エレナは語る ②
「みんな、隠れウィンガーなんでしょ?どういう人たちなの?どうやって知り合ったの?」
ジェフリーはその問いには答えず、
「君はぼくらの仲間になるべきだ」
声を震わせて言った。
すぐにジェフリーの仲間だという、何人かのウィンガーと引き合わされた。
ダーウィン・ミッションの名前は、この時初めて知った。
彼らが言うには、ダーウィンの目的は、貴重な種であるウィンガーを保護すること、だという。
「世界中、どの国もウィンガーを利権の対象としてしか見ていない。金をエサに研究に協力させ、道具のように使い捨てている」
「登録など無意味だ。管理し、利用しやすくするための手段だよ」
「ウィンガーのコミュニティを作り、ウィンガー同士、相互に助け合い、不当な扱いを受けないよう手助けするのが我々の役目だ」
彼らの話は、もっともらしく聞こえた。エレナも、登録により、不都合が生じることの方が多いと感じていたからだ。
だが、すぐに仲間として受け入れてもらえると思ったエレナの考えは甘かった。
誰もがエレナの翼の大きさと、飛べるということに驚いたが、「アジア系」というだけで、嫌悪感を見せる者が少なくなかったのだ。そういった連中は、「ただ飛べるだけ」と、エレナを鼻先であしらった。
ウィンガー同士ならではの嫉妬か、と最初は思った。だが、彼らの態度にはそれよりももっと―憎しみのようなものが感じられた。
翼を出した時の運動能力の向上は、翼の大きさと比例すると言われている。だが、エレナの場合、アーククラスでも筋力はそれほどの増強を見せず、五感の感度もマイケルクラスのウィンガーと変わらない。
身体能力の驚異的向上が最大の利点と考えるウィンガーにとっては、エレナは「出来損ない」だった。
「アーククラスってのは、もっと人間離れした運動能力を手に入れるのかと思ってたよ。君みたいなサンプルもいるんだな。飛ぶことに全エネルギーを集中してるみたいだ」
落胆を隠そうともせず、ジェフリーはそう言った。
エレナは八川小の同級生たちを思い出した。
もっと上手く飛べる子だっている。もっと特別な能力を持った子だって……
そう言い返そうとして、思いとどまった。
小学生当時の、あの同級生たちは、アーククラスの翼を持ち、さらに相当な運動能力も持っていた。
特に一人、どういうわけか黒い翼の子が強烈に印象に残っている
普段はおとなしくて、いるかいないか分からないような地味な女の子。なのに翼を出すと誰よりも早く、美しく飛んだ。
物陰に隠れてそっと見ながら、感嘆の声を押し殺した。
―あんな風に飛べたら……
ウィンガーになった瞬間から、自分が飛べることをエレナは直感した。
ワクワクしながら、人のいない公園で飛んでみた。
だが、何度試しても、水沢凪のようには飛べない。
『特別』というのは、彼女のような存在をいうのだろう。
結局、あの同級生たちと比べても、自分は大した能力を得ていない。
彼らの存在を教えたところで、ジェフリーたちの言う通り、自分は「大きな翼で飛べるだけ」のウィンガーだと認めることになるだけだ……
ダーウィン・ミッションのリーダーである「ガブリエル」には、なかなか会えなかった。
「彼は狙われているんだ。世界中の国から。ウィンガーの擁護者なんて、危険なだけだとみんな思っている。だから、本当に信頼のおける人間の前にしか姿を現さない」
エレナの知る中で、ガブリエルに直接会ったことがあるウィンガーは3人だけだった。それも、挨拶程度の言葉を交わしただけだという。
(こんな大きな翼のウィンガーなんて、そうそういないってのに……何者よ、ガブリエルって)
飛べるだけ、といっても、人間が自由に空を飛べるなんて夢のような話のはずだ。自分はウィンガーの中でも、貴重な存在だという、強い自覚がエレナにはあった。
ガブリエルに自分のことは報告されているという。それなのに、無視し続けるとは。
そのくせガブリエルは、エレナの行動に制約だけはつけてきた。
たとえウィンガー同士でも不用意に翼を見せないこと。
常に行き先を明らかにすること。
いつも連絡が取れる状態にしておくこと。
ウィンガー関連の情報を手に入れたら即報告すること。などなど……
エレナはそれに従う義理などないと思った。
自分を重要視しない者たちが、自分の行き先など気にするはずがない。自分が手に入れた情報に、重きを置くとは思えない。
海外へ行こうが、ウィンガーの噂を耳にしようが、エレナは自由に行動した。ただの反発とも言えたが、他のウィンガーたちに「自分たちの思い通りにならないヤツ」という印象はできたらしい。
これがむしろガブリエルの気を引いたのか、しばらくして幹部と呼ばれる人々のウェブ会議にエレナも参加を求められた。
(いまさら……そして、まだ直接会う気はないってことね)
若干不貞腐れつつ参加した会議で、エレナは初めてガブリエルの顔を見た。
(まるで……普通ね)
彼はどこにでもいそうな中年の男性だった。
白髪の混じりの頭髪。穏やかな眼差し。喋り方は柔らかく、言葉も紳士的だった。
第一印象としては悪くない。だが、隠れウィンガーたちを率いるリーダーとしては物足りないように、エレナは感じた。
(ま、所詮ウィンガーでもないわけだしね)
翼が発現した時のこと、家庭環境など、ひとしきり確認されたが、これは他のウィンガーたちにも何度も話したことだった。
「中学校卒業間近。親と言い争った後に発現した」「両親には言っていない。母親はステップマザーで、弟が生まれたばかり。心配させたくない」「同じ隠れウィンガーとして、話をしてみたくてジェフリーに声をかけた」
すっかり設定として身についている。嘘がバレるとは思えなかった。
予想通り、ガブリエルも、他の幹部たちも特に突っ込んだ質問はしてこない。1人、六分割された画面の右下に映る男性が、
「実のお母さんは日本人なんだね」
と日本語で尋ねてきた。
そういう彼も日本人であった。歳の頃はガブリエルと同じくらい。茶色のメッシュを入れた前髪が、少し軽薄な印象を与える。馴れ馴れしい話し方も、どことない胡散臭さを纏っていた。
ガブリエル以外の参加幹部たちが、かすかに眉を寄せたり顔を背けてため息をつくのを、エレナは見逃さなかった。
「さて、エレナ」
彼らの様子を気に留めた風もなく、ガブリエルは親しげに呼びかけてきた。
「君も、何か仕事が欲しいようだね?」
他のウィンガーたちが、調査と称して世界各地に赴いていること、それに同行を求められないことに不満を漏らしたことを知られていたようだ。
「君にしか出来ない仕事を頼みたい」
人の良さそうな笑みを浮かべながら、ガブリエルが提案してきたのは、「支援者」と呼ばれる人々の前で翼を見せることだった。
「支援者」たちはウィンガーではない。ダーウィン・ミッションの活動を支持する、普通の人間だ。だが、ウィンガーの存在そのものを、熱烈に支持し、かつ相当な資金提供をしている人々だった。
「ウィンガリアン」と、ガブリエルは言った。
「ウィンガーに魅せられた人々。熱烈な信奉者だよ」
なるほど、シャーロキアンに倣った造語というわけだ。
ガブリエルは、エレナの大きな翼を彼らに対する広告塔として申し分ないと考えたようだった。
「もちろん、対価は払うよ。ダーウィン・ミッションの職員として扱う。詳しい条件は、彼から聞いてくれ」
穏やかな口調ながら、エレナの意見は求められず、「彼」と指名された、右下の日本人が
「よろしく、」
と、頭を下げた。
「三木淳です。みんな、ミッキーと呼ぶけどね」




