告白 ⑥
再生が終わっても、しばらく誰も口をきかなかった。
花の啜り泣く声だけが部屋に響く。
「何言ってんだ」
振り絞るように最初に声を出したのは本郷だった。
「みんなのためとか、仲間みたいってなんだよ?なんでそんな方向に……ああ!」
本郷にしては珍しく、声が裏返る。
「全部、事実、なんだな」
西崎が小さく、だが噛み締めるように言った。悔しさとやるせなさが言葉の端に滲む。
「室田はいいやつだよ!」
海人が涙目で叫んだ。
「その……これ、なんとかならないのかよ?ニッシー!」
さすがに西崎も首を振るしかない。
「なんとかって、何をよ?室田に関しては、もう何もしてあげられないわよ」
桜呼が座り込んだまま言ったが、いつもほどの勢いはない。
「できるとすれば、妹ちゃんのことでしょ。このまま、1人になんてできないわよ」
肩を震わせる花を見る桜呼の目には悲壮感が漂っている。
西崎はじっと天井を仰いだ。
「……あまり迷惑はかけたくないけど、伊達守さんに相談するしかないな。多分、白骨死体がれい子先生だっていうのは、すぐ分かるだろうし、遅かれ早かれオレらのクラスとの関連でマスコミが騒ぐ可能性か高い。早めに手は打たないとな」
「そのほかの事件については、犯人を隠し通せるだろうか」
久々に蝦名がいつもの声量を発揮する。
「最初の2件はその、正当防衛とか、やんごとなき理由とか、それに未成年だ!罪を免れないだろうか!」
西崎はちょっと眉を寄せて俯いた後、はっきりと首を振った。
「エビさんの言いたいことは分かる。でも……真相は明らかにしなきゃならないと思う。元石さんも渡辺さんも、純粋に職務を全うしようとした人たちだろ。その家族だって本当のことを知りたいと思う。室田のやったことは、隠していいもんじゃない』
言ってから、気遣わし気に花を見たが、花は泣き腫らした顔をあげて、健気に頷いた。
「でもっ、わざわざ言う必要は―」
身を乗り出した海人を愛凪が少々乱暴に引き戻す。
「私だったら、お兄ちゃんの罪を黙って抱えてる方が辛いよ。室田さんもそのつもりで、花ちゃんにこの映像残したんじゃない?」
愛凪は兄の耳元でそう言ったが、もちろん全員が聞こえている。
「花、あなた知ってたの?ヒカルがやったこと……もちろん、最初の時は目撃したのでしょうけど」
エレナの問いに、花は曖昧な首の動きを見せた。
タブレットを取り出すと、躊躇いながら、
(もしかしたら)
と打つ。
(もしかしたら もといしさんが殺されたのニュースになった時、おにいちゃんが絵洲市に来てたから。あれ?って。その後、一緒に住むようになってれい子先生のことは、後からだんだん。もしかしたらって思ってた)
「なんで、私にそれを」
詰め寄りそうなエレナを遮ったのは本郷だった。
「やめろ。この子は悪くない」
エレナはムッとして黙り込む。
花は震えながら俯いた。
もどかし気にタブレットに文字を入力しようとした指が動きを止める。
おずおずと顔を上げた花の,懇願するような眼差しの先には凪がいた。
タブレットの上を素早く駆けまわった指が打った内容を、差し出される前に凪はわかるような気がしていた。
(私、しゃべれるようになりたいです)
―水沢さんなら……花を喋らせること、できないかな?―
いつか、室田が言ったことを思い出す。
(あの時の室田はくん、どう思ってたんだろ?花ちゃんに話してほしくてそう聞いたのか、それとも―話されたら全部終わりだと思ったのか……)
あの時、自分はどう答えただろう……確か、
―花ちゃんが声が出せるようになりたいと思えば―
そうして、今、花は自分から話したいと望んでいる。
凪は花の目を見て小さく頷いた。
「でも、あたしの力がなくても花ちゃんはもう、喋れると思うよ。お兄ちゃんのことを伝えたいんでしょ?だったら、ゆっくりでいいから頑張ってみよう?大丈夫、大変そうな時は手伝うから」
不安そうな花に、凪はなんとか笑みを作って返した。
頼りなさが残った表情のままだが、花ははっきりと頷いた。
(この子、強い子だな)
と思う。
兄が殺人をおかしたこと、隠れウィンガーであること、その友人たちにも隠れウィンガーがたくさんいること、全てを自分の中だけに何年もしまっていたのだ。
喋れなく―喋らなくなり、人と会うことも避けていたのは、彼女なりの自衛手段だったのだろう。
幼い彼女にどれだけの自覚があったのかは分からないが、そうやって必死に兄を守っていたのだ。凪はそう感じた。
だから、話すのも花の力で声を出してほしかった。
わけのわからない力で喋らされるのではなく、自分の力で自分の話したいことだけを。
「お に い ちゃん は」
掠れた小さな声が花から漏れた。
吐き出す息の中に飲み込まれそうな音。花は凪を見、それからエレナを、西崎を見た。
「わた し の こと、まも ろう と したの。みんな の こ とも、まも り た かった の。だか ら、お に い ちゃん き らわ ない で 」
ぺこんと花は頭を下げる。
「おねがい、します」
震えた、か細い声。それでも、全員の耳に届いた。
「誰も嫌わねえよ」
少し乱暴に、だが真っ先にそう言ったのは、西崎だった。
顔を上げた花に、全員が頷く。
「困ったやつだけどな。もっとちゃんと……話したかったな」
言いながら、本郷は花から顔を背け、目を瞬いた。
「ううう……」
「おぉぅ……」
うめき声の方を見ると、海人と蝦名が号泣していた。愛凪は途方に暮れた顔で兄に寄り添っている。
先ほどから無言の桜呼は、壁に垂れたまま、膝に顔を埋めていた。
(室田くん、みんなが自分のためにこんな顔するの、分かってたかな……)
凪は拳を握りしめた。
―やっと、みんなの仲間に入れると思ったのに……みんなみたいになれると思ったのに―
そう言っていた室田の顔を思い出す。
(分からなかったんだろうな……)
それが、悔しくて空しかった。
小学校の教室。
クラスの中心には西崎と本郷がいる。そのそばには暦美、美実、莉音。
桜呼は少し離れて様子を見ているが、頭ひとつ飛び出た身長と、いつでも辛辣な言葉を飛ばしてよこしそうな空気で、彼女の存在感を示している。
楽しそうな輪の中で、必ず一つ二つ余計なことをしでかす海人と庄村、そこに図らずしも、はっぱをかける蝦名。明後日の方向から輪に飛び込んでくる伊達守。
教室の隅から騒々しいその輪を、じっと室田は眺めていた。
『みんなと仲間になれたみたい』で嬉しかったと言った室田。
『みんなを守る』ためを名分に、何人も人を手にかけた室田の気持ちを、凪は理解することはできなかった。だが―あの輪を見つめていた室田の気持ちは分かる気がする。
凪自身も、いつも誰かの後ろから輪の中心を見ている子供だったから。
翼のおかげで、凪は輪の中に引っ張り込まれた。それは大きな戸惑いで……どうして、と思いつつ、それでも―
(あの頃……は無理でも……どこかで室田くんを救えなかったかな……)
だが、それすら考えたところで、どうしようもない。
(せめて今……何か……)
凪の思考に呼応するように、
「室田のやったことを、代わりに償ってやることは誰もできねえよ」
西崎の声が聞こえた。
「でも、室田を知ってるオレたちだから、出来ることはあるはずだ。なあ?」
最後の呼びかけは、すでに暗くなったパソコンの画面に向けられていた。




