シェアハウス ②
リビングには不機嫌さを隠そうともしないエレナと、そのエレナに構うのは諦めて、PCゲームに興じていたらしいヘンリーがいた。この感じでは、エレナから大したことを聞き出せている様子ではない。
「本郷サンハ、帰リマシタ」
立ち上がったヘンリーは、凪に向かって実に魅力的な笑顔を見せながらそう言った。
辿々しい口調も、その魅力を損なわせるどころか、爽やかさに愛らしさが加点されている。凪は仰け反りそうになりながら、なんとか作り笑いを返した。
20畳はあろうかというリビングは、物が多く雑然としているが、居心地は悪くなかった。
マイケルでもゆったりと座れるサイズのソファに、大画面のテレビ。壁にはたくさんの写真が貼られている。おそらく、ここを訪れたウィンガーたちの写真だろう。彼らが持ち寄ったのか、民族楽器のような物がサイドテーブルに無造作に置かれている。
ガラスや陶器の置物、人形なども多いが、こちらも統一感はなく、実に多国籍感があった。
ヘンリーを直視しかねた凪が、部屋のあちこちに視線を走らせているのを、エレナは真っ直ぐに見ていた。
昨日と変わらない、イラついた表情。
その目は明るい茶色だった。化粧も昨日より薄く、ずっとナチュラルな印象になっている。だが、どことなく適当に済ませた感が見えて、凪にはいささか投げやりな佇まいに感じられた。
「ありえないわ」
ソファから立ち上がりもせずに凪と西崎を迎え、開口一番、エレナはそう言った。
それが、ジャネットの死を言っているのか、それに対して自分たちが疑われていることを言っているのか分からず、凪は黙っていた。
「よかったわね、一緒にいなくて。私たちは、酷い目に遭ったわ」
嫌味たらしい言い方に反論する気はないが、本当に酷い目に遭ったのは、ジャネットだろうと思う。
事件にしろ、事故にしろ、こんな形で自分の一生が終わるとは、予想していなかったはずだ。
ヘンリーが身振りで座るように促してくれたので、エレナの斜め向かいに腰を下ろすと、西崎が隣に座った。
気詰まりな空気はどうしょうもない。何から話せばいいのだろうと考えながら、
「ジャネットさんのご家族は?」
と凪は聞いてみた。
エレナは全く悲しそうなそぶりさえ見せず、
「連絡してるわ。母親が遺体の引き取りに来るって」
仕方なさそうに答えた。
白い肌に高い鼻梁。瞳が青くなくても、一目で外国人と分かる顔立ち。
小学校の頃の面影は、なかなか重ならない。
(昔はもっと……なんていうか、もうちょっと親しみやすい顔だった気がする……けど……)
昨日はバタバタしていたこともあり、じっくりエレナの顔など見ていなかった。カラーコンタクトをはめた、不自然な青の瞳だけが印象に残っている。
年齢と共に顔立ちは変化するだろうが、凪の記憶の中のエレナは、もう少し日本人的な顔立ちだった。
「ダーウィンに連絡入れなくて、怪しまれないか?」
西崎の問いに、エレナは鼻で笑い返した。
「ダーウィンね。どうでしょう?―でも、スマホもタブレットも、取り上げたのはあなた達でしょ?」
ダーウィンと聞いた途端、エレナの目が揺らいだように見えた。
「定時連絡とか、入れてないのか?」
「テイジ?連絡?」
エレナにはすぐに意味が通じなかったらしい。
「ジャネットはお前の監視役だったんだろ。決まった時間に、アメリカに報告してたんじゃないのか?」
「そんなこと、私、知らない。でも、監視役、っていうのは本当。全然、向いてなかったけど」
エレナの手はイライラと服のボタンをいじったり、髪を引っ張ったりしている。
マイケルが小声でヘンリーに通訳しているのが気になるのか、そちらをジロリと睨んだ。
「初めから監視役だって、知ってたの?」
尋ねた凪には挑むような眼差しを返す。
「もちろん。秘書なんていらないっていうのに、上に立つ人間には世話係がいた方がいい、なんて無理矢理つけられたんだもの。日本語ができるの、隠してたのが分かって、やっぱりって思った」
エレナはじっと凪を見つめた。探るような、挑むような眼差しは、凪が真っ直ぐ見返しても逸らされることはなかった。
―喋らせたいなら、どうぞ。
まるで、そう言っているようだ。
凪より先に、西崎が切り出した。
「水沢が来たら、全部喋るって、言ってたんだろ。話を聞かせてくれ。お前、ダーウィンでどんな仕事してたんだ?オレらと接触して、何をするつもりだ?」
淡々としながら、苛立ちを感じさせる口調だ。
エレナは思わせぶりに目を伏せた。
「全部?そんなこと、私言ったかしら?」
「デハ、ドウシテ凪サン、呼ビマシタカ?私達ハ、アナタノ言ウ通リ、待ッタンダ!」
マイケルが、ドン!とサイドテーブルを叩く。
載っていたノートパソコンが揺れて、ヘンリーが顔を顰めた。
「凪サン、アナタノ能力デ、サッサト喋ラセテ下サイ。彼女ハ、本当のコトヲ話スカドウカモ、怪シイ」
エレナがカッと目を見開いた。
「いいわよ!信じられないなら、そうすればいいじゃない!どうせそうなると思ったから、アンタを呼んだのよ!」
突然激しくなった語調に、凪は目を丸くした。が、
(怒ってるんじゃない……エレナちゃん、怯えてるんだ)
直感的にそう感じた。
凪は深呼吸すると、エレナの口元に視線を向ける。
「あたしの力で喋らせて欲しいの?」
エレナは答えなかった。
「でも、あたしはやらないよ。同級生には使わない。だから、自分で、本当のこと話して」
エレナと目は合わせない。それが凪の意思表示だった。
数十秒の無言の時。エアコンの音が、やけに耳につく。
「……何から聞きたいのよ?」
やがて、エレナが呟いた。
「順番に、だな。アメリカに戻ってから、どうやってダーウィンと知り合った?」
冷静な西崎の問いに、凪も頷いた。
「ずいぶん昔からね」
ソファに寄りかかり、大袈裟にため息をついてみせる。だがその姿も、精一杯強がっているように、凪には見えた。
「ねえ、なんか飲みたいんだけど」
まるで召使いにでも言うような口調で言われたマイケルは、あからさまに面白くなさそうに、口を真一文字に結ぶ。。代わりにヘンリーが苦笑しながら立ち上がった。
冷蔵庫からビールを取り出す仕草一つとっても絵になるようだ、と凪は横目で見ていた。
西崎は、と様子を窺うと、こちらもいささかイラついた様子で足を組み替えている。
「あの、あたしも、もらっていいですか」
場を取り繕おう、というよりは、いたたまれなくて思わず発した言葉だ。だが、西崎がニヤリと笑うのが目の端に見えた。
「オレも」
「You,too?Beer?」
当惑げに一同を見回したヘンリーは、すぐにまた輝くような笑顔を見せた。
「OK!Beer party!」
「ヒカルに聞いたんでしょ、私の家族のこと。うん、それホントのことだから」
ビールを一気にあおり、話し始めたエレナの口は滑らかだった。
アルコールにも耐性のあるウィンガーが、そう簡単に酔うことはない。それでも、多少いい気分にはなる。
「レイコのこと、絶対おかしいって、思ってた。でも、まともに聞いても答えてくれないでしょ?それに、私、早く日本から離れたかった」
ヘンリーとマイケルは少し離れたバーカウンターに座っている。
マイケルは不服そうながら、ボソボソと通訳をしていた。
ヘンリーは終始面白そうに見ていたが、その視線が時折り、自分に注がれるのを凪は感じていた。
「アメリカに帰って、少し経ったら登録されようと思ってた。でも―」
エレナは2本目の缶ビールを開けた。




