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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
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15話

 夜になると、気温は一気に下がってきた。

 コインパーキングに停めた車の中はエンジンを切ると、あっという間に冷え込んでくる。


 菊森彩乃の住むアパートへ続く路地がよく見えるこの場所は、張り込みには適していたが、住宅街の中にあり、エンジンをかけたまま、長時間駐車しているのには、不向きだった。

 アパートから外出しようとすれば、必ずここから見える。須藤は、立山が彩乃に連絡する可能性が高いと思っているらしい。

 コンビニで買ってきた弁当を食べ終わり、温かいお茶を飲みながら、隼也は気になっていたことを口にした。


「サイトウと凪ちゃん、なんか関係あるんですか?さっき、本人に聞こうと思ったんですが、聞きそびれて」

 須藤は、表情一つ変えず、

「ああ、それは本人に聞いた方がいいな。普通に答えてくれると思うよ」

 缶コーヒーを飲みながら、こちらを見ようともしない。自分から話す気はない、という意思表示だろう。隼也は喉の奥で舌打ちした。


「あの子が八川小学校の出身だって、彼女から聞いてなかったの?」

 今度は須藤が聞いてきた。

「聞いてませんよ。未生も知らなかったそうですからね」

 須藤にしては珍しく、笑みがない。暗がりの中の、その整った横顔は妙な迫力があった。

 シートにゆっくり寄りかかり、相変わらず、こちらは見ずに

「まあ、そうだろうね」

 呟くように須藤は言った。


「マスコミで騒がれたのもあって、父兄も学校も、ウィンガーに関して話すことを子供たちに禁じた。最初の2人の発現者、寺元信樹と真壁和久が学校に戻った時には、子供らしい無邪気さで、開けっ広げに話していたらしいけど…あ、2人に直接聞いた話だよ、これ。時間が経つにつれ、あえて翼の話はしなくなったそうだよ。子供なりに、周りの微妙な空気を感じたって。…気持ちは、ぼくも分かるね」

 ウィンガーでない隼也には、簡単になるほど、と頷くのはためらわれる話だ。


「ちょっと、特別なクラスだったんですよね。追跡調査とかしてもよかったんじゃないですかね?37人中、4人でしょう?」

 隼也は頭に入っていた数字を持ち出してみた。

(プラス、弟、妹含めれば6人だ)

 と、心の中で付け足す。それは、世界的なウィンガーの発現確率と比べても、異様に高い数字だった。


「そう、教育特区指定校で、あのクラスだけが、特別なカリキュラムを組まれていた。当然、その教育方法との因果関係は取り沙汰されたんだけどね」

 淡々と話していた須藤だが、不意に、隼也を振り向いた。

伊達守 清友(だてもりせいゆう)って国会議員知ってる?」


 突然の質問に、隼也は目をパチクリした。急に政治家の話を振られても…

「聞いたことは…ありますね。国会対策委員長だか、やってませんでしたか?」

 それなりに時々ニュースには、目を通しているつもりだが、それほど政治に興味があるとは言えない。世間話についていける程度に、情報を得ているだけだ。

「ああ、それは父親の伊達守 英進(だてもりえいしん)の方だね」

 須藤は苦笑した。

「2年前の選挙からは、息子が地盤を継いでいる。昔から政治家一家らしくてね。絵州市、というか県内では名家として知られてるんだよ。桜木くんもここに住むからには、知ってた方がいい名前だな〜」

 ようやく、いつもの須藤らしい、茶化すような口調が出た。

「あ、はあ…」

 とはいえ、なんでそんな名家の名前が唐突に出てきたのか、隼也の頭の中は?だらけだ。須藤はお構いなしに続ける。


「父親の方は、まあ、一世代前の政治家って感じだね。あちこちに金を使ってパイプを作って、でもそれなりの成果を出して、地元の評判はいい。ただ、少し強引なところもあるんで、反発する人間も多かったようだけど。息子は秘書として、そこら辺見てたためか、もっとソフトな感じだけど、政治家としては、少し物足りないかもしれない。父親ほどの評価はまだ得られていないってとこかな」

 隼也のあからさまな戸惑い顔に、須藤はお馴染みの、含み笑いを見せながら、更に続けた。


「この伊達守 清友氏っていうのは、教育問題に力を入れててね。学生時代から経済的な理由で塾に通えない子供たちを集めて、勉強会を開催したり、秘書の時代も県内の教育レベル向上のために各方面に働きかけたりしてた。特別カリキュラムを組んだクラスを編成し、担任として野宮れい子を招いたのが、この伊達守氏なんだよ。当然、当時、名前が表に出たのは父親の伊達守英進だけどね」

 ああ、そういう話なのかと、隼也もやっとうなずけた。だが、納得した様子の隼也に、須藤はまた意味深な眼差しを送ってくる。

「そして、例のクラスには、伊達守清友氏の息子がいたんだよ」

「…え…」


 あからさまな異常事態にも関わらず、クラスの子供たちの追跡調査がされていない理由。つまり…

「自分が音頭をとって導入した特別クラスから、ウィンガーが出て因果関係が取り沙汰された。しかも、クラスには自分の子供もいる。騒ぎが長引かないよう、追跡調査や、受けていたカリキュラムとの因果関係の調査はさせない方向に、アイロウやマスコミにも手を打った。というのが、あくまで、ぼく個人の見解です」

 隼也の呆気に取られた顔に、須藤は嬉しそうに笑った。


「そんな…裏話、どこから…」

「裏話ってほどでもないよ。当時、絵州市内の小学校でいくつか特別カリキュラムが取り入れられた学校があったんだけど、その導入の経緯とか、働きかけた人間はすぐ分かったしね。ウィンガーが2人同時に出た後、他の子供たちについて、報告がないのは、ぼくも気になってたんだよ。その後に、更に発現者が続いたにも関わらず、ね。ここへ赴任することになって、いい機会だからいろいろ調べてはいたんだ」

 須藤はコーヒーをグッと飲み干した。

「後は、ぼくなりの考察だよ。でも、なかなか的を得てると思わない?」

 隼也は大きく頷く。実に妥当な考え方に思えた。


「まあ、だからといって、何ができるわけでもないんだけどね。彼らももう20歳だから、これ以上の発現者が出る可能性は少ない。弟、妹の方は可能性あるけどね。クラスを受け持っていた野宮先生はもう、教職を辞めているから、彼女の教育カリキュラムとの関係も、もう分からない」

「確か、何度かアイロウの調査は受けてますよね、その先生」

 この街に来る前に受けた研修の記憶の断片を、隼也は辿った。

「うん、だけどその後行方不明になってる」

「行方不明?!」

 隼也は飲みかけたお茶から口を離した。


「あのクラスが卒業して2年後、退職して間もなく、行方が分からなくなったらしい。そこら辺も、なんだかきな臭い話でしょ?」

「研修の時は、そこまでは聞かなかったですね」

 須藤が、また意味深にニヤリと笑う。

「おかしな、というか、不自然なところはそれだけじゃない。警察に失踪届けを出したのは夫なんだけど、届けが出されたのは、失踪して一月以上も経ってからだし、その夫もその後、行方が分からなくなっている」

 隼也の胸に、嫌なものが湧き上がってきた。得体の知れない、きみの悪いもの…


「気持ちの悪い話ですね。警察もアイロウも突っ込んだ調査はしてないんですか?」

「だから、余計に気持ち悪いんだよ」

 言葉とは裏腹に、須藤はいつも通り、爽やかに笑ってみせた。本心からの笑みに見えるのが、また隼也の背筋をざわつかせた。

「その、議員の父親が関係してるとか…?」

「どうだろうねえ。あまり首を突っ込んで目につくのも嫌だから、ぼくもそこら辺までしか調べてないけど。蒸し返して、誰かが得をするとも思えないしね」

「須藤さんにしちゃ、弱気じゃないですか?」

 なんだか、中途半端にはぐらかされた気がして、隼也はカマをかけてみたが

「いやいや、ぼく、そんな強気にガンガン攻めるタイプじゃないから。今の話だって興味本位で調べただけだしね。ただ、あの子、水沢さん、ね。いきなりあのクラスの関係者に出会ってしまったからさ。君にも話しておきたくなったんだよ。あ〜…」

 ふと、須藤は言い淀んで間を開けてから続けた。


「いずれ、本人から聞くだろうけど…アイさんも、あのクラスと少し関わりがあってね」

「え?、ああ、それで、なんか話してたんですか。へえ、あいつも…」

 意外ではあったが、それならジーズで何か3人でコソコソ話してたのも、納得できる。隼也としては、アイが問題のクラスと関係があろうがなかろうが、大して興味はない。ただ、凪には、話を聞いてみたいと思った。


「あの水沢さんって、なんというか…独特の雰囲気を持ってるね。大人しそうといえばそれまでだけど、相手をみて、話をしてる感じだ」

「いや、それって、普通じゃないですか」

 須藤にしては、なんだか当たり前のことを言うので、思わず隼也は突っ込んでしまった。須藤に苦笑が漏れる。


「はは、そうなんだけど。なんというかさ、相手がどんな答えを期待してるか、窺いながら喋ってる感じなんだ。嘘をついているってわけじゃないよ。自分が何を求められているか、よく分かってるんだろうな、っていうこと。頭のいい子だね」

「そりゃ、頭はいいですよ。ちょっと何考えてるのか、分かりにくいとこはありますけどね」

 T大、薬学部となれば当然、と付け足したかったが、隼也はやめた。須藤の言いたいことが、そういうことではないと気づいたからだ。


『落ち込んでたら、ナッピがケーキ買ってきてくれたの。帰ったら、冷蔵庫に張り紙してあって…』

『調子悪そうにしてると、だいたいナッピが掃除とかしてくれるの。この間はね…』

 未生との会話で出てくる凪は、よく気の付く女の子だ。


「むしろ、彼女の方が、桜木くんのタイプなんじゃないかな…」

 須藤の呟きは、隼也の耳には入らなかった。


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