表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
155/190

遺志

 その後の記憶は、映像としては鮮明に残っている。


 エレナはワナワナ震え続け、凪の手を離そうとしなかった。そのエレナを落ち着かせ、こじ開けるように指を離すと、パニックで叫び続ける女性店員の元へ凪は走った。

 この時になると、騒ぎを聞きつけて他の店員や客も外へ出てきていた。

 翼を出さずに店員のヒステリーを抑えるのはかなり難しかった。悲鳴をあげ続けるのをなんとか止めるくらいしか、さすがの凪にもできなかったが、

「十分だよ。あの場面直視して、落ち着き払ってたらかえって不自然だ」

 後で西崎はそう言った。

「むしろ、翼を出さないで、よくあれだけやってくれたよ」

 その言葉を文字通りの賞賛と受け取ることは出来なかったが、少しは救われた。


 救急車、パトカー、病院、警察。

 何を聞かれて、どう答えたのか、凪はよく覚えていなかった。だが、驚くほど冷静に受け答えしていたのは覚えている。―余計なことは言わなかったはずだ。


 警察の事情聴取が思ったより簡単に終わったのは、伊達守が手を回してくれたからだと、後々知った。


 花は夜になってから遺体と対面することを許された。この頃になると大分落ち着きを取り戻したエレナが、ずっと花に付き添っていた。

 花の隣に寄り添う姿からは、エレナが深く同情している様子が見てとれた。


 結局、ジャネットの事件にダーウィン・ミッションは関わっていない、という結論になったわけだが、ヘンリーたちはエレナを保護する方針を変更しなかった。


「どのみち、彼らのことをこれだけ話してしまった人間が放っておかれるはずがない。今回の混乱に乗じて、君は行方をくらませる」

 ヘンリーの言葉に、エレナも反対しなかった。

「でも、一晩だけ待って。花とヒカルの話がしたいの」

 神妙な面持ちでエレナはそう言うと、ヘンリーたちの返事は待たず、うずくまって泣きじゃくる花の下へ戻っていった。



 夜遅くに室田のマンションへ戻った一行は、リビングに腰を下ろし、しばらく無言だった。マイケルとヘンリーはシェアハウスへ戻っている。

 彼らなりの気遣いのようだった。


 花は部屋に閉じ籠り、しばらくの間、嗚咽の声が聞こえていた。

 こういう時は耳の良さを呪いたい気持ちになる。


 凪は警察でも、帰る車の中でも花とは話していなかった。とても、かける言葉が見つからない。

 翼を出せば、この混乱する頭の中を整理して、冷静に状況を判断出来る気もしたが、とんでもない暴言を吐くことも間違いなさそうだからやめておいた。


 花の面倒を見ていた高野兄妹には、本郷がことの顛末を説明していた。2人とも、ほぼ言葉は発せず、やるせなさそうな顔で、ただ頷きながら聞いている。


 凪の隣にいる西崎は、ずっと無言を貫いていた。ショックを受けているとか疲れているとかいうより、何か考え込んでいるようで、本郷も敢えて話しかけずにいるようだった。

 着信音が鳴り、手元のスマホの画面を確認した西崎は

「エビさんと一ノ瀬だ」

 呟くように言って立ち上がった。


 今回のことに多少なりと関わった2人は、室田の死を知るとかなりショックを受けたようだった。

 電話の向こうで、

「あの時、引き止められれば……」

 震えた蝦名の声は、凪が聞いたことのないものだった。


 部屋に入ってきた桜呼は、挨拶もそこそこにエレナを繁々と眺めた。エレナもお得意の挑むような眼差しで見返す。

「雰囲気、変わったわねぇ」

 エレナの視線は意にも止めず、桜呼は同意を求めるように凪の方を見た。

「昔はもっとちっちゃくて、ほっそくて、かわいい子だったわよね」

 それはその通りだったので、凪も頷いた。


 桜呼の言い方が、率直ではあるが悪意はないことが分かったのか、エレナは戸惑い顔になった。言い返そうかどうしようかと、曖昧に唇を動かしながら、こちらも凪を見る。

 しばらく、エレナと桜呼の会話を仲介する形になり、凪は首を傾げた。

(いや、なんで日本語の会話をあたしが通訳してるんだ……?)


「本当に、すまない。室田が()()()で走り去ったと伝えたつもりだったんだが」

 脇ではしょんぼりと肩を落とした蝦名がいつもよりも小声でそう言っている。

「無理にでも追いついて捕まえるべきだった」

「いや、エビさんに責任はないよ」

 本郷が肩を叩く。隣で海人が深く頷いていた。


「行動が怪しいのが分かった時点で、もっと問いただすべきだった―Shit!」

 誰に言うとでもなく、西崎が呟く。語尾に悔しさが滲んだ。

「なあ、それにしても、なんで、こんな結末にならなきゃないんだよ?ムロタンがなんで―」

 廊下の方でドアの開く音がして、本郷は言葉を切った。


 花が泣き腫らした顔でリビングに入ってきた。抱き抱えるようにタブレットを持ち、その手には何かのカードが握られている。

 俯きがちに、おずおずと花はエレナに近づいて画面を差し出した。


「お兄ちゃんが、もし帰って来れなくなるようなことがあったら、ここに連れて行ってもらえって言ってました……?」

 画面の文字を読み上げたエレナが全員を見回す。花は手にしていたカードを差し出した。

「へぴさん―しっ…―」

 花は必死に声を絞り出そうとしていた。

 声というより、それは掠れた吐息のようだったが、花としばらく関わっていたエレナはピンときたらしい。


「エビさん?」

 エレナが蝦名を指差すと、花は頷いた。

 対して面識もない花から名前を出された蝦名は不思議そうにしている。

 花の手からカードを受け取ったエレナは、

「エビさんさんが知ってる……?って、何を―」

 そこまで言って、それが何か思い当たったらしく、

「え?」

 と、首を傾げた。

「これって、マンションのカードキー?」

 続けてエレナの口から出た住所に、今度は蝦名が反応した。


「あそこのマンションか。前に室田を見かけた―というか、ウィンガーの気配を感じたことがあると思ったら、室田だったことが。てっきり、彼女の部屋にでも遊びに行っていたのかと―」

 いつも通りの大きな声に、花がちょっと引き気味になる。

 全員、蝦名の言っていることを100%分かったわけではなかったが、なんとなくは理解した。


 蝦名がハッとエレナを見る。

「室田と付き合ってたのは、エレナ・モリィなのか?!」

「違うわよ!なんでそうなるのよ!」

 蝦名が言い終わる前にエレナは否定した。

 桜呼と本郷はやれやれという顔でため息をつき、凪は笑っていいものかどうか、微妙な顔で様子を窺った。

 高野兄妹は完全に話の流れが読めずにいる。


「そこのマンションに何か置いてあるのか?」

 西崎の問いに答えようとして花は口をパクパクと動かしたが、うまく声は出せず、結局タブレットに文字を打ち込んだ。

 時々、鼻を啜りながら書き込んだ画面を差し出してよこす。


『みんなに教えなきゃならないことがあるって、言ってました。秘密の部屋だって』

 全員が一斉に頭を突き出して画面を読む。

「日本に来た時に使ってた部屋よ。いちいちホテル予約するの面倒だし、荷物も置いておけるし。ヒカルと会って話してたのも、その部屋よ」

 そう言ってからエレナは眉を寄せた。


「カギはヒカルに預けていたから、時々使ってたみたい。何に使ってるかまでは聞かなかったけれど。でも、あなたに見つかったから……ええと、cancellしたって言ってたのに」

 そう言われた蝦名が

「キャンセル?」

 聞き返すと、西崎が口を挟んだ。

「部屋を解約したってことか?エビさん、室田にそこで会ったのっていつだ?」

 そう言われて蝦名は、思い出すように天井を仰ぐ。


「室田とその話をしたのは―もう、何ヶ月か前だぞ」

「花ちゃん、このカギ受け取ったのは?」

 花は指で3か4を作ろうとしてから、タブレットに『日本に帰って来た時』と打ち込んだ。


「え、じゃあ解約してない……?」

 凪は首を傾げた。花は困り顔で、忙しなく指を動かしている。

「花、この部屋、行ったことある?」

 エレナがカードキーをヒラヒラさせながら聞くと、花はすぐに首を振った。


 全員の視線がカードキーに集まる。

「―ここに行くぞ」

 一瞬の沈黙の後、西崎が言った。

「今から?」

 海人と桜呼の声が狙い澄ましたように重なる。思わず顔を見合わせた2人には構わず、西崎は立ち上がった。

「今すぐだ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ