狙撃
7人乗りのワゴン車内は結構ゆったりとしていた。
後部座席に付いたモニターには、テレビのニュース番組が映っている。ちょうど、れい子の自宅で見つかった白骨死体のことが流れていて、エレナは身を乗り出した。
警察は先日の放火との関連も含めて捜査しているという。
走行中なので、前の座席のモニターは映らないが、運転席のマイケル、助手席の本郷も音声に耳をそばだてていた。
西崎の通訳を聞きながら、ヘンリーはれい子についていろいろと尋ねている。
ところどころ聞き取れる単語から、なんとなく内容を予想しながら、凪はヘンリーを盗み見た。背もたれにもたれかかり、サングラスの鼻の部分を押し上げたその仕草が、なんともサマになっている。にやけそうになった凪は急いでエレナの方へ目を移した。
眉間に皺を寄せて画面を見るエレナ。その顔をじっと見るのもまた気詰まりで、
「れい子先生の家、行ったことある?」
と凪は聞いた。エレナは画面を見たまま、首を振る。
「ウィンガーになった後、文句言いに行こうと思ったけどやめたの。また、アメリカに戻れないようにされたら嫌だったから」
(―そういえば、)
と、凪は思い出した。
「この間、チラッと見に行ってみたら、かべっちに会ったよ。この家の前で」
助手席へ向かって言うと、
「ああ、たまに様子見に行ってたらしいな」
と、本郷が振り返った。
「本郷も時々、行ってたんでしょ?」
そう言われて、本郷は少し困ったような顔になったように見えた。
「んー、まあ、年に一回くらいかな。近くに行った時に見に行ったりしたけど。でも、最近は行ってないよ」
凪はエレナの方を窺いながら、
「ダーウィンの人たち、あの空き家に勝手に入っていろいろ探したりしてたらしいよ」
さっき聞いたことを伝えた。もう本郷や西崎の耳には入っていることかと思ったが、2人とも知らなかったらしい。
「よっぽど野宮れい子の情報が欲しかったんだな。でも、何も手に入らなかった、と」
エレナは横目で後ろの席の西崎を見て頷いた。
「私はそう聞いたわ。本当のこと言ってるか、確かめる?」
当然、後半は凪に向けられた言葉だ。西崎は即、首を振った。
「いや、いい。このニュースを見てダーウィンがどういう反応してくるか、そっちの方が重要だ」
本郷が画面をナビに切り替えながら頷く。
「まあ、侵入するのは簡単だよな。定期的に庭の手入れなんかは業者に頼んでたみたいだけど、普段は誰も見にこなかったらしいし」
「娘さんたちも、様子見に来たりしなかったのかな……ああ、海外にいるんだっけ」
凪は伊達守から聞いた話を思い出した。
「ああ。あそこに引っ越してきたのって、八川小に赴任してからだから、子供たちはほとんど来たこともないって話だぜ。あ、次の信号過ぎたらすぐだ」
本郷の指差す先が、待ち合わせのレストランらしかった。
『イル・ソーレ』というオレンジ色の看板が見えた。ピッツァ、パスタの文字も見えるところからすると、イタリアンレストランらしい。
建物は一般的な郊外のファミレスよりも、こぢんまりとしているが、駐車場は広かった。
オレンジの外壁に金色の太陽が描かれた建物は結構目立つのだが、この広い駐車場の奥に建っているせいで、道路を走る車からは目に止まりにくい。
昼時だというのに、その広い駐車場に停まっている車は3台ほどだった。
「あれ……やってるよな?」
本郷が首を傾げる。
入り口に近い場所に車を停めると、
「ちょっと見てくるわ」
先に本郷は車を降り、大股で建物の入り口へ向かって行った。
1分もしないで中から出てきた本郷が手招きした。ちゃんと営業していたらしい。
スライドドアを開けて凪が降り、続いてエレナが降りる。
エレナが手を広げて伸びをした時、バッグからイヤホンケースが落ちた。
「あ、」
凪が屈んで拾ってやろうとした時だ。
パン!
破裂音が駐車場に鳴り響いた。
「え?!」
それは一瞬にして凪の嫌な記憶を思い出させる音だった。何の音だったか、という情報より嫌な音という感覚が先に蘇る。
パン!
また同じ音がして、
「う……くっ……」
うめき声を上げながら、エレナがしゃがみ込んだ。
明らかに銃声だ。
「頭低くして動くな!」
車から飛び出した西崎が、2人に覆い被さりながら叫ぶ。
呆然として固まっていた凪だが、西崎に背中を押され、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「エレナちゃん!」
「大丈夫。かすっただけ」
エレナは左肘の辺りを押さえている。指の間から血が滲んで見えたが、確かに深い傷ではなさそうだった。
銃声はレストランの建物の陰から聞こえたが、2発続いた後は不気味に沈黙している。人が飛び出してくる様子もない。
ヘンリーは素早く周囲に目を走らせると、エレナを抱えるようにして車は戻した。ついで、凪も西崎に押し戻される。
「そのまま、頭低くしてろ!」
西崎はそう命ずるとドアを閉じた。
西崎とヘンリーは、銃声の聞こえた方へ目を向け、小声で話し合っている。
そうっと凪が窓から覗くと、マイケルが建物に張り付きつつ、2人の視線の先へ移動していくところだった。
巨体からは想像もつかない、滑らかで素早い動きだ。
角まで辿り着くと、マイケルはそろりと向こう側を覗き込む。いつでも翼を出せる用意をしているのは間違いない。
サッと身を翻すと、マイケルは建物の角を曲がって消えた。
西崎はヘンリーに車の側を任せると、マイケルと反対方向へ向かった。
入り口で低い姿勢をとっていた本郷が、その姿勢のまま、車の方へ戻ってくる。
西崎は建物の反対側の角を曲がって消え、しばらくの後、マイケルと2人で戻ってきた。
凪はハンカチでエレナの傷を押さえながら、様子を見ていた。
出血はまだじわじわと続いているものの、縫ったりするほどの傷ではなさそうだ。それでも、病院で診てもらった方はいいだろう。
エレナの肩はブルブルと震え、唇から血の気が失われていた。けがよりも、精神的なショックのせいだ。
「大丈夫?」
と声をかけながら、(大丈夫なはずないよな)と凪は自分にツッコミを入れた。
ドアを開けて、男性陣が覗き込む。
傷の具合を見て、本郷はホッとした表情を浮かべた。
「どうする?救急車呼ぶ―」
「No!」
最後まで言わせず、エレナは叫んだ。
「それよりも早く!ここから行く!」
パニック気味のせいか、日本語があやしくなっている。ワナワナと唇を震わせるエレナに、本郷は宥めるように話しかけた。
「いや、さすがに発砲事件だぜ。警察呼ばないわけには―」
「あの、みんな……どうかしたの?」
どこか申し訳なさそうにかけられたの声に、西崎と本郷は振り向いた。振り向くまでもなく、2人には誰の声か分かったらしいが、凪は彼らの後ろから覗いた顔を見て、ここで待ち合わせしていたことをやっと思い出した。
「室田くん―」




