エレナの懸念 ③
「たす……ける?」
凪は思わずその言葉を繰り返した。
「ジャネットはダーウィンの奴らに殺されたって言いたいのか?次は自分が狙われるって?」
西崎が横から口を挟む。
「あーあ、今度は自分が狙われるから、助けろって?ずいぶん調子のいい話だな」
本郷は呆れ顔でそう言うと、背もたれにもたれかかった。
黙然と天井を仰ぐその顔が、いつになく近寄りがたい翳りを帯びていて、凪はゾクリとした。
強い感情を押し殺した無表情。
「だって、莉音もジャネットも本当に殺されてるのよ!死にたくないの、当たり前でしょう!」
「エレナちゃん、落ち着いて」
自分の方へ身を乗り出すエレナに、凪は反射的に言った。
ハッとしたように、エレナが座り直す。
自分の力が作用したのかどうか、凪にもよく分からなかったが、エレナは黙って大きく息を吐いた。
エレナが少し落ち着いたのをみると、西崎が口を開いた。
「お前の言う通り、ダーウィンの奴らがここまで来たっていうなら―オレたちを追跡してきたってことだよな。気が付いたか?」
問いは、マイケルに向けられている。
「ノー。ココニ来タ時、周リニ車ハ、イマセン。今日モ、怪シイ人ハ、見テマセン」
マイケルは首を振りながら即答した。
「ジャネットが倒れてるの見つけた後、すぐに家の周りをマイケルが確認してる。怪しい車も見かけなかった」
本郷も補足する。
刺客、なんてものがいたとして、足の便の悪いこの場所へ来るなら車が必要だろう。リビングからは、家の前の道路の様子もよく見える。
「バイクの音を聞いたわ」
エレナは本郷を見て言った。
「あなた、さっきバイクで来たでしょう?あの音で思い出したの。2階で―ジャネットが落ちる音がして、その後すぐに走っていく音が聞こえたわ」
「オレは、気がつかなかったな」
本郷がマイケルの方を見ると、マイケルは少し考えこんだ。
「聞イタ……カモシレマセン。デモ、イツダッタカハ、分カラナイ」
「たとえ、そんなバイクのやつがいたとしても、どうしてこの家にお前らがいることが分かったんだ?」
西崎が口を挟んだ。
「ここに来た時に、ついてきてる車も、バイクもいなかったぜ」
エレナとジャネットのスマホなどは、その前から取り上げていたから,ジャネットがダーウィンに連絡をしていたとも考えられない。
エレナは唇を噛み締めた。
「あの人たち―ダーウィンなら、どうにかしたかもしれないわ。今だって、どこかから監視してるかも……」
怯えたように窓の方を見る様子は演技とは思えない。
「お前なぁ、自分が命の危険を感じるような連中と、オレたちを取引きしようとしてたのかよ。正直に話したからって、許されると思ってるのか?」
呆れ口調の本郷に、
「話にならないな」
西崎も同調する。
ずっと黙って聞いていたヘンリーが何か話しかけてきた。西崎と二言三言、言葉を交わすうち、凪に聞き取れたのはいくつかの単語だけだったが、
「エレナ・モリィって、昔からこんな性格だったのかって。ウィンガーになったことで、性格が歪んだなら、面白い症例だとさ」
西崎が苦笑混じりに通訳してくれる。
「しょ、症例……?」
凪がエレナを窺うと、ひどいしかめ面が目に入った。
「私の名前はエレナ・カーライルよ。森、はお母さんの苗字。勝手に名前変えられて、とても嫌だった」
「え、そっち……?」
思わず凪は突っ込んでしまったが、性格が歪んでいるという指摘よりも、名前の方が気になるとは、予想外の反応だ。
「エレナ・モリィって、呼ばれるの、もしかして嫌だった?」
凪の問いに、エレナは間髪入れず頷いた。
「もしかしてもなにも―バカにされてるって思った。みんな、ふざけてそう呼んだでしょ」
「ふざけてた……かもしれないけど、バカにしてはいないよ。でも、ごめん。嫌がってるとは思わなかった。エレナちゃん、いつもニコニコしてたから」
「ニコニコなんて―」
エレナはグッと言葉を飲み込んだ。
「当たり前じゃない!」
幾分、挑むような強気な眼差しが戻っている。
「知らない場所で、知らない人とうまくやっていかなきゃないのよ!貧乏で学校の物も、貰い物ばっかりだし。可愛い顔して愛想良くするしかないの!」
小学校時代のエレナのイメージが、凪の中でガラガラと音を立てて崩れていた。
小柄で華奢で、ちょっと頼りなさそうな笑顔の裏の顔があったとは。
「オレはお前とはろくに喋ったこともなかったけど、今の言動を見る限り、元から性格は良くないみたいだな」
言った後に西崎は同じことを英語でヘンリーに伝えた。
ヘンリーは肩をすくめ、エレナは
「それで結構よ!」
と、吐き捨てた。
「冷静に考えて、オレたちがお前を庇うメリットはないよな。そもそも、本当にダーウィンの仕業かも分からないだろ?」
しばしの沈黙の後、本郷が口を開く。
西崎、ヘンリー、マイケルが頷く中、凪は隣の西崎の顔を上目遣いで窺った。
ジロリと自分を横目で見返したその顔が、
(言いたいことがあるなら言え)
と、言っているようで、凪は慌てて視線を外した。
「あの……でも、莉音ちゃんのことを知ってたのは間違いないんでしょ?ジャネットさんのことに、ダーウィンの人たちが関わっているかどうかは分からないけど……関係ないとしても、もしかしたら、エレナちゃんがジャネットさんに何かしたって……思われたりしないかな……って」
言いたいことが伝わればいいが、と思いながら、凪はエレナから壁に貼られた写真、マイケル、ヘンリーの指先と視線を彷徨わせた。最終的にもう一度西崎を見ると、先程と、同じ眼差しながら、小さく頷いたので、凪はホッとした。
「確かに。ここまでベラベラ喋った後で、ダーウィンに戻ったところで、ただで済みそうにはないな」
「そりゃあ……そうだろうが」
ため息混じりに本郷も西崎に同意した。
「Hey、オトヤ」
マイケルに通訳してもらいながらやり取りを聞いていたヘンリーが、また声をかけてくる。
手招きに応じ、西崎は立ち上がった。
小声の英語でのやり取りが始まる。
別に聞かれてはいけない話ではないようだが、時折、睨むような西崎の眼差しが自分とエレナに注がれるのが、凪には心地悪かった。
やり取りを聞く本郷も気遣わしげに凪を見てくる。
エレナはというと、無表情のままジッと視線を落としていた。
(というか……ここで英語分からないの、あたしだけじゃん)
自分だけがこの会話から取り残されている状況に、凪はなんとか部分的にでも会話を聞き取ろうと集中した。
聴力的にはもちろん、聞き取れている。苦手意識も相まって、英語だいうだけで、音としてしか耳に入っていない、というのが凪の場合、正しい。
(え……もしかして……)
聞き取る言葉の内容よりも、自分をチラチラ見るヘンリーの視線で、それは確信に変わった。
「いいわよ。そのつもりで、彼女を呼んだって、言ったでしょ」
ちょっと投げやりにエレナが言った。
「水沢さん、早く確かめてよ。あなたの力で」




