急展開 ②
驚くかと思った。狼狽え、慌て、
「え?な、な、なんで西崎くん、そ、そんなことっ……」
と、噛みまくる室田を想像した。
そうであって欲しかった。だが、凪の希望は叶えられなかった。
室田は無表情で西崎を見ていた。その肩から力が抜けていく。かすかに頬が緩んだように見えた。その唇が音を発せずに、
「さすが」
と、だけ動く。
凪は考える前にドアを開けて飛び出していた。
スッと手が伸びて凪の前を遮る。ヘンリーだった。
「No.Stay here.」
そのくらいの英語は凪だって分かる。
「で、でも……」
うまく言葉は出なかった。そもそもどうしようとして外に出たのかも分からない。ただ、室田の話を聞きたかった。
「硝煙の匂いって、服にも付くんだぜ。普通の人間には分からなくても、オレらならすぐ分かる」
西崎は凪の方は振り返りもせず、真っ直ぐ室田を見て言った。
室田は自分の服の胸元をふんふんと嗅いだ。
小首を傾げ、
「そっか。手袋はしてたんだけど。それだけじゃダメか」
ため息をつく。イタズラがバレた子供のように上目遣いで西崎の顔を窺い、また目を伏せた。
「拳銃撃ッタコト、アリマセンネ。ソレデモ、1発外シタダケデ修正シテクルノハ ナカナカデス。コンナ古クテ、メンテナンスモ サレテナイ銃デ。シカモ、2発シカ弾モ入レテイナイデスネ。ソンナニ自信アリマシタカ」
マイケルの言葉にはかすかな嘲笑がある。
拳銃を扱ったことのある人間にしてみれば、お粗末な道具を使った、雑な仕事にしか見えないのだろう。
室田はマイケルの方を見たが、どことなくぼんやりした目つきだった。
「古い?―そう、すごく高かったんだけどな。すぐ使えるし、足もつかないって。―ぼったくられたかな、オレ」
「エレナを撃ったこと、認めるんだな」
西崎の拳が固く握られていることに凪は気がついた。多分、爆発寸前だ。
室田は無表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「もちろん。そう……だね、見つかる前にうまく逃げれたと思ったんだけど。やっぱりバレちゃうよね。オレじゃあ……いくら翼出して逃げたって……」
「室田!」
独り言のような告白を遮ったのは本郷だった。
「盗聴機仕掛けたのも、GPSもお前ってことでいいか?さっき、バイクで逃げたのも」
室田の首が縦に動くのを見て、凪はやっぱりそうなのかと納得すると同時に、なんとも言えない失望感に襲われた。
いろいろ起きた事件の、どこまで室田は関わっているのだろう。そして、何より「なぜ」という疑問が全てに張り付く。
「ったく、エビさんの言い方が紛らわしいんだよ。新車のBMなんて」
本郷が不満気に吐き捨てる。
室田が眉を顰めた。
「蝦名くん?どっかで見られてたんだ?」
「気づいてなかったのかよ。マンションから出たとこ、追いかけようとしたけど巻かれたって言ってたんだぞ」
室田は空を仰いだ。
「気が付かなかった。そっか、蝦名くんならヘルメット被ってても分かっちゃうもんね。あんな場所、通るとは思わなかったよ」
「エビさんがマンションのところにいたのは偶然じゃないぜ」
西崎が口を挟む。
「一ノ瀬が情報集めて、あのマンションを探してくれた。みんな、必死にお前を探してたんだよ!なのに、お前はGPSだ、盗聴機だってオレらを翻弄してたわけだ」
西崎の怒りを感じたのか、室田は視線を落とし、言い訳するように言った。
「盗聴機はね、ジャネットに頼んで仕掛けてもらったんだ。ミッキーに頼まれたって言ったら、すぐに信じてさ。隠し場所は任せてって言ってた」
「ジャネットに、って、いつ頼んだんだよ?花ちゃんを取り返した時もお前、来なかっただろ」
室田はその質問がむしろ不思議なように小首を傾げた。
「トランクにGPS付けてたのも見つけたんでしょ?あれで場所はすぐ分かったから。あそこの家に行って、周りウロウロしてたら窓からジャネットが外見てた。だから、家の脇のあの非常階段みたいなの?から登って、屋根に登って―」
凪はシェアハウスの外階段を思い出していた。
(簡単だ―ウィンガーじゃなくたって、階段から屋根に飛び移って、ジャネットさんのいる窓まで行って……翼を出せば、もっと身軽に足音も立てないように移動できるし……)
午前中にあの階段の上でぼんやり想像したことが、あそこで室田が実行したことだったのだ。そして、それが事実だというなら―
(まさか……嘘だよね……?)
その後の最悪の展開を思い浮かべ、凪はゾッとした。
エレナに目をやると、相変わらず青い顔で室田を見ている。
エレナも凪と同じことを、いや、凪よりも先に気がついていたようだった。
室田はかすかに声を出して笑った。
「ふふ……あの人、頭いいんだか、そうでもないのか、分からない人だったよね。ミッキーが言ってたって言えば、すぐに信じ込んでさ。でも―危ないなって思ったんだ。時々、変なこと言うし、みんなのことも調べようとしてたし」
「みんな―?」
西崎に向かって、室田は何度も頷いた。
「オレたちのクラスのみんな。エレナが西崎くんと本郷くんの名前出しちゃったでしょ……隠れウィンガーになってる人がもっと他にもいるんじゃないかって……ていうか、きっといるはずだって。メールとかも見られてたみたいでさ。この人、このままにしてたら、みんなのためにならないって、オレ思ったんだよ」
「室田くん……」
凪は自分の声ごどこか別のところから聞こえるように感じた。それに続く、
「そう思って……だから、殺したのか?」
という西崎の声も。
室田は慌てた様子もなく、冷静に頷いた。
「翼を出してる時って、すごく頭が冴えるじゃない?あの、外の階段。真っ直ぐだし、足を踏み外して落ちるとか、アリだよなって、最初から思ってた」
本郷が室田に一歩、近づいた。
「おい待てよ、あの時、オレ一階にいたんだぜ?ってか、他にもウィンガーがいて、いつ見つかるか分からないあの状況で、お前……無茶苦茶だろ」
「ごめん―とにかく、どうやったら殺せるかって、それしか考えられなかったんだ」
「だからって、あそこで突き落としたのかよ?!」
本郷の声が掠れた。それは、悲鳴にも聞こえた。
室田はかすかに苦笑を浮かべて、首は横に振った。
「ちょっと違う。首を折って殺してから、階段から投げたんだよ」
数秒―沈黙が落ちた。
「お前―」
最初に口を開いたのは西崎だ。
「さっきの発砲だって、本気でエレナ狙ってだよな。分かってるのか?!人殺しなんだぞ!!なんで、そんな簡単に人の命を奪えるんだよ!!何考えてんだよ、室田!!」
室田は表情を変えなかった。むしろ―凪には嬉しそうにさえ見えた。
「言ったでしょ。みんなのためだよ」
「みんなって―」
張り詰めた空気に割って入ったのは、開いたレストランのドアだった。
突然スライドし、開いたドアから覗いたのは若い女性の顔。レストランの店員だった。いつまで経っても入ってこない客の様子を見にきたのだろう。
遠慮がちを装いながら、躊躇うことなく外へ出てきた女性は、立ち尽くす一行の様子に訝しげな表情を見せつつ、
「あのぅ、何かあり―」
言いかけてそこで「ひっ!」という音と共に息を飲み、完全に固まった。




