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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
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13話

 隼也がスマホを眺めていると、

「桜木さん…?」

「あ、凪ちゃん。あれ、仕事もういいの?」

 目の前に現れたのは、モコモコのパーカー姿の凪だった。


 2階の店に上がる階段の下、手持ち無沙汰な様子の隼也に、凪も不思議そうに首を傾げながら、小さく二階を指差した。

「団体のお客さん帰ったし後は大丈夫だから、上に協力してあげた方がいいって、言われて…」

「そっか、助かるよ。いや…」

 凪の探るような視線に、隼也は口ごもった。


「さっき、未生が来てさ。かなり、怒ってて。友達の方もちょっと興奮状態で…一旦、席外せって上司に言われてね」

 気まずそうに、視線を逸らし、をポケットへ手を突っ込む。

 凪は黙って、隼也のそばに立った。今はまだジーズに行かない方がいいと、分かったらしい。


「少し、落ち着いたら須藤さんーオレの上司の人が呼びに来てくれるから」

 未生と違ってこの子は、立て続けに質問してきたりしないのが助かる。隼也は肩の力を抜いた。


 何しろ、あまり口数の多くない子だから、会話をしようにも途切れがちだが、それでも不思議と気づまりな感じはしない。

 夜の風は結構冷たく、このまま外で待たせるのは悪いが、須藤ならなんとか場を取り繕ってくれるだろうと、隼也はタカを括っていた。


「あ、そういえば何日か前に、デカい外国人と喋ってなかった?」

 不意に、話のネタを思い出してそう言うと、凪は驚いたように隼也を見上げた。

「ほら、大学の近くのボルダリングジムのところで、黒人さんのー」

 大きく凪は頷き、

「マイケルさん…」

 と呟いた。

「身長、2メートルあるそうです。英会話教室の先生やってて…」

 口元に微かな笑みが浮かぶ。

「結構、子供にも人気あるって、ご本人は言ってましたけど」

「えー?かなり、ゴリマッチョな体してたよな。オレ、信号待ちの車の中から見たんだけど、一瞬、凪ちゃんが絡まれてるのかと思ったよ」


 それは、事実だった。

 先週、保護したウィンガーの関係者に話を聞いて回った帰りのことだ。運転中だし、結構離れてはいたが、声をかけた方がいいだろうかと一瞬、逡巡した。だが、次の瞬間、大男は黒い顔に、白い歯をクッキリと見せて、胸を逸らせた。太い笑い声が、隼也まで届いた。


「一緒にいたのが、知り合いで。あそこのボルダリングの体験に来てたんです。それで、まあ、英会話教室どう?って言われて…一生懸命断ってました」

「え、え?凪ちゃん、ボルダリングとかするの?」

 見た目からして、スポーツにはあまり興味のなさそうなタイプかと思っていたので、思わず隼也は食い気味に突っ込んでしまった。

 凪が、顔を赤らめる。


「たまに…週一くらいで、通ってるんです。運動不足だから…」

「へえ、なんか、意外。テニスとかもしないって、未生から聞いてたから。体動かすの好きじゃないのかと思ってたよ」

 困ったように、凪はひとつ結びにした髪を引っ張った。

「いえ、あの、球技は本当にダメですよ。テニスも1回やってみたけど、ホームランばっかりで、全然コートに入んないんです」

 体格の割にパワープレーらしい。


「ラケットに当たるなら、後は慣れっていうか…やってらうちに力加減とか角度とか、できるようになるもんだよ」

 隼也自身が体で覚えるタイプだから、そんなアドバイスしかできないが、全く運動神経に恵まれない子なら、空振りするか、ネットを越えないかだ。

(そういえば、この子、ふくらはぎとか、なかなか筋肉質なんだよな)

 そんなことを考えていると、上から足音がした。


「お待たせしてすいませんね。今、下のお店に連絡したら、もう上に行ったはずです、って言われましたよ」

 いつも通り、にこやかな顔で、須藤が階段を降りてくる。

 いつも通り、のはずだ。だが、ライトの加減なのか、くっきりと陰影のついた須藤の笑顔は、なんだか言いようのない凄みを感じさせた。


 奇妙な感覚に、隼也はなぜか首筋がざわついた。冷え込んできた空気のせいではない。

 須藤は、凪を真っ直ぐ見つめて、下までやってきた。

「水沢凪さん、ですね。まさか、こんなところで野宮(のみや)れい子クラスの出身者に会うとは、思いませんでしたよ」

 凪の顔から、表情が消えた。


(ノミヤレイコ…?誰だっけ…)

 隼也は必死に考えた。

 確かに聞いたことのある名前だ。しかも、そう昔に聞いた名前ではない。仕事に…ウィンガーに関係のある名前…

「あ!小学生が立て続けに発現したクラスの…最初の2人の担任!…って、凪ちゃん、あのクラスだったのか?」

 思わず声が大きくなりかけて、隼也は慌てて口に手を当てた。


「あれ、でも地元、未生と同じなんだよな?」

「中学になる時に引っ越したんです。それっきり…」

 凪は小さくそれだけ言い、口をつぐんだ。

 大きな目が、須藤を見返す。怒っているわけでも、驚いているわけでもない。なんの感情もない瞳は、ゆらりと隼也を捉え、また須藤を見つめた。


「あまり、自分から話題にするような話でもないので。…アイちゃんから聞かれましたか?」

 相変わらず、須藤はニッコリと頷いた。

「うちの部下が、いろいろ話聞いてもらったみたいですね。ご迷惑かけたんじゃないかって、気にしてましたよ。彼女の方のことは、私の方で出来る限り対処しますので、安心してください」

「いえ、迷惑なんてことは…」

 隼也は、小さく首を振る凪と須藤を見比べながら、口を開きかけたが、須藤がポン!と叩かれ、黙り込んだ。

「後で説明するよ。水沢さんをいつまでも外に立たせてるわけにいかないでしょ。ー水沢さん、ジーズで少しお話しを聞かせて下さい。お友達も来てますから」




『臨時休業』の張り紙がされた入り口ドアを開けた途端、

「ナッピ!」

 未生が、凪に駆け寄ってきた。

 フワッと、アルコールの香りがする。ここへ来る前に、友人の菊森彩乃(きくもりあやの)と食事をし、2人でそれなりに飲んできたらしい。



 未生と彩乃がやってきたのは、先に着いた須藤に、隼也が事の顚末を説明している最中だった。

 2人ともほんのり頬を染め、上機嫌でけらけら笑いながら入ってきて、未生は当然のことながら、隼也を見て驚いた。


 最初は、偶然居合わせたとばかり思ったようだが、わけを話し、隼也の勤務先が警備会社でなく、未登録翼保有者対策室だと聞くと、

「騙してたの?!」

 まず金切り声を上げた。

 その未生の怒りよりも、彩乃の怒りと混乱は何倍も酷かった。

 同棲中の恋人がウィンガーだとは、全く知らなかったらしい。


「絶対、嘘!翼見たわけじゃないんでしょ?!なんでウィンガーだってわかるのよ!」

 興奮し、涙まじりに叫ぶ。

(芝居だとしたら、大したもんだよな…知らなかったのは、本当か…)

 と、考えた隼也に、

「そうだよ!いきなり追いかけられたら誰だって逃げるじゃない!それだけで、ウィンガーなんておかしいでしょ!」

 未生が詰め寄った。

「いや、そういうことじゃなく、こっちも確証が…」

「隼くんの言うことなんか、信じらんない!」

「あんた、ナオちゃんになんか恨みでもあるの?!なんでこんな嘘つくのよ!」

 女性2人の集中砲火を浴びることになった隼也に、

「ちょっと席を外して。後で呼ぶから」

 さすがの須藤も、ため息混じりにそう告げたのだった。



 須藤がなだめてくれたのだろう、未生は先ほどよりは随分穏やかになっていたが、隼也とは目を合わせようとしない。

 わざとらしく、凪だけに今も話しかけていた。


「彩ちゃん、この子がナッピ。ここの下の居酒屋さんでバイトしてるの」

 一番奥のテーブル席に腰を下ろしていた彩乃の元へ、未生は少し強引に凪を引っ張っていった。

 顔を上げた彩乃の頬に、泣きはらした跡がある。

 彩乃は隼也の方に、恨みがましい視線を向けてから、凪には小さく頭を下げた。


 未生とよく似た雰囲気だ、というのが最初に彼女を見た時の隼也の感想だった。

 一見しただけで、趣味や興味のあることに共通点が多いのだろうな、と分かる。

 明るく染めた髪はきれいに整えられ、耳にはリボンモチーフのピアス。化粧は濃い。


 駅近くのファッションビルで、店員をしているというだけあって、服にも気を使っているのは分かる。

 ただ、なんというかー

(安っぽいんだよなぁ、未生と並ぶと特に)

 自分の彼女を贔屓目に見るのは仕方ないだろうが、それが隼也の心内の感想だった。

 それは、所々はげかけたネイルや、形の崩れたバッグのせいでもあったが、怒っているというより、ふてくされていると言った方が似つかわしい、その態度によるところも大きい。


 未生も、気の強さはなかなかで、はっきり言いたいことは言うタイプだが、それなりに理屈が通る話をする。

 彩乃の喋り方は、もっと感情的で、こちらの言い分になど、ほとんど耳を貸さなかった。突然のことで混乱しているのは分かるが、ほとんどヒステリー状態だったのを、よくここまで落ち着かせたものだ。


 未生が興奮気味に、凪に事情を語っている。もうすでに、凪はほとんどの状況を把握しているはずだが、遮らずに未生と彩乃の話を聞いていた。


「水沢さんに、少しお話し聞いていいですか?立山さんが逃げ出した時、一緒にいたそうなので」

 須藤が、話の切れ目を見て声をかける。

 カウンターの隅で居心地悪そうに小さくなっているアイの隣へ、須藤は誘った。


 未生はちょっと不満そうにため息をつき、彩乃はすぐそっぽを向いて、顔を伏せた。

 2人に、気遣わしげな視線を向けながら、凪はノロノロとカウンターの椅子に向かう。

 須藤とアイに挟まれて座った凪の後ろ姿は、補導された中学生のようで、なんだかこの場に居させるのが気の毒なようだ。

 隼也も近くに行こうとしたが、須藤が振り返った。

「もう一回、よく話すといいよ」

 未生のことを言っているのはすぐに分かる。

「…」

 横目で未生を伺うが、相手はこちらを見ようともしなかった。


 未生と話しをさせたい、というより、凪との会話を聞かせたくなさそうな感じが気になったが、仕方ない。隼也は、未生の向かいの席に座った。

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