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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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ざわめく朝 ①

 何度かエンジン音を聞いた気がした。

 バイク?バイクの話を誰かしていたっけ……


「そうよ、その音!うるさいわ!」

 部屋から顔を出したエレナが騒いでいる。

「サイレンサー、壊レマシタ。時間ガタテバ、静カニナリマス」

 なぜかマイケルが、廊下でバイクを押していた。大きなバイクだ。

「凪サン、手伝ッテ。ソッチ押シテ」

 バイクを部屋に押し込もうとするが、入り口の敷居をなかなか越えられない。部屋の中にはスクーターや大型バイクが何台も置かれている。

 いや、これは―物理的に入れられるはずがない。


 と、気がついたところで目が覚めた。

 夢の中でもシェアハウスにいたせいか、たちどころに自分がどこにいるか理解できる。

 普段は寝起きの悪い凪だが、お陰ですぐに目が覚めた。

 体を起こし、思い切り伸びをする。

(変な……夢だった)

 バイクにサイレンサー……自分の夢とはいえ、おかしくなって凪は1人でニヤニヤした。


 リビングに降りていくと、西崎は誰かと電話をしているところだった。凪を見ると、右手を上げて応じる。

 傍らのソファでは本郷が寝息をたてていた。ソファから床にかけて大の字になっているという、育ちのいいお坊ちゃんとは到底思えない寝相だ。


 外からドドドド、と重低音が聞こえた。マイケルの大型バイクがガレージに入ってくるのが見える。

 変な夢を見たのは、この音を聞いたせいかもな、と凪は納得した。



 マイケルはコンビニで朝食を仕入れてきてくれていた。

「エレナちゃん、起こしてくるね」

「ああ。警察の方にも了解取れてるから、食べたら早めに移動した方がいいな」

 言いながら、西崎は思い切り本郷を揺さぶる。

「んああ?」

 ソファからずり落ちながら、目を擦る本郷を横目に、凪はリビングを出た。

(意外。本郷、寝起き悪いんだな〜)




 同じ頃、凪が見たらそれこそ「意外」な組み合わせだと思うであろう2人が、車の中からとあるタワマンの入り口を見張っていた。

 蝦名と桜呼である。しかも、乗っているのはピンクの軽トラックという、これもなかなか見ないシチュエーションであった。


「なんだって軽トラなのよ。しかもこの色って。目立つじゃないの」

 場所は絵洲駅から地下鉄で数駅の郊外。タワマンが立ち並ぶ、市内では高級住宅地の部類に入る一帯だ。確かに軽トラックは街並みに不似合いで、桜呼が言うのも、もっともだった。

「姪っ子の好みなのだ。蝦名みりあ、4歳。ピンクは最高にカワイイ色なのだそうだ。軽トラの買い替えに同行してもらったら、この色しか選ばせてくれなかった。お陰で保育園に迎えに行っても、喜んで乗ってくれる!」

「……ああ、確かに。かわいいは最重要事項だわ」

 蝦名の答えに大いに納得した様子の桜呼と、姪っ子が可愛くて仕方ない叔父は表情を変えることもなく、タワマンを見つめ続けている。


「それにしても、一ノ瀬さんの人脈もなかなかだな。アパレルの社長なんて、オレの知り合いにはいないぞ」

「社長じゃなくて、エリアマネジャー」

 バッサリと言い返した桜呼だが、それほど悪い気はしなかったらしい。

「商売柄、知ってただけよ。あんただって、飲食店の経営者は何人も知ってるでしょ」

と、続けた。


「絵洲市にブランドの直営店作るって、大々的に宣伝もして乗り込んできたしね。派手なパーティなんかも開いてたから、顔は知ってたのよ。お店に勤めてる知り合いの子もいたから、探り入れてみたの」


 この非常時に室田と連絡が取れない、と聞いた時、桜呼の脳裏に浮かんだのは花火大会の帰りに見た光景と、その女性にまつわる噂だった。


 夏の絵洲市の花火大会。帰りの雑踏の中、すれ違った人目を引く一団。

 周囲より明らかに華やかで、衆目を集めることを自覚している女性たちと、彼女たちを取り巻く男性たち。室田を含むその男性たちは一目で水商売と分かる出立ちだった。

 女性たちの中の数人は、桜呼には見覚えがあった。


 ここ数年で絵洲市に出店、進出してきた企業の経営者やそのパートナーたち。そのうちの1人、特に目についた人物がいる。

 有名アパレルブランドのエリアマネージャーだ。30代半ばの、相当な美人。ただ若くして地位を築いた裏にはそれなりの噂があり、また少々強引な仕事のやり方が、より良くない噂を呼んでいる。


 全国各地でホスト遊びをしている、というのもそんな噂話の一つとして、桜呼は話半分に聞いていたのだが、その光景を目にして、

(あら、本当の話もあるのね)

 と、思ったのだった。



「まぁねぇ。ああいう仕事してれば、太客掴んでおくのは大事だろうし。でも、室田があの姫沼さんの1番のお気に入りとは、驚いたわ」

 桜呼の言葉に、蝦名は何度も頷く。

 連絡が取れなくなった室田が身を寄せる場所として、もしや、と桜呼が思ったのは、全くの勘だった。というより、他に手掛かりもないので、一応聞いておこう、という程度だったのだが……


 姫沼の絵洲市でのお気に入りが『BLASH』という店の『ヒカル』というホストだと聞いてもまだ半信半疑だった。

『BLASH』で室田と1番仲がいいというホストに多少の心付を渡すと、

「マリカ様が絵洲市に来てる時は、アイツ、マンションに入り浸りみたいだぜ。うまいこと、取り入ったよな〜」

との言葉に、やっと確信を得た。と、同時に

「こんな時に何やってんのよ!アイツ!」

と、声が出たのは仕方ない。


「ふむ、」

 ハンドルに寄りかかりながら、蝦名がため息をつく。

「羨ましい話だ。室田はああ見えて―なかなかやり手だな!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!これだから男は……」

 桜呼に一蹴され、蝦名は慌てて口をつぐんだ。


「妹が大変な時に……しかも、エレナなんてウィンガーまで乗り込んできてる時に、女に夢中って、どういうことよ?!」

 自分が怒られてる訳でもないのに、蝦名は肩を窄めて視線を泳がせた。

 ハンドルをしっかり掴んでキョロキョロするガタイのいい男と、不機嫌な顔の大柄な女性が軽トラの座席に並んでいる様子は、なかなかに人目を引く奇妙さがある。

 通りすがりの若い男性が振り返って二度見したが、当の2人はそんなことは気にしていなかった。


「しかし,40階となるとな。オレの感知能力では限界だぞ。平面より、上下の気配感知の範囲は狭いのだ。―本当にここにいるのか?」

「可能性は高いわ。最近じゃ、彼女がいない時も室田、ここに出入りしてるって同じ店の子が言ってたもの。その子も、この近くに住んでて、何回も見かけてるんですって」

「ふむ。だが、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう。なんとか中に入れないだろうか。エレベーターで上まで行けば、おそらく感知は可能だ」


 2人は揃ってチャコールグレーの建物を見上げた。車の中からは、最上階までは見えない。

 桜呼は、そのまま少し考えてからゆっくり首を振った。

「それは、やめた方がいいわ。最新のセキュリティが売りのマンションだもの。監視カメラもあるだろうし、後からトラブルになったら面倒よ」

「うーむ、これは正面突破で、室田に電話を―」


 蝦名は急に言葉を切って、マンションの入り口を凝視した。

「これは―、うん、室田の気配っぽいぞ!上から降りてきている!」

「マジ?!やったわ!」

 桜呼が指をパチっと鳴らす。

「ちょっと!車動かして!」

「えっ、え?!」

「私たちを見たら、逃げ出すかもしれないでしょ。不意打ちして、締め上げた方がいいわ!」

「し、締め上げ?!」

 蝦名はワタワタとエンジンをかけたが、すぐ動きを止めた。


「どうしたのよ?」

「いや、こっち側じゃなく、向こう側に向かってる……」

「え、あっち側って―駐車場?室田、車持ってた?」

「確か、免許も取ってないと言ってたが」

 桜呼は息を飲んだ。

「もしかして、彼女と一緒とか?」

「むむぅ、ウィンガー以外の気配はオレは分からん―」


 どう動くべきか、2人が迷う間に、

「動き出した!このスピードは確かに車―こっちに周ってくる!」

 マンション脇の道路を蝦名は指差した。

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