エレナは語る ①
父親に連絡をとってアメリカへ戻り、生活が少し落ち着いたらウィンガーになったことを告白しよう。エレナは最初、そう考えていた。
父親はエレナの帰国を喜んでくれたし、日本での生活のことを聞くと、心から憤っていた。
「すぐに離婚の手続きを進めよう。もちろ、君はずっと僕たちと暮らすんだ」
「僕たち」という複数形が、どういう意味なのかはピンときた。
父親が別の家庭を築こうとしていることは、アメリカで生活していた頃からなんとなく分かっていたし、それが母の病的な被害妄想に繋がっていたのは確かだ。
幸運なことに、父の恋人は穏やかで思慮深い女性で、エレナのことも受け入れてくれた。
日本に残してきた母に対しては、気の毒だとは思うものの、2度と一緒に暮らそうとは思わなかった。
だが、学校にも通い、経済的にも安定した日々が取り戻されるとエレナの心境も変化してきた。ウィンガーであることを告げるのが躊躇われるようになったのだ。
冷静に考えて、ウィンガーになったと申し出れば、小学校時代、日本で複数人のウィンガーを輩出したクラスにいたことを調べられるのは間違いなない。
真壁と寺元が2人同時に翼を発現した時の騒ぎについてはエレナも耳にしていた。
―冗談じゃない。やっと、普通の生活に戻れたのに。それに―
廃れた神社の裏で、自由に飛び回る同級生たちを、エレナは思い浮かべた。
あの子たちと同じ、空を飛べる翼を自分は持っている……
もう少し、時間が経ってから―そう、あと3年か、5年か―そのくらい時間が開けば、日本に滞在していたことなど、問題にならなくなるのではないか。なにも、すぐに登録されなければならない理由はない。
帰国してから2年後、やっと両親の離婚が正式に決まった。
エレナは母にも祖母にも会いたいとは思わなかったが、最後に日本で再会することになったのは、2人の強い希望があったからだ。
ここでエレナは母から、八川小学校時代の担任、野宮れい子が行方不明になっていることを教えられる。
久しぶりに小学校の建物を見ながら、エレナの胸には、忘れようとしていた疑惑が蘇った。
―野宮れい子は、大量のウィンガーの出現に関わっている。
それはエレナの中で確信に変わっていった。
だが、この段階でエレナができることは何もなかった。
ただ、唯一連絡先を知っていた室田に連絡をとり、アメリカ時代のれい子の経歴を調べてくれるよう、頼んだ。
日本にいた頃、室田とは、あの神社の裏でこっそりウィンガーになった同級生たちを眺めていた仲だ。一応、友達と呼べるだろう。
だが、彼にはいつもイラッとさせられる。
オドオドしていて自信無さげな喋り方、優柔不断で行動はいつも遅い。
同級生の秘密を知っている者同士、親しみは感じていたが、いささかエレナは室田を見下していた。
あまり頼りにはならない。そうは思っていたものの、室田が引っ越して絵洲市から離れていると聞き、ますますガッカリした。
―ありがとう。それなら仕方ないね。
落胆し、そうメッセージを送って話を切り上げようとした時、
―あのさ、オレ、大人になったんだ。
室田から返ってきた文面をしばらく見つめ、エレナは舌打ちした。
大人になった?なに、初体験の報告でもしたいわけ?だが、それ以上メッセージは送られてこない。
ふと、当時ウィンガーになった子たちが、ヒソヒソと話していたことを思い出した。
大人……大人になりかけている……大人になったからさ……
(ウィンガー……のこと……まさか、彼も?!)
ウィンガーになったの?
そうメッセージを送ろうとして、指を止めた。
ウィンガーや、それに関係した単語を入れたメッセージを送ると、ネット上の検閲に引っかかる、という噂を思い出したのだ。
嘘か本当かは分からない。だが、ウィンガー関連のテロ事件などが頻繁になる中、メッセージアプリなどには、最初から特定のワードを検出する設定がされていると、よく話題になっていた。
―背中のこと?本当に?
少し考えて、そう送った。ウィンガーのことなら、これで通じるはずだ。
そして、その通りだった。
これ以降、エレナと室田は連絡を取り合うようになる。
室田が調べてくれたれい子の経歴は、対して役にたたなかった。
出身大学に問い合わせてみたが、案の定、個人情報は教えられないと、相手にされなかったし、れい子の同級生や友人についても教えてもらえなかった。
結局、そうこうしているうちに、エレナは高校生になった。
ウィンガーだと名乗り出ることについては、まだ迷っていたが、ここで転機が訪れる。
入学した高校に、ウィンガーがいたのだ。
彼が、隠れウィンガーであることはすぐに分かった。バスケ部の準レギュラーだったからだ。
翼が発現する間、驚異的な運動能力を示すウィンガーは、公平性の観点からスポーツの公式試合には出られない。もちろん、運動部に所属したり、個人的にスポーツをやる分には何も問題はないはずだが、その暴力的な側面が取り上げられることが多く、特にチーム競技ではウィンガーの参加は嫌厭される。
運動部に所属したいなら、サポートやマネジャーに限定する、とはっきり明記している学校やクラブもある。
それに、チームメイトや友人たちが、彼をウィンガーと認識している様子は全くなかった。
この時点では、エレナは彼と知り合いになろうと思ってはいなかった。
ただ、どこら辺に住んでいるのか気になり、学校帰りに見かけた時に後をつけてみた。
遊び半分。だが、エレナは彼が他のウィンガーと会っていることを知ることになった。それも、何人も。彼らも隠れウィンガーだと思われた。
そして、エレナは彼らが会員だけが参加できる「セミナー」なるものに出入りしていることを知る。
一晩考えるまでもなく、エレナは次の行動を決定した。
そこからの展開は早かった。
まず翌日、エレナはバスケ部のウィンガー、ジェフリーに声をかけ、自分もウィンガーであることを明かした。
ジェフリーは。ウィンガーであることがバレたことももちろんだが、エレナが空を飛べることに驚愕した。
2メートルを超える長身の男性が、文字通り腰を抜かしたことに、エレナは満足の笑みを漏らした。




