告白
桜呼の運転するワゴン車には凪と西崎、高野兄妹が乗り込んだ。残りのメンバーは蝦名のライトバンに乗っている。
『ABリカーズ』のロゴ入りバンの後ろを、『一ノ瀬呉服店』が離れずついて行く。
「ずっと気になってることがあったのよ」
前のブレーキランプに合わせて減速しながら桜呼は言った。
助手席の凪は、憂いを帯びた桜呼の横顔を見ながら言葉を待った。
「うちのマンション、前は中古車屋だって言ったでしょう?」
「ああ、事件が起きた……」
「そう。あの殺人事件の後、―そのせいかどうかは知らないけど、すぐに潰れて今のマンションが建ったの。実質、中古車屋だったのって、一年くらいなのよ」
「へえ……」
凪は曖昧に相槌を打ったが、
「室田も中古車屋の話してたな」
後ろから淡々とした西崎の声が聞こえた。その含みのある言い方の意味を凪が考える間もなく、
「そう。だから、おかしいなって気になったのよ」
桜呼は前を見たまま頷いた。
「室田、言ったでしょ?3年前に戻ってくるまで、絵洲市には全然来なかった、って」
(ああ!)
凪もそこで納得した。
室田が、引っ越したのが中学一年生の時。元石というウィンガーが中古車屋で殺されたのが高校一年生の夏。
3年前、つまり18歳になるまで、全く絵洲市に帰ってくることがなかったなら、桜呼のマンションが元は中古車屋だったと、知っているはずがない。
「遊びに来たの、忘れてたとかじゃないの?」
海人がのんびりと口を挟む。
「意図的に絵洲市に来たことを隠してたとすれば?」
「へ?なんのために?」
西崎の問いに海人は首を傾げたが、凪と愛凪は顔を見合わせた。
お互い考えているのは―多分同じことだ。
(あそこは、殺人事件の現場だった―)
「その時、そこにいたことを、知られたくなかったから、だろうな」
西崎の言葉が追い打ちをかけるように、凪の考えていることを補足してしまう。
「え、そこって……?」
海人は不思議そうに妹の顔を見やり、そこでやっと何か感じたようだった。
息を飲んで、呼吸を止める。それから
「ウソだろ?!あのウィンガー殺したのも、室田だっていうのかよ?ありえないわ!いや、ありえない。マジでありえない!」
一気に捲し立てた。
「証拠は何もない。ただ、今回のジャネットと殺され方が似てるってことくらいだ。あと、室田が言ったことだな―みんなのためって」
西崎の落ち着いた口調はまるで、ずっと前からそれを予想していたかのようだった。
「え……?いや、みんなの……って、それが動機?いや、そんな……」
海人は尚も首を振る。
「ありえないよ……」
だが、その言葉にさっきほどの勢いはなかった。
室田の最後の様子を思い浮かべ、凪は動悸が速くなるのを感じた。
ゆっくり、誰にも気づかれないように息を吐く。
―みんなのためだよ。
室田は躊躇うことなくそう言った。
(なんで、あんなに……誇らしげだったんだろ……)
凪には室田の気持ちは分からなかった。
西崎の言っていることが事実なのかどうかも、あまり考えたくない。ただ、
(花ちゃんがこっちに乗ってなくてよかった)
とだけ思った。
西崎も桜呼も、花がいないからこそ、この話をしたのだろうが、いずれにしろ今の段階で聞かせたい話ではない。
車で走った時間は20分ほどだった。
着いたのは中心部にほど近い、だが比較的住宅地の多い場所。
夏に花火大会を見に行った場所から歩いて10分もかからない辺りで、凪も少しは土地勘のある一帯だった。
車をコインパーキングに停めると、
「こっちよ」
エレナが先頭に立ってエレナが歩き出す。
目的のマンションは駐車場からも見えるほどの近い場所にあった。
ごくありきたりの、単身者向けと思われるマンションだ。
遅い時間とはいえ、中心部に近いせいかポツポツと人通りはある。
こんな時間に9人もの団体で歩いているのは、それだけでも目につくので、全員、言葉少なにそそくさと建物へ入った。
「電気代とか滞納してないでしょうね」
桜呼の懸念は杞憂に終わった。
部屋へ入ったエレナがスイッチを押すと、玄関がオレンジ色の灯りで満たされる。
狭い玄関は9人分の靴は置ききれないほどのスペースしかない。
エレナは照明をつけながら奥へ進んだ。
1LDKのこぢんまりとした部屋。家具や家電は備え付けのものらしい。
個性はなく、最低限の物だけがスッキリと置かれている。マンションの部屋というよりは、ホテルかコテージの一室といった雰囲気だった。
(キレイに掃除もされてる……)
キッチンを覗き込んだ凪は、ゴミも一箇所にきちんとまとめられていることに気付いた。
「これか」
西崎がそう言って身をかがめたリビングのテーブルにはノートパソコンが置いてあった。隣にはグレーの表紙のノートが置いてある。
先にノートを開いた西崎が、深くため息をつくのが聞こえた。
すぐにノートを閉じて花に渡す。
最初に花が読むべきだと判断したのだろう。
受け取った花は、腫れぼったい瞼のままだったが、もう涙はなかった。
全員、花から少し離れ視線を逸らす。
「今更なんですけど、」
愛凪が凪に囁いた。
「私、来て良かったんですかね?」
「気にすることないよ」
すぐ答えたのが海人だったので、愛凪は露骨に顔を顰めたが、
「いや。1人でマンションに残るわけにもいかないでしょう」
本郷が穏やかにフォローしたので、戸惑いながらも少し安心したらしい。
花は数秒ノートに目を通しただけで、すぐにパソコンを開いたので、全員そちらに目を向けた。
電源を入れてから、立ち上がる間にノートを手に取り、何人かの顔を見比べた後、西崎にノートを差し出す。
「読んでいいのか?」
コクリと花は頷いた。
パスワードの入力画面に、ちょっと首を傾げてから
―hana0818―
と、花は入力した。画面はすぐに切り替わる。
西崎はサッと目を通したノートをすぐに近くの桜呼へ渡した。
桜呼は凪の方へも広げて見せてくれたので、愛凪と一緒に覗き込んでみる。
書いてあるのは最初の1ページだけのようだった。
室田の字を見るのは、凪は初めてだった。
形の不揃いな、お世辞にも上手くもなければ、読みやすくもない文字。漢字が少ないせいで、余計に読みづらい。
『なにかあったときのために、今までのことをここに書いておきます。
小学校のときにみんなに会って、その後、久しぶりに会えてうれしかったです。
1番はじめの事件は―』
そこまで書いて、書き直そうとしたのか、数行がグチャグチャと塗りつぶされ、その下に、
『花が話せなくなったのはオレのせいです。なぜかというと、花はオレのことをかばってるんです。花はなにもしてません。オレのことを手伝ったりもしてません。最しょの事件で―』
その後、また数文字がグチャグチャと消され
『1組のみんなへ、のフォルダを見てください。』
最後の1行はそれで締められていた。
ノートを回している間にパソコンは立ち上がり、花は画面の真ん中を指差した。
いくつかのアイコンが並ぶ中、そのフォルダはど真ん中に置いてあった。
「花、私たちも一緒に見て大丈夫?」
エレナが声をかける。
花は画面を見つめて一瞬動きを止めたが、すぐに頷いてアイコンをクリックした。
中にあったのは動画ファイルが一つだけ。
花はそれも躊躇なくクリックした。
映し出されたのは室田のアップ。背景は明らかに現在いる、この部屋だ。そしてその服装は最後に会った時と同じだった。
「いつ撮ったんだよ、これ……」
本郷の呟きをよそに、画面の中の室田は、はにかんだ笑みを漏らす。
室田らしい表情に、凪は喉から込み上げるものを堪えた。
いったい、どんな思いでこんな動画を残したのだろう……
『あ、えっと……手紙、書こうと思ったんだけど、うまく書けなくて……動画にしようと思います。あー、えー、……やべ、やっぱ、うまく喋れないや』
室田は頭を抱え、『んーと、』と唸ってから、気を取り直したようにパッと顔を上げる。
『あ、そうだ、花……きっといるよね?ここのカギ渡してたし。で、これ見てるってことは、オレはもう、いないと思う。最悪―警察に捕まった、っていうのは避けたいんだけど。うん、そうじゃないといい』
花が画面の前に身を乗り出す。
食い入るように見つめながら唇を噛み締める姿は、何かを覚悟しているようだった。
『花、花は何も悪いことしてないからね。オレに言われて、オレの言う通りにしてくれてたもんね。これから、みんなに本当のこと伝えるから、もう黙ってなくて大丈夫だよ。あ、もし、ここに花がいなければ、みんなからも伝えてください。もう好きなだけ喋って大丈夫だからって』
花の呼吸が荒くなった。
指先が、テーブルに爪を立てるような形のまま、ブルブルと震えている。
エレナが素早く動画を止めた。
凪は花のこわばった手に触れた。冷たい。
「過呼吸気味になってる。少し休んだ方がいいよ。花ちゃん、ゆっくり息吐いて。吐くんだよ、ゆっくり―」
声をかけながら、本郷を見上げると、本郷も花のそばに身をかがめた。
「大丈夫?そうだな、少し時間おいて―」
だが、花は大きく首を振った。凪の手を握り返すと唇が「大丈夫」と動く。
花の顔を覗き込んだエレナが、凪の方に意味ありげな視線を寄越した。
「大丈夫?そうね―いざとなったら水沢サンもいるし」
「ぇ……」
花の手前、「なにそれ」とも言い返せず、凪は瞬きで抗議の意思を示したつもりだったが、花は不思議そうに凪の顔を見ている。
(あたしは救護係じゃないんだけど。それを言うなら本郷でしょ)
「どうする?」
本郷の問いに対する花の意思表示は再生ボタンを押すことだった。
『―あのね、花が喋れなくなったのは、オレが人を殺しちゃったこと、バレないようにするためだったんです』
再生が始まるなり、室田の爆弾発言に全員が動きを止めた。
『えーと、最初から話した方がいいのかな……あー、喋るのも難しい……』
スッと目を閉じた室田が息を吸う。
その背景に真っ白な翼が広がった。
息を吐きながら目を開けた室田は、得意げな、幾分傲慢そうにさえ見える笑みを漏らす。
『アハ、こうするとうまく喋りやすいや。じゃあ、改めて。絵洲市連続殺人事件の犯人、室田光です』




