14話
雰囲気の悪さダダ漏れのテーブル席と、居心地の悪そうな隣の凪を交互に見比べながら、どう話し出そうかと愛凪が思案していると、須藤が何気ない口調で切り出した。
「すいませんね。居酒屋の方にも気を使ってもらったようで。後でよろしくお伝え下さい」
にっこりと笑って、滑らかな手つきで名刺を差し出す。
「改めて。未登録翼保有者対策室のチーフ、須藤と申します」
よく知らないが、出来る営業マンって、こんな感じではなかろうかと愛凪は思った。
3人だけに聞こえる程度の抑えた声音。改まった言葉遣いだが、表情は柔らかい。
凪は緊張した顔つきのまま、名刺を受け取り、少し戸惑ってからバッグの中へしまった。
「立山尚さんについては、だいたいのところ伺ったので、確認程度なんですが…」
須藤は穏やかな口調のまま、立山について今までウィンガーだと疑われるような出来事を見聞きしてないか、凪に尋ねた。
首を振るばかりの凪だが、須藤としては予想通りといったところなのだろう。
たまに倉庫や店先で顔を合わせれば、挨拶する程度。話をすることがあっても、店の混み具合とか一言、二言交わすだけ。
店に出勤する途中で会ったのも今日が初めて。
「今日、未生ちゃんが友達…というか、ナオさんの彼女と一緒にここに来るって話、してたところだったんです」
そう言ってから凪は、心配そうにテーブル席の3人に視線を走らせた。隼也が、ボソボソと何か喋っている。
「小坂さんのお友達と、立山さんが付き合っていることは以前から知ってましたか?」
須藤はいつも通り、控えめながら爽やかな笑顔で凪の顔をのぞき見る。
大抵の女性は、つられて笑顔になるものだが、凪はあまり須藤の顔を見ようともしなかった。軽く眉間にシワを寄せながら、
「先月の初めくらい…だったと思います」
ゆっくり答える。
「彩乃さんに、彼氏さんの働いてるお店聞いたら、私のバイト先と同じビルだったって。未生ちゃんもびっくりしたみたいです」
「菊森さんに会うのは初めてですか?」
「はい。2回くらい、ジーズには来たことあるって、聞いてますけど。面識はないです」
「下のお店…鮮昧で、立山さんと親しくしてる人はいませんか?」
凪は首を振った。
「みんな、顔見知り程度だと思いますけど…」
須藤は静かに頷いた。これも、だいたい予想通り、というか期待通りの答えだったのだろう。
立山尚に関わる情報はほとんど得られなかったにも関わらず、満足げにさえ見えた。
「分かりました。立山さんについてお聞きしたいことはこれぐらいです。それで、後はー」
須藤は愛凪の顔を見た。
「彼女のお兄さんの件、ですが…」
少し柔らかくなっていた凪の肩が、また硬くなったように見えた。
「すみません。ほんとに…ご迷惑かけて」
小声で頭をさげながら、愛凪はテーブルの隼也が気になって仕方なかった。
隼也の向かいから、未生が身を乗り出して訴えるような表情を見せている。隼也は真剣に耳を傾けているように見えるが、こちらの会話にも意識を向けているに違いない。狭い店だ。お互いの会話を聞かずに済ませるなんて無理だ。
隼也を含め、エル・チームのメンバーにも自分の兄がウィンガーであること、そして現在行方不明になっていることを話した方がいい、と言い出したのは愛凪からだった。
立山を発見した現場に凪が居合わせた、ということが大きい。しかもバイト先が同じビルというだけでなく、交友関係でも少なからず繋がりがある。これから先、事情を聞いたり、調査を進める過程で凪と自分の関係を伏せておくことは、ストレスにしかならない。
自分の身内にウィンガーがいることを告白するのが、こんなに憂鬱なものだとは、愛凪は考えたこともなかった。
「あの…この間、水沢さんと本郷さんに会ったこと、話しちゃったんです…すいません。本郷さんにも黙ってて欲しいってお願いしたのに」
「ああ、大丈夫だと思いますよ。そういうの、気にするタイプじゃなさそうだから」
恐縮した様子の愛凪をよそに、あっさり凪は言い放つ。とはいえ、後で本郷にも後で謝りの電話を入れた方がいいだろう。
「もう聞かれたかもしれませんが、海人さんについては、アイロウに所在不明届けを出しました。警察にも捜索願いを出したので、何か進展が有れば、と期待しているところです。真壁和久さんにも伺ったんですが、同級生で連絡を取り合っている人は思いつかないようで。水沢さんは、どうです?」
凪が小学校卒業と同時に引っ越したこと、連絡を取っている同級生もいないことは須藤に伝えてあるが、直接確認したいのだろうと、愛凪は黙っていた。
当然、凪は首を振った。
「私、友達2人しかいなかったので」
卑下するでもなく、開き直る風でもなく、さらりと発せられた言葉に、須藤の顔が一瞬固まる。
「え、ああ、2人…」
珍しく動揺を見せた須藤のその返しに、愛凪は思わず笑いそうになるのを堪えた。だが、頬は緩んでしまう。
凪はお構いなしに続けた。
「1人は私と同じで、小学校卒業と同時に引っ越して…それっきりです。もう1人は最初は暑中見舞いとか、年賀状とか出してたけど…1年くらいで連絡しなくなりましたね。あ、うち、高校入るまでスマホとかタブレットとか買ってもらえなくて。友達との連絡手段って、あまりなかったものですから…。だから、小学校の同級生とは全く、関わりなくなってました」
須藤は気を取り直すように、姿勢を正した。
「なるほど。同じ大学の本郷さんしか、今は連絡取れる相手はいないということですね」
凪が頷くのを確認すると、須藤はテーブル席の方へ視線を走らせた。
和やか、とは言えないまでも、、一触即発の緊張感はなくなっている。相変わらず、彩乃は顔を伏せたままだが。
「仕事の性質上、職業は口外しないよう、スタッフには言っているんですよ。小坂さんに不快な思いをさせたのは、申し訳なかったですが」
先ほどよりもさらに声のトーンを落とし、だが真摯な眼差しで須藤は言った。
「…未生ちゃんが納得したなら…私は別に…」
ボソボソと呟くように凪は答える。
愛凪も含めて未登録翼保有者対策室のスタッフについて、口外しないよう求められた時も、素直に頷いた。
「ナッピ、私、彩乃のところに泊まる。一緒にいてあげたいから」
須藤と話し終えた凪が、そっとテーブル席に近付いていくと、未生はさっと顔を上げてそう言った。
「えっ、明日、講義あるんでしょ。私は大丈夫だから」
彩乃は腫れぼったくなった目をしばたかせながら、首を振るが
「いいってば。このままだと一晩中寝ないで、泣いてそうだもん」
未生は頑として聞かない。
「うん、あたしもその方がいいと思う。一緒にいてあげて」
凪もそっと後押しすると、彩乃の目がまた潤んだ。
「ありがと…」
女性3人の様子を見ながら、隼也はほっと肩の力を抜いた。
なんとか、穏やかにまとまったようだ。まあ、仕事について嘘をついていたことを理由に、別れ話になったとしても、仕方ないとは、思っていたのだが、後味の悪い別れ方をすると、どんなことを言いふらされるか、分かったものではない。
(だから、彼女なんか厄介なことになるだけじゃないのかって、言ったのに…って、これ、普通上司の方が言うことだろ!)
須藤は隼也の恨みがましい眼差しには気付くこともなく、マスターと何か話している。
仕事柄、あまり親しい人間は作らずにおいた方が…と自重していた隼也に、アピールしてくる子がいるなら付き合えばいいと焚きつけたのは須藤だ。
本気だったのか、冗談のつもりだったのかは今でも分からない。付き合うことになったと報告した時は、いつも通りの笑顔で
「へえ、よかったじゃない」
と喜んで見せたにも関わらず、事あるごとに彼女には余計な話はしないようにと釘を刺してくる。何が本心なのか分かりずらくてしょうがない。
先ほどの凪とアイの様子も気になる。明らかに、自分に聞かせたくない話をしていたようだが、この狭い空間で何も聞かずに済むはずがない。
同級生とか、連絡がどうのと単語がチラチラと耳に入ってきたが、そこに新人シーカーがどう関わっているのかも読めなかった。
腹の中に消化不良の情報だけが溜まっていき、隼也のフラストレーションを募らせている。
未生が彩乃のアパートに泊まることになったと聞くと、須藤は車で送ると言い出した。当然、隼也も同行することになった。
車の中の会話は弾むはずもない。須藤も無理に2人に話しかけようとはしなかった。
ただ、立山から連絡が入った場合はすぐに連絡をよこすようにと念を押し、小さなアパートがいくつも立ち並ぶ一角で2人を下ろした。
彩乃のアパートの建物まで、2人を送った隼也が車に戻っても、須藤はすぐに車を出そうとはしなかった。
「彼女、少しは機嫌直してくれたみたいだね」
「ええ。でも、こういうことがあるとやっぱり、彼女とか厄介ですよ。落ち着いたら、適当に距離を置くようにしますよ」
「あれ、別れちゃうの?」
須藤の口の端に、ちょっと意地の悪い笑みが浮かぶ。
「いや、すぐにはこじれそうですから…追々ですよ」
隼也もわざと、女慣れした顔で応じた。だが、半分以上は本心だ。
「ええ〜?桜木くん、彼女のこと、愛してないの〜?」
須藤の作り笑顔が、勘に触ることこの上ない。もちろん、須藤もそんなこと承知の上
なのが分かるから、隼也としては露骨にしかめ面をするしかなかった。
「からかうのはいい加減にして下さいよ。仕事上、プラスになる要素が多いから付き合ってるだけで…まあ、顔も体も好みですがね。結構、気ぃ使って、いい男やってるんですから」
「うわぁ、ひどい男」
クスクス笑う須藤に隼也が言い返そうとした時、須藤のスマホが震えた。
「よし。12時にアベくんが交代で来てくれる。それまで張り込みだ」
「あ…」
微かに予想はしていたが、彩乃が立山に会いに行く可能性を考えて、監視するらしい。
「降りて、アパートを見てて。ぼくは車を停めておける場所、探して来るから」
5コール目で相手は本郷の電話に出た。
少しハスキーな、低い声。本郷にとっては馴染みのある声だ。
「今、時間大丈夫か?」
いつも通り、挨拶や前置きはしない。
「ちょうど、昼休みだ」
相手の言葉に本郷は改めて時計を見た。ほぼ、半日近い時差。じゃあ、東海岸の方か…と頭の中で分析しつつ、確かめはしなかった。
基本はアメリカ在住だが、よくあちこち動き回っている。この間はフランスの空港で乗り継ぎ待ちだと言われたこともあった。
そんな奴だから、電話をかける時間も気にしないことにしている。出られなければ、向こうからかけ直して来るし、それが夜中や明け方でも、本郷も怒ったことはなかった。
「いや、その件とはまた別なんだ。立山尚ってやつの話、してただろ。そいつがさっき、対策室に見つかってさ…」
ソファにのびのびと寄りかかりながら、本郷は簡単に説明した。
8LDKの広い家に、今は1人きり。おかげで気兼ねなく会話できる。
兄と姉はだいぶ前に独立して家を出ているし、父親は遠方の大学病院の教授に就任し、去年から単身赴任だ。母親は、そんな父親の元と自宅を行ったり来たりしている。
別に、父親について行ってもよさそうなものだが、友人がいて、実家も近い絵州市からは離れたくないらしい。
本郷としても、食事や洗濯のことは気にせず、適度に1人の時間を満喫できる今の生活ペースは快適そのものだった。
小宮山や吉川のように、無駄な質問が挟まれない分、説明は何倍も楽だ。
「とにかく、見つかった以上、早目に出頭しろって伝えてある。対応はエビさんに任せたよ」
そう結んだ本郷の報告にも
「了解」
一言、それだけで話はついた。
「それと、もう一つだな…」
本郷としては"もう一つ"の方が、やっちまった感がある。
「例の、マイケル様ご一行との親睦会の時に、天使が飛んでいるのを目撃されたようでな…いや、見間違い、で済んだみたいなんだが…」
あきれたような、苛立ったような吐息が聞こえた。
「ソラヒコ、あいつらのこと、どう思った?」
「んー、あのご一行様か?そうねぇ…」
言葉を選びながらも、多分考えていることは似たり寄ったりだという、確信はある。
「優秀な人間の集まりだと思うよ。ただ、そのせいか少し突っ走りがちな気がする。外国人だからとか、そういう問題じゃなく、自己主張が強いというか、理想主義者というか…」
相手が鼻先で笑ったのが聞こえた。本郷には、同意の意味だと分かる。
「自信過剰な連中なんだ。正直、ある程度距離を置いた付き合い方をした方がいいと、思ってきた」
「オトヤにしては、弱気だな」
「客観的な判断ができるようになったと言え」
左の口角だけを上げてニヤリと笑う、親友の顔が目に浮かぶ。
「日本に残ったのはマイケルだけだけど、忠告はしておくよ。なんだか、いろいろと一気に騒がしくなってな。忙しくてしょうがない」
「ああ、よろしくな。オレも年内には一度、日本に戻りたいと思ってる」
その言葉に正直ほっとする。このざわついた街の状況下には、司令塔が必要だ。
「おう、待ってるよ」
肩の力を抜いてそう言うと、本郷は電話を切った。




