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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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告白 

 桜呼の運転するワゴン車には凪と西崎、高野兄妹が乗り込んだ。残りのメンバーは蝦名のライトバンに乗っている。

『ABリカーズ』のロゴ入りバンの後ろを、『一ノ瀬呉服店』が離れずついて行く。


「ずっと気になってることがあったのよ」

 前のブレーキランプに合わせて減速しながら桜呼は言った。

 助手席の凪は、憂いを帯びた桜呼の横顔を見ながら言葉を待った。


「うちのマンション、前は中古車屋だって言ったでしょう?」

「ああ、事件が起きた……」

「そう。あの殺人事件の後、―そのせいかどうかは知らないけど、すぐに潰れて今のマンションが建ったの。実質、中古車屋だったのって、一年くらいなのよ」

「へえ……」

 凪は曖昧に相槌を打ったが、

「室田も中古車屋の話してたな」

 後ろから淡々とした西崎の声が聞こえた。その含みのある言い方の意味を凪が考える間もなく、

「そう。だから、おかしいなって気になったのよ」

 桜呼は前を見たまま頷いた。

「室田、言ったでしょ?3年前に戻ってくるまで、絵洲市には全然来なかった、って」


(ああ!)

 凪もそこで納得した。

 室田が、引っ越したのが中学一年生の時。元石というウィンガーが中古車屋で殺されたのが高校一年生の夏。

 3年前、つまり18歳になるまで、全く絵洲市に帰ってくることがなかったなら、桜呼のマンションが元は中古車屋だったと、知っているはずがない。


「遊びに来たの、忘れてたとかじゃないの?」

 海人がのんびりと口を挟む。

「意図的に絵洲市に来たことを隠してたとすれば?」

「へ?なんのために?」

 西崎の問いに海人は首を傾げたが、凪と愛凪は顔を見合わせた。

 お互い考えているのは―多分同じことだ。

(あそこは、殺人事件の現場だった―)


「その時、そこにいたことを、知られたくなかったから、だろうな」

 西崎の言葉が追い打ちをかけるように、凪の考えていることを補足してしまう。

「え、そこって……?」

 海人は不思議そうに妹の顔を見やり、そこでやっと何か感じたようだった。

 息を飲んで、呼吸を止める。それから

「ウソだろ?!あのウィンガー殺したのも、室田だっていうのかよ?ありえないわ!いや、ありえない。マジでありえない!」

 一気に捲し立てた。


「証拠は何もない。ただ、今回のジャネットと殺され方が似てるってことくらいだ。あと、室田が言ったことだな―みんなのためって」

 西崎の落ち着いた口調はまるで、ずっと前からそれを予想していたかのようだった。

「え……?いや、みんなの……って、それが動機?いや、そんな……」

 海人は尚も首を振る。

「ありえないよ……」

 だが、その言葉にさっきほどの勢いはなかった。


 室田の最後の様子を思い浮かべ、凪は動悸が速くなるのを感じた。

 ゆっくり、誰にも気づかれないように息を吐く。

 ―みんなのためだよ。

 室田は躊躇うことなくそう言った。

(なんで、あんなに……誇らしげだったんだろ……)

 凪には室田の気持ちは分からなかった。

 西崎の言っていることが事実なのかどうかも、あまり考えたくない。ただ、

(花ちゃんがこっちに乗ってなくてよかった)

 とだけ思った。

 西崎も桜呼も、花がいないからこそ、この話をしたのだろうが、いずれにしろ今の段階で聞かせたい話ではない。




 車で走った時間は20分ほどだった。

 着いたのは中心部にほど近い、だが比較的住宅地の多い場所。

 夏に花火大会を見に行った場所から歩いて10分もかからない辺りで、凪も少しは土地勘のある一帯だった。


 車をコインパーキングに停めると、

「こっちよ」

 エレナが先頭に立ってエレナが歩き出す。

 目的のマンションは駐車場からも見えるほどの近い場所にあった。

 ごくありきたりの、単身者向けと思われるマンションだ。

 遅い時間とはいえ、中心部に近いせいかポツポツと人通りはある。

 こんな時間に9人もの団体で歩いているのは、それだけでも目につくので、全員、言葉少なにそそくさと建物へ入った。


「電気代とか滞納してないでしょうね」

 桜呼の懸念は杞憂に終わった。

 部屋へ入ったエレナがスイッチを押すと、玄関がオレンジ色の灯りで満たされる。

 狭い玄関は9人分の靴は置ききれないほどのスペースしかない。

 エレナは照明をつけながら奥へ進んだ。


 1LDKのこぢんまりとした部屋。家具や家電は備え付けのものらしい。

 個性はなく、最低限の物だけがスッキリと置かれている。マンションの部屋というよりは、ホテルかコテージの一室といった雰囲気だった。


(キレイに掃除もされてる……)

 キッチンを覗き込んだ凪は、ゴミも一箇所にきちんとまとめられていることに気付いた。


「これか」

 西崎がそう言って身をかがめたリビングのテーブルにはノートパソコンが置いてあった。隣にはグレーの表紙のノートが置いてある。

 先にノートを開いた西崎が、深くため息をつくのが聞こえた。

 すぐにノートを閉じて花に渡す。

 最初に花が読むべきだと判断したのだろう。


 受け取った花は、腫れぼったい瞼のままだったが、もう涙はなかった。

 全員、花から少し離れ視線を逸らす。

「今更なんですけど、」

 愛凪が凪に囁いた。

「私、来て良かったんですかね?」

「気にすることないよ」

 すぐ答えたのが海人だったので、愛凪は露骨に顔を顰めたが、

「いや。1人でマンションに残るわけにもいかないでしょう」

 本郷が穏やかにフォローしたので、戸惑いながらも少し安心したらしい。


 花は数秒ノートに目を通しただけで、すぐにパソコンを開いたので、全員そちらに目を向けた。

 電源を入れてから、立ち上がる間にノートを手に取り、何人かの顔を見比べた後、西崎にノートを差し出す。

「読んでいいのか?」

 コクリと花は頷いた。


 パスワードの入力画面に、ちょっと首を傾げてから

 ―hana0818―

 と、花は入力した。画面はすぐに切り替わる。


 西崎はサッと目を通したノートをすぐに近くの桜呼へ渡した。

 桜呼は凪の方へも広げて見せてくれたので、愛凪と一緒に覗き込んでみる。

 書いてあるのは最初の1ページだけのようだった。

 室田の字を見るのは、凪は初めてだった。

 形の不揃いな、お世辞にも上手くもなければ、読みやすくもない文字。漢字が少ないせいで、余計に読みづらい。



『なにかあったときのために、今までのことをここに書いておきます。

 小学校のときにみんなに会って、その後、久しぶりに会えてうれしかったです。

 1番はじめの事件は―』


 そこまで書いて、書き直そうとしたのか、数行がグチャグチャと塗りつぶされ、その下に、


『花が話せなくなったのはオレのせいです。なぜかというと、花はオレのことをかばってるんです。花はなにもしてません。オレのことを手伝ったりもしてません。最しょの事件で―』


 その後、また数文字がグチャグチャと消され


『1組のみんなへ、のフォルダを見てください。』


 最後の1行はそれで締められていた。


 ノートを回している間にパソコンは立ち上がり、花は画面の真ん中を指差した。

 いくつかのアイコンが並ぶ中、そのフォルダはど真ん中に置いてあった。


「花、私たちも一緒に見て大丈夫?」

 エレナが声をかける。

 花は画面を見つめて一瞬動きを止めたが、すぐに頷いてアイコンをクリックした。

 中にあったのは動画ファイルが一つだけ。

 花はそれも躊躇なくクリックした。


 映し出されたのは室田のアップ。背景は明らかに現在いる、この部屋だ。そしてその服装は最後に会った時と同じだった。

「いつ撮ったんだよ、これ……」

 本郷の呟きをよそに、画面の中の室田は、はにかんだ笑みを漏らす。

 室田らしい表情に、凪は喉から込み上げるものを堪えた。

 いったい、どんな思いでこんな動画を残したのだろう……


『あ、えっと……手紙、書こうと思ったんだけど、うまく書けなくて……動画にしようと思います。あー、えー、……やべ、やっぱ、うまく喋れないや』

 室田は頭を抱え、『んーと、』と唸ってから、気を取り直したようにパッと顔を上げる。

『あ、そうだ、花……きっといるよね?ここのカギ渡してたし。で、これ見てるってことは、オレはもう、いないと思う。最悪―警察に捕まった、っていうのは避けたいんだけど。うん、そうじゃないといい』

 花が画面の前に身を乗り出す。

 食い入るように見つめながら唇を噛み締める姿は、何かを覚悟しているようだった。


『花、花は何も悪いことしてないからね。オレに言われて、オレの言う通りにしてくれてたもんね。これから、みんなに本当のこと伝えるから、もう黙ってなくて大丈夫だよ。あ、もし、ここに花がいなければ、みんなからも伝えてください。もう好きなだけ喋って大丈夫だからって』


 花の呼吸が荒くなった。

 指先が、テーブルに爪を立てるような形のまま、ブルブルと震えている。

 エレナが素早く動画を止めた。


 凪は花のこわばった手に触れた。冷たい。

「過呼吸気味になってる。少し休んだ方がいいよ。花ちゃん、ゆっくり息吐いて。吐くんだよ、ゆっくり―」

 声をかけながら、本郷を見上げると、本郷も花のそばに身をかがめた。


「大丈夫?そうだな、少し時間おいて―」

 だが、花は大きく首を振った。凪の手を握り返すと唇が「大丈夫」と動く。

 花の顔を覗き込んだエレナが、凪の方に意味ありげな視線を寄越した。

「大丈夫?そうね―いざとなったら水沢サンもいるし」

「ぇ……」

 花の手前、「なにそれ」とも言い返せず、凪は瞬きで抗議の意思を示したつもりだったが、花は不思議そうに凪の顔を見ている。

(あたしは救護係じゃないんだけど。それを言うなら本郷でしょ)


「どうする?」

 本郷の問いに対する花の意思表示は再生ボタンを押すことだった。


『―あのね、花が喋れなくなったのは、オレが人を殺しちゃったこと、バレないようにするためだったんです』

 再生が始まるなり、室田の爆弾発言に全員が動きを止めた。

『えーと、最初から話した方がいいのかな……あー、喋るのも難しい……』

 スッと目を閉じた室田が息を吸う。

 その背景に真っ白な翼が広がった。

 息を吐きながら目を開けた室田は、得意げな、幾分傲慢そうにさえ見える笑みを漏らす。


『アハ、こうするとうまく喋りやすいや。じゃあ、改めて。絵洲市連続殺人事件の犯人、室田光です』





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