告白 ②
『オレね、ウィンガーになったみんなが自由に飛んでるの、羨ましかった。ほら、オレ、運動も勉強もダメでしょ。ウィンガーになったら―飛ぶのはできなくても、すごく早く走れたり豪速球投げれたりするんだろうな〜って。クラスのみんなが何人もウィンガーになってるんだから、そのうちもしかしたらオレもって、ちょっとは期待してたんだよね。まあ、ウィンガーになってるの、元々運動神経いい人たちばっかりだし、ああ、オレはやっぱりムリなんだ〜って、思ってたのに―中学に入って、一年生の時になれたんだよ、ウィンガー』
急に日差しが差し込んだのか、画面の明るさが変わる。それは室田の顔に陰影を作り、その眼差しに影をさした。
『ああ、これもみんなにウソ言ってたよね。ウィンガーになったの高校になってからだって……でもさ、最悪のタイミングだったんだよ―花、本当は忘れたいよね。ごめんね。でも、みんなに話しておきたいんだ。
―あの日、急に部活がなくなって、早めに帰ったんだ。そしたら―アイツが、花の髪の毛引っ張って、怒鳴ってた。……うち、父親が時々入れ替わってね、小学校の時のお父さんはすごくいい人だったんだけど、貧乏でさ。母親が追い出しちゃったんだよ。それで、次に付き合ったのがあの男で。
初めは金持ちのフリしてたみたいなんだけど、本当はヤクザの下っ端。闇金の取り立てとかしてたらしいよ。あ、当時はオレもよく分かってなかったんだけどね。で、最初はまぁ……良かったんだけど、段々母さんとケンカばっかりするようになって。アイツ、オレたちに八つ当たりするようになった。
オレは中学生になって、まあ、それなりに体も大きくなってたから、殴られたりはなかった。怒鳴られたり嫌味言われたりはしたけどね。でも花は、オレや母さんかいない時に、ぶたれたり、蹴られたりしてた。
あの日もそう。玄関の近くまで行ったら泣き声が聞こえて。急いで家の中に飛び込んだら、花が髪の毛掴んで引き摺り回されてた』
花は体を硬くし、手を握りしめていたが、画面から目を逸らそうとしなかった。
凪が本郷の方を窺うと、彼も同じように花の様子を気にしていた。凪の方へ視線だけよこし、小さく頷く。
凪も黙って様子を見守ることにした。
『―カッとなって、気がついたらオレ、アイツの首、ネクタイで締めてたよ。それでも、ものすごく落ち着いてて。あー、なんて言うの?客観的に見ている、ってやつかな。―首の骨が折れるのも分かった』
室田は静かに視線を落とした。自分の両手を見つめているようだった。
『怖いとか、ヤバいとか全然思わなかった。ちょっとビックリはしたかな、オレでもこんなに簡単に人って殺せるんだって』
室田の口調は弱々しくもなく、やたらに誇張するでもなく、淡々としていた。昔の出来事を、ただ報告しているだけのような喋りだが、内容はとんでもない。
誰も口をきかなかった。
(室田くんが誰かに喋らされてるとか、あるかな……別の音声乗っけて編集されちゃったとか)
この事実を否定する方法として、凪はそんなことまで考えていた。だが、画面の向こうの室田はそんな思いもお構いなしに、落ち着いた喋りを続けている。
よく見た、オドオドした自信なげな様子はない。翼は室田に時折、こちらの反応を伺うような笑みを浮かべる余裕さえ与えていた。
『なんで、そんな力が出たのかオレもわからなかった。そしたら、そばにいた花が、お兄ちゃん、背中に羽があるよって』
花の唇が室田の声と合わせて「羽があるよ」
と、動く。その手の甲に、涙が一粒だけ落ちた。
『フフッ……びっくりしたけどさ、最初はやったぁ、て気持ち。で、すぐに死体なんとかしなきゃ、ってなって。自分でも―今でも信じられないんだけど、すぐに作戦思いついちゃって。
まずアイツのスマホ使って、うちの母さんにメール送りました。「アパートに停めてある車、会社まで持ってきて。駐車場に停めておいてくれればそれでいいから」って。あ、スマホはね、暗証番号のロックだけだったから楽勝。アイツがスマホいじる時コッソリ見てたし。
それから車のトランクに死体を乗せました。うちのアパート取り壊しが決まって、みんな立ち退いてたから、残ってるのうちだけだったんだ。誰かに見られる心配もなく、ここまで完了。
それからアイツの会社まで、チャリダッシュ。あ、会社って、ほらアイツの死体が見つかった場所』
それは八川小の隣の学区にあるビルだったが、暴力団関係者が出入りしていることは地元ではよく知られていた。
抗争だとか、発砲事件だとかニュースがあると、それらしい黒服の人たちが周りをうろついている、とよくウワサになっていたし、そんな時は大人たちからその近くに行かないように注意された。
自転車なら、室田のアパートから30分、というところだろうか。
『ほら、スマホって発信した場所、特定されるとかいうでしょ。だから、わざわざ会社の前まで行ってから、もう一回母さんにメールして、またダッシュで戻って、車にスマホ放り込んで。そしたらちょうど母さんが帰ってきて。ギリギリのタイミングだったよ。母さんは疑いもせず、車を運転して出て行きました』
室田は心から楽しそうに笑った。
『へへ……つまり、うちの母親が容疑者になったあの事件、真犯人はオレです。そして、母親に容疑が向くように仕向けたのもオレです』
深く長いため息をついたのは桜呼だった。
「目眩するわ。なんなのこれ」
そう言うと、本当に具合悪そうに壁際に座り込んだ。
「お前、知ってたのか?」
西崎が聞いたのはエレナにだ。
「ノー、ヒカルが……人を殺せるなんて、誰が思うのよ!―本当なの?これ」
エレナは激しく首を振る。画面を見たままの花がしっかりと頷いた。
『花だけが、全部見てた。だから、花が何も言わなければ、誰にも本当のことは分からない。あんなヤツ、生きてたってオレたちにいいことは何もない。だから、事件のことは聞かれても、何にも知らない、聞いてないって、そう言えって、花に言ったんだ。あの日、アイツとは会ってない、アパートに来たのも見てない、ってね』
―花が話せなくなったのは、オレのせいだから―
何度か聞いたその言葉の意味が分かってきた。事件が起きたのは8年前。まだ小学一年生だった花に、事件はどれだけの衝撃を与えただろう。
『花はオレの言う通りにしてくれたよ。警察や周りの大人に事件のことを聞かれると、怖がるフリをして、何も喋らなかったんだ。母さんに疑いがかかるようにしたのは、ワザとだよ。あんなヤツと付き合ったせいで、花があんな目にあって。オレたちのこと、ほったらかしで2人で遊んで歩いてさ。ちょっと嫌な思いすればいいと思ったんだ』
凪は花の肩に手を置いた。華奢な肩はこわばり、手を置かれたことにも気づいていないようだ。
『せっかくウィンガーになれたのに……こんなわけでみんなに言えなかったんだ。あのタイミングでオレがウィンガーだってバレたら、すぐに犯人だってバレると思って。やっと、みんなの仲間に入れると思ったのに……みんなみたいになれると思ったのに……』
室田が唇を噛み締めるのが見えた。さっきまでの落ち着いた堂々とした様子が消え、いつもの頼りなげな室田の顔がのぞく。
『なんでなんだよ……』
「なんでって言いたいのはこっちだよ」
呟いたのは本郷だった。
「どうして、こんなことになったんだよ……」
それはその場の全員が思っている言葉だった。




