ざわめく夜
凪はそうっと階段を降りていった。
リビングにはまだ灯りがついており、かすかな話し声も聞こえる。が、内容まではよく聞き取れない。
凪は少し考えてから、なるべく普通に足音を立ててリビングに向かった。
話し声は止まる気配はない。聞かれても構わない話らしい。
ドアを開けると西崎と本郷がパソコンの画面を2人で覗き込んでいた。
大の男2人だが、その様子はゲーム画面を覗き込んでいる小学生のようで微笑ましい。
「まだ起きてたんだ」
と言ってから、凪は時計を探した。とりあえず言ってみたものの、今が何時か分からない。壁の時計は1時50分を指していた。
本郷が無言で手招きし、画面を指指す。
近づいていってみると、
「アメリカのローカルニュースなんだけどな」
顔を上げた西崎が言った。
パソコンを覗き込んだ凪の目に映ったのは、煙と炎が木々を包む映像だった。
針葉樹の森だろうか。空撮の映像には、白ともグレーともつかない煙の中に、ログハウスのような家が見え隠れしている。一目で、かなり大規模な火事であることは分かった。
「エレナが言ってた、コロラドの隠れ家、だ」
「えっ……」
「ヘンリーたちは、この場所のことは前から知っていたらしくてな。何週間か前から日本人の女の子が滞在してるって、監視してたそうだ。それが急に日本に来ることになって、追いかけてきたってわけだ」
西崎の説明に、あの神社跡にヘンリーたちが突然現れたのはそういうわけだったのかと、今更ながら凪は納得した。
この映像も、ヘンリーたちの仲間が送ってきたものだという。アメリカのネットニュース映像だが、火事の原因は今の所不明だった。
「これって、まさか……」
エレナを狙った放火なのだろうか?さっきまでのエレナとの話からすると、ついそう考えたくなる。
「いや。ダーウィンの身内なら、エレナが今、コロラドにいないことは知ってるだろ。ただ―」
西崎の指が、リプレイを繰り返している画像を停止させる。
「脅し、の可能性はあるな」
本郷も隣で頷いた。
凪は首筋がざわついて、思わず首をすくめた。事態は思ったよりも深刻なようだ。
「エレナちゃん、起こそうか?」
少し考えてから、西崎は首を振った。
「ゆっくり寝てからの方がいいだろ」
凪もホッとして頷いた。
「うん、その方がいいね。さっき、やっと寝たとこだし」
**********
エレナにあてがわれていた部屋は、ジャネットの部屋よりも狭かった。
というか、元はウォークインクローゼットだったところを無理矢理改築して部屋にしたらしく、天井近くに高さ20センチほどの明かり取りの窓があるだけ。まるで監禁用に作られたような、圧迫感のある部屋だ。
ウィンガーであるエレナの逃亡を防ぐには、確かにもってこいの部屋だが、ベッドと机、ハンガーラックで部屋はほぼ埋まり、ソファすらないため、凪が寝る場所はなかった。
「隣で寝れば?そこにいられると、かえって気になるわ」
毛布にくるまり、床の空きスペースに身を横たえようとした凪に、ぶっきらぼうにエレナは言った。
断りきれない空気感に、仕方なく、エレナの隣へ潜り込んだものの、眠れるはずもない。
一応監視役も兼ねているから、凪は寝なくて正解なのかもしれなかったが、隣のエレナも一向に眠る様子はなかった。
「少し外に出てようか?あたしがいたら、眠れないでしょ」
「別に。あなたは関係ない。こんな状況で寝れるはずがないでしょ」
背中を向けたまま、エレナは言った。苛立ちと諦めが入り混じった口調。
「……」
ゴソゴソと凪が布団から抜け出すとエレナが振り向いた。
「目を閉じて。ゆっくり休んで」
エレナの顔を覗き込みながらそう言った凪の背中には、もちろん翼が現れている。
一瞬、驚きに見開かれたエレナの瞼が、次の時には力を失っていた。
ゆっくりと閉じられた瞼をしばらくの間見下ろし、呼吸ご深く安定したものに変わると凪は翼を消した。
**********
「色々あったから……ゆっくり休んでもらった方がいいかと……朝まで寝ててくれると思うんだけど」
散々、同級生には力を使わないとか言ってたくせに、こんな安易な使い方をするのはどうだろう、と凪は思ったが、西崎も本郷もそこは気にしていないようだった。
「ま、そうだな」
「その方が夜中に逃げ出す心配もなくていいかもな」
と、あっさりしたものだ。
「あの様子だと逃げる気はなさそうだけど。飛んで出ていかれると、足音もしないからなぁ」
本郷が天井を見上げる。
「でも、ジャネットの時も気付かなかったんだろ、部屋から出ていったの」
西崎に言われ、本郷は渋い顔で首を振った。
「いや、その前は聞こえてたぜ。その後は確かに電話に気を取られてたけど。マイケルは気がついたはずだ。だけど、落ちる音がするまであっという間で……」
「確かに部屋に戻ってから、また出て階段から落ちるまですぐだよな。なんのために部屋に戻ったのか、分からないくらいだ」
西崎の言い方が凪には気になった。
まるで、西崎もジャネットが階段から落ちた時、ここへいたような言い方だ。
凪の怪訝そうな顔に気が付いたのか、
「ああ、」
西崎は本郷と顔を見合わせた。
「洸から聞いてないか?」
「へ?(アイツ、またあたしに隠し事を?!)」
「律儀なやつだな」
「?!」
笑いながら翼を出した西崎に、凪はますます「?」だらけになっていく。
「そうだな……昼メシ、何食った?」
「は?え……っと」
戸惑う凪の頭に、西崎の手が乗せられる。
「な……?!(摘み上げられるっ?!)」
西崎の大きな手に頭を鷲掴みされている凪の姿は、本郷も面白かったらしい。声を殺して笑うのが聞こえた。
「ふうん、カレーか。パソコンで何見てたんだ?……大学の課題?」
「……んんうぇっ?!」
思わず変な声が漏れる。
「なに……んで?!」
見上げた凪の視線の先で、西崎はニヤッと左の口角を上げて笑った。
「オレ、過去が見えんの。洸の能力と同じ、っていうか反対の能力だ」
触れた人間が過去に見たものを見ることができる、と西崎は解説してくれた。
洸の「未来が見える」能力を知っていたせいか、凪は割とすんなりと受け入れることができた。
(ウィンガーって、なんでもアリだな)
と、どこか達観している自分もいる。
「宙彦にしか教えてないって言ったからな。気使って黙ってたんだろ」
また隠し事をしていた、と凪が憤慨すると思ったのか、西崎は洸を庇うようにそう言った。
(さっきの律儀なやつって、そういう意味か)
どうも洸はすっかり西崎に懐いているようだ。
(でも、次に会ったら嫌味の一つ二つ言わないとね)
まったく困った弟だと、凪はため息をついた。
「あ……じゃあ、みんなには言わない方がいいんだよね?」
「ああ……まあ、そうだな。タイミング見て話したいから、そうしてもらえると助かる。あ、伊達守さんには言ってある」
「いいよなー、特殊能力。オレもなんか出てこないかなー」
本郷はのんびりとそんなことを言いながら、グラスにワインを注いでいる。結局、その瓶は彼1人で空けようとしていた。
西崎が他の空いている部屋を使わせてくれるよう、交渉してくれたので、凪はその後、無事にベッドを確保することができた。
一応、エレナの隣の部屋で、何かあればすぐに気がつくだろう、ということだったが、精神的にも疲労していた凪は、慣れない場所にも関わらず、たちまち眠りに落ちた。




