきたいわ」

「父の再婚にお金が絡んでいることは、なんとなく……まさか、投資詐欺なんて……ええ、父は私たちにはそんなトラブルに巻き込まれているなんて一言も。れい子さんと再婚することが決まってから、急に自宅を買ったり、結婚資金を援助してくれたり、金銭的に余裕ができたみたいで……だから、私たちは再婚には反対しませんでした。れい子さんも、いい方に見えましたし……ただ、なんで父なんだろうと、不思議には思いました。娘の口から言うのもなんですが、それほど魅力のある男性とは思えませんでしたし……再婚してから2人には数回しか会っていません。れい子さんはいつも感じ良かったですけど、正直、父はそれほど楽しそうには見えませんでした。……れい子さんの遺品?父の行方が分からなくなってから、何度か家の整理には行きましたけど……もう、何も残ってませんでしたよ」

「ええ……あの家を人に譲らずにそのままにしていたのは、父の遺書があったからです。遺体をどこに埋めたのかまでは、書いてませんでしたから……どこか掘り返されたり、リフォームの工事なんてされたら……火事のニュースを聞いた時も、気が気じゃありませんでした……でも、周囲のお宅から、燃えた建物の撤去をしてほしいと言われて……その……遺体が埋まっているのは、自宅の方の床下かと、思っていたものですから……物置小屋の撤去なら……と」


 野宮れい子殺害に関しては、花が兄から「仄めかされた」ことを元に捜査が進められているが、時間が経っている上に当事者が,亡くなってしまっている。動機や当時の状況は曖昧なままになるだろう、とのことだった。


「野宮博信さんは全くの濡れ衣を着せられたわけだけど、娘さんは2人とも、室田くんを責めるようなことは言われなかったよ。本心はどうかわからないが……自分たちが事件を隠蔽しようとした負目もあるんだろうね」

 弁護士など、必要な手続きに手を回してくれた伊達守は、そう報告してくれた。





「室田の付き合ってた女って、とんでもなかったわねえ。まあ、男女の関係はなかったっていうけど」

 久々に訪れたジーズ・バーで、そう言いながらシャンパンを手酌で注いでいるのは暦美である。

 事件がある程度落ち着いたところで全容を知らされた暦美は、少々不貞腐れていた。


「なんで、その場で教えてくれなかったのよ?室田の告白ビデオだって、見せてもらえないし」

「そんな状況じゃなかったって」

 本郷がとりなしても、暦美はまだ不満顔だったが、

「あれ、まともに見たオレらの精神的ダメージが分かるか?」

 ちょっとキツめにそう言われると、さすがに口をつぐんだ。


 室田の告白ファイルは、あの後すぐに消去し、パソコンごと西崎が預かっている。

 万が一、調べられたら隠れウィンガーの同級生たち全員の存在がバレてしまう。花もファイルを残しておきたいとは言わなかった。

「だって、 おにい ちゃん、みんな まもり たい、って」


 警察の捜査が進むと、室田は上客だったアパレルのエリアマネージャーという女性から、拳銃を入手していたことが判明した。

「ホストを使って、あちこちでクスリ売り捌いてたなんてねえ……しかも、それをネタに室田がゆすってたって……ホント、人って見かけによらないわ。室田がそんなことするなんて」

 ため息をつきながら、暦美は一気にシャンパンを煽った。


 カウンターの中で、凪はマスターと顔を見合わせた。

「確かにねぇ。そちらはそちらで予想外だったけど、お陰でマスコミの視線が分散した感があるよね。不謹慎な言い方だけど」

 マスターは深刻ぶらないよう、軽い言い方を心がけているようだが、その顔はいつにも増してしょんぼりと見えた。

 当然のことながら、今店には普通の客はいない。

 よくあることとはいえ、経営を心配しつつ、凪は手元のグラスを傾けた。マスターが作ってくれたハイボールである。


 室田が付き合っていた、と思われた女性がクスリの売人で、裏で暴力団と繋がっていた、というニュースは、「真昼のレストランで発砲 容疑者の隠れウィンガー自殺」というセンセーショナルな見出しと並んで報じられていた。「美人セレブ女性の裏の顔」は、ともすると隠れウィンガーよりも世間の興味を駆り立てるらしい。

 伊達守がマスコミに手を回してくれたこともあり、凪たちは数回、警察の聴取に呼ばれたものの、その後は平穏に過ごしていた。


「室田の妹、すっかり喋れるようになったの?」

 暦美の問いに、凪は頷いた。

「まだゆっくりで……すぐ疲れちゃうみたいだけど。向こうで言語療法士の先生にもお世話になってるって」


 花は室田が高校生まで一緒に暮らしていた祖母に引き取られていた。

 連絡を受け、すぐに絵洲市まで飛んできた祖母は、光の最後に立ち会った人たちに会いたいと、伊達守に願い出た。


 もしかしたらと、室田の自殺を止められなかったことを責められる可能性も考えていた凪だが、対面するなり祖母は深々と頭を下げた。

「本当に……バカなことをして、こんなに多くの人に迷惑をかけて」


 祖母といっても、まだ60代にならないだろう。華奢な体つきや、ほっそりした顔の輪郭はどことなく花と似ている。だが厳しい眼差しと、ハッキリとした喋り方は孫たちと対照的だ。

「久しぶりに花に会うのが、こんなことになるなんて。うちのバカ娘が警察に連れて行かれた、あの事件の時以来なんですよ」

 花の方を見る祖母の眼差しがふっと柔らかくなる。話し方は少々キツいが、その端々に愛情が感じられて、凪はほっとした。


「光がたまに写真を送ってくれてたから、顔はよく見てたんだけどね。あの時の事件も……光がやったことだったんですってね。でも、私としてはあの子が悪いとは思えないんですよ。虐待するような男と付き合って、見て見ぬふりしてた母親の責任ですよ」

 強い口調で言ってから、祖母は目を伏せて項垂れた。


「うちも母子家庭でね、家計もキツかったし、私も口うるさい方ですから。娘は反発して花くらいの時から家出を繰り返して。付き合う相手も長続きしないし……でも、子供だけは可愛がってると思ったんですけどね」

 なんとも相槌も打ちづらく、ただ頷きながら凪は聞いていた。母親に関しては、花もよく知っていることなのか、かすかに苦笑いしながら聞いている。


「光には苦労させました。まさか、母親の借金の肩代わりまでしてるなんて。許されないことをしたのは分かってますが……光はいい子でした。あまりおしゃべりじゃなかったけど、小学校の頃の話は楽しそうにしてましたよ。運動も勉強もよくできる子がたくさん集まったクラスだったんだって。なんだか……希望を出して入れてもらったんでしょう?そんなハイレベルなクラスに入って、光には場違いだったんじゃないかと思うんですけどね……でも、最近その人たちと再会したら、前よりもいろんな話ができて、とても楽しいんだって。ヒカルの仕事や家庭のことを知っても、みんな普通に話してくれるんだって、嬉しそうにしてました」

 祖母はまた深々と頭を下げた。


「本当に、とんでもことに巻き込んで申し訳ありません。こんなこと言うのもなんですが……時々、思い出してやって下さい」



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