急展開 ①
ただならぬ空気を感じたのか、室田はキョロキョロと全員の顔を見ながら額の汗を拭った。
サッと駐車場を見渡して、
「室田、車は?」
西崎が尋ねる。室田は動きを止め、キョトンと西崎を見つめた。
「え……あ、タクシーで……」
西崎と本郷がチラリと視線を交わす。
「空港まで車で行ったんじゃなかったのか」
室田に助けを求めるように見つめられ、凪は思わず首をブンブン振った。
「オレ、免許持ってないよ?」
困り顔で首を傾げる室田の返事に、凪は聞き返そうとしたが、隣のエレナが動いたのでそちらへ気を取られた。
当然、西崎か本郷がツッコミを入れると思ったのに、2人とも
「そうか」
「ふうん、タクシーどこから乗ったの?」
など、さらりと流してしまう。
変だと思いつつ、タイミングを逃した凪は言葉を飲み込んだ。
ふと、袖口を引っ張られる感触にそちらを見ると、エレナが凪の服をしっかり掴んでいた。
「オ、オゥ、Sorry、ゴメン、血が……」
凪の視線に気付いたエレナは慌てて手を離したが、凪のクリーム色のチュニックの袖口に、血のかすれ模様か付いてしまっている。
正直(え!)と思ったが、
「あ、うん、洗えば大丈夫だよ」
と、笑顔を作った。
(もう3、4年きてるやつだし。結構色も褪せてきてるし)
と、自分に言い聞かせてみる。よく見れば、エレナに寄り添っている間に付いたのか、胸元にも小さく血液のシミが付いており、凪は完全に諦めた。
「ヘンリーと、マイケル。オレの友達」
西崎が室田に外国人2人を紹介する。
「あ、よろしく……あの、室田光です」
室田は2人に向かって小さく何度も頭を下げてから、車の中を覗き込んだ。
「エレナ、どうしたの?」
エレナは青白い顔のまま、じっと室田を見つめた。
「どうしたのって……私、撃たれたのよ」
室田は首を傾げた。冗談だと思ったのか、曖昧に笑いながら凪を見る。
「本当だよ。見えなかったけど音がして―」
凪から視線を移した先で西崎が頷くのを見た室田は、笑みを消し顔をしかめた。
「そんな、ここ日本だよ?銃で撃たれるなんて」
西崎がレストランの入り口の方へ顎をしゃくる。
「そっちの植え込みの所に玉がめり込んでるぜ。見てみろよ」
それを聞いて、凪とエレナも窓からそちらを見た。
入り口付近にあるレンガで縁取った小さな花壇。そのレンガの一部が欠け、土が飛び散っている。いつの間にか西崎はそんなとこまでチェックしていたらしい。
「そんな所に……?」
呆然としながらも、室田はそちらへ足を向けた。
本郷は先ほどから誰かとメールのやり取りでもしているのか、スマホをいじり続けていたが、花壇へ足を向けた室田の背中をチラ見すると、画面を西崎に見せた。
画面を覗き込んだ西崎がかすかに舌打ちする。
凪は妙な空気感がたまらなかったが、その理由がよく分からず、室田の様子をじっと見ていた。
花壇のそばへしゃがんだ室田が飛び散った土へ手を伸ばす。だが、
「触んない方がいいぜ。警察が現場検証するだろ」
西崎が声をかけると、
「あ、」
ピクリと動きを止め、室田は手を引っ込めた。
「オー、コレハ拾ッテキテシマイマシタネ」
マイケルが「しまった」という顔で上着のポケットからハンカチの包みを取り出す。だが、その表情も仕草もひどくわざとらしい。
マイケルが包みを開いてみせる。凪とエレナにも見て欲しいようだった。
現れた黒い独特のフォルムに、凪は目を見開いた。隣のエレナも顔をこわばらせ、凝視している。多分、自分も同じ顔をしているのだろうと、凪は思った。
拳銃を見るのは初めてではない。去年の須藤の事件の時見ているし、その発砲音も聞いた。―もっともあれはモデルガンを改造して殺傷能力が出るまでにしたものらしかったが―
「コンナ旧式ノ銃、ドコカラ持ッテキタンデショウネ。マア、ヤクザガ横流シシテ、小遣イ稼ギスル時ナンカニ使ワレルミタイデスガ。法外ナ値段デ売ラレルヨウデス。私ダッタラ、モツトイイ物買イマスネ。ア、弾ハ入ッテマセン。2発ダケデ、ドウニカ出来ルト思ッタンデショウカ」
マイケルは饒舌だった。だが、やはり芝居がかっている。大袈裟な身振り手振り、まるで周りの観客に聞かせているような喋り方。実際には駐車場には野次馬すらいない。
「どうして……」
花壇のそばに立ったままの室田が呟く。初めて見たのだろうか、視線はマイケルの手にある拳銃に注がれていた。
「まったく、」
西崎が腕組みしながら苦笑する。
「警察に拾った場所聞かれたら、どう説明するんだよ」
「見ツケタカラニハ、ソノママニシテオケマセン。危ナイデス」
「雨樋に引っかかってたの、わざわざ取ってきたんだ」
西崎は本郷に向けてそう説明した後、ヘンリーにも通訳した。
(雨樋?)
凪はそう聞いて建物をよく見てみた。レストランは平屋だが、屋根の位置は相当高い。屋根のすぐ下にある雨樋に、大男のマイケルだって普通なら手が届くはずもない。
見ると、室田も建物の雨樋を見上げていた。
「そっか、みんな手が届くのか」
ボソッと室田が呟くと、西崎が室田の方へ進み出た。
凪の場所から、顔はよく見えない。だが、
「室田、いい加減にしろよ」
その声の抑揚のなさに、凪はゾッとした。
「お前、どんどんボロが出てるよ。この2人がウィンガーだって、どうして分かった?誰も言ってないよな?」
(あ……)
さっきの室田の言葉だ。
「みんな手が届く」
アーククラスなら、浮かび上がって、簡単に雨樋だって手が届く。
凪だってすぐに、(マイケルさんたら。翼出したね)と、状況を理解した。
でも、室田は2人と会うのは初めてだ。何かの時にマイケルの話をしただろうか。もし自分が話したことがあれば、室田は一緒にいるヘンリーのことも当然ウィンガーだと判断したのかもしれない。
だが、凪が思い出す限り、室田にマイケルの話をした記憶はなかった。
(もしかしたら、花ちゃんが教えた?でも―花ちゃんにも、そんな情報は……)
室田が知っていてもおかしくない状況を凪は色々と考えてみたが、あまりかんばかしくはなかった。
室田がそれを知っているということは……
車に付けられていた発信機や、マイケルの手の中で壊された盗聴機が脳裏を駆け巡る。
(でも、室田くんがそんなことする必要は―花ちゃんも帰ってきたし、エレナちゃんも捕まえたし。それにあの家の中に入るチャンスなんて―)
そこまで考えて、凪はその先を考えたくない自分に気がついた。思考が停止しているわけではない。その先の最悪の仮定を自分で導き出したくなかった。
だが多分、西崎も本郷も同じ結論に達している。
「室田、これ以上、オレらを騙し続ける気なら、許さねえぞ」
西崎は低い声で言い放った。




