襲撃者?
(へえ……これが盗聴器なんだ)
凪はマイケルの手の中を覗き込んだ。こんな物が置いてあったら、怪しいといえば怪しい。だが知識がなければ、「なんだこれ?」くらいで素通りしそうな物体でもある。
ヘンリーが相変わらず脇からパクパクとサメを侵入させてくる。
エレナはサメの脇腹をつついた。
「これに隠されてたの?こんなの、どこにあった?」
そう言うのを聞いて、やっと凪はサメの意味が分かった。
「あの置物とか、ぬいぐるみとか並べてたテーブルに……あったかも」
凪は世界各国の土産物展示スペースのようなテーブルを思い出した。
「前カラアッタ物ダカラ、気ニシテマセンデシタ」
「Wow Mr.careless」
ヘンリーの言葉に、マイケルは不愉快そうに目を細める。
エレナはサメをじっと見つめてから、リビングの方へ顔を向けた。
「ジャネットだわ」
「え?」
「これ、仕掛けたのジャネットよ」
「イツダ?」
マイケルは威圧的な眼差しでエレナを見下ろす。エレナはそちらは見ようともせずに続けた。
「階段から落ちる、少し前。喉が渇いたとか言って、降りてきたでしょ?あの時、あのテーブルの物、触りながら見てたわ。あなたも見てたでしょ?」
マイケルは低くうなった。
「Oh、my god……」
ヘンリーが、ちょっと高い声で言いながらサメの体を振る。
凪はちょっと笑いそうになったが、マイケルはシーサーのごとき渋面を作っていたので、顔を背け、ポーカーフェイスを貫いた。
フワッとマイケルの翼が現れる。
「?」
凪が首を傾げていると、マイケルは盗聴器を両手で持ちなおした。指先に力が入ったと見えた瞬間、バキッと音を立てて黒い物体はへし折られていた。
足元に投げ捨てたそれを思い切り踏み潰し、マイケルはわざとらしく手を打ち払った。
「後ハ大丈夫ソウデス。中デ待ッテマショウ」
ヘンリーには構わず、そう言うと、マイケルはリビングへ戻っていく。
エレナは黒い残骸を気味悪そうに見下ろしながら首を振った。
「どうだか分からないわ。もしかしたら爆弾とかもあるかも―」
そう言うと、また玄関に座り込んでしまう。そこから動く気はなさそうだった。
力を使って言うことを効かせる方法もあるが、凪はそこまでする気はなかった。結局凪も一緒に座り込むと、なぜかその隣にヘンリーも座り込む。
「へ……?(なん……で?)」
ぎこちない首の動きでヘンリーの方を見た凪は、穏やかに微笑んでじっと自分を見るヘンリーと目があって、速攻で顔の向きを戻した。
「フフ……」
ヘンリーは小さく笑うと身を乗り出してエレナに話しかけた。
一言、二言、エレナは短く答える。
なんの話かよく分からず、凪はどうしようかと戸惑ったが、それ以上悩むことはなかった。
わナンバーのワゴン車がガレージに入ってきたのだ。
運転しているのは本郷。続いて後ろから付いてきたバイクを運転しているのが西崎だった。
(あ、やっぱり西崎も乗れるんだ)
「水沢、聞いた?とんでもない話になってきたよな」
車から降りるとすぐに本郷が聞いてくる。
白骨死体のことだとは、すぐに分かった。
「うん、必要な連絡は任せたって、かべっちが」
「ああ。―とにかく、早く移動するか」
ヘルメットを脱ぎ、張り付いた前髪を掻き上げながら西崎が言う。
ヘンリーがそばにいるのを見て、更に何か言い足そうとしたのをやめたように見えた。
「あ、あの、盗聴器が……」
凪が言いかけた時、マイケルが出てきた。
マイケルが2人と話す間、エレナは立ち上がり不安そうな視線を道路へ向けていた。
この間にも誰か自分の様子を窺いに来ているのではと、気が気でないらしい。
下手に大丈夫だよ、とも言えず、凪はただエレナの隣に寄り添っていた。
エレナが不意に顔を動かした。そしてそのまま、西側のガレージの方へ体も向ける。
エレナが何に反応したのか、凪にも分かっていた。
バイクのエンジン音。
通り過ぎずに、ガレージの前あたりで止まっている。
凪は小走りにそちらへ向かった。
「水沢?」
ガレージの扉越しに、フルフェイスのヘルメットが見える。それから、その周囲に特有の気配……
相手が凪のことを見とめたのかどうかは分からない。だが、声をかける間も無く、バイクは急発進した。
地面を蹴って飛び出そうとした凪は、がっしりと腕をを掴まれ引き戻された。
「出すな!」
厳しい声が耳元に響く。
翼を出して追いかけようとしたのを、西崎はすぐに察したのだ。
「で、でもっ……」
「お前のは目立つ。どこから見られてるかわからねえんだぞ!」
その間に本郷が庭の方へ走っていく。
バイクはブォン!と低い音を撒き散らし、南側の道へ侵入していた。
音だけでもかなりのスピードで走り去っていくのが分かる。
植え込みの隙間から首を突き出した本郷が
「ウソだろ?!おい!」
大きな声をあげた。
ブォン!ウォンウォン!と派手にアクセルを吹かす音と、「キャアーッ!」という悲鳴が重なる。全員が庭の方へ走った。
「イカれてるぞ。モトクロスでもあるまいし。あれ、スポーツタイプのバイクだぞ。いや、モトクロスだって、こんなとこであんな走りはしないわ」
本郷が目撃したのは、走り去るライダーの背に白い翼が現れたところだった。そして、バイクはあろうことか、道路脇の民家の塀に乗り上げたのである。そのままコンクリートの塀を垂直に駆け上がり、バイクは宙を舞った。悲鳴を上げたのは、向こうから歩いてきた初老の女性だ。
咄嗟にしゃがみ込んだ女性の頭の上を、バイクは飛び越し、女性の背後の地面に難なく降り立つ。そして、そのままスピードを上げて走り去った。
「マイケルクラスのウィンガー。確かに、ダーウィンの連中の可能性はあるよな」
本郷はため息をついた。
女性に怪我はなかったが、ひどく憤慨し、すぐに警察に通報した。目撃者として一緒に状況を説明してほしいと頼まれた凪たちは、バイクの人物がウィンガーだったことを言うべきかどうするか、考えたが、結局正直に言うことにした。(女性は咄嗟のことで、そこまで目撃していなかったようだ)
「ウィンガーでもなきゃ、あのバイクのフロントあんな風に持ち上げるなんて無理だよ。ウィンガー絡みの事件って思われるのは嫌だけどな」
本郷の言葉に、西崎も頷いた。
「後からウィンガーだって分かって、オレたちがそれを言わなかった、ってなったら、その方が怪しまれる。仕方ないな」
マイケルとヘンリーも同意した。
ジャネットの件もあり、これ以上疑惑の眼差しを向けられることは避けたい。
結局なんだかんだとお昼を過ぎても、凪たちはまだシェアハウスから出発出来ずにいた。




