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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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エレナの懸念 ⑤

 廊下へ出ると、かすかに声が聞こえた。

 少し開いた勝手口を通って、庭の方からだ。

 2階にいるはずの西崎と本郷の声だと、すぐに分かった。


 別にコソコソする必要もないはずだが、そっと足跡を忍ばせて、そちらへ近づいてみる。


 庭をのぞいてみると、どういうわけか2人とも翼を出して、ジャネットが落ちていた辺りに佇んでいた。

 わずかに射し込んでくる街灯の灯りの中、背中に白い翼を広げた男性2人が、額を突き合わせている光景は、なんとも現実離れしている。


 西崎は本郷の肩に手を置いて、小声で話していた。もちろん、ちょっと耳をすませば凪にも会話の内容は聞こえる。

「確かに逃げ出すような時間はないな」

「だろ?ただ、エレナが言ったようにウィンガーが侵入したってなら話は別だけどな」

 本郷から手を離し、西崎は頷いた。が、それから、なんの予告もなく勝手口の方を振り返る。

 ばっちりと目の合った凪は、

「あ、あの、声が聞こえたもんで……」

 先手を打ってドアの外に出た。

 落ち着いてきた気分が、一気に平常運転に戻るのを感じる。


「おう、―上の部屋、見てきたか?」

 覗いていたことを西崎が咎める様子もなくそう聞いてきたので、凪はホッとして首を振った。

 翼を消した西崎と本郷が戻ってくる。

「何してたの?」

「ちょっと気になることを見つけた」

 西崎が浮かない顔で言った。

「マイケルたちにも、聞いてみようぜ。水沢、ちょっと呼んできてくれる?」

 本郷の言葉に、凪は首を傾げつつも、リビングへ戻った。




 ジャネットが使っていたという2階の部屋は、南向きにある3部屋のうちの真ん中だった。

 六畳あるかどうかの、こぢんまりとした部屋だ。目につく限り、ジャネットの荷物はトランクとバッグくらいで、トランクは開けられた様子もない。

 ジャネットがこの部屋を使っていた痕跡は、ほとんど見当たらなかった。荷物を広げることもなく、何をしに階段の方へ出ていったのだろうと、凪は首を傾げた。


 マイケルとヘンリーが、エレナを連れて部屋へ来ると、西崎はジャネットのトランクを倒した。

「ジャネットが置き去りにしていった時は、こんなのついてなかった」

 そう言ってトランク底面の一部を指差す。

 なんのことか凪には一瞬分からなかったが、よく見れば、テープがくっついている。なにかを貼り付けていた跡のようだった。だが―


(何か問題あるかな……)

 凪にはわざわざ人を集めるほどのことには思えない。

 マイケルとエレナも同じだったようで、無表情のまま西崎と本郷を見つめている。

 もう少し説明が欲しい、と言いたげだった。


 ヘンリーだけは身を屈めてテープに触ってみた後、小さく言葉を発した。

「GPS」

 というのが凪にも聞き取れた。

「……えっ」

 一呼吸おいて声を漏らす。

 スパイ映画やドラマじゃあるまいし、と思ってから、大学の同じゼミの子が話していたことを思い出した。


 ―おじいちゃん、ボケちゃってさ〜、GPS発信機、持たせたのに、まんまと置いて出かけちゃって……


(そうだ、割と手軽に手に入るって、言ってたな……)

 ただし、それがどれほどの大きさで、そんな簡単に貼り付けられる物かも凪は知らず、そのために、納得していいものかどうかも、分からなかった。


「ほら!やっぱり!」

 エレナが勝ち誇ったように言ってから、我に返ったようにたちまち青ざめたのは滑稽なほどだった。

「確かに、それならジャネットの居場所を突き止められたのは、分かるけどな」

 本郷がテープ痕を見ながら腕組みをする。

「でも、いつ貼ったんだよ?室田のマンション出てから、ここに来るまで、寄ったのはメシ食った時くらいだし。その時だって、トランクは車に入れっぱなしだっただろう?」

「ジャネットが自分でやったのかもしれないわ!居場所を知らせるために」

 エレナの意見に、西崎はすぐに首を振った。


「だったら分からないように、自分のバッグにでも入れておけばいい。誰かに見られる可能性のある場所に貼っておく必要はないだろ」

 マイケルが軽く咳払いをした。

「アー、発信機、ツケラレテタコト、決定シタワケジャ、アリマセン。可能性ノ話デスネ。コノ家ノ場所ガ、ダーウィン達ニ分カッタノハ、ソレデ合理的二説明デキマス。ガ、イツ、ドコデ、付ケラレタノカハ説明デキナイ。ソレナラ、最初ノ仮定ガ間違ッテイルノデハ、ナイデスカ?」


 西崎はふうっと息を吐いた。

 反論するのかと凪は思ったが、

「そうだな」

 意外にも西崎はあっさりと認めた。

「一回、先入観無くして、検討しないとな」


 エレナが全員を見回す。その顔は不安を隠そうともしていなかった。

「ダーウィンがお前を狙っていることは、もちろん可能性として除外してない」

 その様子を見て西崎が声をかける。


 西崎とヘンリー、そしてエレナが話し込む間、凪はしゃがんでジャネットのトランクに触ってみた。

 テープは―両面テープだろうか―確かに急いで剥がしたような残り方だ。そして糊面が汚れていないことから、剥がされてそう時間が経ってないことは凪にも分かる。


 ふと気になって、凪は傍らの本郷を見上げた。

「ねえ、あの……この中身、大丈夫なの?その……ジャネットさんがダーウィンに情報流してたとしたら……盗聴器とか?」

 本郷はちょっとバツの悪そうな顔になった。


「ん……まあ、大丈夫だった。一応な、非常事態だから確認した」

 なるほど、鍵を見つけてすでにチェック済みということらしい。

「マイケルがスマホも調べてくれたよ。確かにミッキーにはこまめに連絡してるけど、その他に怪しい通話履歴もメールもないってさ。短時間だから、ざっと見ただけだけど」

「スマホ、ロックされてなかったの?」

「ああ、顔認証だけだったから」


 その意味、というかシチュエーションを凪は考えた。

(顔……死体の、ってこと……だよね?)


 庭で倒れているジャネットの顔にスマホをかざし、立ち上げているマイケル……冷静に連絡先をチェックし……


 なんとも言えない、微妙な表情で凪が本郷を見ると、彼も同じ表情を返してきた。




「とりあえず、今日は遅いから移動は明日にしよう」

 話がまとまったらしく、西崎がそう宣言した。

「警察にもいつでも連絡取れるようにしとけって言われたそうだし。一言いってから、移動した方が怪しまれないだろ。場所はヘンリーたちが確保してくれる。水沢、悪いけどエレナと同じ部屋に泊まってくれるか?」


(それは、もう決定事項ってことだよね……)

 と、凪は言いたかった。だがエレナの言う通りにダーウィン・ミッションが、またそうでなくても何者かが侵入してジャネットに危害を加えたとすれば、エレナを1人にしておくのは危険だろう。張り付いているなら、同性の自分がいいに決まっている。

 もしジャネットの死が事故だとしても、不安そうな様子のエレナをこの男性陣に任せて帰るのは、少し薄情な気がした。


「いいよ」

 凪は短く答えた。



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