盗聴器
ヘンリーの後ろからマイケルも現れた。
「凪サーン、ココニイマシタカ」
大きな手を振りながら、ヘンリーを押しのけて階段を登ってくる。
「あ、うん……あの、どうやって入ってきたのかなーとか、考えて……あ、エレナちゃん、大丈夫?」
エレナが玄関から動こうとしないことは、さっき伝えておいた。こんな時に、エレナを1人にするべきではない。
「ソコニイマスヨ」
マイケルが指差す方を見下ろすと、玄関から外階段へ来る途中に佇むエレナが見えた。
ぼんやりと見つめる視線の先は、ジャネットが倒れていた辺りに向けられている。
「考エルノハ後ニシマショウ。オトヤ達ガ帰ッテクルマデ、中ニ入ッテ待ッテイマショウ」
「うん。でも、エレナちゃんは気持ち悪いから、中に入りたくないって」
「Oh〜、ソレナンデスケド―」
5分後、結局凪とエレナは、また並んで玄関先に座っていた。
「見つかったら、やっぱり中に入るの嫌だわ」
2階から聞こえるマイケルとヘンリーの話し声を聞きながら、エレナは呟いた。
「見つかる……かなぁ?」
凪は曖昧に相槌を打つ。
盗聴器を発見できる機械を持っていることを思い出した、と言い出したマイケルが、現在家の中を歩き回っていた。
「マア、イロイロト。ドンナ人ガ来ルカ、分カリマセンカラ」
なぜそんな物を持っているのか聞いた凪への返事がそれだ。
凪の中で、マイケル達の組織への不信感が増したが、マイケルは意気揚々と仕事にとりかかっていた。
「あ……」
手持ち無沙汰にスマホを見た凪は、未生からのメッセージがいくつも入っていることに気付いた。
友達の家に泊まる、と昨日のうちに連絡入れている。それで済むと思っていたのだが、未生は凪が大学の講義に出ていないことを確認したらしい。
未生なりに心配していたようで、「なにかあったの?」が数回届いていた。
慌てて返信を返す。心配のあまり、実家にまで連絡されたりしたらたまらない。
(あ〜、でも未生ちゃん、絶対誤解するよなぁ)
朝帰りも外泊も、全て未生なら男性絡みの話に持っていくだろう。
「エレナちゃん、一緒に写真……撮ってくれない……?」
「はい?」
遠慮がちな凪の頼みに、エレナは不審そうな顔をする。
「あの、あたしのルームメイトが……」
あまり要領を得ない説明をしているうちに、着信が鳴った。
(え?!ん?!未生ちゃん?!)
だが、表示された名前は凪の予想外だった。
(かべっち?!なんで?!)
真壁から電話をもらう用事など、凪には思いつかない。
「……はい……?」
あやふやな調子で電話に出た凪に、
『おう、水沢、真壁だけど』
少し早口のぶっきらぼうな声が聞こえた。
『今、ニッシーにも連絡したんだけど、出なくてさ。早く教えといた方がいいと思って』
凪の相槌も待たずに真壁は続けた。
『ちょっと外出てて、れい子先生の家の近く通ったんだよ。そしたら、警察車両がわんさかいてな。近くにいた人に聞いたら、白骨死体が見つかったんだってよ!この間、物置だか小屋だかが火事になっただろ。あそこ撤去する工事してたら、そこの地面から出てきたんだとよ。白骨だから、男か女かも分かんねえらしいし、いつから埋まってたんだかも知らねえけどさ。どう思う?』
「ど……ど、どぅ(どうと言われても―)」
凪はうまく言葉が出て来なかった。
一方で頭の中では冷静に、あの家を訪ねた時のことを思い出していた。この前、真壁と鉢合わせた時ではなく、もっと以前、中学校の時、れい子が失踪した後に訪れた時のことだ。
「DIYにはまっていてね。この間は庭に物置を作ったんだ―」
そう言って、窓から庭の隅を指差した、れい子先生の夫。
(もしかしてあの時、もうその死体が埋まってたってこと?れい子先生がいなくなってから1ヶ月以上経ってて……もしかして……)
「あの物置が建てられたの、れい子先生がいなくなってから間も無くだよ。あたし達が行った時、れい子先生のご主人が建ててる最中だった」
『―やっぱ、そういうことか』
真壁はそれほど驚いた様子ではなかった。
『先生の旦那、自殺したらしいっていうから、そんなこともありえるかとは思ってたけどさ』
「レイコの死体が見つかったってこと?」
聞き耳を立てていたエレナが呆然と呟く。
「もう―何年も前に死んでたの……」
「いや、まだれい子先生と決まったわけじゃ……」
凪はエレナと電話越しの真壁、両方に向かって言った。
『ああ、まあ、そうだけどな』
そう言いつつも真壁は、白骨死体がれい子だと確信しているようだ。
「今、エレナちゃんと一緒にいるんだけど。あの……森エレナちゃん、覚えてる?」
エレナの名前を出してから、真壁はエレナと室田の関わりは知らないはずだと思い出した。だが、真壁にはすでに情報が回っていたようだ。
『ああ、聞いてる。なんだか昨日、大変だったみたいだな』
細かく事情を説明せずに済んで、凪はホッとした。
「今、西崎と本郷ちょっと出かけてて。もうすぐ帰ってくると思うから、伝えておくよ」
『おう。一応、メールはしておいた。あと、必要なら他の連中の連絡は頼むわ。オレ、仕事あるし』
「うん、分かった」
「レイコの夫が殺したっていうこと?」
電話を切った凪にエレナが聞く。
「レイコは殺されたの?」
「まだ、分からないよ」
簡単に断定できる話ではない。
凪はれい子の夫、野宮博信の遺体が樹海で見つかったことを話した。
「ご主人の連れ子が2人いて―その娘さんたちに失踪当時の話とか聞こうとしたんだけど、離れて暮らしてたから、何も知らないって言われたらしいよ。もしかしたら―」
ふと、凪は思いついた。
「本当にれい子先生がウィンガーの研究をしてたなら、まだあの家に何か残ってるかも。今回のことで、いろいろ家の中も調べることができるんじゃ―」
だが、エレナは首を振った。
「ダーウィンの人たち、もう勝手に入って調べてるわ。それで、何も見つからないから、レイコが資料やデータを持って逃げたと思ったのよ」
「それって、泥棒―」
エレナは鼻で笑った。
「あの人たち、それくらい平気でするわ」
話していた二人の間に、灰色のもふもふした塊が割り込んできた。
2人ともギョッとして身を引く。
それは、サメのぬいぐるみだった。口の部分がパクパクと動く。手を入れて動かせる、パペットタイプのぬいぐるみだ。
手にはめて動かしているのはヘンリーだった。いたずらっ子のような笑みを浮かべて凪達を見ている。
(え……なに、この不意打ち……)
凪は写真に納めておきたいような魅力的な笑顔を間近にして、声も出せなかったが、エレナはしかめっつらだ。
ヘンリーの背後からぬうっとマイケルが現れた。
「アリマシタヨ」
差し出したマイケルの手の中には、ライターほどの大きさの、黒い箱状の物があった。




