エレナは語る ⑥
コロラドの家へやっと帰ると、室田兄妹とジャネットが待っていた。
室田兄妹は到着するとすぐにここへ連れてこられ、光の方は何人かのウィンガーに引き合わされていた。
「オレ、英語全然ダメだけどさ、みんな親切だよね。周り気にしないで翼だせるって、いいね」
それが翼を出したときの運動能力のテストだと分かっているのかどうか、光は呑気にそんな話をした。エレナのやつれた様子にも気がついていない。
花は元々の人見知りに長旅の疲れも伴って、部屋に閉じこもっていたようだが、
「でも、今日はBBQしてさ、楽しかったみたい。いつも、少食なんだけど、今日はすごい花も食べてた」
光が話す間、ジャネットは、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるだけで、何も聞こうとも言おうともしなかった。それがますますエレナの神経を逆撫でしたが、なんとか自制した。
しばらく―もう少し、自分の信用が回復するまで、おとなしくしているしかない。
まずは三木に言われた通り、花をアメリカへ止めおくために、説得しなくてはならなかった。花自身が残りたいと言えば、光は反対できないだろう。
「ねぇ、声、出るようになった方がいいでしょ?アメリカなら、いい先生がいるわ。―それとも、喋りたくない?」
二人きりの時を見計らい、それとなく花にもちかけた。最後の一言は、ふと思いついて言ったことだ。だが、花はそこに反応した。
驚いたようにエレナを見つめ、それからモゾモゾとうなずく。
(―?)
エレナは思考を巡らした。室田兄妹のこれまでのこと、環境……
花が話さなくなったのは、実父の元に引き取られた頃からだと言っていた。継母とうまくいかなかったことが原因では、と光は言っている。
だが、花と二人だけの時にそれとなく聞いてみると、それよりも前から「外に出ると声がうまく出なくなった」という。当時、小学校の低学年だった花は、いつから全く声がだせなくなったのかハッキリとは覚えていないようだった。
そもそも父親に引き取られることになったのは、母親が殺人事件の容疑者として警察に連れて行かれたからだ。子供にとっては恐ろしい出来事だったはずだ。
(その時のショック……?というか、もしかして、この子、事件のことなんか知ってるんじゃ……?)
時系列的に考えると、母親が巻き込まれた事件が、話せなくなったことの、なんらかの要因になっている可能性は高い。
(まあ、そこは私には関係ないことだけど)
内心、そう思いもしたが、話を聞いてやっているうちに、予想外に花に懐かれてしまった。
お陰で花は1人でアメリカに残ることに、割とあっさり同意し、妹が言うならと、光も渋々同意した。
実際のところ、エレナは花をかわいいとは思えなかった。彼女の話をきく時はタブレットやメモが必要で正直面倒だ。おまけに監視役のジャネットまで一緒になってエレナの後をついて歩くものだから、うっとうしいことこの上ない。
それでも、花が必死なのは分かった。なんとかエレナにも気に入られようとしているし、アメリカにいる方が兄の負担にならずに済むと思ってもいるようだった。
健気といえば健気だが、ほとんど引きこもり状態から急に環境が変わり、花にはストレスだったのだろう。光が日本へ帰ると、体調を崩しがちになった。ここぞとばかりにジャネットに世話を押し付け、彼女の監視の目を逃れようとしたが、それもうまくはいかなかった。
三木は花を早く「研究所」へ連れて行きたいようだったが、当の花がそんな様子だから、コロラドの家で静養する日々が続いた。その間に、エレナにも幾分、情が湧いてきた。
研究所に行って、花に良い結果が待っているとは思えない。
「観光ビザだから、すぐに期限が切れるわ。強引に進めない方がいいんじゃないの?兄さんの方も、同級生に妹が帰ってこないって相談してるようだし。確か議員や、弁護士の息子もいたはず。下手に誘拐だの、拉致だのって、騒がれたら面倒でしょ」
そう言って三木たちを牽制しながら、光には同級生たちに連絡を取るよう仕向けた。
うまくいけば、同級生たちを取引き材料に使って、野宮れい子のことをもっと聞き出せるかもしれない。そんな思惑があったのも確かだ。
色々とトラブルは続いているにせよ、エレナはうまく立ち回っているつもりだった。




