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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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エレナの懸念 ③

「たす……ける?」

 凪は思わずその言葉を繰り返した。

「ジャネットはダーウィンの奴らに殺されたって言いたいのか?次は自分が狙われるって?」

 西崎が横から口を挟む。


「あーあ、今度は自分が狙われるから、助けろって?ずいぶん調子のいい話だな」

 本郷は呆れ顔でそう言うと、背もたれにもたれかかった。

 黙然と天井を仰ぐその顔が、いつになく近寄りがたい翳りを帯びていて、凪はゾクリとした。

 強い感情を押し殺した無表情。


「だって、莉音もジャネットも本当に殺されてるのよ!死にたくないの、当たり前でしょう!」

「エレナちゃん、落ち着いて」

 自分の方へ身を乗り出すエレナに、凪は反射的に言った。

 ハッとしたように、エレナが座り直す。


 自分の力が作用したのかどうか、凪にもよく分からなかったが、エレナは黙って大きく息を吐いた。


 エレナが少し落ち着いたのをみると、西崎が口を開いた。

「お前の言う通り、ダーウィンの奴らがここまで来たっていうなら―オレたちを追跡してきたってことだよな。気が付いたか?」

 問いは、マイケルに向けられている。


「ノー。ココニ来タ時、周リニ車ハ、イマセン。今日モ、怪シイ人ハ、見テマセン」

 マイケルは首を振りながら即答した。

「ジャネットが倒れてるの見つけた後、すぐに家の周りをマイケルが確認してる。怪しい車も見かけなかった」

 本郷も補足する。


 刺客、なんてものがいたとして、足の便の悪いこの場所へ来るなら車が必要だろう。リビングからは、家の前の道路の様子もよく見える。

「バイクの音を聞いたわ」

 エレナは本郷を見て言った。

「あなた、さっきバイクで来たでしょう?あの音で思い出したの。2階で―ジャネットが落ちる音がして、その後すぐに走っていく音が聞こえたわ」

「オレは、気がつかなかったな」

 本郷がマイケルの方を見ると、マイケルは少し考えこんだ。


「聞イタ……カモシレマセン。デモ、イツダッタカハ、分カラナイ」

「たとえ、そんなバイクのやつがいたとしても、どうしてこの家にお前らがいることが分かったんだ?」

 西崎が口を挟んだ。

「ここに来た時に、ついてきてる車も、バイクもいなかったぜ」

 エレナとジャネットのスマホなどは、その前から取り上げていたから,ジャネットがダーウィンに連絡をしていたとも考えられない。

 エレナは唇を噛み締めた。


「あの人たち―ダーウィンなら、どうにかしたかもしれないわ。今だって、どこかから監視してるかも……」

 怯えたように窓の方を見る様子は演技とは思えない。


「お前なぁ、自分が命の危険を感じるような連中と、オレたちを取引きしようとしてたのかよ。正直に話したからって、許されると思ってるのか?」

 呆れ口調の本郷に、

「話にならないな」

 西崎も同調する。


 ずっと黙って聞いていたヘンリーが何か話しかけてきた。西崎と二言三言、言葉を交わすうち、凪に聞き取れたのはいくつかの単語だけだったが、

「エレナ・モリィって、昔からこんな性格だったのかって。ウィンガーになったことで、性格が歪んだなら、面白い症例だとさ」

 西崎が苦笑混じりに通訳してくれる。

「しょ、症例……?」

 凪がエレナを窺うと、ひどいしかめ面が目に入った。


「私の名前はエレナ・カーライルよ。森、はお母さんの苗字。勝手に名前変えられて、とても嫌だった」

「え、そっち……?」

 思わず凪は突っ込んでしまったが、性格が歪んでいるという指摘よりも、名前の方が気になるとは、予想外の反応だ。


「エレナ・モリィって、呼ばれるの、もしかして嫌だった?」

 凪の問いに、エレナは間髪入れず頷いた。

「もしかしてもなにも―バカにされてるって思った。みんな、ふざけてそう呼んだでしょ」

「ふざけてた……かもしれないけど、バカにしてはいないよ。でも、ごめん。嫌がってるとは思わなかった。エレナちゃん、いつもニコニコしてたから」

「ニコニコなんて―」

 エレナはグッと言葉を飲み込んだ。


「当たり前じゃない!」

 幾分、挑むような強気な眼差しが戻っている。

「知らない場所で、知らない人とうまくやっていかなきゃないのよ!貧乏で学校の物も、貰い物ばっかりだし。可愛い顔して愛想良くするしかないの!」

 小学校時代のエレナのイメージが、凪の中でガラガラと音を立てて崩れていた。


 小柄で華奢で、ちょっと頼りなさそうな笑顔の裏の顔があったとは。

「オレはお前とはろくに喋ったこともなかったけど、今の言動を見る限り、元から性格は良くないみたいだな」

 言った後に西崎は同じことを英語でヘンリーに伝えた。

 ヘンリーは肩をすくめ、エレナは

「それで結構よ!」

 と、吐き捨てた。


「冷静に考えて、オレたちがお前を庇うメリットはないよな。そもそも、本当にダーウィンの仕業かも分からないだろ?」

 しばしの沈黙の後、本郷が口を開く。

 西崎、ヘンリー、マイケルが頷く中、凪は隣の西崎の顔を上目遣いで窺った。


 ジロリと自分を横目で見返したその顔が、

(言いたいことがあるなら言え)

 と、言っているようで、凪は慌てて視線を外した。

「あの……でも、莉音ちゃんのことを知ってたのは間違いないんでしょ?ジャネットさんのことに、ダーウィンの人たちが関わっているかどうかは分からないけど……関係ないとしても、もしかしたら、エレナちゃんがジャネットさんに何かしたって……思われたりしないかな……って」

 言いたいことが伝わればいいが、と思いながら、凪はエレナから壁に貼られた写真、マイケル、ヘンリーの指先と視線を彷徨わせた。最終的にもう一度西崎を見ると、先程と、同じ眼差しながら、小さく頷いたので、凪はホッとした。


「確かに。ここまでベラベラ喋った後で、ダーウィンに戻ったところで、ただで済みそうにはないな」

「そりゃあ……そうだろうが」

 ため息混じりに本郷も西崎に同意した。


「Hey、オトヤ」

 マイケルに通訳してもらいながらやり取りを聞いていたヘンリーが、また声をかけてくる。

 手招きに応じ、西崎は立ち上がった。


 小声の英語でのやり取りが始まる。

 別に聞かれてはいけない話ではないようだが、時折、睨むような西崎の眼差しが自分とエレナに注がれるのが、凪には心地悪かった。

 やり取りを聞く本郷も気遣わしげに凪を見てくる。

 エレナはというと、無表情のままジッと視線を落としていた。


(というか……ここで英語分からないの、あたしだけじゃん)

 自分だけがこの会話から取り残されている状況に、凪はなんとか部分的にでも会話を聞き取ろうと集中した。

 聴力的にはもちろん、聞き取れている。苦手意識も相まって、英語だいうだけで、音としてしか耳に入っていない、というのが凪の場合、正しい。


(え……もしかして……)

 聞き取る言葉の内容よりも、自分をチラチラ見るヘンリーの視線で、それは確信に変わった。

「いいわよ。そのつもりで、彼女を呼んだって、言ったでしょ」

 ちょっと投げやりにエレナが言った。

「水沢さん、早く確かめてよ。あなたの力で」



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