エレナの懸念 ④
西崎と本郷が心配そうに凪を見ている。
エレナは胸を張って不貞腐れ顔をしているし、外国人男性2人はというと、なんだかブツブツ言いながら睨み合っていた。まあ、正確に言えば、睨みながらブツブツ言っているのはマイケルで、ヘンリーは意味深な笑顔で、時折り相槌を打っているだけだ。
「エレナが全部、本当のことを話しているなら、ヘンリーたちが保護してくれるって言ってるんだ」
西崎が通訳してくれる。
「ただし、その条件として、水沢の力でエレナに今の話の確認をとって欲しいそうだ」
そういうことか、と凪は納得した。
(あたしの能力を、実際に見てみたいわけだ―それにしても……)
「保護って……マイケルさんたち、その……なんというか、ダーウィン・ミッションレベルの組織なの?」
「そうみたいよ」
答えたのはエレナだった。
「私が思ってたより、隠れウィンガーのコミュニティって、いろいろあるのね」
凪たちが来る前に、ヘンリーたちの素性を聞いていたのか、エレナは納得した表情だ。だが、あまり顔色は冴えない。
「保護なんて、言い方が違うだけ。監禁でしょ?」
ボソッと吐き捨て、ため息をつく。
「でも、殺されるよりいいわ」
エレナは頑なに、ジャネットは殺されたと信じているようだ。
凪が西崎の方を見ると、ヘンリーに目配せしてから頷いた。
「保護してもらえるとしたら、こいつらのところは現時点で最適だ。本当に命を狙われてるならな」
「いったい、マイケルさんたちって……」
答えてもらえると思ったわけではなかったが、
「ウィンガーの支援者は、ダーウィンだけに集まっているわけじゃない」
西崎はすぐに言った。
「いいこととは限らないがな、そういう支援者って言われる人間と、そいつらが囲いこんだウィンガーで、世界中にいくつも派閥みたいなグループが出来てきている。小さいグループ同士でくっついたり、仲間割れしたり、かなり流動的な情勢だけどな。ヘンリーたちのグループは、知っての通り、アーククラスのウィンガーを多く集めてる。数ではダーウィンには敵わないけど、かなり有力なバックも付けてるんだ」
「それは……すごいね」
凪は他の言葉を探せなかった。なんだかハードボイルドなドラマを思わせる話だが、
「アメリカって、そんなことになってるんだね……」
言いながら、アメリカのウィンガー登録数を思い返してみる。
「アメリカだけじゃなく、グローバルな話」
本郷がニヤッとしながら口を挟んできた。
「実際のところ、登録者より隠れウィンガーの方が数は多くなってると思う。まあ、隠れウィンガーの正確な数は分からないけどな」
「えぇ……」
思わず変なため息を漏らした凪に、追い打ちをかけるように西崎が続ける。
「絵洲市の隠れウィンガーが問題にされてても、所詮はそうやって外国から流れてきたウィンガーが大半だろ。日本人のウィンガーは真面目に登録されてる。オレたち以外は。今の世界的な流れからすると、これって結構特殊なお国柄なんだぜ」
「そうなの?!」
自分も未登録ウィンガーであるにも関わらず、登録は当たり前、と思っていた凪にとって、これは予想外の話だった。
ヘンリーとマイケルは同意するように頷きながらこちらを見ている。
「どうする?」
西崎に聞かれて、エレナを見た。
挑むような眼差しは戻ってきているが、膝の上で忙しなく動く指と、顔色の悪さがエレナの怯えを示している。
「エレナちゃんが、それでいいなら」
凪が頷くと、エレナも小さく頷いた。
「見たこと、聞いたこと、全て本当のことを話して。英語で構わないから」
翼を出してそう命じた凪に、エレナは先ほどまでとほぼ同じ内容を話した。
ヘンリーはエレナの話よりも凪の翼に興味があるようで、近くに来るとさまざまな角度から漆黒の翼を観察した。
「Wow……So cool」
触りはしなかったが、至近距離でまじまじと見た後、
「Beautiful!」
キラキラした笑顔で真正面から言われ、凪は少々のけぞった。翼を出してなかったら、椅子から崩れ落ちてたかもしれない。
「エレナの話、聞けよ!」
思わず、言い返した凪の肩を西崎がポン、と叩く。
「分かってるわ!」
と、これにも言い返してから、
「ああー!もう!」
と、本郷にグラスを突き出した。
「はいはい」
本郷は抵抗もせず、グラスに氷を入れウイスキーを注ぐ。
「どうぞ、女王さま」
うやうやしく差し出す本郷に、
「こら」
睨みをきかせてから受け取った。
ヘンリーはそんな様子もニコニコと見ている。西崎に何か囁いたが、凪にはなんのことかよく分からなかった。
とりあえず、エレナの言っていることに嘘はないと納得はしてくれたらしい。
「イロイロ準備シマスネ」
パソコンに向かったヘンリーを横目に、ため息をつきながらマイケルが言った。
マイケルとしては納得いかない様子だが、ヘンリーの方が立場が上なのか、エレナの引き取りについて異議を挟もうとはしない。
「ジャネットのいた部屋、見せてもらっていいか?」
「OK、構イマセン」
西崎が本郷を促して立ち上がる。
一緒に行くか、凪は考えたが、そのまま座っていることにした。
エレナはまだ凪に喋らされた影響が残っているのか、トロンとした目つきでぼんやりとしている。
少し戸惑ったが、凪は移動してエレナの隣にストンと腰をおろした。
ソファのはずみにエレナの視線が彷徨い、凪の方を見た。
(まだあたしの力の影響が残ってるな……今のうちなら……)
「ねえ、あたし、エレナちゃんとそんなに仲良くしてたと思ってなかったんだけど。小学校の時ね、優しくした記憶もない。あたし、そんなに親切にした?」
ジィーっと凪を見つめる茶色の瞳が、次第に悲しそうな色を帯びる。
「そうなの?」
エレナは拗ねた子供のような口調で言った。
「そうだよ」
速攻で言い返してから、
(あれ……)
凪は自分の精神状態もまだ通常に戻っていないことに気付いた。小さく舌打ちし、
「ま、いいか」
と呟く。
「私が何か言った時、あなたは他の人みたいに、そんなのおかしいとか、違うとかすぐに言わなかった。アメリカではどうなの?って、聞いてくれた」
悲しげな表情のまま、エレナは言った。
「そうだったかなあ」
凪にはそんな会話をした覚えはない。
「そうよ」
今度はエレナが速攻で返してきた。
「そう言えば、ゴミ箱がどうのこうの言ってたでしょ。あたし、それも覚えてないんだけど」
「水沢サンは、忘れん坊なのね」
その言い方がひどく子供っぽくて、凪は思わず眉をひそめる。
エレナはテーブルの空き缶をまだぼんやりした眼差しで眺めながら続けた。
「あの人、ほらクラスで一番背の高い子、一ノ瀬サン……だっけ、私にゴミを捨ててきてって言ったのよ。私、どこに行ったらいいのかも分からないのに。ボン、って大きなゴミ箱渡して。みんな、笑ってたわ」
教室、昇降口、理科室、視聴覚室……
凪の脳裏に掃除をしたことのある場所がいろいろと浮んだが、エレナの言うような出来事は……あっただろうか。
「じゃあねって、みんないなくなって、水沢サンだけが、一緒に捨てに行こうって言ってくれたの。水沢サンと初めて喋ったの、その時よ」
かすかに映像が浮かんだ。
転校生、しかも少し日本語が辿々しい女の子と2人、なにかを抱えて廊下を歩いている。
「あれゴミ箱だったか……」
くだらない記憶だな、と口に出しそうになるのを必死にこらえた。
エレナには印象に強く残る出来事で、当然相手も覚えているものと思ったのかもしれない。
「あの後、よく喋るようになったでしょ、あなたと。でも、いつもあの2人がくっついてて……タマと、サヤ?だっけ?あの子たちは、イジワルだったわ」
独り言のように訥々と話していたエレナが、不意にブルブルっと頭を振った。
隣に凪がいることに、やっと気がついたかのようにパチパチと瞬きしてから、吹き出すように笑う。
「すごいわね、本当に人を思い通りに操れるのね」
「え?あ、いや、そういう能力じゃ……」
エレナはため息をついて、ソファに寄りかかった。
「私、あのクラス、好きじゃなかったわ。イジワルな子ばっかり。でも、あなたは親切だったから……中学校に行ってからも、きっと会えると思ってたの」
視線は下を向いているが、でも話し方はほとんど元に戻っている。
「それは……期待を裏切って悪かったけど。でも、あたしはウィンガーとはもう関係しないつもりだった。同級生のみんなのことも、忘れようと思った。だからタマちゃんや、サヤちゃんともほとんど連絡とってなかったよ」
凪の方は、まだ翼の影響で気分が昂りがちなことを感じていた。
勝手に思い込んで、キャラ付けされても困る。キッパリとエレナの思い込みを否定してやりたがったが、深呼吸をしてなんとか抑えた。
それに、エレナももう分かっているはずだ。
凪はそれ以上は何も言わず、立ち上がった。




