エレナは語る ③
「研究所」の話を聞いたのはジェフリーからだった。
オンラインとはいえ、直接ガブリエルと面談したエレナに、ジェフリーは方針転換したらしい。
いささか媚を売るような態度はどうにもいただけないし、こんなことで友好的になったところで、いつまた態度を変えるか分からない相手だ。
それでも、前より色々な話を聞けるのは助かる。エレナはできるだけジェフリーを利用することにした。
「研究所ではウィンガーを人為的に作ることを研究しているんだ。ある程度、成果は出ている。100%じゃないけどね。今は、精神的に負荷をかけてウィンガーを作れるかどうかを検討しているらしい」
精神的負荷、というのがどういうものなのかは、具体的には分からなかったが、あまりいい響きには聞こえなかった。
ジェフリーも研究所に仲のいいスタッフがいるとかで、得意げに語っていたが、具体的な内容は知らないようだった。
「おかしくない?ダーウィンは、ウィンガーを守るために活動している組織じゃなかったの?なんでそんな人体実験みたいなことするのよ」
「おかしくはないよ。ウィンガーの権利が守られないのは、ウィンガーが圧倒的に少ないからだ。だったら、みんながウィンガーになれればいい。誰でもウィンガーになる方法が分かれば、ウィンガーになるかどうか、選択できるだろ?こんな素晴らしい能力なんだぜ?みんな、なりたいに決まってる」
きっと誰かの受け売りなのだろう。
エレナは話を合わせておくことにした。
「それはそう思うけど。でも、どうしてウィンガーになるかも、どんな人がウィンガーになるかも分かってないのに。本当にウィンガーを作ることなんてできるの?」
ジェフリーはニヤニヤと笑った。
「もう何年も―え〜と、確か20年近く前から研究されてるんだぜ。公表されないだけで、研究は進んでいるんだ」
本当にウィンガーを増やしたいなら、そんな研究成果、早く公にすればいい。
結局、発表できるくらいの結果が出せていないってことではないのかと、エレナは疑った。
だが、本気でそんなことを考えている研究者がいるのは確からしい。支援者からの資金も流れているようだし、研究自体は行われているのだろう。
ふと、野宮れい子のことを思い出した。
エレナは今も、同級生たちが次々とウィンガーになったことに、れい子が関係していると考えていた。
れい子がダーウィンの研究者たちと、同じことを考えていたら……
だが、ただの教師がそんな大掛かりな研究を出来るだろうか……
三木淳から、会って話がしたいと連絡があったのは、あのオンライン面談から1週間後のことだった。
「あれからすぐに連絡できなくて、すまなかったね。こう見えて忙しい身でね」
ノーネクタイのスーツ姿で現れた三木は、自分のオフィスだという部屋に、エレナを招いた。
黒を基調とした内装と、どっしりとしたデスク、ソファという、三木の軽薄な外見とは対照的な部屋だ。
デスクはもちろん、両側のサイドデスクにもパソコンモニターが置かれ、その向かいの壁では、埋め込まれたテレビがミュート状態でつけっぱなしになっていた。
だが、それ以外は物らしい物は置いていない。無機質で人間味を感じさせない空間だ。
居心地の悪さを感じながらソファに座っているエレナを、三木は向かい側から無遠慮に見つめていた。値踏みするかのような、いけすかない眼差しだ。
こちらから何か言ってやろうかとエレナが口を開こうとした時、
「ふむ、」
芝居かかった調子で三木が頷いた。
「まずは、整形した方がいいな」
唐突な提案に、エレナはすぐに理解が追いつかなかった。
「いや、ほんのちょっとだけだよ。鼻を高くして、彫りを深くする。髪はブリーチして、カラーコンタクトにしよう」
驚きのあまり言葉を返せずにいると、それを無言の抗議と取ったのか、三木の口元に愛想笑いが浮かんだ。
「不満かい?そうだろうね。でも、今までも感じていると思うんだけど。彼らの君への差別的対応を」
エレナは自分がどんな表情になっているか、よく分からなかった。そもそも、三木が本気で言っているのかどうかも判断がつかない。
冗談にしては、趣味の悪すぎる冗談だが。
「三木サン、あの、」
「ああ、ミッキーと呼んでくれ」
エレナの戸惑いをよそに、三木は続けた。
「支援者たちには、実は白人至上主義の人間が多くてね。もちろん、表立ってはそんなこと言わないが。彼らはね、宗教画のようなエンジェルを望んでいるんだよ」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、納得できることもあった。
ここにいるウィンガーたちは、白人ばかりだ。そして彼らからは明らかに差別的な発言が聞かれたし、それが自分にも向けられていると、エレナは感じていた。
エレナは三木を見返した。―三木は本気で言っている。そう思った。
「笑えるわ。外見が非の打ちどころのないアングロサクソンになれば、その支援者って人たちが喜ぶから、そうしろって?はい、分かりましたって、私が言うと思う?」
まるで動ずることなく、三木は続けた。
「そうだ、彼らが望むシンボル像を提供するんだよ。支援者たちに支持されれば、幹部連中も君の意見を無視できなくなる。もちろん、他のウィンガーたちも」
三木は身を乗り出し、声を落とした。
「君はこの組織のことをまだ全然知らない。他の誰よりも大きな、見事な翼を持ち、本物の天使のごとく、飛ぶことさえできる。それなのに、他のウィンガーたちはただの見せ物扱いだ。納得いかないだろう?」
三木の眼差しは真剣だった。
一瞬、軽薄な外見は、人を欺くための仮面なのだろうかと思えたほどだ。先日、ウェブ会議の画面で見たチャラさは消え失せている。
「私がアジア系のハーフだからそんな扱いをされてるっていうの?外見を変えるだけで、それが解決されるって?」
真っ直ぐ目を覗き込んでくる三木に、エレナはちょっと身を引いた。
「もちろん、ある程度は、の話だ。だが、ここにいる隠れウィンガーたちは、支援者のお気に入りになれば、裕福な暮らしが出来ているし、そうでなければ、ただの使いっ走りだ。当然、支援者の考え方はウィンガーたちにも影響しているんだよ。このままなら、いつまで経っても、君は部外者のままだ」
「……馬鹿馬鹿しい。そんな人たちと付き合ってられないわ」
苛立ちに任せた言葉だったが、本心だった。
「じゃあ、ここを抜けるかい?」
あっさりと三木は言った。
「ただし、この組織のことを漏らされたら困るからね。相応のマークが一生ついて回るのは、覚悟してくれよ」
「―それって、脅迫よね」
エレナは睨みつけたが、三木は面白そうにその視線を受け流すだけだ。
「君は、なかなか賢い。この前の幹部連中との受け答えを見ても分かる。そのくらい、予想できてただろう?」
予想―そう、隠れウィンガーである彼らと接触したからには、そう簡単に関わりを断てるとは思っていなかった。
「私には選択肢は無いってこと?」
三木が相好を崩した。
「ハハハ、いやいや、そんな顔をしたら美人が台無しだ。日本人同士、仲良くしようじゃないか。ま、君は半分だけどね」
満面の笑み、でも笑い返す気にはなれない。
「気付いてると思うんだが、私も支援者たちにはよく思われていない。日本人だから、というだけでね。しかし、これでも色々パイプは持っていてね。特にビジネスの問題になると、私を切り捨てるわけにはいかないんだ。それでもやっぱり、あからさまに蔑ろにされるシチュエーションは面白くはない」
三木の目が鋭くなった気がした。
「早い話が、私ももう少しここでの立場を強くしたくてね。お互いに協力しないか?君が支援者たちをバックをつけて、発言力を増すようにお膳立てする代わりに、私の仕事に手を貸して欲しい」
「……あなたの仕事?」
「その気になってくれたかな?」
足を組み替える三木の仕草がひどくきざったらしくて、エレナは顔を顰めた。




