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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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ざわめく朝 ②

「室田が見つかった?―でも、見失った?―」

 西崎の受け答えを聞いて、凪は耳を澄ました。

 ちょっと集中すれば、電話の内容など簡単に聞き取れるが、普段は意識して聞き取らないようにしている。凪としてはそれがマナーだと思っていた。が、この場合は連絡が相変わらず取れない室田の話である。

 電話の相手は桜呼だった。


『室田のお客のマンション。入り浸ってるって話聞いたから、張ってたのよ。ビンゴだったわ。出てきたところ捕まえようと思ったんだけど―』

『いやぁ、新車のBMでな!あっという間に見えなくなってしまった』


「あれ、エビさん?」

 桜呼の声と重なって聞こえる野太い声が、凪に意外だった。あまり2人でいるところを想像しがたい組み合わせだ。

『こっちはどノーマルの軽トラでな、小回りは効くんだが、機動力では―』

 桜呼がわかりやすくため息をつくのが聞こえた。


「分かった。どっち方面に走っていったんだ?その女性も一緒だったのか?」

『ううん、1人だけよ。北部環状線を山手の方に行ったとこまでは追っかけたんだけど』

 西崎がチラリと本郷と凪をみる。

 行き先に心当たりがないか、ということだろうが、2人ともそれらしい場所は思いつかなかった。


 本郷のスマホが小気味いいベルの音を振り撒く。

「うおーい!」

 表示を見た本郷が思いの外大きな声を出した。

「室田だぜ!」

「ええ?!」「マジか」


 本郷が電話に出る横で、西崎は桜呼に状況を説明して通話を終わらせる。

「おい!ムロタン!こんな時に何やってんの!」

 かなり本気の苛立ちを感じさせる本郷の言葉に、

『本当にごめんなさい』

 少し震え含んだ室田の声が返ってくる。凪には、どこか諦めたような、開き直ったような響きに感じられた。

『今……みんなどこにいるの?』

「どこって―ちょっと知り合いのところにいるんだ。エレナは保護したけど、大変だったんだぜ、ジャネットが―亡くなってさ」

『え―』


 室田が絶句して固まる様子が凪には手に取るように見えた。

『えっと……、あの、保護って?』

 驚きのあまり、どこからつっこんだらいいのか分からないらしい。

『ジャネットは―病気?誰か他にも―そこにいるの?』


「病気じゃない。階段から落ちたんだ。エレナは誰かに突き落とされたんじゃないかって言ってる。それで、自分も次に狙われるんじゃないかって怯えてるんだ。だから保護してもらうことにした。あー、そこら辺、詳しいな話もしたいからさ、とりあえず来て欲しいんだけど。ムロタン、今どこだよ?」


 返事にはかなり間があった。

『―あの……オレ、今から大阪に行かなきゃならなくて』

「は?!」

『だから、花のこと、しばらくお願いしたくて電話したんだ』

「おいおい!」

『今、お世話になってる人に急に呼び出されてさ。大事な人なんだ。ほら、店にとっても、オレにとっても』

「ムロタン!今の状況分かってるか?花ちゃんだって体調崩したりして、大変なんだぞ!心配かけてんの、分かってんのか?!」


 本郷がこれだけ怒るのは珍しい。凪は黙って見ているしかなかった。

「室田」

 スピーカーにしたスマホに西崎が声をかける。

「大阪行くのって、妹、放っていくほど大事なことか?エレナの件だって、片ついてないんだぞ。一度、顔出してからにしろよ」

 淡々とした、だが有無を言わさない言い方。


 室田が唾を飲むのが分かった。だが、

『本当に―ごめん。もう、空港に行かなきゃ。花にも連絡するから。できるだけ早く戻るよ』

 通話はそれでプツリと切られた。


「あいつ……」

 苦々しい顔で、本郷はそれ以上何も言わず、黙り込む。

「どう思う?」

 西崎が凪に聞いた。

「どうって……」

(あたしに聞かれてもなぁ)と思いながら、凪は妙な感覚を感じていた。何かしっくりこない。違和感。

(まぁ、ここ最近の室田くんの行動は、理解できないことが多いからな……ただ、)

「何か、やっぱり隠してるよね。もしかしたら……あたしに会いたくない、のかも……」

 隠し事を続けるなら、凪の力を使って喋らせなければならない。そう宣言されたことを室田は忘れていないはずだ。

 西崎は頷いた。


「ヒカル、最低ね。妹大好きも、フリだったのかしら」

 それまで黙って話を聞いていたエレナがボソッと呟いた。

「フリ、とは思えなかったけど。でも、女の人が絡むと変わっちゃうこともあるかもしれないし……」

 聞きかじった恋愛に関する知識をもとに、凪は考えられそうな答えを言ってみた。

「ヒカル、私を騙してばっかり」


 たっぷりと睡眠をとれて、スッキリした顔で起きてきたエレナだが、今はまた、すっかり気難しい顔に戻っている。

 彼女としては、室田の現在の行動うんぬんよりも、自分を欺いていた、ということが許せないらしい。

 苦々しげに吐き出された英語は、意味がわからなくても問題ない言葉だと凪は解釈した。




 玄関からヘンリーが呼ぶ声に、4人は立ち上がった。

 何かあまり良くない用件のようだ。

 外へ出ていくと、ガレージにブルーのつなぎ姿のマイケルがいた。

 グローブのような手の中に、何かが握られている。


「発信機、デス」

 凪には黒っぽい機械、くらいにしか見えなかったが、西崎は

「やっぱりか」

 と、その機械を手に取った。


 マイケルは、自分の車のフロント部分を指差す。

「ココノ、下ニアリマシタネ。オ粗末ナ仕事デス」

 体は大きいが、いつも愛想よく茶目っ気のあるマイケルが、硬い表情になっている。


「念ノタメ、チェックシテ正解デシタ。今日ハ、コノ車ハ使ワナイ方ガイイ」

「ほら、やっぱりそう!アイツら、ここが分かってるのよ!」

 早口でそう言うエレナに、凪も頷きそうになった。

 状況からは、エレナの言うことがもっともらしく思えてくる。

 西崎が舌打ちした。


「ダーウィンかどうかはともかく、こんな物、付けていったやつがいるのは確かだ。もう一度、荷物や家の中も確認した方がいいな」

「あの……警察には……?」

 人の車に勝手に発信機を付けるなど、犯罪ではないのだろうか。

 だが、凪の言葉にすぐに本郷が反対した。


「いろいろ事情聞かれたり、調べられたりすると、また移動ができなくなる。エレナが狙われてるんだとすれば、早めにまずはここを離れた方がいい」

 西崎やヘンリーも同意見だった。


 エレナは強がってはいるものの、明らかに動揺していたし、確かにこの家を離れることを優先した方がいいようだ。

「家の中に入るの嫌だわ。なんか気持ち悪い」

 そう言って玄関脇に腰を下ろしてしまったエレナの隣に、凪も座った。

 ジャネットのトランクに付いていたテープはまだ「もしかして」で済ませられたが、はっきりと実物の発信機など見せられては、誰かがこの家のことを探ろうとしていることに疑いはない。


「いつ……つけられたんだろう?」

 呟いた凪に、エレナはため息をついて首をすくめた。

「いつ、誰が、どこで。―日本語の授業みたい」

 そう言ってから、自嘲気味に笑うエレナに、

「5W1H?」

 凪もそう言って、ぼんやりと笑う。

 くだらない会話でもしていないと、気持ちがざわついて仕方なかった。


 男性陣は車の周りでこれからの動きを相談していた。

 移動にはレンタカーを借りてくることにしたようだ。

「ワタシガ行ッテキマス」

「もう1人、行かなきゃだろ。オレのバイクはチェックしたから、オレので行こうぜ」

 本郷が自分のバイクを指差したが、体の大きなマイケルと二人乗りするには、250ccのバイクは十分な大きさとはいえなかった。


 本郷はなぜか人のバイクの後ろに乗るのは嫌らしく、ヘンリーは慣れない土地で慣れない日本車を1人で運転するのは控えたいと遠慮している。


 英語と日本語が入り混じる会話を聞き取れる範囲で凪が理解しようと努めていると、

「ねえ、レイコのこと、どう思う?」

 エレナが唐突に聞いてきた。視線は靴の先に固定されたまま。

「れい子先生?」

 おうむ返し思わず返してから、凪は考えた。


「正直……まだ信じたい気持ちはあるんだよね……あたしは、ずっといい先生だと思ってたから……でも、れい子先生がウィンガーの研究に関わっていたのは、間違いないし」

 凪の思い出すれい子は、丸顔をほころばせて、いつも笑っている。だが、その裏に別な顔があったのは確かだ。

 エレナがれい子についてダーウィンで聞いたことについて嘘はついていないと、凪は自分の能力で証明してしまっている。


「―エレナちゃんは、嫌いだったんだよね、れい子先生のこと」

 凪がそっと言うと、エレナはチラリとだけ凪を見た。

「いい人だとは思ったわ。私の面倒見てくれたし、いろんな物もくれた。でも、気がついたの。彼女、私の話を聞いてくれない。自分の意見を私が聞くように、そんな風にいつも話をするの。―彼女、私たちで実験していたのよ」


 意図的にウィンガーを作る、なんてことが可能だとして―れい子は何をしようとしていたのだろう?ウィンガーを作り出すこと自体が目的だったのだろうか……

(でも、かべっちとノッキがウィンガーになった後も、先生は前と変わらなかった……)


 男性陣の相談は、本郷がバイクに西崎を乗せてレンタカーを借りてくることでまとまったらしい。

 本郷がバイクのエンジンをかけた時だった。


「あー、こんにちは」

 少し、しゃがれた声が聞こえた。



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